コラム:「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ - 第6回

2021年3月18日更新

「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ

第93回アカデミー賞ノミネーション発表!コロナが引き起こした“異常事態”はアカデミー賞にどう影響したのか?

例年より約2カ月遅れとなる3月15日、第93回アカデミー賞ノミネーションが発表されました。コロナの影響は進行スケジュールだけではなく、ノミネート内容にも色濃く反映されているように見えます。この異常事態がアカデミー賞にどのような影響を与えたのか、部門ごとに特筆すべきトピックを洗い出してみました。

【作品賞】

ファーザー(ソニー・ピクチャーズ・クラシックス)
Judas and the Black Messiah(HBO Max)
Mank マンク(Netflix)
ミナリ(A24)
ノマドランド(サーチライト・ピクチャーズ)
プロミシング・ヤング・ウーマン(フォーカス・フィーチャーズ)
サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ(アマゾン・スタジオ)
シカゴ7裁判(Netflix)

今年は多くの劇場が一時休館を余儀なくされる異常事態でしたから、劇場公開されなかった配信作品もアカデミー賞エントリーの資格を得るという大幅なルール改正がありました。それによって配信作品が作品賞ノミネートの過半数を占めるのではないか?という事前の予想もありましたが、結果、配信でリリースされた作品は8本中3本(劇場同時公開の「Judas and the Black Messiah」を含む)と、やや予想を下回りました。とはいえ、作品賞部門で配信作品が同時に3本ノミネートされたのは初めてで、やはり後々、2020年という年は時代の大きな転換点として、またはコロナが引き起こした例外的な年として語られることになりそうです。

最多ノミネートの栄誉も配信作品「Mank マンク」が勝ち取りました。映画の完成後に配信サービスが権利を獲得した「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」「シカゴ7裁判」とは違い、「Mank マンク」はNetflixが企画した“純正”の配信作品。名手デヴィッド・フィンチャー監督の企画とはいえ、劇場用映画としては成立させるのが困難だっただろうと想像されます。言うなれば「Mank マンク」は、サブスクリプションモデルという集金システムで豊富な製作資金を得た配信サービスだからこそ実現できた、映画の新たな可能性なのです。

画像1

ただ、だからといってアカデミー賞がすんなりと配信作品にわたるわけではありません。古くからの映画体験を愛するアカデミー会員においては、“劇場優先主義”の考え方が多数派とみるのが妥当でしょう。これまで「ROMA ローマ」「アイリッシュマン」など作品賞受賞を期待された配信作品も、あと一歩のところで涙をのんでいます。今回のノミネート結果を見ても、劇場作品が過半数の5本となったのは、配信優位とする流れへの心理的な反発が大きかったのではないかと想像します。

【監督賞】

トマス・ヴィンターベアAnother Round
デヴィッド・フィンチャーMank マンク
リー・アイザック・チョンミナリ
クロエ・ジャオノマドランド
エメラルド・フェネルプロミシング・ヤング・ウーマン

93年のアカデミー賞史上はじめて、2人の女性が監督賞にノミネートされました。すべての部門の中でもっとも男性優位とされてきた監督賞で、これは大きな大きな快挙です。また、5人中2人はアジア人で、これも史上初の事例となります。ダイバーシティ(多様性)を最重要テーマと掲げるアカデミー協会の改革が、早くも実を結んできていると評価していいのではないでしょうか。

驚いたのは、デンマークから国際長編映画賞に出品された「Another Round」のトマス・ヴィンターベア監督のノミネート。ここ2年続けて国際長編映画賞を受賞した作品が監督賞も受賞(「ROMA ローマ」のアルフォンソ・キュアロンと「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ)しており、アカデミー賞が北米国内だけでなく、広くグローバルを視野に作品を評価していることの証と言えそうです。

【演技賞】

主演男優賞

リズ・アーメッドサウンド・オブ・メタル 聞こえるということ
チャドウィック・ボーズマンマ・レイニーのブラックボトム
アンソニー・ホプキンスファーザー
ゲイリー・オールドマンMank マンク
スティーヴン・ユァンミナリ

主演女優賞

ヴィオラ・デイヴィスマ・レイニーのブラックボトム
アンドラ・デイThe United States vs. Billie Holiday
ヴァネッサ・カービー私というパズル
フランシス・マクドーマンドノマドランド
キャリー・マリガンプロミシング・ヤング・ウーマン

助演男優賞

サシャ・バロン・コーエンシカゴ7裁判
ダニエル・カルーヤJudas and the Black Messiah
レスリー・オドム・Jr.あの夜、マイアミで
ポール・レイシーサウンド・オブ・メタル 聞こえるということ
ラキース・スタンフィールドJudas and the Black Messiah

助演女優賞

マリア・バカローヴァ続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画
グレン・クローズヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌
オリヴィア・コールマンファーザー
アマンダ・サイフリッドMank マンク
ユン・ヨジョンミナリ

2015年の第88回アカデミー賞で20人の演技賞ノミニーがすべて白人だったことに端を発する、#OscarsSoWhite(白すぎるオスカー)騒動から5年。今年の演技賞では実に20人中9人が白人以外の俳優で構成されることになりました。助演男優賞部門では3人の黒人俳優がノミネートされ、主演男優賞と助演女優賞部門では史上初めて韓国人(韓国系アメリカ人)俳優が候補入りを果たしました。

「ミナリ」
「ミナリ」

一方、劇場/配信の割合で見ると、実に70%となる14人が配信作品からのノミネートとなっています。作品賞部門では“劇場優先主義”が少なからず影響していたように思えますが、演技賞部門ではその力学は働かなかったようです。

