第87回アカデミー賞(2015年) 全部門ノミネート・その他の賞

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第87回アカデミー賞 全部門ノミネート

助演男優賞

winnerアイコンロバート・デュバル

米サンディエゴ出身。海軍将官の父とアマチュアの女優の母を持つ。イリノイ州のプリンキピア・カレッジで演劇を専攻し、2年間の兵役後、ニューヨークのネイバーフッド・プレイハウス演劇学校でダスティン・ホフマンやジーン・ハックマンとともにサンフォード・マイズナーに学ぶ。ブロードウェイの舞台からキャリアをスタートさせ、TV出演を経て、1962年に「アラバマ物語」で映画デビュー。フランシス・フォード・コッポラ監督の「ゴッドファーザー」(72)でアカデミー助演男優賞に初ノミネートされ、その後も「M★A★S★H」(73)、「ゴッドファーザー PARTII」(74)といった名作に出演。「地獄の黙示録」(79)で再びアカデミー助演男優賞にノミネートされ、「パパ」(79)では翌80年度のアカデミー主演男優賞の候補に挙がり、主演作「テンダー・マーシー」(83)でついにオスカーを獲得した。俳優として活躍する一方で、「アンジェロ・マイ・ラヴ」(83・日本劇場未公開)や「愛と暗殺のタンゴ」(02・日本劇場未公開)を監督。90年代になってからも「The Apostle(原題)」(97)と「シビル・アクション」(98)でもオスカー候補になり、14年の「ジャッジ 裁かれる判事」(14)では、史上最高齢の84歳でアカデミー助演男優賞ノミニーとなった。

winnerアイコンイーサン・ホーク

元々は作家を目指していたが、中学時代に演劇を始め、プレストン大学にある劇団「マッカーター・シアター」で演技のレッスンを受けたことから俳優の道に進むことを決意。1985年、ジョー・ダンテ監督作「エクスプロラーズ」で映画デビューを果たした。その後、学業に専念しカーネギーメロン大学に入学したが、ピーター・ウィアー監督作品「いまを生きる」(89)で俳優に復帰しブレイクしたため、大学を退学する。以後、「生きてこそ」(94)や「ガタカ」(97)などで主演を務め、リチャード・リンクレイター監督、ジュリー・デルピー共演の「恋人までの距離(ディスタンス)」(95)も人気を博す。01年には初監督作「チェルシー・ホテル」を発表し、アントワン・フークア監督の「トレーニング デイ」でアカデミー助演男優賞にノミネート。04年に「恋人までの距離(ディスタンス)」の続編「ビフォア・サンセット」、さらに9年後に3作目「ビフォア・ミッドナイト」(13)でデルピーと再共演し、両作でリンクレイター監督とデルピーとともにアカデミー脚色賞の候補になった。リンクレイター監督の「6才のボクが、大人になるまで。」(14)では12年にわたる撮影に参加し、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞映画部門の助演男優賞にノミネートされた。

winnerアイコンエドワード・ノートン

米マサチューセッツ州ボストン出身。父親は連邦主席検察官、母親は元高校教師、祖父が建築家という名家に育つ。高校から演劇を始め、イェール大学を卒業後ニューヨークに移り、演劇活動を本格的に開始。1996年、リチャード・ギア主演の「真実の行方」で映画デビューすると、いきなりアカデミー助演男優賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞では映画部門の最優秀助演男優賞を受賞。その後、ミロス・フォアマン監督の「ラリー・フリント」(96)などを経て、「アメリカン・ヒストリーX」(98)でアカデミー主演男優賞にノミネートされる。翌99年に主演した「ファイト・クラブ」は大きな話題を呼び、01年に「僕たちのアナ・バナナ」で監督業にも進出。以降、「25時」「レッド・ドラゴン」(ともに02)などに出演し、マーベル・コミックの人気キャラクターを実写映画化した「インクレディブル・ハルク」(08)では主演を務めた。近年では、ウェス・アンダーソン監督の「ムーンライズ・キングダム」(12)と「グランド・ブダペスト・ホテル」(14)に2作連続で出演。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(14)で、再びアカデミー助演男優賞にノミネートされた。

