劇場公開日 2021年5月14日

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「人の知覚の不確かさ」ファーザー 杉本穂高さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0人の知覚の不確かさ

2021年5月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

認知症を患った家族を面倒みる人の話ではあるのだが、本作は認知症にかかった側の視点を重要視している。認知症を題材にした大抵の作品は、介護側の苦労に焦点を当てる。本作にも当然そこは描かれるのだが、それ以上に認知症を患う状態を観客と共有することに主眼を置いている。
人は五感で世界を認識する。個人にとって、個人の感覚が刺激されて得られた情報こそが世界だ。他者にはどう見えているか、どう聞こえているかはわからない。アンソニー・ホプキンス演じる認知症の父は、正しく世界を認知できなくなっている。しかし、本作を観ていて不安になるのは、自分が認知している世界は、他者の認知と本当に同じものかどうかを揺さぶられる点だ。自分の知覚した世界は、自分にしかわからない。多分、他者も同じように見えているだろうという不確かな前提の上にコミュニケーションは成り立っている。
本作は、老いの話ではあるが、それ以上に人間の知覚と記憶という、極めて不確かで個人的なものを洞察する物語だ。人の知覚レベルでは、絶対に正しいことも、絶対に確かなものもない。

杉本穂高
Yoichi Uenoさんのコメント
2021年6月29日

このレビューのように普遍的に通じる点を指摘してもらうと観たくなりますね!素晴らしいレビューだと思いました。

Yoichi Ueno