「ドライブ・マイ・カー」は米アカデミー賞を席巻するのか? 過去のデータからノミネートの可能性を徹底分析
2022年2月5日 18:00
日本時間2月8日夜に発表される予定の第94回アカデミー賞ノミネーション。今年は日本映画「ドライブ・マイ・カー」の参戦もあって例年以上に注目を集めそうです。さて、日本中が期待する「ドライブ・マイ・カー」はアカデミー賞にノミネートされるのでしょうか? 絶賛進行中である前哨戦レースの実績や、過去の傾向などから、「オスカーノユクエ」がその可能性を占ってみました。
「ドライブ・マイ・カー」がノミネートされる可能性がある部門は全部で5つあります。それぞれの部門についてノミネートの可能性を探ってみましょう。
まずはアメリカ合衆国以外で製作された映画に対して投票される国際長編映画賞。93カ国からエントリーした代表作がしのぎを削るこの部門は、すでに一次選考が行われ、候補作が15本まで絞り込まれています。というわけで、最終5本のノミネートを勝ち取る確率は最低でも3分の1ということになりますが、以下のポイントを見る限り、ノミネートの確率はもっと高そうです。
これまでに発表されている映画賞をオスカーノユクエ独自の計算式でポイント化したところ、国際長編映画賞部門の上位は下記の顔ぶれです。
※◎は国際長編映画賞一次選考を通過した作品
2位 「The Worst Person in the World」(ノルウェー) 37.3 ◎
3位 「Hand of God 神の手が触れた日」(イタリア) 25.8 ◎
4位 「Titane」(フランス) 25.9
5位 「英雄の証明」(イラン) 24.4 ◎
6位 「Flee」(デンマーク) 23.8 ◎
7位 「Petite Maman」(フランス) 11.8
8位 「Parallel Mothers」(スペイン) 11.7
9位 「Lamb」(アイスランド) 9.2 ◎
10位 「Compartment No. 6」(フィンランド) 7.5 ◎
現在、「ドライブ・マイ・カー」は2位にダブルスコア近い差をつけるぶっちぎりの独走状態です。この圧倒ぶりは、ここ数年で同賞を受賞している「アナザーラウンド」「パラサイト 半地下の家族」「ROMA ローマ」と遜色ないもの。実績通りなら、ノミネートどころか受賞もほぼ手中に収めたと言っていいでしょう。
ライバルの最右翼は前哨戦ポイント2位の「The Worst Person in the World」(ノルウェー)ですが、Netflixで配信中の「Hand of God 神の手が触れた日」(イタリア)、同賞をすでに2度受賞している巨匠アスガー・ファルハディの新作「英雄の証明」(イラン)にも要注意です。
4位につけるフランス代表の「Titane」は昨年のカンヌ国際映画祭で「ドライブ・マイ・カー」を抑えて最高賞パルムドールを受賞した作品ですが、何と一次選考で落選するという波乱がありました。ほか、傑作「燃ゆる女の肖像」のセリーヌ・シアマ監督「Petite Maman」(フランス)、名匠ペドロ・アルモドバル監督「Parallel Mothers」(スペイン)は今回、自国の代表としてエントリーしておらず、そのあたりも「ドライブ・マイ・カー」には追い風となりそうです。
また、異色映画「Flee」(デンマーク)にも注目が集まります。余談ですが、本作は国際長編映画賞のほか、長編ドキュメンタリー映画賞、長編アニメーション映画賞の3部門での同時ノミネートを有力視されています。実現すれば、史上初の快挙となります。
前身の「外国語映画賞」が発足したのは1956年(第29回)。それから65年のあいだに同賞にノミネートされた日本映画は全部で13本あります(※名誉賞は除く)。これは昨年「アナザーラウンド」で同賞を受賞したデンマークと並び世界で6番目に多い数字です。
1961年(第34回)「永遠の人」
1963年(第36回)「古都」
1964年(第37回)「砂の女」
1965年(第38回)「怪談」
