コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第19回
2020年7月6日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数278万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
第19回:なぜ「リトル・フォレスト」が大人気なのか?“TOP250”から読み解く、中国でウケる映画の傾向
第18回に続き、ソーシャル・カルチャー・サイト「Douban」の話を続けさせていただきます。前回は「Douban」の特徴や歴史、そして影響力をメインに紹介させていただきました。いかがでしたか? 映画業界に与える影響力は、本当に驚くばかりです。今回は「Douban」の映画に関するデータを見てみましょう! 中国の観客はどんな作品が好きなのか? 好きな日本映画は? 解説いたしましょう!
「Douban」には、どのくらいのデータがあるのか――実はこの疑問、中国でも度々話題になっているんですが、現時点では公式発表はありません。だから、数字はずっと謎のまま。噂によれば、映画に加えて、ドラマ、テレビアニメなどを含めると、総計10万の作品ページが作られているらしいです。いずれにせよ、巨大なデータベースであることは間違いありません。
まずは“巨大データの迷宮”の核ともいえるオールタイムベスト(映画版)を見てみましょう。「Douban」は、世界最大級の映画データベース「IMDb」と同じく、各作品の点数、鑑賞人数などのデータを総合的に判断し、TOP250のランキングをリアルタイムで更新し続けています。これをチェックすれば、中国の観客が好きな映画作品を把握することができますし、傾向も分析できます。まずは、TOP10(6月20日時点)をチェックしてみましょう!
1位「ショーシャンクの空に」(監督:フランク・ダラボン)
2位「さらば、わが愛 覇王別姫」(監督:チェン・カイコー)
3位「フォレスト・ガンプ 一期一会」(監督:ロバート・ゼメキス)
4位「レオン(1994)」(監督:リュック・ベッソン)
5位「ライフ・イズ・ビューティフル」(監督:ロベルト・ベニーニ)
6位「タイタニック(1997)」(監督:ジェームズ・キャメロン)
7位「千と千尋の神隠し」(監督:宮崎駿)
8位「シンドラーのリスト」(監督:スティーブン・スピルバーグ)
9位「インセプション」(監督:クリストファー・ノーラン)
10位「HACHI 約束の犬」(監督:ラッセ・ハルストレム)
この結果、実は「IMDb」のランキングとかなり違うんです。最も大きな特徴は、作品の公開年が、全て“1990年代以降”であること。最も古い作品の「さらば、わが愛 覇王別姫」でさえ、93年公開(日本は94年公開)。ある意味、中国市場の“若さ”の証明でもあります。「IMDb」TOP10の常連作「ゴッドファーザー」「十二人の怒れる男」が入っていない代わりに、中国、フランス、イタリア、日本の作品が、それぞれ1本ずつランクイン。ハリウッド映画主導の「IMDb」と比べると、より“国際的”と言えます。とはいえ、TOP250の全てを確認してみると、一番作品数が多いのはハリウッド映画となっています。
「ショーシャンクの空に」は、最早説明不要ですよね。殿堂入りの名作。長年「IMDb」の1位に君臨しています。映画に興味を持った人であれば、大抵見ているはずです。「Douban」の作品ページでは、約300万人が“見た”をチェックし、点数は満点に近い9.7。6位の「タイタニック(1997)」には、逸話があるんです。97年の中国映画市場は、年間100億円程度の小規模な市場でしたが、当時の年間興収の約3割が「タイタニック(1997)」の稼ぎによるもの。同作がきっかけとなり、多くの人々が初めて映画館で映画を見ることになりました。つまり、中国人とっての“映画との最初の邂逅”と言ってもいいでしょう。
