【中国映画コラム】19年上半期総括!マーベルによる“市場熟成”が「存在のない子供たち」の正当評価をもたらした
2019年8月25日 12:00
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北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数266万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
2019年上半期の中国映画市場のデータが、エンタメサイト「猫眼票房」で発表されました。急成長し続けてきた中国映画市場ですが、初の減少傾向となっています。興行収入総額は-2.7%、動員数は-10.31%。特に動員数1割超の減少は、中国国内で非常に話題となり、世界2位にまで成長した“中国映画マーケットが危機に陥る”と言われています。しかしながら、上半期の興収総額311億6700万元(約4737億4000万円)、動員8億700万人というデータは、北米以外の地域からすると凄まじい数字に見えるでしょう。私見では、今回の減少はあくまでも急増し続ける市場の一時的な反動に過ぎないと考えています。“劇場で映画を見る”という習慣を身につけた中国の観客が増え続けているため、市場自体はまだまだ元気だと言えます。
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上半期興収1位に輝いたのは、日本ではNetflixで配信中の「流転の地球」。日本国内でも話題を呼んでいる小説「三体」の著者・劉慈欣(りゅう・じきん)の短編小説を実写化した中国国産SF映画で、46億5000万元(約706億8000万円)を稼ぎ出しました。ヒットの要因のひとつは“旧正月公開”です。毎年旧正月に多くの中国人が故郷へ帰り、家族とともに新年のお祝いをしますが、近年では、その期間中に映画を見るのが恒例行事となりました。その影響は絶大で、旧正月休み1週間(19年2月5~11日)の全体興収は約60億元(約912億円)。このような好成績が望めるため、多くの大作が旧正月期間での公開を狙っています。ただし、旧正月に公開が集中するということは、競争の激化を招くため、口コミの評判次第では“惨敗”となるケースも珍しくありません。
当初「流転の地球」の注目度はそれほど高くなく、「ニセ薬じゃない!」のプロデューサーでもあるニン・ハオ監督の「Crazy」シリーズ第3弾「Crazy Alien」(22億元:約334億4000万円)、人気作家ハン・ハンがメガホンをとった「ペガサス 飛馳人生)」(17億2000万元:約261億4000万円)、チャウ・シンチー監督の新作「新喜劇之王」(6億2400万元:約94億8000万円)が話題になっていました。ですが、「流転の地球」の封切り後は絶賛の嵐、旧正月の絶対王者となったのです。正直なところ、「流転の地球」はハリウッド映画と比べれば、まだまだ足りないところがたくさんありますが、中国国産SF映画の成長という観点からいえば、決して無視はできない作品。「国産SF映画だから応援したい」という観客も多いんです。歴代興行収入ランキングは、56億8000万元(約909億3000万円)の「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」に次ぐ第2位。おそらく中国SF映画の象徴となるでしょう。
42億4000万元(約644億5000万円)で上半期第2位の座についた「アベンジャーズ エンドゲーム」は、数々の新記録を打ち立てました。チケット先行予約だけで6億4700万元(約107億円)、公開12時間で史上最速となる5億元(約82億7000万円)を突破。そして、初日の成績は7億2400万元(約119億7000万円:深夜上映分を合算)、1日の興収が5億元を超えたのは3回、公開初週5日間では22億3000万元(約339億円)、17日で40億元(約608億円)を超えました。驚くべき数字ですよね。本作が「アバター」を超えて全世界歴代興行収入1位を奪取しましたが、これには中国映画市場の急成長が深く関わっていると思っています。
MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の始まりは、08年の「アイアンマン」です。当時の中国映画市場は規模も小さく、人々もハリウッド映画には詳しくない時代でした。そこからMCU作品は、ほぼ毎年新作を発表し、中国のマーベル・ファンを育成していったんです。そして「市場の拡大」「観客数の増加」「長年に渡る宣伝活動」によって、MCUは“新米映画ファン”のなかでも、最も認知度の高いシリーズとなっていきました。12年の「アベンジャーズ」は5億6700万元(約86億2000万円)、13年の「アイアンマン3」は7億5500万元(約114億8000万円)、15年の「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」は14億5000万元(約220億4000万円)と右肩上がりの成績を記録しています。
