【中国映画コラム】日本映画のチャンスは「STAND BY ME ドラえもん」で広がり「万引き家族」のヒットに結実!
2019年6月9日 12:00
[映画.com ニュース] 北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数235万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
まず初めに言っておきたいのは、現在に至るまでの“10年間”が過渡期にあたるということです。10年前、中国の年間興行収入は日本以下でしたし、その頃はまだ“裕福ではない時代”。人々は映画を見る余裕がなかったんです。上海、北京、広州といった大都市では映画を見るという習慣はありましたが、地方出身の人たちはほとんど鑑賞をしていませんでした。ターニングポイントとなったのは、2010年の「アバター」(最終興収13.4億元:214.4億円)、12年の「タイタニック(3D版)」(9.46億元:151.3億円)。ようやく“中国人が映画を見始めた”という印象を抱きました。
今は誰もが映画を見に行ける時代。良い時代になったなぁと感じているんですが、その一方でスクリーン数の増加も気になっています。現在のスクリーン数は、約6万。これは世界中のスクリーン数の30%を占める数字です。あまりにも増えすぎているので、空席が目立ってきている。映画産業への感心が高まっているので投資が集まるんですが、そんなにいらないですよね(笑)。
中国映画における“事件”をいくつかご紹介しましょう。まずはチャン・イーモウ監督作「HERO(2002)」の誕生。この作品はハリウッド大作に対抗できるものを、中国でも作れるんだということを示しました。続いて、12年に製作されたコメディ映画「ロスト・イン・タイランド」。封切り当初はそんなに話題になっていなかったんですが、“口コミ”のおかげで「アバター」に迫る勢いでヒットしたんです(12.7億元:203.2億円)。国産映画でもこれほどのヒットを望めるのかと――メガホンをとったシュー・ジェンは、俳優から監督、そしてプロデューサーへと活躍の場を広げていった方なんですが、この“10年間”を体現している人なので、まずは名前を覚えておいてください。
では、日本映画の上映はどのような変遷をたどってきたのか。その話題に入る前に、中国国内での外国映画上映に関するルールをおさえておきましょう。まずは「利益分配式」。これは中国上映の際、収益の5~6割程度を劇場が得て、残りの利益を分配するシステムです。9割以上がハリウッド作品で占められていて、18年は年間40本がこの方式で上映されました。もうひとつは「版権買いきり式」です。これは簡単に言えば、中国の映画会社が固定の価格で中国国内の配給権を買い取り、興行成績に関係なく、売った側にリターンはないという仕組みで、昨年は78本が上映。日本、韓国と比べて、まだまだ外国映画を自由に上映できる状態ではないんです。
このような背景があるため、かつて日本映画の上映は数年に1本程度でした。日中合作映画を見る機会はありましたが、純粋な“日本映画”というのは映画祭でしか見るチャンスがなかった。07年は「映画ドラえもん のび太の恐竜2006」「日本沈没」、08年は「映画ドラえもん のび太の新魔界大冒険 7人の魔法使い」、12年秋~14年は尖閣諸島問題で日中関係が悪化し、合作映画を除けば1本も上映されませんでした。
ですが、15年に1本の映画がその流れを変えます。それは「STAND BY ME ドラえもん」。日本の国内興収(約83億8000万円)を超える興収5.32億元(85.1億円)を記録したことで、中国映画市場は日本映画に可能性を見出したんです。同作のヒットを受け、16年は日本映画の上映が11本に増加し「映画 ビリギャル」(3757万元:6.01億円)、2部作を再編集し1本の作品として上映した「寄生獣」(4834万元:7.74億円)が日本映画実写興収1位の記録を立て続けに塗り替え、12月に封切られた「君の名は。」が興収5.77億元(92.3億円)で「STAND BY ME ドラえもん」超えを果たしました。