1967年(第40回)「智恵子抄」
1971年(第44回)「どですかでん」
1975年(第48回)「サンダカン八番娼館 望郷」
1980年(第53回)「影武者」
1981年(第54回)「泥の河」
2003年(第76回)「たそがれ清兵衛」
2008年(第81回)「おくりびと」※受賞
2018年(第91回)「万引き家族」
ご覧のとおり、隆盛を誇った1980年代前半までと比べると、近年はその勢いにやや陰りが見られます。これは日本映画に対する評価が下がったというよりは、全体の競争率が上がったという方が正しいでしょう。90を超えるエントリー国のいずれもが高いクオリティの代表作を送り込んでいるのですから、ノミネート5作品に選ばれるのは容易ではありません。
また、投票する会員の方も、“この国の作品は受賞したばかりだから、今回はパスで”など、ある程度バランスを配慮して投票している可能性があります。その点、日本映画の受賞は23年前まで遡る必要がありますから、“そろそろ日本映画の順番”という意識が働いてもおかしくありません。
よほどのことがない限り、国際長編映画賞部門でのノミネートは堅いと見てよさそうです。それどころか、現時点では受賞の可能性も80%以上あると言っていいと思います。
「Flee」(デンマーク)
「Hand of God 神の手が触れた日」(イタリア)
「英雄の証明」(イラン)
「The Worst Person in the World」(ノルウェー)
アカデミー賞の花形とも言える演技賞ノミニーに、今年は西島秀俊の名前が並ぶかもしれません。当然、そのハードルは高く、もし実現すれば日本人俳優としては初の主演男優賞ノミネートとなります。
オスカーノユクエ調べによると、西島秀俊(ドライブ・マイ・カー)の前哨戦での順位は現在同率9位。上位とのポイント差は大きいですが、逆転が不可能な位置ではありません。
2位 アンドリュー・ガーフィールド(tick, tick...BOOM! チック、チック…ブーン!) 55.3
3位 ウィル・スミス(ドリームプラン) 45.5
4位 ニコラス・ケイジ(Pig) 42.5
5位 デンゼル・ワシントン(マクベス) 31.5
6位 ピーター・ディンクレイジ(シラノ) 21.2
7位 ハヴィエル・バルデム(愛すべき夫妻の秘密) 11.0
8位 サイモン・レックス(Red Rocket) 10.7
9位 西島秀俊(ドライブ・マイ・カー) 7.7
9位 オスカー・アイザック(The Card Counter) 7.7
このうち、上位3人はほぼノミネート当確で、残る2つの席を争う戦いになると見られています。アカデミー賞演技賞部門を占う上で最も重要視される前哨戦であるアメリカ俳優組合賞(以下SAG)は、上位3人に加え、デンゼル・ワシントン(マクベス)とハヴィエル・バルデム(愛すべき夫妻の秘密)を選出しました。現状ではこのメンバーがノミネートに最も近い5人と言えそうです。
実績では4位につけるニコラス・ケイジ(Pig)ですが、作品の知名度の低さが影響してか、SAGもゴールデン・グローブ賞もノミネートを逃しています。アカデミー賞との直結度が高いとされる2賞でノミネートを逃していることは大きなマイナスです。
実績6位のピーター・ディンクレイジ(シラノ)は、大人気ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」で実質の主役を張ったことでスターダムにのし上がりました。身長132cmのディンクレイジがノミネートされれば、小人症の俳優として初の快挙となります。
8位のサイモン・レックス(Red Rocket)はAV男優としての活動歴もあるコメディアンという変わり種。映画でも落ちぶれたAV男優というそのままの役を演じており、ユニークさという点では目立った存在です。
西島と並ぶ同率9位にはオスカー・アイザック(The Card Counter)の名前も。「スター・ウォーズ」シリーズでの出演、MCU最新ドラマシリーズ「ムーンナイト」で主役を務めるなど飛ぶ鳥を落とす勢いの人気俳優だけに、同業者から多くの票が集まる可能性があります。
