【アジア映画コラム】2021年を総括する“中国10大ニュース”を発表 増加する主旋律映画、日本映画の旧作上映&リメイクが成功
2022年3月8日 19:00
新型コロナウイルスとの“戦争”が、想像以上に長期化しています。
2021年、世界の映画市場は前年度の経験を踏まえ、さまざまな対策を打ち出しました。カンヌ国際映画祭なども通常の開催に戻りましたが、完全回復にはまだ程遠い状況です。そんななかで非常に厳しい防疫対策を講じている中国は、2年連続となる「年間興収世界一」となりました。
今回のテーマは、中国映画市場における激動の2021年。例年よりも遅くなってしまいましたが“10大ニュース”を発表させていただきます。
2021年の中国年間興行収入(市場の累計)は、472億5800万元(約8643億円)。2020年の204億1700万元(約3243億円)との対比で、131.3%増という結果になりました。コロナ以前に歴代最高興収を記録した2019年(642億6600万元:約1兆円)と比べても、約73%まで回復することができました。数字だけを見れば、順調に回復していると言えるでしょう。また、2021年の北米映画市場の年間興収は、コロナ禍のダメージが続き、約45億ドル。2020年(23億ドル)の倍程度となりましたが、コロナ以前の数字にはまだまだ達していません。この結果が伴い、中国映画市場が「世界一の映画市場」という称号を2年連続でキープしました。
2021年の中国映画市場は、コロナの影響も若干ありましたが、全体的に大きな影響は受けず。2020年のような「映画館の長期間営業休止」はなかったんです。そのため、公開本数は近年最多の655本。スクリーン数は8万2248となっています。
「長津湖(原題)」の興収記録に関しては、映画.comでも何度か記事化されています。興収は57.6億元(約1052億)。動員は延べ人数1.24億。2021年、最も話題となった中国映画と言えるでしょう。
チェン・カイコー、ツイ・ハーク、ダンテ・ラムが共同監督を務めた本作は、朝鮮戦争における戦闘のひとつ“長津湖の戦い”の全貌を描いた作品です。“長津湖の戦い”は、朝鮮戦争において、国連軍と中国人民志願軍が初めて交戦した戦いとして知られ、現在の朝鮮民主主義人民共和国の咸鏡南道長津郡長津湖周辺で行われました。これらの史実を基に「中国兵が極寒に耐え、大勢の犠牲者を出しながらも、米軍に勝った」という“英雄の映画”として製作されています。
上映後には「プロパガンダ映画だ!」「歴史に忠実ではない」といった批判も出ていましたが、興収への影響はほぼありませんでした。「脚本完成までに5年」「チェン・カイコー、ツイ・ハーク、ダンテ・ラムという3人のベテラン監督が参加」「スタッフ数は約1万2000人」「政府からの全面支援」。業界総動員の作品とも言える作品ですよね。中国のことわざを引用すれば「天の時・地の利・人の和」の作品だと思います。
2022年の旧正月(2月1日)には、続編「長津湖:水門橋(原題)」が公開。驚きのスピード感ですよね。公式の資料によれば、撮影自体は前作「長津湖(原題)」公開前にほぼ終了。2021年の年末に追加撮影が行われたそうです。現在も公開中で、興収は既にに38億元(約700億円)を超えています。
中国の時事ニュースをチェックする方であれば、「主旋律」という言葉は知っているでしょう。
元々は音楽の専門用語ですが、ここでは愛国精神や中国的イデオロギーなどを意味しています。そして、それらを描く作品を主旋律映画と呼んでいます。
中国の主旋律映画は、昔から製作されていましたが、近年は特に増加傾向にあります。2019年は「中華人民共和国誕生70周年記念」、2020年は「朝鮮戦争勝利70周年記念」、2021年は「中国共産党創立100周年記念」。多くの中国映画が「主旋律」を描いていました。
この主旋律映画、全ての作品が中国政府が主導したものだと思っている方もいると思います。でも、実は違うんです。近年、主旋律映画が人気を集めていることで、多くの映画会社が自発的に「愛国映画」「正義映画」などを製作しています。2021年、主旋律映画は20本以上も作られていました。先程言及した「長津湖(原題)」、「愛しの母国」「愛しの故郷(ふるさと)」に続くシリーズ第3弾「My Country, My Parents(英題)」、池松壮亮、奥田瑛二といった日本の俳優陣も出演した「1921」、新型コロナウイルス最前線で闘う医者たちを描く「中国医生(原題)」といった作品は社会現象となり、興行収入も良い成績を残しています。
その一方で惨敗を喫した作品も少なくありません。「ずっと主旋律映画を見続けていると、人々は飽きてしまうのかもしれない」と考えている業界人は大勢いるので、今後の動向にも注目したいと思います。
2022年1月7日に日本公開を迎えた「こんにちは、私のお母さん」は、昨年世界3位の興収(54.1億元/約986億円)を記録しています。「長津湖(原題)」のような大作映画でもなく、「唐人街探偵 東京MISSION」のような人気シリーズ作品でもありません。監督のジア・リンは、いわゆる中国のお笑い芸人。本作で初めてメガホンをとった新人監督です。こんなにもメガヒットとなり、社会現象を巻き起こすとは……公開前は誰も予想していませんでした。
