【中国映画コラム】なぜ「リトル・フォレスト」が大人気なのか?“TOP250”から読み解く、中国でウケる映画の傾向

2020年7月9日 14:00


「リトル・フォレスト 夏・秋」
「リトル・フォレスト 夏・秋」

[映画.com ニュース] 北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数278万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


第18回に続き、ソーシャル・カルチャー・サイト「Douban」の話を続けさせていただきます。前回は「Douban」の特徴や歴史、そして影響力をメインに紹介させていただきました。いかがでしたか? 映画業界に与える影響力は、本当に驚くばかりです。今回は「Douban」の映画に関するデータを見てみましょう! 中国の観客はどんな作品が好きなのか? 好きな日本映画は? 解説いたしましょう!

「Douban」には、どのくらいのデータがあるのか――実はこの疑問、中国でも度々話題になっているんですが、現時点では公式発表はありません。だから、数字はずっと謎のまま。噂によれば、映画に加えて、ドラマ、テレビアニメなどを含めると、総計10万の作品ページが作られているらしいです。いずれにせよ、巨大なデータベースであることは間違いありません。

まずは“巨大データの迷宮”の核ともいえるオールタイムベスト(映画版)を見てみましょう。「Douban」は、世界最大級の映画データベース「IMDb」と同じく、各作品の点数、鑑賞人数などのデータを総合的に判断し、TOP250のランキングをリアルタイムで更新し続けています。これをチェックすれば、中国の観客が好きな映画作品を把握することができますし、傾向も分析できます。まずは、TOP10(6月20日時点)をチェックしてみましょう!

1位「ショーシャンクの空に」(監督:フランク・ダラボン
2位「さらば、わが愛 覇王別姫」(監督:チェン・カイコー
3位「フォレスト・ガンプ 一期一会」(監督:ロバート・ゼメキス
4位「レオン(1994)」(監督:リュック・ベッソン
5位「ライフ・イズ・ビューティフル」(監督:ロベルト・ベニーニ
6位「タイタニック(1997)」(監督:ジェームズ・キャメロン
7位「千と千尋の神隠し」(監督:宮崎駿
8位「シンドラーのリスト」(監督:スティーブン・スピルバーグ
9位「インセプション」(監督:クリストファー・ノーラン
10位「HACHI 約束の犬」(監督:ラッセ・ハルストレム

この結果、実は「IMDb」のランキング(https://www.imdb.com/chart/top)とかなり違うんです。最も大きな特徴は、作品の公開年が、全て“1990年代以降”であること。最も古い作品の「さらば、わが愛 覇王別姫」でさえ、93年公開(日本は94年公開)。ある意味、中国市場の“若さ”の証明でもあります。「IMDb」TOP10の常連作「ゴッドファーザー」「十二人の怒れる男」が入っていない代わりに、中国、フランス、イタリア、日本の作品が、それぞれ1本ずつランクイン。ハリウッド映画主導の「IMDb」と比べると、より“国際的”と言えます。とはいえ、TOP250の全てを確認してみると、一番作品数が多いのはハリウッド映画となっています。

「ショーシャンクの空に」
「ショーシャンクの空に」

ショーシャンクの空に」は、最早説明不要ですよね。殿堂入りの名作。長年「IMDb」の1位に君臨しています。映画に興味を持った人であれば、大抵見ているはずです。「Douban」の作品ページでは、約300万人が“見た”をチェックし、点数は満点に近い9.7。6位の「タイタニック(1997)」には、逸話があるんです。97年の中国映画市場は、年間100億円程度の小規模な市場でしたが、当時の年間興収の約3割が「タイタニック(1997)」の稼ぎによるもの。同作がきっかけとなり、多くの人々が初めて映画館で映画を見ることになりました。つまり、中国人とっての“映画との最初の邂逅”と言ってもいいでしょう。

「フォレスト・ガンプ 一期一会」
「フォレスト・ガンプ 一期一会」
「シンドラーのリスト」
「シンドラーのリスト」

3位の「フォレスト・ガンプ 一期一会」、8位の「シンドラーのリスト」ですが、実は中国で一般公開されていません。ですが、海賊版の黎明期である90年代に見ることができました。この体験は、おそらくアメリカ人が「ゴットファーザー」を見た時と同じような特別なものだったので、中国人の記憶の奥に残されているのでしょう。これは、4位の「レオン(1994)」にも言えること。初めて大衆が知ることができたフランス映画――“永遠の13歳”ナタリー・ポートマンの笑顔を、中国の映画ファンは一生忘れることができないんです。

