オスカー候補が集まるニューヨーク映画祭 “開催60周年”で注目した5作品を紹介【NY発コラム】

2022年10月27日 15:00

「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」
「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」

ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


ニューヨーク映画祭が60周年の節目を迎えた。今年は9月30日~10月16日に開催され、32本の作品が集結。毎年、オスカー候補となる話題作が集まるのだが、果たして今年は……? 筆者が特に注目した5作品を紹介しよう。


●「She Said」(邦題「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」)

まずは、ユニバーサル・ピクチャーズが手がけた映画。物語の中心となるのは、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインの性的暴行をスクープしたニューヨーク・タイムズの記者ミーガン・トゥーイージョディ・カンター。世界的な#MeToo運動にもつながっていく真実を追求するジャーナリストたちを描き出す。

プロミシング・ヤング・ウーマン」のキャリー・マリガンがミーガン役、「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」のゾーイ・カザンがジョディ役。アカデミー賞外国語映画賞受賞作「イーダ」のレベッカ・レンキェビチが脚色を務め、厳格な宗教コミュニティを脱出する女性を描いたNetflixドラマ「アンオーソドックス」でエミー賞を受賞したマリア・シュラーダーが監督を務めた。

子育て&出産を経験しながらも「仕事」「母親」「妻」としてのバランスをとるミーガンとジョディ。ワインスタインからの圧力や誹謗中傷を受け、取材対象者から拒否されながらも、妥協せずに真実を追い求め、その実態を暴いていく。その姿は「大統領の陰謀」「スポットライト 世紀のスクープ」などの秀作を彷彿とさせるほど。真実を追求していく過程が見事に描かれている。

グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」「ロード・オブ・ザ・リング」「恋におちたシェイクスピア」などに携わり、ハリウッドでは“神”のような存在として扱われてきたワインスタイン。この傍若無人な男を告発した女優陣の勇気もしっかりと描かれ、劇中では実際に性的告発をした女優が本人として登場するシーンも。今作にかける並々ならぬ思いが、キャストやスタッフから感じとることができる作品だ。


●「Woman Talking」

ブラッド・ピットの制作会社プランBが製作を務めた作品で、監督としての手腕を見せてきたサラ・ポーリーの最新作。2012年製作「物語る私たち」以来、10年ぶりの監督作となった。「ノマドランド」のフランシス・マクドーマンドが、作家ミリアム・トウズの同名小説の映画化権を獲得したことで誕生した。

サラ・ポーリー
サラ・ポーリー

宗教コミュニティ内において「夜中、女性たちが記憶のないままレイプの被害に遭う」という事件が多発。ある事件をきっかけに、女性たちは納屋に集まり、打開策を練るように。その過程で、強い意志を持ちながら、自我に目覚めていくさまが描かれる。

興味深いのは、ボリビア・マニトバ居住区に暮らすキリスト教の教派メノナイトの女性たちに起きた事件(2005~2009年)をベースにしている点。実際の事件では、女性たちが動物用の精神安定剤を含んだスプレーを嗅がされ、レイプ被害を受けている。そして、被害者の周囲の人々は、それを悪魔や幽霊のせいにしていた。メノナイトの人々は、電気や自動車などを使わず、一般的な社会から離れたコミュニティを築いていた。そのため、まるで中世で起きていたような出来事が、現代でも起きていた……という恐ろしい事実がある。

レイプ被害者や男性に虐げられていた女性役を演じるキャスト陣は、豪華な顔ぶれ。「ドラゴン・タトゥーの女」のルーニー・マーラ、「MEN 同じ顔の男たち」のジェシー・バックリー、「ザ・クラウン」シリーズのクレア・フォイ、「ノマドランド」のフランシス・マクドーマンドらが名を連ねている。

ルーニー・マーラ
ルーニー・マーラ
クレア・フォイ
クレア・フォイ

原作は、人気シリーズ「ハンドメイズ・テイル 侍女の物語」の作者マーガレット・アトウッドが「素晴らしく、悲しく、ショッキングでもありますが、それでも感動的な話です」と絶賛するほど。ポーリー監督は、信仰、コミュニティ、民主主義に関する問題点を浮き彫りにしており、映画の冒頭でも、トウズの言葉「This is an act of wild female imagination」(これは、女性のワイルドな想像の行為)と記した。女性たちの強い意思、価値観を尊重し描かれた作品だ。


●「Triangle of Sadness

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今年のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したリューベン・オストルンド監督の新作。スーパーモデルだけでなくインフルエンサーとしても活躍する若いカップル・カールとヤヤは、倦怠期を迎えつつも、世界各国のセレブが集う豪華客船のクルージングに参加することになった。しかし、突如発生した大嵐によって豪華客船は沈没し、人々は無人島に流れ着いた。サバイバル能力に長けた従業員とセレブの関係性にも変化が生じ、船内のパワーバランス、ヒエラルキーが反転していく。

スウェーデン、フランス、ドイツ、イギリスの合作となった本作は、クランクインからわずか25日で新型コロナウイルス感染症の影響によって撮影が中断。そして、3カ月の時を経て、スウェーデンで撮影が再開されている。オストルンド監督によると、撮影再開に至るまでの道程には苦労が絶えなかったそうだ。