winnerアイコンマーク・ラファロ

両親はイタリア系アメリカ人。米ステラ・アドラー音楽学校で学んだ後、舞台役者としてデビューするもなかなか売れずにいたが、2000年に以前から親交のあるケネス・ロナーガンが監督した映画「ユー・キャン・カウント・オン・ミー」の主演に抜てきされ、インディペンデント・スピリット・アワードにノミネート。その後も演劇界で活動し、ブロードウェイデビュー作「Awake and Sing!」で06年度トニー賞のノミネートを受ける一方で、ハリウッドを代表する監督の作品にも多く出演。「キッズ・オールライト」(10)でアカデミー助演男優賞に初ノミネートされた。10年には初監督作品「シンパシー・フォー・デリシャス」がサンダンス映画祭で特別審査員賞を受賞。世界的大ヒットを記録したマーベルの「アベンジャーズ」シリーズ(12~)では、ブルース・バナー/ハルク役で好評を博す。実話をもとにした「フォックスキャッチャー」(14)で再びアカデミー助演男優賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞では同作で映画ドラマ部門の助演男優賞、TV映画「ノーマル・ハート」(14)でテレビ部門(ミニシリーズ・TV映画)の主演男優賞にノミネートされる。翌16年にも「Infinitely Polar Bear(原題)」(15)でゴールデングローブ賞コメディ/ミュージカル部門の主演男優賞にノミネートされ、「スポットライト 世紀のスクープ」(15)でアカデミー助演男優賞の候補となった。

winnerアイコンJ・K・シモンズ

米モンタナ大学で作曲を学んだ後、俳優として活動を開始。TVシリーズ「LAW&ORDER」(94~10)とそのスピンオフシリーズ「LAW & ORDER 性犯罪特捜班」(00~01)などのスコダ医師役で知られるようになり、そのほかにも「OZ オズ」(97~03)や「ER 緊急救命室」(04)などに出演。サム・ライミ監督の「スパイダーマン」3部作(02、04、07)では、新聞社の編集長J・ジョナ・ジェイムソン役を演じ、TVアニメ「アルティメット・スパイダーマン」(12~14)でも同役の声を担当する。TVシリーズ「クローザー」(05~12)では番組開始からファイナルとなった第7シーズンまで、作品の舞台となるロサンゼルス市警の副本部長ウィル・ポープ役を演じきった。近年は「JUNO ジュノ」(07)、「マイレージ、マイライフ」(09)などジェイソン・ライトマン監督作品の常連としても知られ、ライトマンが製作総指揮を務めた映画「セッション」(14)では、主人公のジャズドラマーを指導するスパルタコーチを怪演。その演技が絶賛され、見事アカデミー助演男優賞を受賞。他にも、ゴールデングローブ賞や英国アカデミー(BAFTA)賞といった映画賞で助演男優賞を総なめにした。

助演女優賞

winnerアイコンパトリシア・アークエット

父は俳優のルイス・アークエット。姉ロザンナ、妹アレクシス、弟デビッド、リッチモンドも俳優になった。1987年にスクリーンデビューを果たし、ショーン・ペンが監督した「インディアン・ランナー」(91)あたりから注目を集め、「トゥルー・ロマンス」(93)でブレイク。以降、「哀愁のメモワール」(93)、「エド・ウッド」(94)、「アメリカの災難」(96)、「ロスト・ハイウェイ」(97)、「ヒューマンネイチュア」(01)などに出演する。その後、TVシリーズ「ミディアム 霊能者アリソン・デュボア」(05~11)に主演し、05年にエミー賞ドラマシリーズ部門で主演女優賞を受賞。07年にも同賞にノミネートされており、ゴールデングローブ賞でもTVシリーズ部門の最優秀女優賞(ドラマ部門)に3度ノミネートされた。リチャード・リンクレイター監督の「6才のボクが、大人になるまで。」で主人公の母親役を12年にわたり演じ続け、14年に同作が公開されるとゴールデングローブ賞映画部門の最優秀助演女優賞や数々の批評家協会賞で助演女優賞を受賞し、アカデミー賞でも助演女優賞に輝いた。私生活では、88年に俳優のポール・ロッシとの間に長男エンツォ(後に俳優となる)をもうけたが破局。95年にニコラス・ケイジと結婚し話題を呼んだが、01年に離婚に至った。その後、トーマス・ジェーンとのあいだに長女を出産、06年に再婚したが09年に離婚した。