ということで、西島秀俊が残り少ない席を争うメンツはいずれ劣らぬ強敵ばかり。やはりノミネートを勝ち取るのは簡単ではなさそうです。
いまのところ、西島秀俊が受賞している映画賞は、全米映画批評家賞協会賞とボストン映画批評家協会賞の2つ。全米は設立から56年、ボストンは42年と長い歴史を誇る映画賞ですが、どちらもその選出作品は独特で、他の賞では見られないような選出が多くなされています。過去10年、両賞が主演男優賞に選んだ俳優たちのアカデミー賞での結果を見てみると、以下のとおりです。
※◎はアカデミー賞受賞、◯はノミネート
◎2012年 ダニエル・デイ=ルイス(リンカーン)
2013年 オスカー・アイザック(インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌)
2014年 ティモシー・スポール(ターナー、光に愛を求めて)
2015年 マイケル・B・ジョーダン(クリード チャンプを継ぐ男)
◎2016年 ケイシー・アフレック(マンチェスター・バイ・ザ・シー)
◯2017年 ダニエル・カルーヤ(ゲット・アウト)
2018年 イーサン・ホーク(魂のゆくえ)
◯2019年 アントニオ・バンデラス(ペイン・アンド・グローリー)
2020年 デルロイ・リンドー(ザ・ファイブ・ブラッズ)
◎2012年 ダニエル・デイ=ルイス(リンカーン)
◯2013年 キウェテル・イジョフォー(それでも夜は明ける)
◯2014年 マイケル・キートン(バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡))
◎2015年 レオナルド・ディカプリオ(レヴェナント: 蘇えりし者)※ポール・ダノ(ラブ&マーシー 終わらないメロディー)と同時受賞
◎2016年 ケイシー・アフレック(マンチェスター・バイ・ザ・シー)
◯2017年 ダニエル・カルーヤ(ゲット・アウト)
2018年 ジョン・C・ライリー(僕たちのラストステージ)
2019年 アダム・サンドラー(アンカット・ダイヤモンド)
◎2020年 アンソニー・ホプキンス(ファーザー)
ということで、全米のほうはアカデミー賞ノミネート5(50%)受賞2(20%)、ボストンはノミネート8(80%)受賞4(40%)という一致度となっています。ボストンは割と高い一致率を示していますが、直近3年に絞るとノミネート率は3分の1まで落ち込みます。また、両賞ともに他の映画賞とは違うユニークな選出をした場合、アカデミー賞には直結していないイメージです。この実績だけを見るかぎり、両賞での受賞がことさら大きな追い風になることは考えにくいというのが正直なところです。
非英語圏の会員もその数を増やしてきてはいるものの、投票者の大半は英語を母国語としていますので、当然ながら非英語での演技は評価が難しくなります。過去20年、100人の主演男優賞ノミニーのうち、非英語で演技していたのはわずかに3人だけ。しかも3人とも、すでにハリウッドで活躍の実績がある知名度の高い俳優でした。
2019年(第92回) アントニオ・バンデラス(ペイン・アンド・グローリー)
2020年(第93回) スティーヴン・ユァン(ミナリ)
ご覧のとおり、ここ2年続けて非英語演技者がノミネートされているのは心強いデータと言えます。ただし、一昨年「パラサイト 半地下の家族」で助演男優賞ノミネートを期待されたソン・ガンホが落選しているように、国際的な知名度の有無が得票に大きく影響するのは間違いないと言えそうです。
現時点では西島秀俊がノミネートされる可能性はやはり低いと言わざるを得ません。もしノミネートされたら、世界中がアッと驚くビッグサプライズ。本当に大快挙です。
ピーター・ディンクレイジ(シラノ)
アンドリュー・ガーフィールド(tick, tick...BOOM! チック、チック…ブーン!)