「さらば、わが愛 覇王別姫」
「さらば、わが愛 覇王別姫」

2位「さらば、わが愛 覇王別姫」は、年を重ねるごとに“伝説化”が進んでいます。現時点で唯一のカンヌ国際映画祭パルムドールを獲得した中国映画。レスリー・チャンの名演。多くの中国人が“史上最高の中国映画”として認めています。新作「TENET テネット」が控えるクリストファー・ノーラン監督は、中国では「メメント」の時点で注目を集め、「ダークナイト」で人気が爆発。9位「インセプション」で“神の領域”に入り、TOP250には7本の作品がランクイン。監督別ランキングでは、堂々の1位。ノーラン監督の新作は、1年のなかで最も注目される作品になるんです。

実はもうひとり、TOP250に7本の作品が入った監督がいます。中国では“アニメの神様”とも呼ばれている宮崎駿監督です。19年に初めて一般公開された「千と千尋の神隠し」は、18年に上映された「となりのトトロ」(1億7368万元:27億6000万円)を抜き、4億8800万元(75億6000万円)を記録。同年に中国で公開された日本映画の興収1位となりました。

「千と千尋の神隠し」中国版ポスター
「千と千尋の神隠し」中国版ポスター

千と千尋の神隠し」も「となりのトトロ」も、中国ではリアルタイムでの公開が実現していません。これまで“宮崎アニメ”を鑑賞するには、海賊版というルートを頼るしかなかったんです。ジブリ作品に魅せられた人々の口コミはどんどん広がり、「千と千尋の神隠し」の作品ページには200万の“見た”が付き、21位「となりのトトロ」、39位「天空の城ラピュタ」、41位「ハウルの動く城」も、既に100万超えの“見た”となっています。当コラムの第3回「『千と千尋の神隠し』中国大ヒットのポイントは“18年前の旧作”という背景」(https://eiga.com/extra/xhc/3/)には、海賊版で作品を見ていた人々が“再び劇場に訪れた理由”を記しているので、是非読んでみてください!

ジブリ作品のランクインは、予想通りだと思います。実はここからが面白い。TOP250には、日本映画が32本も入っています。これは、国・地域別で考えてみると、アメリカに次ぐ2位。中国(21本)、香港(24本)、韓国(10本)よりも入選本数が多いんです。日本映画のうち、世界的に評価も高いアニメ作品が半数の16本。特筆すべきは、中国国内での一般公開がなかなかヒットしづらい実写作品が16本も入っている点。以下は、TOP250に入った日本映画の一覧です(更新日:6月20日)。

7位「千と千尋の神隠し」(監督:宮崎駿
21位「となりのトトロ」(監督:宮崎駿
39位「天空の城ラピュタ」(監督:宮崎駿
41位「ハウルの動く城」(監督:宮崎駿
73位「Love Letter」(監督:岩井俊二
87位「嫌われ松子の一生」(監督:中島哲也
101位「もののけ姫」(監督:宮崎駿
103位「リトル・フォレスト 夏・秋」(監督:森淳一
105位「おくりびと」(監督:滝田洋二郎
109位「パプリカ」(監督:今敏
110位「リトル・フォレスト 冬・春」(監督:森淳一
113位「耳をすませば(1995)」(監督:近藤喜文
119位「告白(2010)」(監督:中島哲也
123位「蛍火の杜へ」(監督:大森貴弘
125位「誰も知らない」(監督:是枝裕和
129位「借りぐらしのアリエッティ」(監督:米林宏昌
130位「菊次郎の夏」(監督:北野武
138位「人生フルーツ」(監督:伏原健之
141位「風の谷のナウシカ」(監督:宮崎駿
151位「七人の侍」(監督:黒澤明
163位「火垂るの墓(1988)」(監督:高畑勲
169位「君の名は。」(監督:新海誠
175位「ハチ公物語」(監督:神山征二郎
180位「おまえうまそうだな」(監督:藤森雅也
181位「パーフェクトブルー」(監督:今敏
185位「海街diary」(監督:是枝裕和
194位「魔女の宅急便(1989)」(監督:宮崎駿
200位「万引き家族」(監督:是枝裕和
202位「羅生門」(監督:黒澤明
210位「時をかける少女(2006)」(監督:細田守
231位「歩いても 歩いても」(監督:是枝裕和
239位「東京物語」(監督:小津安二郎