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本作は、3部構成。カールとヤヤが、レストランの会計をどちらが支払うかで揉め始める。そこからカールがイチャモンをつけたことで口喧嘩に発展し、それがホテルに戻るまで続いていく…というのが第1部。倦怠期からなのか、刺激を求めている彼らは、わざと人前で口喧嘩をしているようにも見える。2部は、船員と乗員の上下関係が強調される。あらゆることを船員に強要する金持ちの道楽が繰り広げられた後、豪華客船は大嵐に遭遇。酔っ払っていた乗員は、食べ物を吐き出して、船中が吐しゃ物だらけに……(ここでは、カールとヤヤがサイドキックのような扱いとなっている)。そして、3部では、豪華客船が沈没。無人島に漂着した者だけで、ストーリーが展開していく。ここでキーパーソンになってくるのが、スパニッシュ系の掃除婦だった年配女性。彼女があるものを餌にして、カールを誘惑していく姿が滑稽だ。

フレンチアルプスで起きたこと」「ザ・スクエア 思いやりの聖域」などでも注目されたオストルンド監督のブラック・ユーモアが冴え渡り、拝金主義を笑い飛ばす。2時間半以上という長尺映画だが、あっという間の鑑賞体験だったような気がしている。お涙頂戴よりも、辛辣で饒舌な会話を好むニューヨークの批評家の間でも、本作は高く評価されている。


●「Aftersun」

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今年のカンヌ映画祭の批評家週間で非常に高い評価を受け、世界中の映画祭を席巻してきた本作は、スコットランド出身で、現在はニューヨークに拠点を置くシャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作品。「ムーンライト」でオスカーを獲得したバリー・ジェンキンス監督が製作を務めており、A24が配給している点も注目だ。11歳のソフィーとまだ若い父親カラムがトルコのリゾート地で過ごした休暇を、現在のソフィーが振り返っていくという設定で、ストーリーが紡がれていく。

物語は、90年代後半のビデオカメラの映像で始まる。大人になったソフィーは、過去記憶を手繰りながら“自身が知る父”と“理解することができない父”との折り合いをつけていこうとする。リゾートでの休暇中、父カラムは、ソフィーをあらゆる方法で楽しませようとしていた。しかし、コミュニケーションのずれがどうしても生じてしまっていたのだ。

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ウェルズ監督の撮影(特に前半部分)は、ホテルの名前や看板などが、ほぼ観客の目に入らないようなフレームワーク。観客が、この親子の関係に没頭するように、トルコのリゾート地であること以外は余計な外観を省いている。まるで宝石のような親子の時間が描かれていくなかで、会話では表現されていない溝、ダークな過去が表現されている。

TVシリーズ「ふつうの人々」で注目を浴びたポール・メスカルが、チャーミングな父親を演じているが、闇を抱えるダークで複雑な部分も見事に体現。娘ソフィー役を演じたフランチェスカ・コリオは、これが初の長編映画とは思えないほど! メスカルとの息の合った演技を披露している。


●「Armageddon Time

アンダーカヴァー」「エヴァの告白」のジェームズ・グレイ監督の新作。コロンビアのジャングルで撮影した「ロスト・シティZ 失われた黄金都市」、宇宙を舞台にした「アド・アストラ」の製作によって「精神的にも肉体的にも疲弊していた」と語るグレイ監督。新作では、自身の出身地であるニューヨークのクイーンズを舞台にし、1980年代初頭に通学していたキーフォレスト校での体験を基にした半自伝的な映画となっている。

ジェームズ・グレイ
ジェームズ・グレイ

ウクライナ系ユダヤ人のポールは、公立学校に通う芸術に高い関心を持つ少年だった。彼は、お堅い価値観を持つ母親と短気な父親のもとで育ち、その才能をいかせずにいた。ある日、問題児扱いされていた黒人の生徒ジョニーと打ち解け、学校内で悪さをし始めたことから、2人の運命が変わっていく。

ポールの母親エッシャー役をアン・ハサウェイ、父親アーヴィング役をジェレミー・ストロング、祖父アーロン役をアンソニー・ホプキンスといった演技派が顔を揃えている。半自伝的な作品ではあるものの、グレイ監督は実際の自分の両親や祖父に寄せた役にはしたくなかったそう。両親の要素は脚本に盛り込まれているものの、俳優陣には自由に演技をさせていた。ところが、最終的には、実際の両親や祖父に近いキャラクターが出来上がったそうだ。

アン・ハサウェイ
アン・ハサウェイ

主役のポール役を演じたバンクス・レペタ、ジョニー役を演じたジェイリン・ウェブは、600人近くが参加したオーディションを勝ち抜いた逸材だ。繊細かつ複雑な少年の心情を素晴らしい表現力で示し、演技派の俳優陣に支えられながら、その才能を開花させている。

グレイ監督も2人を配役できたことが「とても幸運だった」と述懐。「他愛もない会話から家族同士のケンカに発展していく夕食の時間」「学校内での先生による差別的偏見」「大統領となるレーガンの選挙戦」を描きながら、ひとりの少年が、どのように周囲の環境を通じて自己形成されていくのかという点を丁寧に描いている。あくまで80年代初頭のウクライナ系ユダヤ人の一家族をとらえているが、さまざまな人種や国籍を持つ“アメリカの一家族”として興味深い視点で鑑賞できた。

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