18年に上映された日本映画は15本(実写:9本、アニメ:6本)。定番となった劇場版アニメの上映に加え、実写作品が増加したという変化が見受けられましたね。17年に「銀魂」が打ち立てた実写興収1位の記録(8153万元:13億円)を、是枝裕和監督作「万引き家族」(9700万元:15億6000万円)が超えた点には驚きました。是枝監督は中国でとても尊敬されています。“小津安二郎の孫”、つまり小津の精神を引き継いで作品を撮っていると。本人は「小津というよりは成瀬巳喜男」と仰ってますけどね。ちなみに是枝監督に対する認知度が変わったのは「そして父になる」というよりは「海街diary」。公開はされなかったんですが、皆“海賊版”で見てしまっているんです…。
「万引き家族」上映時の出来事は、非常に印象的でした。政府関連の方々もプッシュしていましたし、特筆すべきは7月中旬公開ということ。7~8月は夏休み期間なのですが、国産映画を保護するため、基本的に外国映画の上映は禁止されています。ハリウッド大作への規制は未だに厳しい状況なのですが、同作に関しては「上映する価値がある」という判断がくだりました。宣伝活動で一躍を担ったのは、有名人の口コミです。彼らのひと言は新聞、テレビよりも影響力があるんです。デザイナー・黄海氏によるポスターも話題を呼びましたし、「万引き家族」をテーマにした楽曲も作られたんですよ。
一方で、アニメ映画の存在感がやはり際立ちました。日本映画の興収トップ3は「映画ドラえもん のび太の宝島」(2億900万元:33億7000万円)、「となりのトトロ」(1億7300万元:27億9000万円)、「名探偵コナン ゼロの執行人」(1億2700万元:20億5000万円)。アニメ映画は、日本でいう「こどもの日」(6月1日:小学生以下の子どもは学校は休みとなる)に封切られることが多いので、その点もヒットの要因となっています。
18年全体の年間興収を振り返ってみると、第1位は「オペレーション:レッド・シー」(36億5000万元:589億円)。いわゆる国策映画なのですが、映画としての完成度が高かった点も興収アップへと繋がりましたね。第2位は「僕はチャイナタウンの名探偵2(原題)」(33億9000万元:547億円)。妻夫木聡さんも出演されていて、第3作は東京が舞台になる予定です。そして、トピックスとなるのは、第3位の「ニセ薬じゃない!(原題)」(30億9000万元:499億円)。この作品の主演兼プロデューサーは、そう、前述したシュー・ジェンなんです。主人公は、国内で認可されている高額の難病治療薬の代わりに、同じ効能を持つインドの医薬品を個人輸入しようとした男。当初は私欲のために動いていたはずが、薬を本当に必要とする人々の為にまい進していく――そんな社会派の作品です。
政府への非難が含まれているため、普通はこういう題材の作品は製作NG。製作陣も「上映中止になってもおかしくはない」と言及していました。ですが、上映が始まると好評で、李克強首相も「このような映画が必要だ」と絶賛するほどでした。本作がきっかけとなり、薬に関する新たな政策もできたんです。社会への問題提起、政治にも影響を及ぼした「トガニ 幼き瞳の告発」のような作品が、中国でもようやく生まれました。ちなみに「ニセ薬じゃない!」チームは、是枝監督の大ファン。「万引き家族」の上映時には、舞台挨拶に駆けつけるほどだったんですよ。
近年の潮流は、シュー・ジェンの動向から見えてきます。それは俳優や監督が自ら会社を立ち上げて、映画を製作するパターンが多くなってきたということ。わかりやすいイメージで言えば、日本の俳優が自身で会社を設立し、東宝、松竹、東映といった会社と出資し合って、自らの「主演映画」を製作する。“自分の作りたいように作る”という点を意識する人が増えてきた印象ですね。
最後に「マーベル&DC映画といったハリウッド大作が、なぜ中国で爆発的な興収を記録するのか」という点について、ひとつの要因を提示しておきましょう。中国ではアート系映画はあまり人気がなく、やはりストレートなアクション作品がヒットする傾向にあります。18年は「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」が23億9000万元(386億円)で外国映画のNo.1に輝き、「アクアマン」「ヴェノム」「ジュラシック・ワールド 炎の王国」「レディ・プレイヤー1」がトップ10入りしました。実はこれらのハリウッド作品、9割くらいは、鑑賞料金が高い3D上映でしか見られないんですよ。映画館側が、より高い収益を狙った結果なんですが……勿論、その対応について、映画ファンはかなり怒っています(笑)。
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