昨年の傾向として言えるのは、家族を描いた中国映画がヒットしたというもの。コロナの影響で家族と会えない日々が続いていました。日本と同様、年末や大型連休の際には、帰省する人が多いんです。そんな時期に家族を描いた“あたたかな映画”が上映されていれば、自然と見に行くでしょう。
「こんにちは、私のお母さん」が上映される前、2021年元旦連休に公開された「A Little Red Flower(英題)」は興収12億元(約220億)を記録しました。この作品は「少年の君」のイー・ヤンチェンシーが主演を務めており、がんと闘う2つの家族を中心に描かれる人間ドラマです。エンタメ大作と同じく、中国映画市場では「身近な日常を描いた作品」も欠かせない存在です。
2021年の元旦3連休の興収は13億元(約208億円)。旧正月は78.22億元(約1282億円)。両期間ともに、歴代興収の記録を塗り替えています。特に旧正月は、2019年の最高記録(59億500万元:約944億円)を大幅更新。動員人数は歴代最高の1億6000万人でした。多くの人々が「2021年の中国映画市場はとんでもない数字を叩き出すはずだ」と期待していました。
しかし、旧正月の後、中国映画市場の賑わいが薄れてしまいました。ハリウッド大作の公開が乏しいという問題がありますが、原因はそれだけではないようです。近年の大型連休では、とてつもない興収を叩き出すことが頻繁にあります。そのため、多くの映画会社が大作の公開を大型連休に集中させているんです。2021年の元旦、旧正月、国慶節は目論見通りの好成績となりましたが……それ以外の期間、映画館はガラガラだったんです。
2021年の興収ランキングは、第1位「長津湖(原題)」、第2位「こんにちは、私のお母さん」、第3位「唐人街探偵 東京MISSION」。どの作品も大型連休に公開され、中国歴代興収ベスト10入りも果たしています。第4位に位置づけたのは「My Country, My Parents(英題)」。興収は14.8億元(約270億円)。ここで注目しておきたいのは「唐人街探偵 東京MISSION」の興収が45.2億元(約826億円)という点。つまり、第4位以下には「20~30億元の作品が1本もない」ということなんです。
この状況に対して、多くの映画業界人が「中国の映画市場は不健康だ」と指摘。「旧正月に映画を見に行くというのは、お祭り的な感覚だ。それは本当に映画を見に行きたいということなのか――正直、疑問に思っている」と不安視する声もあるんです。
中国の映画鑑賞料金は、日本とは異なり、各映画館が料金を決めるシステムとなっています。鑑賞料金は「時間帯」「作品の上映分数」、さらに「作品の注目度」によって、常に金額が変動しています。「アベンジャーズ エンドゲーム」上映初日は、チケット1枚が350元(約5万円)という驚きの価格設定。当時、世界で話題になっていましたね。
近年では、映画市場の急成長に伴い、鑑賞料金の平均値がどんどん上がっています。2021年の平均料金は、42元(約770円)。前年度と比べると、約10%値上がりしました。しかも、興収増加が望める大型連休の期間には、普段よりも高額の鑑賞料金が設定されるので、以前から観客が不満を漏らしていました。
2021年の旧正月、国慶節を経て、鑑賞料金の問題は、2022年の旧正月で顕在化しました。
2022年の旧正月興収は、60.3億元(約1102億円)。2021年の78.22億元(約1282億円)に対して、23%減となっています。深刻なのは、動員人数の29%減です。なぜこんなに興収が急落してしまったのでしょうか。
もちろん、さまざまな要因がありますが、一番大きな原因は「チケットが高い」と言われていること。2022年の旧正月の平均鑑賞料金は、52元(約950円)。2021年全体の平均鑑賞料金から大幅に増加しており、2021年の旧正月と比べても、約10%アップとなっています。北京、上海などの大都市では100元(約1830円)以下のチケットが、ほとんど買えない状況。そこで、観客は映画以外のエンタメを選択するようになってしまいました。コロナの影響もあり、旧正月期間で稼ぎたいという気持ちはわからなくもないのですが、急激な値上がりは決して良い施策ではありません。2022年の旧正月が、ある種の教訓になればいいなと思っています。
「香港映画の時代が終わった」
何年か前から、こんな言葉を耳にするようになりました。確かに、近年の大陸市場の急成長によって、純香港映画は少なくなりました。メインとなったのは、大陸市場向けの中国&香港合作。人々は「香港映画の黄金時代は、もう戻らないだろう」と嘆いていますが、香港映画は再び輝きを取り戻しています。