winnerアイコンローラ・ダーン

父は俳優のブルース・ダーン、母は女優のダイアン・ラッド。2歳の時に両親が離婚し、母親に育てられる。ラッドが出演した「白熱」(1973)に端役で顔を出し、その後、リー・ストラスバーグ・シアター・インスティテュートと英・王立演劇学校で演技を学ぶ。1980年の「フォクシー・レディ」で本格的なデビューを果たし、85年の「マスク」でロサンゼルス映画批評家協会賞のニュー・ジェネレーション賞を受賞。デビッド・リンチ監督の「ブルーベルベット」(86)で脚光を浴び、続く「ワイルド・アット・ハート」(90)では主演を務めた。母ラッドと共演した「ランブリング・ローズ」(91)では、自身がアカデミー主演女優賞にノミネートされただけでなく、ラッドも助演女優賞の候補となった。同一作品に出演した母娘がそろってノミネートされたのはオスカー史上初だったが、ふたりとも受賞は逃した。その後は、大ヒット作「ジュラシック・パーク」(93)とシリーズ第3弾「ジュラシック・パークIII」(01)といった大作でも活躍し、06年にはリンチ監督の「インランド・エンパイア」に主演。「わたしに会うまでの1600キロ」(14)でアカデミー助演女優賞ノミネートされた。近年の主な出演作に「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」(17)、TVシリーズ「ツイン・ピークス The Return」(17)、「ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏」(18)、「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」(19)など。Netflix映画「マリッジ・ストーリー」(19)では、主人公ニコールをサポートする女性弁護士を演じ、再びアカデミー助演女優賞にノミネートされた。

winnerアイコンキーラ・ナイトレイ

父親が舞台俳優ウィル・ナイトレイ、母親が劇作家シャーマン・マクドナルドという芸能一家に生まれる。幼少から演技に興味を持ち、7歳でTVに初出演し、9歳の時に映画デビューを果たす。1999年、「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」で、ナタリー・ポートマン演じるパドメ・アミダラの影武者役を演じて脚光を浴び、03年には「パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち」のヒロイン役エリザベスに大抜てきされる。その後、ジョー・ライト監督がジェーン・オースティンの名作小説を映画化した「プライドと偏見」(05)で主人公エリザベス・ベネットを演じ、アカデミー主演女優賞とゴールデングローブ賞の最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル)にノミネート。以降、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの2作目「デッドマンズ・チェスト」(06)と3作目「ワールド・エンド」(07)にも出演し、ライト監督作の「つぐない」(07)と「アンナ・カレーニナ」(12)では主演を務めた。14年の「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」でアカデミー助演女優賞にノミネートされる。その他の出演作に「ベッカムに恋して」(02)、「ラブ・アクチュアリー」(03)、「わたしを離さないで」(10)、「危険なメソッド」(11)などがある。プライベートでは、ルパート・フレンドやジェイミー・ドーナンと交際し、13年にミュージシャンのジェームズ・ライトンと結婚した。

winnerアイコンエマ・ストーン

11歳の頃から地元アリゾナ州の劇団や即興劇のグループに所属し、2005年にTVドラマで女優デビュー。07年の「スーパーバッド 童貞ウォーズ」で映画に初出演して以降、「ゾンビランド」(09)などで注目を集め、「小悪魔はなぜモテる?!」(10・日本劇場未公開)で初主演を務める。「ラブ・アゲイン」や「ヘルプ 心がつなぐストーリー」(ともに11)でも好演を見せ、「アメイジング・スパイダーマン」シリーズ(12、14)ではヒロインのグウェン・ステイシー役を演じ、主演俳優のアンドリュー・ガーフィールドとの交際でも話題を呼ぶ。14年の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でアカデミー助演女優賞初ノミネートを果たす。ウッディ・アレン監督の「マジック・イン・ムーンライト」(14)と「教授のおかしな妄想殺人」(15)の2作連続でヒロイン役を務めた。ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」(16)で女優志望の主人公を演じ、ベネチア国際映画祭の最優秀女優賞や、アカデミー主演女優賞など数多くの賞を受賞する。

winnerアイコンメリル・ストリープ

アメリカを代表する大女優。米イェール大学の大学院(演劇科)を卒業後、舞台俳優としてキャリアをスタートする。1977年、ジェーン・フォンダ主演の「ジュリア」で映画デビューし、翌78年の「ディア・ハンター」でアカデミー助演女優賞に初ノミネート。「クレイマー・クレイマー」(79)で同賞を受賞し、若手演技派女優のトップに躍り出る。83年には「ソフィーの選択」で同主演女優賞も受賞し、以降「愛と哀しみの果て」(85)や「激流」(94)、「マディソン郡の橋」(95)、「めぐりあう時間たち」(02)など良質の作品に多数出演。「プラダを着た悪魔」(06)の鬼上司ミランダ役で強烈な存在感を見せつけ、ミュージカル映画「マンマ・ミーア!」(08)では美声を披露した。アカデミー賞の俳優部門ノミネート回数は歴代最多を誇り、主演作「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(11)で17度目のノミネート、3度目の受賞。「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」(16)で最多ノミネート記録を20回へと更新した。

短編アニメーション賞

短編実写映画賞

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Photo:Getty Images/アフロ