昨年8月に惜しまれながらこの世を去ったチャドウィック・ボーズマンが「マ・レイニーのブラックボトム」で主演男優賞にノミネートされました。ボーズマンは「ザ・ファイブ・ブラッズ」にも出演しており、助演男優賞での候補入りも期待されていましたが、こちらは惜しくも落選。ただ、1部門に絞られたことで票割れのリスクがなくなり、故人としては史上3人目となる演技賞受賞が現実味を帯びてきました。

【美術賞】

ファーザー
マ・レイニーのブラックボトム
Mank マンク
この茫漠たる荒野で
TENET テネット

話題の「TENET テネット」が美術賞と視覚効果賞にノミネートされました。と言うより、他の部門ではノミネートされなかった、と書くほうが今の心情を表すには正確かもしれません。当コラムの第1回で詳しく解説したように、コロナの猛威にあえぐ映画業界で一縷の希望とばかりに劇場公開された大作が、その存在意義も含めてアカデミー会員からどう評価されるのかは大きな注目を集めていました。最大限に評価するなら計12部門、最低でも4部門は堅いだろうと踏んでいましたが、結果は2部門。これはどう考えても過小評価で、そこにアカデミー会員の何らかの意図を感じずにはいられません。

「TENET テネット」
「TENET テネット」

過小評価の原因としてひとつ考えられるのは、配給会社ワーナー・ブラザースによる“劇場&配信同時リリース”問題です。2021年に劇場公開を予定していた全作品を対象に、自社が展開する配信サービスHBO Maxとの同時リリースを行うという突然の発表は、主に映画製作に携わるクリエイターたちの動揺を誘いました。中でも率先してこの決定に異を唱えたのが、他ならぬクリストファー・ノーランです。これまでワーナーとは長きにわたる蜜月の関係を築いてきたノーランですが、これを機にパートナーシップを解消するとコメントしています。

こうした問題がくすぶっている中で、「TENET テネット」をアカデミー賞に推すキャンペーンは展開しづらかったでしょうし、この発表に少なからず反感を抱いた人間は「TENET テネット」への投票をためらったでしょう。間接的ではありますが、コロナの影響はこんなところにも出ていたのかもしれません。

【国際長編映画賞】

Another Round(デンマーク)
少年の君(仮題)(香港)
Collective(ルーマニア)
皮膚を売った男(チュニジア)
Quo vadis, Aida?(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)

過去12回目の候補実績を持つ常連国デンマークのエントリー作品が順当にノミネートされました。実は今回の「Another Round」もふくめて、4本がマッツ・ミケルセン主演の作品。日本にもファンが多いマッツですが、アカデミー会員の中にも支持者が多そうです。過去3本はノミネート止まりでしたが、今回こそは初受賞となるのでしょうか?

「Collective」と「皮膚を売った男」はそれぞれルーマニア、チュニジア初のノミネート作品となりました。加えて、前者は長編ドキュメンタリー映画賞とのダブルノミネート。昨年、「ハニーランド 永遠の谷」が成し遂げた初の快挙を、2年連続で達成するという驚きの結果をもたらしました。「Collective」の気になる内容については、映画.com編集長コラムに詳しいのでご参照ください。

「ハニーランド 永遠の谷」
「ハニーランド 永遠の谷」

もう1点、これは日本国内に限られたトピックですが、なんとノミネートされた5本中3本が日本の配給会社クロックワークスによって劇場公開を控えている作品です。有名監督による「Another Round」はまだしも、「少年の君(仮題)」と「皮膚を売った男」はどちらも長編映画の実績がほとんどない新人監督の手によるもの。それらをいち早く発掘してきた確かな選択眼には、ただただ驚くばかりです。また、これらの作品を劇場で鑑賞するチャンスを与えてくれることに、イチ映画ファンとして心から感謝申し上げます(この際、残る2本もお願いします)。

【長編アニメーション映画賞】

2分の1の魔法
フェイフェイと月の冒険
映画 ひつじのショーン UFOフィーバー!
ソウルフル・ワールド
ウルフウォーカー

最後に、日本全国がもっとも注目した長編アニメーション映画賞です。もはや国民的な作品となった「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」がノミネートされるのか? その動向は、アカデミー賞エントリーの条件を得るために北米で限定的に劇場公開されます、というニュースすら大きく扱われるほどに注目を集めていました。

しかし、結果は残念ながら落選。日本での記録的なヒットは世界中でも報じられていましたし、アカデミー会員の耳にも届いていたはずです。ただ、本作が原作漫画の一部を切り取った内容であり、単体では評価が難しかったこと、加えて、アカデミー会員がアニメシリーズ版なども含めた一連のコンテンツにアクセスする術を簡単には得られなかったことが得票を妨げる一因となっていたように思います。

長編アニメーション映画賞は2001年に新設され、今年で20年目の節目を迎えます。まだまだ歴史の浅い部門と言えますが、日本からの出品作品はこれまで7本がノミネートされ、「千と千尋の神隠し」が受賞を果たしています。日本のアニメが残してきた実績は世界標準から見ても群を抜いており、この先もより多くの実績を積み重ねていくことでしょう。来年以降の活躍に引き続き注目です。

筆者紹介

のコラム

総合映画情報サイト「オスカーノユクエ」中の人。映画賞レース好きのイチ映画ファンが、映画の楽しさをたくさんの人に伝えたい一心で地道な情報発信に勤しんでいます。Twitter: @oscarnoyukue

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