3位の「フォレスト・ガンプ 一期一会」、8位の「シンドラーのリスト」ですが、実は中国で一般公開されていません。ですが、海賊版の黎明期である90年代に見ることができました。この体験は、おそらくアメリカ人が「ゴットファーザー」を見た時と同じような特別なものだったので、中国人の記憶の奥に残されているのでしょう。これは、4位の「レオン(1994)」にも言えること。初めて大衆が知ることができたフランス映画――“永遠の13歳”ナタリー・ポートマンの笑顔を、中国の映画ファンは一生忘れることができないんです。
2位「さらば、わが愛 覇王別姫」は、年を重ねるごとに“伝説化”が進んでいます。現時点で唯一のカンヌ国際映画祭パルムドールを獲得した中国映画。レスリー・チャンの名演。多くの中国人が“史上最高の中国映画”として認めています。新作「TENET テネット」が控えるクリストファー・ノーラン監督は、中国では「メメント」の時点で注目を集め、「ダークナイト」で人気が爆発。9位「インセプション」で“神の領域”に入り、TOP250には7本の作品がランクイン。監督別ランキングでは、堂々の1位。ノーラン監督の新作は、1年のなかで最も注目される作品になるんです。
実はもうひとり、TOP250に7本の作品が入った監督がいます。中国では“アニメの神様”とも呼ばれている宮崎駿監督です。19年に初めて一般公開された「千と千尋の神隠し」は、18年に上映された「となりのトトロ」(1億7368万元:27億6000万円)を抜き、4億8800万元(75億6000万円)を記録。同年に中国で公開された日本映画の興収1位となりました。
「千と千尋の神隠し」も「となりのトトロ」も、中国ではリアルタイムでの公開が実現していません。これまで“宮崎アニメ”を鑑賞するには、海賊版というルートを頼るしかなかったんです。ジブリ作品に魅せられた人々の口コミはどんどん広がり、「千と千尋の神隠し」の作品ページには200万の“見た”が付き、21位「となりのトトロ」、39位「天空の城ラピュタ」、41位「ハウルの動く城」も、既に100万超えの“見た”となっています。当コラムの第3回「『千と千尋の神隠し』中国大ヒットのポイントは“18年前の旧作”という背景」には、海賊版で作品を見ていた人々が“再び劇場に訪れた理由”を記しているので、是非読んでみてください!
ジブリ作品のランクインは、予想通りだと思います。実はここからが面白い。TOP250には、日本映画が32本も入っています。これは、国・地域別で考えてみると、アメリカに次ぐ2位。中国(21本)、香港(24本)、韓国(10本)よりも入選本数が多いんです。日本映画のうち、世界的に評価も高いアニメ作品が半数の16本。特筆すべきは、中国国内での一般公開がなかなかヒットしづらい実写作品が16本も入っている点。以下は、TOP250に入った日本映画の一覧です(更新日:6月20日)。
7位「千と千尋の神隠し」(監督:宮崎駿)
21位「となりのトトロ」(監督:宮崎駿)
39位「天空の城ラピュタ」(監督:宮崎駿)
41位「ハウルの動く城」(監督:宮崎駿)
73位「Love Letter」(監督:岩井俊二)
87位「嫌われ松子の一生」(監督:中島哲也)
101位「もののけ姫」(監督:宮崎駿)
103位「リトル・フォレスト 夏・秋」(監督:森淳一)
105位「おくりびと」(監督:滝田洋二郎)
109位「パプリカ」(監督:今敏)
110位「リトル・フォレスト 冬・春」(監督:森淳一)
113位「耳をすませば(1995)」(監督:近藤喜文)
119位「告白(2010)」(監督:中島哲也)
123位「蛍火の杜へ」(監督:大森貴弘)
125位「誰も知らない」(監督:是枝裕和)
129位「借りぐらしのアリエッティ」(監督:米林宏昌)
130位「菊次郎の夏」(監督:北野武)
138位「人生フルーツ」(監督:伏原健之)
141位「風の谷のナウシカ」(監督:宮崎駿)
151位「七人の侍」(監督:黒澤明)
163位「火垂るの墓(1988)」(監督:高畑勲)
169位「君の名は。」(監督:新海誠)
175位「ハチ公物語」(監督:神山征二郎)
180位「おまえうまそうだな」(監督:藤森雅也)
181位「パーフェクトブルー」(監督:今敏)
185位「海街diary」(監督:是枝裕和)
194位「魔女の宅急便(1989)」(監督:宮崎駿)
200位「万引き家族」(監督:是枝裕和)
202位「羅生門」(監督:黒澤明)
210位「時をかける少女(2006)」(監督:細田守)