2020年の年末に公開された「バーニング・ダウン 爆発都市」(日本公開:2022年4月15日)は、爆発的な人気となり、興収は13.14億元(約240億円)。この数字は、中国における香港映画の興収記録を塗り替えるものでした。そこから1年も経たないうちに、ドニー・イェン主演作「レイジング・ファイア」が興収13.29億元(約243億円)を記録し、またもや記録を更新したんです。香港エンタメ映画の巨匠ベニー・チャンの遺作でもある「レイジング・ファイア」は“最高&最強のアクション”で、香港映画ならではの魅力を体験させてくれる作品です。
また、ソイ・チェン監督作「リンボ」は大陸で公開することはできませんが、ベルリン国際映画祭をはじめ、釜山国際映画祭、東京国際映画祭など、世界の映画祭で高く評価されています(日本からは俳優の池内博之も出演)。そのほか、ジュン・リー監督作「濁水漂流」、タン・チュイムイ監督作「野蛮人入侵」(第17回大阪アジアン映画祭で上映予定)といった良作が次々と誕生しているんです。来年以降、香港映画の“リローデッド”に期待したいと思います。
2021年、中国における外国映画の市場占有率は15.5%でした。2020年と同様、わずかな数値になっています。外国映画の興収1位は「ワイルド・スピード ジェットブレイク」の13.9億元(約254.2億円)。前作「ワイルド・スピード ICE BREAK」と比べると、興収は半減。伸び悩んだ一番の要因は“口コミ”と言われています。「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」「DUNE デューン 砂の惑星」に関しても、中国ではそこまでウケない“元祖スパイサスペンス”“SF系”なので、あまり良い数字とは言えません。
中国の観客が一番見たい作品といえば……そう、マーベル映画です。実は、2021年は1本も公開されなかったんです。「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」「ブラック・ウィドウ」だけでなく、アジアの要素が含まれている「シャン・チー テン・リングスの伝説」「エターナルズ」もスクリーンで見ることができず、その理由は未だに明らかにされていません。前述した作品は、既に海賊版が流出してしまっているため、中国での公開はかなり厳しい状況です。
中国の映画市場は、自国の作品だけで成り立つことができません。ハリウッド映画が必要なんです。幸いなことに、「THE BATMAN ザ・バットマン」の中国公開も決定しました。ハリウッド大作の公開が相次ぎ、マーケットがさらに発展していくことを願っています。
2021年に中国で公開された日本映画は12本。内訳は「アニメ:9本、実写:3本」となっています。また「再会の奈良」を含む日中合作作品が、2本公開されました。アニメ映画は、やはり好調です。「STAND BY ME ドラえもん」の続編「STAND BY ME ドラえもん2」は、2.77億元(約50.7億円)となり、中国における日本映画歴代興収1位に君臨しました。日本国内の興収(27.8億円)を遥かに超える結果となりました。また、シリーズ史上初の“日中同時公開”となった「名探偵コナン 緋色の弾丸」は2.16億元(約39.5億円)、伊藤智彦監督のアニメ映画「HELLO WORLD」は1.36億元(約24.9億円)となっています。
実写の新作は、長年の興収不振のせいなのか、矢口史靖監督作「ダンスウィズミー」の1本のみ。その一方で、旧作が健闘しました。第81回アカデミー賞で日本映画史上初の外国語映画賞を受賞した「おくりびと」は、興収6622万元(約12.1億円)。中国における実写日本映画の歴代興収3位にランクインを果たしました。また、中国では「恋愛映画の金字塔」と言われている岩井俊二監督作「Love Letter」が22年ぶりに中国で再上映。興収は6520万元(約11.9億円)となっています。この結果から見ると、旧作の再上映は継続するはず。ですが、新作の実写映画は、いばらの道を進むことになっていくのでしょう。
最後に注目しておきたいのは、中国における日本映画のリメイク。日本の映画やドラマが、中国で上映・配信されることによって、多くの人々が日本の作品に触れています。中国で話題になるとリメイクされるというケースも少なくはないんです。ローカライズなどの問題が絡み、苦戦を強いられることもありましたが、2021年の旧正月に公開された「End Game(英題)」が成功をおさめました。
同作は、内田けんじ監督作「鍵泥棒のメソッド」のリメイク作品。アンディ・ラウが主演し、新鋭の饒暁志が監督を務めています。公開当初はそこまで注目されていませんでしたが、好意的な口コミによる後押しもあり、最終的には興収7.62億元(約140億円)という好成績を残しました。
ちなみに、2022年の旧正月も、日本映画のリメイク作品が大健闘しています。三谷幸喜監督作品「ザ・マジックアワー」をリメイクした「Too Cool To Kill(英題)」は、ローカル要素を上手く取り入れていました。現時点でも公開中ですが、興収は既に25億元(約457.2億円)を突破。この成功は、日本映画界へのヒントに成り得るかもしれません。
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