ウィル・スミス(ドリームプラン)
デンゼル・ワシントン(マクベス)
原作のある脚本に対して贈られる脚色賞。国際長編映画賞の次にノミネートの可能性が高いのは、この部門かもしれません。ただ、過去のデータを見ると、やはり簡単なことではなさそうです。
カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したことで、「ドライブ・マイ・カー」の名は一躍世界中に知れ渡りました。以後、北米を主体としたアカデミー賞前哨戦においても、濱口竜介&大江崇允が手がけた脚本は高く評価されています。
2位 「ドライブ・マイ・カー」 30.3
3位 「コーダ あいのうた」 28.8
4位 「DUNE デューン 砂の惑星」 24.4
5位 「ロスト・ドーター」 24.3
6位 「ウエスト・サイド・ストーリー」 19.8
7位 「tick, tick…BOOM!:チック、チック…ブーン!」 12.5
8位 「ナイトメア・アリー」 11.4
9位 「PASSING 白い黒人」 10.1
10位 「マクベス」 9.8
首位を走る「パワー・オブ・ザ・ドッグ」が独走状態ですが、それを2番手で追うのが「ドライブ・マイ・カー」です。ゴールデン・グローブ賞やブロードキャスト映画批評家協会賞など、アカデミー賞とのつながりが深い映画賞で結果を残していないのが不安材料ですが、全米各地の批評家賞で受賞を果たしており、もはや無視できないほどの存在感になっています。
作品賞との直結度も高いのが、この脚色賞部門。過去10年、50本の脚色賞ノミニーのうち、66%となる33本が作品賞にもノミネートされています。作品賞ノミネートはほぼ堅いと予想される「DUNE デューン 砂の惑星」「ウエスト・サイド・ストーリー」あたりは多くの票を集める強力なライバルになるでしょう。ただ、逆に言えば、この部門で有力視されている「ドライブ・マイ・カー」は作品賞ノミネートの可能性もあるということになります。
「ドライブ・マイ・カー」陣営にとってマイナスに働くかもしれないのが、“女性パワー”です。昨年、クロエ・ジャオが大きくフィーチャーされたように、近年の女性映画人の活躍には目覚ましいものがあります。この部門でトップを走る「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の脚本もオーストラリアを代表する女性監督ジェーン・カンピオンの手によるものですし、「ロスト・ドーター」「コーダ あいのうた」「PASSING 白い黒人」も女性監督が自ら執筆した脚本です。アカデミー賞でも間違いなく女性を平等に評価する機運が高まってきており、もしかすると女性たちの大量ノミネートがあるかもしれません。
やはり言葉が評価軸となる部門だけに、非英語の作品は票を得にくい傾向にあるようです。過去20年、非英語を主体とする作品が脚色賞にノミネートされたのはわずかに3例。かなりハードルが高いと言わざるを得ません。
2004年(第77回)「モーターサイクル・ダイアリーズ」スペイン語、ケチュア語、マプチェ語
2007年(第80回)「潜水服は蝶の夢を見る」フランス語
2000年代は3本の事例が生まれたものの、07年を最後に非英語作品のノミネートが出ていないのは気になるデータです(昨年ノミネートされた「ザ・ホワイトタイガー」は英語とヒンズー語のミックス)。ちなみにオリジナル脚本が対象となる脚本賞の方も、過去20年の非英語作品ノミネートはわずかに5本。ただ、一昨年は韓国語の「パラサイト 半地下の家族」が受賞を果たしており、風穴を開けたと言えるかもしれません。
非英語作品が背負ったハンデは大きいものの、前哨戦での高い評価を見る限り、「ドライブ・マイ・カー」がノミネートされる可能性は大いにあると言っていいでしょう。日本映画として初ノミネートの快挙がすぐそこに迫っています。
第82回から作品賞は最大10本ノミネートされるルールに変更されましたが、監督賞の枠は依然5つのまま。したがって、監督賞にノミネートされた5本こそが、その年を代表する5本であるという評価も一部では存在します。この重要な部門で、もし「ドライブ・マイ・カー」がノミネートを果たすことがあれば、それはそれは大変な栄誉と言えるでしょう。
前哨戦実績では現在6番手と、ノミネート5枠にぎりぎり届いていない状況です。ただ、例年、前哨戦での上位5人がすんなりとノミネートを受けるケースはほとんどなく、6番手はかなりいい位置だと言えます。
