ファーザー 劇場公開日:2021年5月14日
解説 名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を演じ、「羊たちの沈黙」以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞した人間ドラマ。日本を含め世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」を基に、老いによる喪失と親子の揺れる絆を、記憶と時間が混迷していく父親の視点から描き出す。ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になるという見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張。そしてアンソニーにはもう1人の娘ルーシーがいたはずだが、その姿はない。現実と幻想の境界が曖昧になっていく中、アンソニーはある真実にたどり着く。アン役に「女王陛下のお気に入り」のオリビア・コールマン。原作者フロリアン・ゼレールが自らメガホンをとり、「危険な関係」の脚本家クリストファー・ハンプトンとゼレール監督が共同脚本を手がけた。第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演女優賞など計6部門にノミネート。ホプキンスの主演男優賞のほか、脚色賞を受賞した。
2020年製作/97分/G/イギリス・フランス合作 原題:The Father 配給:ショウゲート
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もうアカデミー主演男優賞も当然でしょうよと納得するしかない、アンソニー・ホプキンスの素晴らしさ。いけ好かなくて、威圧的な年寄りが、恥ずかしげもなく若い娘の前ではしゃいで見せたり、クソな言動を繰り返したり、まあ、自分の父親だったら絶対に見たくなような姿を、延々と娘の前で晒し続ける。なんとイタくて哀しい姿か。そして、それこそが老いであるとでも言わんばかりの容赦ない演出にもう釘付けである。 認知症側の主観から描くというトリッキーな形式も、映画として非常に上手くいっていてとても面白いが、やはりアンソニー・ホプキンスの演技に一番圧倒される。これ、まだ観てない人に言うと怒られそうなんですが、終盤で『千と千尋』の坊みたいになるシーンがあるじゃないですか。顔がまっかになって、身体全体が大きく膨らんだ大きな赤ん坊みたいにあって、まさに坊みたいに見えるんだけど、その後すぐに元のサイズの老人に戻る。 これって目の錯覚かもですけど、ホプキンス級の名優になると身体の大きさまで自在に変えられるのかと思いましたよ。そういえば『沈黙 -サイレンス-』でイッセー尾形が急速に身体しぼんで小さくなるという驚異的な演技をやってたけど、もうイッセー尾形やホプキンスのレベルになると、人智を超えてくるのだなと目を瞠りました。
2021年5月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
認知症を患った家族を面倒みる人の話ではあるのだが、本作は認知症にかかった側の視点を重要視している。認知症を題材にした大抵の作品は、介護側の苦労に焦点を当てる。本作にも当然そこは描かれるのだが、それ以上に認知症を患う状態を観客と共有することに主眼を置いている。 人は五感で世界を認識する。個人にとって、個人の感覚が刺激されて得られた情報こそが世界だ。他者にはどう見えているか、どう聞こえているかはわからない。アンソニー・ホプキンス演じる認知症の父は、正しく世界を認知できなくなっている。しかし、本作を観ていて不安になるのは、自分が認知している世界は、他者の認知と本当に同じものかどうかを揺さぶられる点だ。自分の知覚した世界は、自分にしかわからない。多分、他者も同じように見えているだろうという不確かな前提の上にコミュニケーションは成り立っている。 本作は、老いの話ではあるが、それ以上に人間の知覚と記憶という、極めて不確かで個人的なものを洞察する物語だ。人の知覚レベルでは、絶対に正しいことも、絶対に確かなものもない。
面白い、としか言いようがない。老いや記憶をめぐる映画は数多く存在するが、この緻密さ、大胆さにはゾクゾクさせられる。英国映画界の大御所が織りなす本作を私なりに形容するなら、それは老後社会や介護問題を扱った作品という以上に、完璧なまでに彩られた「密室心理サスペンス」。ホプキンス演じる主人公は、文字通りの密室で暮らす一方、彼の記憶の状態も迷路から出られなくなることばかり。介護を経験した人ならば誰もが思い当たるこういった場面を、上質な心理劇へと昇華してみせる筆致に舌を巻く。そして何よりも輝かしいのは主人公のキャラクターだ。自信と威厳たっぷりで、言葉の端々にウィットを散りばめ、時にはそれが相手を見下す態度へ変化していく彼。そんな姿がこれほど嵌るのは、私たちの頭に過去のホプキンスの役柄が無数に刻まれているからに違いない。それを受ける名優たちの柔軟な演技もまた素晴らしい。何度でも噛みしめたくなる傑作だ。
本作は第93回アカデミー賞において、作品賞、主演男優賞、助演女優賞、脚色賞など計6部門にノミネートされ、主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)と脚色賞を受賞しています。 本作が特殊なのは、フランスの演劇界で最高賞とされるモリエール賞の作品賞受賞作を、原作者フロリアン・ゼレールが自らメガホンをとり、「映画監督デビュー作」となっています。 そして、題材が「舞台」では映えそうな「認知症」という、これから世界的にも大きな社会問題となっていく、難しい人間模様にスポットを当てています。 本作の凄さは、「認知症」という悲しい課題に対して、主人公の【アンソニー】(アンソニー・ホプキンス)が、それぞれのパートを全力で自然に演じ切っているのです。 そして、脚本は、あくまで【アンソニー】目線なので、「時系列」や「事実関係」がかなり曖昧になっていきます。 そのため、私達は「何が本当に起こっているのか」を冷静に見極める必要性が出てくるのです。 つまり、この映画を「アカデミー賞受賞作」ということだけで見ると、特殊な作りに「アレ?」となってしまう可能性が低くないのです。 そこで、映画を見る際に最低限、押さえておきたいことは、冒頭のオープニングで、まず「アンソニー・ホプキンス」という名前がバーンと出てきます。そして「オリビア・コールマン」。通常の映画のオープニングではメインの2人くらいなのですが、その後にも4人続き、計6人の俳優陣の名前が出ます。 実は、この映画の登場人物は、この6人だけ、と言っても言い過ぎではないのです。(エンドロールでは、少ししか出ない2人も追加され計8人になっています) さらには、主人公の【アンソニー】(アンソニー・ホプキンス)とアンソニーの娘の【アン】(オリビア・コールマン)以外の4人については、1人が複数の役柄を演じたりもしているのです。 そのため、人間模様を正確に見極めるために、この6人を出来るだけ覚えておきましょう。 まず、主演の「アンソニー・ホプキンス」は、本作で「羊たちの沈黙」(1992年)以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞して、「主演男優賞の最高齢の受賞記録」を「83歳」に塗り替えました。 そして助演女優の「オリビア・コールマン」ですが、「女王陛下のお気に入り」で、ぶっ飛んだ女王陛下を演じて、第91回アカデミー賞で主演女優賞を受賞しています。私はあの役柄で初めて認知したので、本作での素の演技の方が新鮮でした。 他には、男性2人と女性2人が出てきますが、この男女2人は区別がつきやすいと思います。参考までに【ローラ】役の「イモージェン・プーツ」は、最近公開された「ビバリウム」でヒロイン役を演じています。 あとは、最初に訳が出てきますが【アンソニー】がずっと使う「フラット」=「家」という言葉は覚えておきましょう。 これらの最小限の知識があれば混乱が防ぎやすく、感情移入などがしやすくなり本来の作品の深さを味わえると思います。