英雄の証明

劇場公開日:

英雄の証明

解説

「別離」「セールスマン」でアカデミー外国語映画賞を2度受賞するなど世界的に高い評価を受けるイランの名匠アスガー・ファルハディーが手がけ、2021年・第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したヒューマンサスペンス。SNSやメディアの歪んだ正義と不条理によって、人生を根底から揺るがす事態に巻き込まれていく男の姿を描く。イランの古都シラーズ。ラヒムは借金の罪で投獄され、服役している。そんなある時、婚約者が偶然17枚の金貨を拾う。借金を返済すればその日にでも出所できるラヒムにとって、それはまさに神からの贈り物のように思えた。しかし、罪悪感にさいなまれたラヒムは、金貨を落とし主に返すことを決意する。そのささやかな善行がメディアに報じられると大きな反響を呼び、ラヒムは「正直者の囚人」という美談とともに祭り上げられていく。ところが、 SNSを介して広まったある噂をきっかけに、状況は一変。罪のない吃音症の幼い息子をも巻き込んだ、大きな事件へと発展していく。

2021年製作/127分/G/イラン・フランス合作
原題または英題:A Hero
配給:シンカ
劇場公開日:2022年4月1日

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第79回 ゴールデングローブ賞(2022年)

ノミネート

最優秀非英語映画賞  

第74回 カンヌ国際映画祭(2021年)

受賞

コンペティション部門
グランプリ アスガー・ファルハディ

出品

コンペティション部門
出品作品 アスガー・ファルハディ
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(C)2021 Memento Production Asghar Farhadi Production ARTE France Cinema

映画レビュー

3.5善意と浅はかな出来心が同居するリアリティ

2022年4月15日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

 事前の印象とは違って、主人公ラヒムの身から出たサビが結構ある。
 彼が、婚約者の拾った金貨を持ち主に返すべくあちこちにチラシを貼り、申し出た女性に電話の段階で落とし物の特徴を言わせて確認するところまでは賢かった。ところがその話が美談として予想外に広がり始めたあと、婚約者の存在を伏せるため自分が拾ったことにしたり、落とし主を連れてくるよう就職先に言われて婚約者をダミーで連れて行ったりと、自分の都合でちょいちょい嘘を混ぜてしまう。その嘘が漏れなく彼の足を引っ張り、一時の名誉が脆くも壊れてゆく。

 ぱっと見、そりゃ自業自得だよとしか言えない展開だ。あらぬ噂の拡散と闘う善意100%の主人公を描いてSNSの功罪を問う方が、見てくれのいい話になる気もする。でもラヒムの行動は、そんなありがちな善人キャラよりもある意味生々しい。
 思いつきの善行からの思わぬ展開の中、自分の都合を捨てきれないラヒム、彼を利用しようとする刑務所関係者や受刑者の支援団体のエゴ。でも、連鎖する小さな煩悩をひとつひとつ分けて考えると、彼らの言い分も分からなくもない。それらをただの馬鹿だと切って捨てるほどご立派な生き方を自分がしてきたのかと問われれば、紙一重のような気もする。
 気軽な善意を思いつくのと同じ頭で保身のための誤魔化しも考える、肯定はしないが生身の人間なら、心の弱さからそんな良心のバグが起きることもあるだろう。意外と映画でその辺をここまでありのままに見せられることは少ないなと思った。

 また、昔なら周囲の人間関係の間でしか見えなかったそういったバグを、今はSNSがクローズアップする。事実の核心に近い情報が簡単に映像や文字として手に入る利点がある一方、事実の一部分でしかないその映像や文字が、無関係な人間にまで瞬時に拡散されることで問題の肥大化を助長する側面もある。出来心の代償が時に甚大なものになる。
 周囲の大人たちが翻弄される中で、父親の最初の行為の正しさを見失わなかった息子の素直な視点だけが、けがれがなく美しい。
 色々ケチがついてしまったが、金を騙し取られたことがきっかけの借金を返せず投獄された状況にありながら金貨を持ち主に返すこと自体は、尊い行いであることに変わりはない。一観客としてその善行が事実であることを知っているだけに、彼の愚かさを見た後であってもラストは何だかやるせない気持ちになった。