2位 ドゥニ・ヴィルヌーヴ(DUNE デューン 砂の惑星) 44.9
3位 ケネス・ブラナー(ベルファスト) 33.9
4位 スティーヴン・スピルバーグ(ウエスト・サイド・ストーリー) 33.7
5位 ポール・トーマス・アンダーソン(リコリス・ピザ) 30.7
6位 濱口竜介(ドライブ・マイ・カー) 18.0
7位 ギレルモ・デル・トロ(ナイトメア・アリー) 15.0
8位 デヴィッド・ロウリー(The Green Knight) 9.9
9位 マギー・ギレンホール(ロスト・ドーター) 8.4
10位 リン=マニュエル・ミランダ(tick, tick...BOOM! チック、チック…ブーン!) 5.7
前哨戦で上位に名を連ねるのは超大物ばかり。しかも上位5人は全員が監督賞にノミネート経験があるというツワモノ揃いです。いずれも作品賞部門で有力視されているだけに、この5人を逆転するのは難しいかもしれません。唯一、付け入る隙があるとすれば、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(DUNE デューン 砂の惑星)でしょうか。作品は二部作の前編という位置づけですから、後編にあたる次回作であらためて票を投じようという意識が会員に働く可能性があります。
7位以下のメンツも強力です。前作「シェイプ・オブ・ウォーター」で監督賞を受賞したギレルモ・デル・トロをはじめ、「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」など個性の強い作風で根強い人気を誇るデヴィッド・ロウリー、ブロードウェイではすでに実績多数のリン=マニュエル・ミランダなど、いずれ劣らぬ伏兵が揃っています。
9位のマギー・ギレンホールは、「ダークナイト」シリーズへの出演などで知られる女優で、今回、自ら脚本を手がけた「ロスト・ドーター」で初監督を務めました。本作は演技賞部門でも複数のノミニー輩出を期待されており、ギレンホールの手腕も高く評価されています。昨年、アカデミー賞史上初めて2人の女性監督が監督賞にノミネートされて話題を呼びましたが、2年連続があってもおかしくないでしょう。
各部門の組合賞は、アカデミー賞との直結度が最も高い前哨戦として知られています。中でもこのアメリカ監督組合賞(DGA)は群を抜いて直結度が高く、過去20年でのアカデミー賞とのシンクロ率は実に78%にものぼります。例年、5人のDGA候補者のうち、平均して4人はアカデミー賞にノミネートされる計算です。今年のDGA候補者たちは以下の通り。
ケネス・ブラナー(ベルファスト)
ジェーン・カンピオン(パワー・オブ・ザ・ドッグ)
スティーヴン・スピルバーグ(ウエスト・サイド・ストーリー)
ドゥニ・ヴィルヌーヴ(DUNE デューン 砂の惑星)
残念ながら濱口竜介監督の名前はありませんが、例年、DGAで非英語作品が取り上げられることは稀ですので、そう悲観することはありません。シンクロ率78%という高確率も、逆に言えば必ず1人は一致しないということで、実際に過去20年で5人ともにアカデミー賞と一致した事例は2回しかありません。残る1席に濱口竜介監督が選ばれる可能性は十分にあると言っていいと思います。
過去20年、監督賞にノミネートされた100人のうち、非英語作品が評価対象となったのは全部で8人。決して多い人数ではありませんが、他の部門に比べれば割と多いと言えます。言葉が評価軸となる脚本・脚色賞よりも、言葉の壁を超える映像・演出面を担う監督賞のほうが評価しやすいということでしょうか。
※◎は受賞
2007年(第80回) ジュリアン・シュナーベル 「潜水服は蝶の夢を見る」
2012年(第85回) ミヒャエル・ハネケ 「愛、アムール」
2018年(第91回) アルフォンソ・キュアロン(ROMA ローマ)◎
2018年(第91回) パヴェウ・パヴリコフスキ(COLD WAR あの歌、2つの心)
2019年(第92回) ポン・ジュノ(パラサイト 半地下の家族)◎
2020年(第93回) トマス・ヴィンターベア(アナザーラウンド)
ノミネート実績があるのは、いずれも国際映画祭で名を馳せた知名度の高い監督ばかり。濱口竜介監督も国際映画祭での実績は豊富ですが、これら先人たちと比較すると、知名度の点ではやや劣るのがウィークポイントと言えるかもしれません。ただ、注目したいのはカンヌ国際映画祭組の強さです。上記8人のうち、4人がその年のカンヌで何らかの賞を受賞しています。カンヌでの実績が大きな追い風になるのは間違いなく、カンヌで脚本賞を受賞した濱口竜介監督にとってはこれ以上ないデータと言えそうです。
