【コラム/「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ】「TENET テネット」はアカデミー賞を受賞する? その可能性を紐解く12のデータ
2020年10月3日 12:00
クリストファー・ノーラン監督最新作というだけでなく、全米の興行主や映画ファンに救世主のような存在としてアイコン化されているフシのある「TENET テネット」。日本でも「ダンケルク」「インターステラー」を超える大ヒットスタートを切ったが、そうなると次に気になるのはオスカー受賞の可能性についてだ。来年4月に延期された第93回アカデミー賞授賞式は半年も先の話だからまだ気が早いが、ここでは過去のノーラン作品のオスカー実績や作品の評価、興行収入などのデータからオスカー受賞の可能性を検証してみたい。
DATA 1:何らかの部門でノミネートされる確率は70%
長編監督2作目の「メメント」で早くも脚本賞と編集賞にノミネートされて以降、ノーラン作品は早くもアカデミー賞常連となる。「バットマン ビギンズ」で撮影賞、「プレステージ」で撮影賞と美術賞にノミネートされると、ヒーロー映画史を塗り替える傑作「ダークナイト」で助演男優賞ほか計8部門の大量ノミネートを勝ち取った。結果、これまでの監督作10本の中で、1部門もノミネートされていないのは「フォロウイング」「インソムニア」「ダークナイト ライジング」の3本のみ。70%の確率で何らかの部門でノミネートされる計算だ。もっとも、「バットマン ビギンズ」以降の7作品を対象にすれば、ノミネート確率は85%にハネ上がる。
DATA 2:音響賞部門では無類の強さ
ドキュメンタリー映画「ようこそ映画音響の世界へ」を観るとあらためて思い知らされるが、映画にとって音響は不可欠で最重要な要素と言える。おそらくノーラン監督もその重要性を誰よりも認識していて、監督作での音作りにはこだわりが貫かれている。大作路線が固定化された「ダークナイト」以降の5作品中、実に4作品で録音・音響編集の両部門にノミネートされ、計5部門で受賞している。「TENET テネット」もこれまでと同じチームが音響を担当しており、現時点では受賞の最有力候補と言って間違いないだろう。
DATA 3:撮影賞は過去5回ノミネートで1回受賞
IMAXカメラでの撮影に代表されるように、とにかく映像にこだわり抜くのがノーラン流。近年のアカデミー賞撮影賞部門は技術的な革新をもたらした作品が好まれる傾向が強く、ノーラン作品も「インセプション」で受賞を果たしている。「ダークナイト ライジング」までタッグを組んだ盟友ウォリー・フィスターが監督に転向してからは、「ぼくのエリ 200歳の少女」で注目されたスウェーデンの名手ホイテ・ヴァン・ホイテマと新コンビ結成。そのホイテマもコンビ2作目となる前作「ダンケルク」で初ノミネート。ホイテマによれば、過去最高となる49万メートルものIMAXフィルムを使っただけでなく、逆行シーンを生み出すために新たなIMAXカメラを開発したというから、映像へのこだわりは過去作以上。セオリー通りならノミネートの可能性は高い。
DATA 4:“時間”に仕掛けのある2作品で編集賞ノミネート&受賞※
編集賞部門は監督2作目の「メメント」でノミネート、前作「ダンケルク」で受賞を果たしている。ともに映画内の時間の経過に仕掛けを施した作品であることは決して偶然ではないだろう。編集の腕が作品の品質を大きく左右する重要な要素になっていることを考えると、その文脈上でさらに大きな挑戦を掲げた「TENET」がノミネートされる可能性は高いだろう。また、今回は新たに「へレディタリー 継承」などを手がけた女性編集者のジェニファー・レイムが初参加。編集賞部門はスコセッシ作品を手がけるセルマ・スクーンメイカーやタランティーノ作品を手がけた故サリー・メンケなど女性の活躍も目覚ましいが、それでもいまだ男性上位なのは間違いない。近年、アカデミー賞ではダイバーシティ(多様性)問題がさらに声高に叫ばれるようになっているという背景もノミネートを後押ししそうだ。
DATA 5:美術賞も10作品中5回ノミネート
美術賞部門は自由な創意にあふれたファンタジーや史実をベースに絢爛な美術を再現したピリオド作品が圧倒的に強い。そんな中、リアル志向の強いノーラン作品も「プレステージ」「ダークナイト」「インセプション」「インターステラー」「ダンケルク」が堂々のノミネート。まだ受賞こそないものの、常連と言っていい存在感を放っている。ただし、今回の「TENET テネット」はファンタジー要素、ピリオド要素ともに薄いコンテンポラリー(現代劇)作品であることが不利に働きそうではある。
DATA 6:作曲賞は御大ハンス・ジマーが3度ノミネート
作曲賞では「インセプション」「インターステラー」「ダンケルク」の3本がノミネート。すべてハンス・ジマー御大による作曲だが、今回は新鋭ルドウィグ・ゴランソンが作曲を担当している。スケジュールの都合で辞退したジマーの推薦で抜擢された36歳のゴランソンは、「ブラックパンサー」で早々にオスカーを受賞。いま最も注目の作曲家の参加で、ジマーサウンドとは一味も二味も違う新しい風が持ち込まれた。さらに、今回はノーラン作品ではめずらしく主題歌も。人気のラッパー、トラヴィス・スコットが歌う“The Plan”はその話題性からも多くの票を集めそうだ。
DATA 7:視覚効果賞は3度ノミネートで2度受賞
視覚効果賞は「インセプション」「インターステラー」で2度受賞、「ダークナイト」がノミネートされている。CG映像が飽和状態にある近年、アカデミー賞は視覚効果のクオリティや物量よりも、映像表現としての革新性を重視する傾向にある。「TENET テネット」もまさに革新的な映像を実現しており、同賞を受賞する資格は十分にあるとみていいだろう。