その一方で、世界中の人々が熱狂した「スター・ウォーズ」シリーズは、エピソード4~6、さらにエピソード1~3もリアルタイムで見た中国人が少なく、あまり馴染みがない。マーベル映画に匹敵するほどの興収は、全く記録できませんでした。MCUとともに成長し続けてきた中国映画市場。マーベルというブランドが与えた影響は大きく、ファンにとっては“伝説的なシリーズ”“信仰の対象”となりました。ちなみに「アベンジャーズ エンドゲーム」の初日チケットの料金は、300元(約4600円)。マーベル・ファンは文句一つ言わず、料金を支払いました。「フェーズ4」以降も、大ヒットは間違いないでしょう。
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実は、上半期の話題で最も驚いたのは「流転の地球」「アベンジャーズ エンドゲーム」のメガヒットではなく、第71回カンヌ国際映画祭のコンペ部門審査員賞&エキュメニカル審査員賞を受賞したレバノン映画「存在のない子供たち」の大健闘なんです。同作のようなアート系映画は興収成績よりも、内容の素晴らしさで語られることが多いと思いますが、なんと3億7400万元(約56億8000万円)、動員数は約1150万人をマークしました。「流転の地球」「アベンジャーズ エンドゲーム」と比べても仕方のないことですが、「アラジン」(3億6000万元:約56億7000万円)、「メン・イン・ブラック インターナショナル」(3億600万元:約46億5000万円)を上回ったんです。
「存在のない子供たち」は、いくつかの可能性を示しました。まず、近年の観客は口コミを重視し、良作であれば、海賊版があったとしても劇場での鑑賞を望むようになりました。本作の海賊版は、中国での上映前に流通し、誰でも無料で視聴できる状態でした。ただ皮肉といいますか――海賊版を見た人々の口コミが非常に良かった。その口コミが、劇場公開時に影響を与えているのではないかと、劇場側のスタッフは分析しました。
宣伝戦略も大胆で素晴らしかったんですよ。公開時期は「アベンジャーズ エンドゲーム」とほぼ同じ。超話題作の公開タイミングを避けるのが一般的ですが、これは意図的な選択だったんです。まずは、口コミでの高評価。優秀な作品なので、劇場で見る人は必ず存在します。また、男性客をメインターゲットにした「アベンジャーズ エンドゲーム」に対し、「存在のない子供たち」の観客は女性がメイン。観客の流出という点では、それほど影響を受けませんでした。さらに、劇場の上映枠のほとんどが「アベンジャーズ エンドゲーム」で埋め尽くされているため、“MCUには興味なし!”といった観客を取り込める可能性を秘めていました。内容に関しても、中国の観客が共感しやすい。感動の涙を流している人も非常に多かったんです。
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さて、日本映画の成績に視点を移しますが、残念ながら「迷走している」と言ってもよいでしょう。中国国内で話題となっていたのは、「千と千尋の神隠し」と「劇場版 夏目友人帳 うつせみに結ぶ」の2本だけ。「千と千尋の神隠し」の反響については、第3回のコラムに詳しく書いていますので、お時間がある時にぜひ読んでみてください! 「劇場版 夏目友人帳 うつせみに結ぶ」は、日本国内での成績を超える興収1億1500万元(約17億5000万円)となった点が、多くの中国媒体で報道されていました。
上半期に公開された日本映画は、15本。内訳はアニメが11本、実写が4本となっています。実写作品のトップとなったのは、「祈りの幕が下りる時」の6784万元(約10億3000万円)。それ以外は「今夜、ロマンス劇場で」が1231万元(約1億8700万円)、「22年目の告白 私が殺人犯です」が534万元(約8100万円)、「となりの怪物くん」が231万元(約3500万円)。また「劇場版 マジンガーZ INFINITY」に関しては、40万8000元(約600万円)という厳しい状況でした。
公開時期、宣伝、海賊版の影響といった懸念事項はありますが、レバノン映画「存在のない子供たち」のヒットと同様に、“日本映画の可能性”は常に存在しています。インターネットの時代を迎え、以前よりも情報の発信は容易になっています。現在、中国国内での日本映画に関する情報の大半は、毎日ネットで情報をチェックしているファンがシェアしたものです。でも、このような作業は、そもそもファンがすべきことではなく、日本の映画会社が自ら、もしくは中国の媒体に情報の発信を依頼するものではないでしょうか? それが上手くいけば、日本映画への関心が高まり、マーベル映画ファンのような熱狂的な人々も出てくるはず。
より多くの中国の観客に届けるため、日本の映画会社は熟考を重ねるべきではないか――私は、そう感じています。「千と千尋の神隠し」の大ヒットは素晴らしいことですが、旧作でしか話題が作れないという状況になってしまうと、最早“危機”と言っていいでしょう。この深刻化している問題をきちんと直視しなければ、中国のバイヤーも遠のき、日本映画の海外進出はさらに難しくなっていきます。
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