また、ここ3年連続で非英語作品からのノミニーが生まれているのも心強いデータです。2018年(第91回)にいたっては、同時に2人のノミニーを出すというサプライズもありました。「ROMA ローマ」や「パラサイト 半地下の家族」など、ここ数年で非英語作品が主要部門(作品賞や監督賞、演技賞)に取り上げられる機会が明らかに増えており、その点も濱口監督にとっては追い風になりそうです。
監督賞ノミネートというとてつもない偉業を達成している日本人監督が、実は過去に2人います。
世界のクロサワが「乱」でノミネートされたのがもう36年前。それ以来、外国語映画賞を受賞した「おくりびと」の滝田洋二郎も、「たそがれ清兵衛」の山田洋次も、「万引き家族」の是枝裕和も、この高い壁を越えることはできませんでした。それどころか、日本人監督が前哨戦で一定の実績を残し、監督賞ノミネートの可能性を論じられること自体ありませんでしたので、今回、濱口竜介の名前がこれだけ取り沙汰されているのは、それだけですごいことなのです。
前哨戦実績で濱口竜介監督の上に並ぶ5人はいずれも超ビッグネームで、簡単には越えられない高い壁であることは間違いありません。ただ、過去のデータや傾向からすれば、もしこの5人を逆転する可能性があるとすれば、それは濱口竜介監督ということになるでしょう。日本人監督として36年ぶりの快挙に期待が高まります。
ケネス・ブラナー(ベルファスト)
濱口竜介(ドライブ・マイ・カー)
ジェーン・カンピオン(パワー・オブ・ザ・ドッグ)
スティーヴン・スピルバーグ(ウエスト・サイド・ストーリー)
2011年(第84回)にルールが改定されて以来、アカデミー賞の作品賞部門は例年8~9本が選ばれていたのですが、今年からノミネート本数が10本に固定化されることになりました。「ドライブ・マイ・カー」陣営にとっては大きな追い風です。ちなみに昨年、第93回アカデミー賞では、この前哨戦実績にて1~5位、8位、11位、14位だった作品がそれぞれノミネートされました。というわけで、下記15作品はいずれもノミネート圏内と言っていいでしょう。
2位 「リコリス・ピザ」 51.2
3位 「ベルファスト」 46.4
4位 「ウエスト・サイド・ストーリー」 42.5
5位 「DUNE デューン 砂の惑星」 38.7
6位 「コーダ あいのうた」 33.9
7位 「ドリームプラン」 26.6
8位 「tick, tick…BOOM!:チック、チック、ブーン!」 26.2
9位 「ドライブ・マイ・カー」 25.8
10位 「ドント・ルック・アップ」 19.8
11位 「Pig」 12.1
12位 「Titane」 10.8
13位 「ナイトメア・アリー」 9.9
14位 「愛すべき夫妻の秘密」 8.1
15位 「スペンサー」 7.9
やはり今年もこのうちの上位5作品はノミネートを果たしそうです。最重要前哨戦(アメリカ製作者組合賞、ゴールデン・グローブ賞、ブロードキャスト映画批評家協会賞)すべてにノミネートされており、死角はありません。
さらに言えば、その重要前哨戦すべてにノミネートされている作品が、あと4作品も存在します。「コーダ あいのうた」「ドリームプラン」「tick, tick…BOOM!:チック、チック、ブーン!」「ドント・ルック・アップ」もコンプリート組で、「ドライブ・マイ・カー」の強力なライバルになるでしょう。
逆に、「ドライブ・マイ・カー」は重要前哨戦でひとつも作品賞に名前が挙がりませんでした。非英語作品というハンデを背負いながらもノミネートを勝ち取ってきた「ROMA ローマ」や「パラサイト 半地下の家族」に比べると、そこまで強い存在感を誇示できているわけではないというのが正直なところです。
では、その最重要前哨戦(アメリカ製作者組合賞、ゴールデン・グローブ賞、ブロードキャスト映画批評家協会賞)の作品賞でひとつもノミネートを獲得できなかった「ドライブ・マイ・カー」には、アカデミー賞のチャンスがもうないのでしょうか?作品賞のノミネート本数が10本に増えた2009年(第82回)以降の12回を対象に、最重要前哨戦3賞とアカデミー賞の相関性を調べてみました。3賞の作品賞にノミネートされず、アカデミー賞にノミネートされた作品は3本あります。