黒澤明小津安二郎北野武是枝裕和といった世界的な名匠たちはもちろん、岩井俊二中島哲也のランクインに関しても、以前からアジア圏で絶大な人気を得ているので、意外な結果とは言えません。

着目すべきは「リトル・フォレスト 夏・秋」「リトル・フォレスト 冬・春」のランクインです。

日本では約30館で封切られた同2作は、あまり話題になったとは言えませんでしたし、国内の映画賞も無縁でした。ですが「リトル・フォレスト」シリーズは、海外で非常に人気があるんです。「リトル・フォレスト 夏・秋」は、第62回サン・セバスチャン国際映画祭、「リトル・フォレスト 冬・春」は第65回ベルリン国際映画祭で上映されました。韓国でも大人気となり、18年には「リトル・フォレスト 春夏秋冬」というタイトルでリメイクされています。

「リトル・フォレスト 春夏秋冬」
「リトル・フォレスト 春夏秋冬」

中国では一般公開されていないのですが、海賊版で“見た”人たちは、ほぼ全員が大絶賛。「これこそ、私たちが好きな日本映画。好きな日本文化だ」とコメントする人が多かったんです。その口コミは、普段日本映画を見ない層にまで影響を与えていました。「Douban」の作品ページで“見た”をチェックしたユーザーは、現時点で2作とも約40万。なぜここまで愛されているのでしょうか?

「リトル・フォレスト」シリーズには、料理を作るシーンが頻出します。グルメ作品が大好きな中華圏の人々は「見逃す訳にはいかない」と感じたはす。アジアでは、グルメドラマ「孤独のグルメ」「深夜食堂」が人気を博していますが、「リトル・フォレスト」の最大の魅力は、料理を食べるシーンではないと思っています。世界中の人々に響いたのは“料理ができるまで”の内容。農村に暮らしている人々が、食材を栽培し、収穫をする――この過程が、一番の見どころとなったんです。

「二郎は鮨の夢を見る」
「二郎は鮨の夢を見る」

11年、アメリカ製作のドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」(デビッド・ゲルブ監督)は、全世界で“寿司ブーム”を巻き起こしました。この作品は、寿司職人・小野二郎さんが握る“至高の寿司”が評価されたというよりも、彼の“職人精神”が世界中の人々に衝撃を与えました。つまり「リトル・フォレスト」シリーズは、「二郎は鮨の夢を見る」が得た評価と通じているものがあるんです。

「リトル・フォレスト」シリーズは、料理映画という領域を超え、日本人の“大自然に対する敬意”が完璧に描かれていたと感じています。なぜ中国人は何度も日本に観光に来るのでしょうか。なぜ、田舎にまで足を運ぶのでしょうか。日本の文化が、中国、そして世界に愛されている理由は「リトル・フォレスト」シリーズに詰まっているんです。138位のドキュメンタリー映画「人生フルーツ」も、日本人夫婦の老後生活が主題となっていますが、彼らの生き方と価値観は、中国人のみならず、海外の人々にとっての理想像。「日本は、自分たちの桃源郷だ」と感じる人は、数多く存在しています。

「リトル・フォレスト 冬・春」
「リトル・フォレスト 冬・春」

私も海外出身ですので、周りに日本の文化が好きな人がたくさんいます。日本人の友達に「なぜ日本の文化が好きなんですか」と聞かれることがありますが、私は「日本人が“普通”だと思っていることは、海外では非常に素晴らしいことなのかも」と答えています。19年、欧米で大ヒットしたNetflixのリアリティ番組「KonMari 人生がときめく片づけの魔法」も、この事例のひとつと言えるでしょう。日本人にとっては当たり前の“片づける”という行為は、欧米からすると、全く異なる価値観の提示でした。

ただ、個人的に非常に残念だなと思う点もあります。それは、日本の素晴らしさを紹介する作品が“日本発ではない”というもの。寿司という日本の国民食が、アメリカのドキュメンタリーを通じて、世界でブームを巻き起こす――ちょっと違和感を感じています。だからこそ「リトル・フォレスト」シリーズにおける日本と海外の反響の違いにも、同じ思いを抱くんです。どのようにして“日本の素晴らしさ”を世界に送り出すか――これが、日本映画界にとっての大きな課題でもあり、ひとつの突破口となるかもしれません。

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