231位「歩いても 歩いても」(監督:是枝裕和)
239位「東京物語」(監督:小津安二郎)
黒澤明、小津安二郎、北野武、是枝裕和といった世界的な名匠たちはもちろん、岩井俊二、中島哲也のランクインに関しても、以前からアジア圏で絶大な人気を得ているので、意外な結果とは言えません。
着目すべきは「リトル・フォレスト 夏・秋」「リトル・フォレスト 冬・春」のランクインです。
日本では約30館で封切られた同2作は、あまり話題になったとは言えませんでしたし、国内の映画賞も無縁でした。ですが「リトル・フォレスト」シリーズは、海外で非常に人気があるんです。「リトル・フォレスト 夏・秋」は、第62回サン・セバスチャン国際映画祭、「リトル・フォレスト 冬・春」は第65回ベルリン国際映画祭で上映されました。韓国でも大人気となり、18年には「リトル・フォレスト 春夏秋冬」というタイトルでリメイクされています。
中国では一般公開されていないのですが、海賊版で“見た”人たちは、ほぼ全員が大絶賛。「これこそ、私たちが好きな日本映画。好きな日本文化だ」とコメントする人が多かったんです。その口コミは、普段日本映画を見ない層にまで影響を与えていました。「Douban」の作品ページで“見た”をチェックしたユーザーは、現時点で2作とも約40万。なぜここまで愛されているのでしょうか?
「リトル・フォレスト」シリーズには、料理を作るシーンが頻出します。グルメ作品が大好きな中華圏の人々は「見逃す訳にはいかない」と感じたはす。アジアでは、グルメドラマ「孤独のグルメ」「深夜食堂」が人気を博していますが、「リトル・フォレスト」の最大の魅力は、料理を食べるシーンではないと思っています。世界中の人々に響いたのは“料理ができるまで”の内容。農村に暮らしている人々が、食材を栽培し、収穫をする――この過程が、一番の見どころとなったんです。
11年、アメリカ製作のドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」(デビッド・ゲルブ監督)は、全世界で“寿司ブーム”を巻き起こしました。この作品は、寿司職人・小野二郎さんが握る“至高の寿司”が評価されたというよりも、彼の“職人精神”が世界中の人々に衝撃を与えました。つまり「リトル・フォレスト」シリーズは、「二郎は鮨の夢を見る」が得た評価と通じているものがあるんです。
「リトル・フォレスト」シリーズは、料理映画という領域を超え、日本人の“大自然に対する敬意”が完璧に描かれていたと感じています。なぜ中国人は何度も日本に観光に来るのでしょうか。なぜ、田舎にまで足を運ぶのでしょうか。日本の文化が、中国、そして世界に愛されている理由は「リトル・フォレスト」シリーズに詰まっているんです。138位のドキュメンタリー映画「人生フルーツ」も、日本人夫婦の老後生活が主題となっていますが、彼らの生き方と価値観は、中国人のみならず、海外の人々にとっての理想像。「日本は、自分たちの桃源郷だ」と感じる人は、数多く存在しています。
私も海外出身ですので、周りに日本の文化が好きな人がたくさんいます。日本人の友達に「なぜ日本の文化が好きなんですか」と聞かれることがありますが、私は「日本人が“普通”だと思っていることは、海外では非常に素晴らしいことなのかも」と答えています。19年、欧米で大ヒットしたNetflixのリアリティ番組「KonMari 人生がときめく片づけの魔法」も、この事例のひとつと言えるでしょう。日本人にとっては当たり前の“片づける”という行為は、欧米からすると、全く異なる価値観の提示でした。
ただ、個人的に非常に残念だなと思う点もあります。それは、日本の素晴らしさを紹介する作品が“日本発ではない”というもの。寿司という日本の国民食が、アメリカのドキュメンタリーを通じて、世界でブームを巻き起こす――ちょっと違和感を感じています。だからこそ「リトル・フォレスト」シリーズにおける日本と海外の反響の違いにも、同じ思いを抱くんです。どのようにして“日本の素晴らしさ”を世界に送り出すか――これが、日本映画界にとっての大きな課題でもあり、ひとつの突破口となるかもしれません。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc