コラム:「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ - 第8回
2021年12月20日更新
「ドライブ・マイ・カー」は主要部門でのノミネートもありうる?第94回アカデミー賞の行方を占う
アカデミー賞を占う上で重要視されるゴールデン・グローブ賞およびブロードキャスト映画批評家協会賞のノミネーションが発表され、本年度アカデミー賞を賑わすであろう主要作品の全貌が見えてきました。コロナウィルスの影響を引きずった2021年は、映画業界にとっていまだ厳しい状況が続き、劇場での公開作品が豊富にあったとは言えません。ただ、その中でも映画ファンを唸らせるような良作が次々と飛び出し、アカデミー賞戦線を盛り上げています。
ここで、アカデミー賞に直結すると言われている映画賞/映画祭をあらためてまとめておきましょう。これまでの実績および30年近くアカデミー賞ウォッチャーとして賞レースを見守っている筆者の経験値による判断になりますが、重要度の高い順に並べてみます。
組合賞(アメリカ俳優組合賞、アメリカ監督組合賞など) トロント国際映画祭 ゴールデン・グローブ賞 ブロードキャスト映画批評家協会賞 英国アカデミー賞 アメリカ映画協会TOP10 ナショナル・ボード・オブ・レビュー ニューヨーク映画批評家協会賞 ロサンゼルス映画批評家協会賞 カンヌ国際映画祭 ヴェネチア国際映画祭
ほか、全米各地で発表される多数の批評家賞がこれに加わり、その実績が積み重なってアカデミー賞有力作品が絞られていくことになります。今年の賞レースはまだ前半戦ですが、上記重要賞の大半はすでに発表されているので、現時点(2021年12月20日)での結果から本年度オスカーの行方を占ってみたいと思います。
作品賞
1. パワー・オブ・ザ・ドッグ
2. ベルファスト
3. Licorice Pizza
4. ウエスト・サイド・ストーリー
5. DUNE デューン 砂の惑星
6. コーダ あいのうた
7. ドリームプラン
8. tick, tick…BOOM!:チック、チック、ブーン!
9. ドライブ・マイ・カー
10. ドント・ルック・アップ
これまで発表されている前哨戦をオスカーノユクエ独自の計算式でポイント化し、その上位作品を並べたものです。
今年も大攻勢をかけるNetflixから、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」「tick, tick…BOOM!:チック、チック、ブーン!」「ドント・ルック・アップ」の3作品がランクイン。中でも抜きん出たパワーを感じさせるのが「パワー・オブ・ザ・ドッグ」です。「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン監督が21世紀に新たな名作を生み出しました。
アカデミー賞との直結度が最も高いトロント国際映画祭観客賞を制したケネス・ブラナー監督「ベルファスト」が次位につけています。モノクロ映像で綴られる監督の幼少期…ということで、3年前に監督賞を受賞した「ROMA ローマ」を彷彿とさせます。
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のポール・トーマス・アンダーソン監督最新作「Licorice Pizza」も好位につけています。オスカー常連のPTA監督ですが、実はまだ作品賞・監督賞部門での受賞がありません。
本年度最大の話題作という意味では、スティーヴン・スピルバーグ監督「ウエスト・サイド・ストーリー」を無視するわけにはいかないでしょう。およそ60年前のアカデミー賞を制したオリジナルの再映画化という高すぎるハードルを飛び越え、批評家から大絶賛で迎えられています。もし作品賞受賞となれば、オリジナルとリメイクの両方が受賞した史上初の快挙となります。
カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」は国際長編映画賞部門で本命視されていますが、もしかすると作品賞ノミネートの可能性があるかもしれません。2年前「パラサイト 半地下の家族」が言語の垣根を飛び越えたのは記憶に新しく、会員構成がガラリと変わってグローバル化した今のアカデミー賞なら、主要部門での活躍があってもおかしくありません。
主演男優賞
1. ベネディクト・カンバーバッチ(パワー・オブ・ザ・ドッグ)
2. アンドリュー・ガーフィールド(tick, tick…BOOM!:チック、チック、ブーン!)
