コラム:細野真宏の試写室日記 - 第52回
2019年12月26日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第52回 試写室日記【番外編】2019年、本音で良かった10本!
2019年12月26日
まず、そもそも、このコラムの隠れた目的は「クリエイターを応援すること」でもあります。
そのために優れた作品を紹介し、そのクリエイターら(演者などを含め関係者全て)に注目が集まるようになれば、出来の良い作品が、より日の目を見ることができるようになります。
そのため今年のまとめとして、本音で(というか、いつも本音ですが…笑)良かった作品を、10本選んでみようと思います。
これは、あくまで私の目線での10本なので必ずしも興行収入とは一致しません。
また、実はコラムで紹介したかったのですが、他の仕事が忙しすぎて書けなかった作品も意外と多くあり、そういう作品も後世に残ってほしいので、(興行的に振るわなかった作品を中心に)過去に紹介しなかった作品も入れています。
本来は「1位、2位」とかランキング順にすべきなのでしょうが、何を基準にするかで順位は変わってくるため、「2019年を語るにふさわしい名作」という視点で選んだ10本を軸に、公開日順に1年を振り返ってみようと思います。
1.「翔んで埼玉」(2月22日公開)
やはり、この作品を抜きに2019年の邦画は語れないかもしれないほどのインパクトが残りました。改めてフジテレビの武内英樹監督の「センス」は流石だと思います。一つの都道府県にここまでのポテンシャルがあったとは…。この作品には、これからの日本やエンターテインメントを考える上でのヒントがまだまだ隠されているように思います。武内監督には、これからも「バカバカしさ」×「真面目」を、力み過ぎずに追求していってほしいです。これから本格的に発表されていく映画賞で、羽ばたいて翔んでいってもらいたいのですが、きっと「映画業界の偉い人たち」には届かないのでしょうね…(笑)。それもこの映画らしくて良いのかもしれません。
2.「映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン 失われたひろし」(4月19日公開)
他の名作を挙げずに、まさかの「クレヨンしんちゃん」の選出です。正直、2009年に埼玉県春日部市在住だった原作者の臼井儀人さんが亡くなってしまったことから、終わりは来るのだろうと思っていました。ところが、近年は作品の出来も良くなってきて過去最高の興行収入(22.9億円)まで生まれるようになっています。とは言え、まだ作品によって「当たり」と「外れ」の差が大きいなどクオリティーは安定していませんが、2019年の「新婚旅行ハリケーン 失われたひろし」は最高傑作の出来栄えでした。ただ、2019年から「名探偵コナン」を優先する形で公開が1週遅れてしまうなどアウェーな状況に…。そんな中でも本作は興行収入20億円を突破出来たのは流石だと思い、ランクインです。これからも「当たり」の年を増やしてもらえると、もっと興行収入も上がっていくのでは、と思います。
3.「アベンジャーズ エンドゲーム」(4月26日公開)
正直なところ、過去の一つ一つの作品の出来には「ノーコメント」と言いたくなるものも多少はありましたが、「アベンジャーズ」と「アベンジャーズ エンドゲーム」は集大成感がすごく、この2作品は文句なく名作だと思います。そして、すべてをリアルタイムで見続けた人間としては、「アベンジャーズ エンドゲーム」が世界興行収入で歴代1位を記録したことは素直に嬉しかったです。こういう壮大な予備知識が必要な作品は、なかなか大衆化しにくいのですが、それを成し遂げるほどの「様々な魅力的なコンテンツが支えていた」ということでもあり、この「10年間の構想と仕掛け」は、映画史上の快挙と言えるでしょう。この先、どのような仕掛けが新たに世界の映画史に刻まれていくのか今から楽しみにもなっています。
4.「コンフィデンスマンJP」(5月17日公開)
この「コンフィデンスマンJP」という作品には、個人的にとてもポテンシャルを感じています。脚本家・古沢良太の才能が溢れ出ていて、連ドラという枠では、この作品の面白さは伝えきれないと思います。そして、2020年5月1日には「コンフィデンスマンJP プリンセス編」が公開されるという「スピード感」も勢いを感じます。来年の一つの楽しみは、この続編のクオリティーがどうなるかで、もしこれが前作を上回る出来であればフジテレビと東宝は相当に力強いコンテンツを手にしたと言ってもいいのではないでしょうか。第28回で書きましたが、この「コンフィデンスマンJP」というコンテンツこそが、日本における「アベンジャーズ」の始まりな気がしているので。
5.「ハッピー・デス・デイ」(6月28日公開)