このうち、2012年のフランス映画「愛、アムール」はカンヌ国際映画祭で最高賞を獲得し、ゴールデン・グローブ賞では外国語映画賞を受賞しています。「ドライブ・マイ・カー」はまさにこの作品とそっくりな道程を歩んでいますので、逆転ノミネートの可能性は十分にあると見ていいでしょう。
両海岸の映画批評家協会賞は、全米各地で発表されるその他の批評家賞の中でも特に権威が高く、注目が集まります。ニューヨークは最も古い1935年、ロサンゼルスは1975年にそれぞれ賞が創設されましたが、選出される作品は似ているようでそうでもなく、これまで47回のうち、作品賞がかぶったのは14作品で、確率にすると30%にとどまっています。
1983年 「愛と追憶の日々」
1986年 「ハンナとその姉妹」
1990年 「グッドフェローズ」
1993年 「シンドラーのリスト」
1995年 「リービング・ラスベガス」
1997年 「L.A.コンフィデンシャル」
1998年 「プライベート・ライアン」
2004年 「サイドウェイ」
2005年 「ブロークバック・マウンテン」
2009年 「ハート・ロッカー」
2010年 「ソーシャル・ネットワーク」
2014年 「6才のボクが、大人になるまで。」
2018年 「ROMA ローマ」
2021年 「ドライブ・マイ・カー」
両海岸の批評家賞で受賞が重なった14作品のうち、13作品がアカデミー賞でも作品賞にノミネートされています(うち受賞は4本)。両賞ともに一般の映画ファンよりも通好みのする、いわゆる“Critics Darling”と呼ばれる作品群が受賞することが多いものの、両者の結果が一致した際にはアカデミー賞との一致度はずば抜けて高くなります。唯一の例外である1995年の「リービング・ラスベガス」も、監督賞、主演男優賞ほか主要4部門にノミネートされていますから、アカデミー賞への影響力は絶大と言えそうです。
ノミネート本数が拡大された2009年(第82回)以降、作品賞ノミネートを受けた計105本のうち、非映画作品はわずかに4本と非常にレアです。昨年の「ミナリ」は英語のセリフも含むアメリカ映画であることを考えると、実質3本と言っていいかもしれません。非英語作品がノミネートを受けるのはとても大変なことなのです。
2018年(第91回) 「ROMA ローマ」(メキシコ、米国)
2019年(第92回) 「パラサイト 半地下の家族」(韓国)
2020年(第93回) 「ミナリ」(米国)
ただし、2018年から3年続けて非英語作品がノミネートされているのは何とも心強いデータです。“白すぎるオスカー”問題への対処として非白人男性への会員招待を推進した結果、アカデミー会員の人種や性別、国籍などの構成が少しずつ変化し、投票結果にも明らかにこれまでと違う傾向が表れています。非英語作品が主要部門で存在感を増してきたのも、近年のアカデミー賞における新たな一面と言っていいでしょう。2年前に「パラサイト 半地下の家族」が作品賞を受賞したことで、アカデミー賞は大きなターニングポイントを迎えました。「ドライブ・マイ・カー」が作品賞ノミネートを果たせば、アカデミー協会が目指す“Diversity=多様化”はまた一歩前進することになります。
非英語作品が力を増している絶好のタイミングだけに、「ドライブ・マイ・カー」には強い追い風が吹くはずです。原作・村上春樹のブランドも手伝って、日本にとって歴史的な快挙を達成してくれると期待します。
「コーダ あいのうた」
「ドント・ルック・アップ」
「ドライブ・マイ・カー」
「DUNE デューン 砂の惑星」
「ドリームプラン」
「リコリス・ピザ」
「ナイトメア・アリー」
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」
「ウエスト・サイド・ストーリー」
希望的観測も込みですが、「ドライブ・マイ・カー」は全部で4部門にノミネートされると予想します。少なくとも国際長編映画賞はまず間違いなくノミネートされるでしょう。作品賞、監督賞、脚色賞もハードルは高く、不利なデータも多数ありますが、いまの勢いならそれらを覆すこともできるはずです。主演男優賞はさすがに厳しいと思いますが、もし万が一ノミネートを獲得したら、それこそ最大の快挙と言っていいでしょう。
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父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。