DATA 8:演技賞部門ではあまり実績がない
レオナルド・ディカプリオやマシュー・マコノヒー、マリオン・コティヤール、マイケル・ケインにモーガン・フリーマンなどなど錚々たるオスカー俳優たちがこぞって出演するノーラン作品だが、意外にも演技賞部門で受賞を果たしたのはヒース・レジャー(ダークナイト)のみ。ノミネートまで範囲を広げてもレジャーだけなので、はっきり演技賞部門とは縁が遠いと言っていいレベルだろう。もちろん俳優陣の演技レベルは一様に高いが、もともとがボックスオフィスでの成功を期待される娯楽大作とあって、演技賞で票を集めるとなれば、それこそヒース・レジャー=ジョーカー級のインパクトが必要ということになる。「TENET テネット」からノミネートの可能性があるとすれば、ロバート・パティンソンの助演男優賞。本作の撮影中に抜け出してオーディションを受け、見事に役を射止めた「The Batman」が待機しているほか、Netflixで配信中の「悪魔はいつもそこに」でも怪演を見せハリウッドでの株価は急上昇。キーパーソンとなるおいしい役どころで、作品支持層の票を一身に引き受けることになりそうだ。
DATA 9:ノーラン自身は計3度のノミネートだが…
監督賞・脚本賞合わせて計3度のノミネートは立派だが、ハリウッドへの貢献度の大きさからすれば、冷遇と言ってもいいほどの実績だ。監督賞部門では、事前の下馬評ではノミネートを確実視された「ダークナイト」「インセプション」で立て続けに落選。ヒット作を連発するノーランへのやっかみが得票を妨げているとの憶測も飛んだ。前作「ダンケルク」でついに念願の初ノミネートを果たし、ようやく正当な評価を得られた印象だ。一方、脚本賞部門では「メメント」「インセプション」の2本でノミネート。こちらもまだ受賞には至っていないが、脚本家としても高く評価されているのは間違いない。今回も脚本賞でノミネートされた2本と同じく、時間に仕掛けのある作品ということで、脚本賞部門ではチャンスがありそうだ。
DATA 10:作品賞ノミネートは10作品中2本
近作5本に限定すれば作品賞ノミネートは2本(「インセプション」「ダンケルク」)で確率40%。さらに、ノミネートを確実視されながらまさかの落選を喫した「ダークナイト」を0.5とカウントして、50%の確率という見方もできる。これだけの実績なら当然、今回の「TENET テネット」も十分に作品賞を狙える位置にいると見るべきだ。ただ、ノーランほどの監督になると、敵は“過去の自分”。自身の過去作と比較して評価されることになる。今回の「TENET テネット」は高い水準で評価されているものの、ノーランの華麗なフィルモグラフィ上で最上位というほどの評価は見られず、現時点では厳しい戦いになりそうな気配。逆転の目があるとすれば、映画業界が未曾有の危機に陥るなか、観客の足を再び映画館に向ける救世主として立ち上がった功績が票に結びつくシナリオだろう。
DATA 11:批評家&映画レビューサイトの評価
アカデミー賞にノミネートされる作品となれば、そのクオリティが高いのは最低限の条件。投票して賞を決めるのはアカデミー会員だが、彼らとて批評家や映画ファンの評価は決して無視できない。彼らの評価を視覚化するツールとして代表的なのが、ロッテントマト(https://www.rottentomatoes.com/)とメタクリティック(https://www.metacritic.com/movie)。多少の例外はあるものの、この両サイトでの評価で一定以上の評価を得られなければ、アカデミー賞のチャンスは消滅する。
ノーラン作品はいずれの作品もさすがの評価で、アカデミー賞が毎回無視できないのも納得。ただ、前作「ダンケルク」がノーラン作品でも最高の評価となっているだけに、「TENET テネット」はその比較にさらされるのは避けられない。
DATA 12:興行収入
アカデミー会員による投票で決められる賞だけに、どれだけ多くの会員が作品を見ているかも大きな要因。となれば、映画がヒットしているにこしたことはない。過去5年、作品賞にノミネートされた8~9本のうち、ボックスオフィスで1億ドル以上を稼いだヒット作は平均3本。ノミネートまでの争いに限れば、ヒット作であることは有利な材料以外の何物でもない。
2018「ブラックパンサー」「アリー スター誕生」「ボヘミアン・ラプソディ」3/8
2017「ダンケルク」「ゲット・アウト」2/9
2016「ドリーム」「ラ・ラ・ランド」「メッセージ」3/9
2015「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「オデッセイ」「レヴェナント 蘇りし者」3/8
「TENET」の興行収入は市場制限の事情もあり、過去の数字とそのまま比較はできないが、この状況下においてはヒット作と呼んで差し支えない。来年の投票時期までにDVD・ブルーレイおよび配信での視聴機会も増え、アカデミー会員の視聴確率もかなり高くなっているはずだ。
作品の話題性からして1つもノミネートされずに終わるということは考えづらい。作曲、主題歌、録音、音響編集の4部門はかなり高い確率でノミネートされるのではないか。その他、撮影、編集、視覚効果賞も有力。今年は大作の公開も少ない分ライバルも手薄なことを考えれば、ここもノミネートまでは勝ち取れるかもしれない。これだけでも計7部門で堂々たるものだが、投票時期の情勢次第では作品、監督、助演男優、脚本、美術部門でのノミネートもありうる。最低4部門、すべてがうまく噛み合えば最多12部門にノミネートされる可能性がある。
ノミネート確率◯:撮影、編集、視覚効果
ノミネート確率△:作品、監督、助演男優、脚本、美術
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