おそらく、多くの人は知らないであろう作品が、この「ハッピー・デス・デイ」というホラー系の映画です。私は実はそれほどホラー映画は好きではないので期待していませんでした。しかも、本作のウリが「無名のキャスト&監督が送る全米オープニングで1位を記録した学園ホラー映画」といったものでしたが、私は「ホラー映画は誰がやっても大して変わらないだろう」と冷めた感じで見ていました。ところが、これは斬新な新感覚「タイムループ型のホラー映画」でした! 主人公の女子大生が誕生日に「謎のマスク姿の殺人鬼」に殺され、目を覚ますと、また誕生日の朝に戻り、また殺され、ということがループされるのですが、これが「全く怖くない」のです(笑)。怖いというより楽しくて、これを一括りに「学園ホラー映画」と呼んでしまうと敬遠されるのが勿体ない感じです。近い作品で言うとトム・クルーズ主演の「オール・ユー・ニード・イズ・キル」でしょうか。でも、こっちは本当に気楽に見られる傑作です。さらに日本では、続編の「ハッピー・デス・デイ 2U」も連続公開でした。ただ、全国で公開規模はメチャクチャ小さくて、しかも2週間限定公開とかだったりしたので、どうにかならないのかなと考えていました。結果的に、この時は他の仕事が忙しすぎて、余裕がなくなりスルーしてしまったのでした…。ちなみに、続編の「ハッピー・デス・デイ 2U」の方は、前作と比べると、そこそこ面白いくらいの出来です。でも、「ハッピー・デス・デイ」が面白かったら、連続で見てみてほしい作品です。
6.「記憶にございません!」(9月13日公開)
日本の映画業界に勢いがついたのは、三谷幸喜監督の復活もあるのでしょう。前作から期間が空いて心配でしたが、よくぞ政治という生々しい分野を題材に成功できたな、と感心してしまいました。しかも、出来も過去最高レベルで非常に良かったので、三谷幸喜監督が掲げていた目標の邦画実写NO1は達成できるんじゃないか、と私も思っていました。ただ、「オリジナルのコメディ映画」というのは、やはり難しいのだな、と思いましたが、本作の場合は、リピーター層をいかに呼べるかどうかで躓いた気がします。私は映画館でも見たりしましたが、やっぱり時間さえあれば何度も見たい出来の作品でした。でも、そこまで面白い作品かどうかは、2回目くらいから本格的に分かるような気がしています。1回目はストーリーを追うことに頭が向くため、作品を思いっきりは楽しめず、結末優先で「あ~、そういうオチね」で終わってしまう可能性が高かったんだろう、と分析しています。これが60億円を突破した「THE 有頂天ホテル」との違いでしょうか。もし、3週連続1位が、4週、5週と続けば、ブーム感も出て、まだまだ観客は増えそうでしたが、突然、あの「ジョーカー」に撃たれてしまい立ち上がれなくなったのは仕方なかったのかもしれません。
7.「ジョーカー」(10月4日公開)
日本で新しい時代が来るのかも、と思わせてくれた作品が、「記憶にございません!」の「V4」を阻止し、新たな王者に輝いた本作「ジョーカー」です。これまでのアカデミー賞最有力作というのは、年明けの公開が日本では定石でしたし、私もその方が良い気がします。ところが、まさに、その本命を10月からアメリカと同時に公開してしまったのです。当初は、これは「アメコミ映画」としか思われないのではないか、「アカデミー賞の本命」くらいに良く出来た作品なのに…と不安でした。「アベンジャーズ」などのマーベル作品と比べても、「バットマン」などのDCコミック作品の人気は日本では低いので、心配しながら見守っていましたが、「アベンジャーズ エンドゲーム」の大ヒットの影響もあってか、カップルの観客が多かったですね。何度か別の作品の完成披露試写会の帰りに映画館から出てきた人と出くわして耳を傾けると、どのカップルも、男性が女性に「実は、あの最後の方で撃たれたのが〇〇で」とか解説していましたね。それを女性が「え~そうなんだ~」という感じで仲良さそうに帰っていて、ようやくアメコミ映画も市民権を得てきたのか、と感心していました。アカデミー賞最有力(私の現時点での印象は、主演男優賞は確実、作品賞、監督賞、作曲賞、脚色賞もできれば取ってほしい、という感じです)ということで、アメコミ映画とは離れた客層にも届きましたし、映画館で見ても女性層も多い印象でした。やはり男性層に偏ると興行収入は頭打ちをしてしまうので「ジョーカー」は期待通り興行収入50億円を突破してくれて嬉しい限りです。
8.「空の青さを知る人よ」(10月11日公開)