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ニコ

5.0人間の哀しさ

2022年5月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

映画は人間を描くものとすれば、本作ほど人間としっかりと見つめた作品はそうそうない。理想化も矮小化もしないで確かにここにはありのままの人間が映されている。収監され不名誉を恥じていた男がささいな良いことをして誉められたいと思うのも、過去に傷のある奴を怪しく感じてしまう大衆心理も、人助けのためなら嘘をついて誤魔化してもいいだろうと考えるのも、小さな疑惑が膨れ上がり、いつの間にか尾ひれがついて大きな悪を想像してしまうのも、ちっぽけな人間のなせる業。誰もが断片的な情報に踊らされ、それぞれの立場から見えるものだけを正しいと思い込む。ほんのわずかなボタンの掛け違いが続いてしまうと人は人を信用できなくなる。本当に紙一重のことに過ぎないにもかかわらず、その積み重ねが大事を生んでしまう。人間の営みは本当に哀しい。しかし、社会とはこのように日々営まれているという説得力がすごい。
人物の配置とプロットが大変に上手い。人間ドラマとはこう作るのだというお手本のような傑作。

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杉本穂高

4.0興味深い”人間の探究”

2022年4月14日
PCから投稿

最初からなぜか男の浮かべる微笑が頭から離れない。仮出所した主人公はシャバの空気がよっぽど嬉しいのか、ずっと笑みを浮かべている。久しぶりに彼と会う婚約者もまた同じように笑みを浮かべる。彼らの過去については我々観客にもほとんど分からない。肝心の”金貨入りバッグ”を拾った経緯もしっかり回想されるわけではない。ファルハディー監督はおそらく、あえて私たちを一般市民と同じ立場に立たせ、右から左から噴出してくる主人公にまつわる噂や、それに乗っかろうとする者たち、果てにはSNSの反応を受けて、彼の印象が刻々と変わりゆく様を体感させているのだろう。その正体は一体どこにあるのか。先の微笑の存在が本心を見えにくくさせる。しかしながら、この世の中にスネに傷を持たぬ者など存在するのだろうか。英雄の証明とは、悪魔の証明と同じくらい難解なもの。騒動と混乱を経て、最後に男がたどり着く、微笑とはまた違う表情が印象的だった。

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牛津厚信

4.5「白い牛のバラッド」に並び、世界クラスの普遍性を備えた今年観るべきイラン映画

2022年3月31日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

怖い

2月に日本公開されたマリヤム・モガッダム監督兼主演作「白い牛のバラッド」に続き、またもイランから骨太の社会派ドラマがやって来た。アスガー・ファルハディ監督は、「別離」が米アカデミー賞でイラン映画として初の外国語映画賞を獲得するなど、かの国の特殊性にとどまらないワールドクラスの普遍性はお墨付き。新作の「英雄の証明」も、岩山の壁面に刻まれた壮大な遺跡群を誇る古都シラーズを舞台にしながら、マスメディアとSNSによって無名の人物が一躍英雄になったり、またたちまち転落の危機にさらされたりといった、まさに今の情報過多な世界に起こりうるストーリーを描いている。

先述の「白い牛のバラッド」とは、囚人と刑務所、主人公の子が抱えるハンディキャップ、謎めいた関係者など、プロット上の共通点もいくつかあるが、予測のつかないストーリー展開という点でも一致する。大手媒体に掲載された評であらかたの筋を説明してしまっているものも見かけたが、事前にあまり情報を入れずに観る方が良い映画だと思う。

それにしても、主人公ラヒムが世間に英雄として持ち上げられ、今度は悪い噂で叩き落されそうになり必死に切り抜けようとする姿を、観客もまた我が事のように心をひりひりさせながら見守ってしまうのは、似たような実例をいくつも見聞きしてきたからではなかろうか。経歴詐称で表舞台から消えた経営コンサルタント、問題ある言動が暴露され干された芸能人、虚偽の発表やずさんな経営が発覚した新興企業創設者……。

そして、このような騒動が起きた時、当人だけでなく、家族や親しい人々も否応なく激しい渦の中に巻き込まれることも的確に描いている。とりわけ、吃音症を抱える息子シアヴァシュが追い込まれていく過酷な状況に、ファルハディ監督の“すごみ”を見せつけられた気がする。

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高森 郁哉