3. ウィル・スミス(ドリームプラン)
4. ニコラス・ケイジ(Pig)
5. ピーター・ディンクレイジ(シラノ)
6. デンゼル・ワシントン(マクベス)
7. サイモン・レックス(Red Rocket)
8. アンソニー・ラモス(イン・ザ・ハイツ)
9. ホアキン・フェニックス(C’mon C’mon)
10. オスカー・アイザック(The Card Counter)
前哨戦序盤戦では上位6人に票が集中しています。このままいけば、この6人の中から最終5人のノミニーが出そうな雰囲気です。
中でも頭ひとつ抜け出しているのがベネディクト・カンバーバッチ(パワー・オブ・ザ・ドッグ)。ドクター・ストレンジ役がすっかり板についた感がありますが、もともとは独特なルックスと超イケボイスの演技派で、過去にも一度主演男優賞にノミネートされています(イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密)。
ノミネート実績ではカンバーバッチを上回るウィル・スミス(ドリームプラン)も初受賞のチャンス。ビーナス&セリーナ・ウィリアムズを世界屈指のテニスプレイヤーに育て上げた父親リチャードを熱演しています。
個人的に注目はキャリア急上昇中のニコラス・ケイジ(Pig)。相変わらずB級映画にも山ほど出演していますが、最近ではアート性豊かな作品で高く評価される機会も増えてきました。そして今回の新作「Pig」では、誘拐された相棒の豚を探すトリュフハンターという奇妙な役どころで久々のオスカー候補を狙える位置につけました。95年「リービング・ラスベガス」でオスカー受賞後、逆に最低映画に贈られるラジー賞常連となってしまったケイジが、再び一線級に返り咲くチャンスが巡ってきたと言えそうです。
主演女優賞
1. クリステン・スチュワート(スペンサー)
2. ジェシカ・チャステイン(タミー・フェイの瞳)
3. レディー・ガガ(ハウス・オブ・グッチ)
4. アラナ・ハイム(Licorice Pizza)
5. オリヴィア・コールマン(ロスト・ドーター)
6. ニコール・キッドマン(愛すべき夫妻の秘密)
7. レナーテ・レインスヴェ(The Worst Person in the World)
8. ペネロペ・クルス(Parallel Mothers)
9. レイチェル・ゼグラー(ウエスト・サイド・ストーリー)
10. テッサ・トンプソン(PASSING 白い黒人)
主演女優賞部門は実在の人物を演じた3人が上位に名を連ねています。
まずはダイアナ元英皇太子妃を演じたクリステン・スチュワート(スペンサー)。「トワイライト」シリーズで人気を確立後、アイドル的なイメージを払拭すべくインディペンデント系の映画にも多数出演してきましたが、本作で自身初のオスカー候補を狙える位置にいます。
ジェシカ・チャステイン(タミー・フェイの瞳)が演じるのは、70〜80年代にかけてテレビ伝道師で夫のジム・ベイカーとともにお茶の間の人気者となったタミー・フェイ・ベイカー。本人そっくりと評判の容姿と立ち振舞が評判になっています。
リドリー・スコット監督の話題作「ハウス・オブ・グッチ」で夫の殺害を教唆したとされる悪女パトリツィア・レッジアーニを演じるレディ・ガガ。映画初主演となった「アリー スター誕生」でも主演女優賞にノミネートされており、2作続けての候補となるか注目されます。
他、オリヴィア・コールマン(ロスト・ドーター)やニコール・キッドマン(愛すべき夫妻の秘密)ら常連が名を連ねる中、初主演作がいきなり巨匠PTA作品というアラナ・ハイム(Licorice Pizza)と、こちらも巨匠スピルバーグに見初められたレイチェル・ゼグラー(ウエスト・サイド・ストーリー)という2人のシンデレラガールにも注目です。
国際長編映画賞
1. ドライブ・マイ・カー(監督:濱口竜介)
2. The Worst Person in the World(ノルウェー)
3. A Hero(イラン)
4. Titane(フランス)
5. Hand of God 神の手が触れた日(イタリア)
6. Flee(デンマーク)
7. Compartment No. 6(フィンランド)
8. Lamb(アイスランド)
9. Prayers for the Stolen(メキシコ)
10. The Good Boss(スペイン)
日本から出品の「ドライブ・マイ・カー」が前哨戦序盤戦で優位に立っています。同部門での日本映画の受賞は2008年の「おくりびと」まで遡らねばならず、久々の受賞に期待がかかります。カンヌ国際映画祭での実績を味方に、このままポール・トゥ・ウィンを決めたいところです。
ライバルとなるのはノルウェーの「The Worst Person in the World」。この作品もカンヌ国際映画祭に出品され、「ドライブ・マイ・カー」とコンペを競いました。カンヌでは主演のレナーテ・レインスヴェが女優賞を受賞し、アカデミー賞戦線でも主演女優賞部門で有力視されています。
カンヌ組では「Titane」(フランス)も要注意の一本。現地の批評家たちが「ドライブ・マイ・カー」をイチオシする一方、カンヌの審査員たちは最高賞パルムドールにこの作品を選びました。衝撃の問題作「RAW 少女のめざめ」のジュリア・デュクルノー監督作で、インパクトでは他を圧倒する力があります。
ほか、イランのアスガー・ファルハディ「A Hero」、イタリアのパオロ・ソレンティーノ「Hand of God 神の手が触れた日」など、世界に名を轟かせる名監督たちの新作が虎視眈々と逆転を狙っています。
というわけでまずは主要部門の有力作品を紹介してみましたが、まだまだ賞レースは前半戦で、この先どう転がっていくかわかりません。今年はゴールデン・グローブ賞授賞式のテレビ中継がキャンセルされるなど、例年とは違う要素も含んでいます。まだひと波乱もふた波乱もありそうな今年のオスカー戦線を、このコラムでも引き続き追いかけたいと思います。