これまで週末に台風で映画にダメージが、というのはよくあることなので想定はしていましたが、首都圏を直撃するとは、と正直驚きました。10月11日(金)はTOHOシネマズ日比谷がある東京ミッドタウン日比谷にいましたが、「明日はビルごと休館」という話になり、「それってTOHOシネマズ日比谷が午前中だけ休み、とかではなく、終日閉まっているってこと?」と、少し把握できないような事態でした。12日からの週末は、「空の青さを知る人よ」という非常に出来の良いアニメーション映画が盛り上がるはずでしたが、いきなり出足をくじかれることになりました。しかも、ブランド化されていないオリジナル作品は、「流行っている」ということが全て、と言っても過言ではないほど「勢い」が重要な要素で、それが自然災害によって止められてしまうとリカバリーがしにくくなります。さらには舞台の「聖地」として盛り上がろうとしていた埼玉県秩父市も大きな被害を受けて、映画どころではなくなったりもしました。本来の作品のポテンシャルは興行収入20億円規模はあったと思われますが、結果として興行収入では振るわず、となってしまいました。ただ、私は“超平和バスターズ”の3人はとても才能があると思っています。だからこそ、これまでの3作品のように3人の化学反応を信じて、また新たなチャレンジをしてほしいと思っています。
9.「イエスタデイ」(10月11日公開)
実は、台風の被害にあったのは「空の青さを知る人よ」だけではなく、「ラブ・アクチュアリー」などで有名なリチャード・カーティスが脚本を書いて、アカデミー賞作品賞に輝いた「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイルが監督をした本作「イエスタデイ」も同様です。私はリチャード・カーティスの作品が好きなので本作「イエスタデイ」も非常に期待していましたが、やはり傑作でした。「突然、世界からビートルズの存在が消えてしまい、なぜか1人だけビートルズのこと覚えているシンガー・ソングライターが活躍する話」を描いているのですが、本作については、配給会社が作品のポテンシャルを見誤ったケースだと思われます。これは公開規模が小さく、直近のリチャード・カーティス作は、良さを知る人が口コミで広めていく隠れた名作の部類で興行収入3億円規模だとカテゴライズされたと思います。ただ、何といっても影の主役は「ビートルズの名曲」の数々なので、この作品は目標興行収入8~10億円規模で組むべきだったと思っていました。実際には台風の被害によって最終的な「正解」は分かりませんが。ロングランが続いているのは、“ビートルズ”という誰もが知るブランドと“超平和バスターズ”という知る人ぞ知るブランドの差だと分析しています。認知度は、やはり、かなり大きな興行の要となりますね。
10.「アナと雪の女王2」(11月22日公開)
今年を興行収入の面で締めくくるには、やはり「アナと雪の女王2」を外せないでしょう。まず、認知度(ブランド力)は圧倒的です。すでに興行収入は85億円を突破していますが、ファミリー層に強い作品なので、これからがようやく本番でしょうか。当初は懸念していた「スター・ウォーズ」との戦いですが、やはり「スター・ウォーズ」は前作から見えていた陰りが大きく、すでに初週の水曜日(25日)の段階で「アナと雪の女王2」に負けているので、ひょっとしたら28日、29日の「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」の公開2週目の週末で、「アナと雪の女王2」が抜くこともあり得るのかもしれません。ただ、「アナと雪の女王2」が興行収入100億円を超えた後にどこまで行ってくれるのかは、まだ未知数な面が多いです。一つ目のカギは「紅白歌合戦」でしょうか。一般に歌に関しては、紅白歌合戦で「歌のランキング」に大きな変化が出るので、「アナと雪の女王2」の歌に火が付くのかもしれません。「誰もが知っている曲」となると、どこでも流れるヘビーローテーションが自然に生まれるので、かなり「社会現象化」に近づくと思います。(余談ですが、三浦大知の歌は「Blizzard」ですか…。1年遅い気がしてしまうのは私だけでしょうか? あの名曲を昨年に歌っていれば、想定通り「ドラゴンボール超 ブロリー」に火が付いたと思うので残念な感じですね。) また、次のポイントは、2月10日(月)のアカデミー賞の発表でしょうか。ここで前作と同様に、「長編アニメーション映画賞と楽曲賞のW受賞」ができるかどうか。おそらく「長編アニメーション映画賞」では「トイ・ストーリー4」との戦いになりそうな気がします。「楽曲賞」では、意外と「ロケットマン」のエンディング曲の「I’m Gonna Love Me Again」との戦いになりそうな気がします。この歌は、エルトン・ジョンとタロン・エガートンが最後に一緒に歌う美しいハーモニーが本当に魅力的な曲なので、読み切れません。とは言え、やはり「アナと雪の女王2」は映像もストーリーも歌も曲も相当に凝っている力作だと思うので、何とか「W受賞」ができたら嬉しいですね。このように、今年、過去最高の興行収入を記録した日本でも、まだまだ映画が盛り上がる要素はあります。「アナと雪の女王2」は2020年も日本の興行を盛り上げる存在になるのか? また、果たしてオリンピックと映画の興行収入の関係はどうなるのか? まだまだ興味は尽きないですね。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono