パターソン : 特集
“夏の大作”では味わえない満足感──映画通が求めていたのは“この心地よさ”
映画館が、識者が、映画.comが応援してやまない《ジャームッシュ集大成》
「ストレンジャー・ザン・パラダイス」「コーヒー&シガレッツ」など独特のオフビートな作風で人気を集めるジム・ジャームッシュ監督の「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」以来4年ぶりの日本公開最新作「パターソン」が8月26日に、音楽ドキュメンタリー「ギミー・デンジャー」が9月2日に公開される。「パターソン」は「スター・ウォーズ」シリーズのアダム・ドライバーが、詩をしたためるバス運転手に扮し、永瀬正敏が日本人の詩人役として、27年ぶりにジャームッシュ作品に出演することも話題だ。何気ない日常の幸せとユーモアを切り取る「ジャームッシュの集大成」の見どころとは?
同じ日は1日としてない──“何もない”日常からつかみ取れる《自分らしさ》
夏の終わりに見つけた、映画好きだけの“心地よい場所”
ジリジリと照りつける太陽とむせ返るような湿気、9月も見えてきた晩夏なのに、暑さは一向に落ち着くことはない。映画館の夏シーズンも、毎週のように超大作が目白押しで、アツい状況が今も展開中。とはいえ、ド派手で濃厚、映像もサウンドも堪能するには体力が必要!という作品が多いのも事実。「そろそろ腰を据えてじっくり見られる作品が公開されないかなあ」と、考えている映画通もいるのではないだろうか。
殺人も爆発も起きないし、地球の危機も訪れないけれど、見るとなんだかホッとできる、肩に入っていた力がスッと抜ける、「この世界観に、ずっと浸っていたい」って素直に思える、そんな他にはない心地よさを味わえる作品が、夏の終わりに登場する。それが、人気監督ジム・ジャームッシュの最新作「パターソン」。愛する家族、良き友、心許せる場所──日常に起こる何気ない出来事のひとつひとつを、独自のユーモアと優しい視線で丁寧に映し出していくことの素晴らしさ。米ニュージャージー州のパターソン市に暮らすバス運転手パターソンの、平凡だけど愛おしい日々が、じわりと心に効いてくる。
映画って、サスペンスやアクションやラブ・ストーリーがないと成立しないのか? いや、まったくそんなことはない。本作では、大爆発も、背筋も凍るショッキングな出来事も登場しない。でも、それが私たちの現実。繰り返される何気ない日常のなかにも、驚きや感動、愛おしくかけがえのない瞬間があり、それがどれほど人生を自分らしく豊かにしてくれるかを教えてくれる。
映画ファンが一目置く、詩的な映像感覚と、ユーモアに溢れたセリフ回し。そして、独自の感性で個性的なキャラクターを生み出し続きてきたジャームッシュ監督。今作では、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」のカイロ・レン役で一気に知名度を上げ、近年、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟、ノア・バームバック、マーティン・スコセッシ、スティーブン・ソダーバーグ、テリー・ギリアムなど名だたる名匠の作品に引っ張りだこのアダム・ドライバーが主人公パターソンを演じる。さらに、「ミステリー・トレイン」以来27年ぶりに、永瀬正敏がジャームッシュ作品に帰還。前作をほうふつさせる役柄で印象的な姿を見せている。
朝起きると妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをし、仕事に向かい、バスを走らせ、帰宅後には妻との夕食後に、愛犬マーヴィンと夜の散歩。行きつけのバーでビールを1杯だけ飲む。一見、代わり映えのない毎日に見えるが、秘密のノートに日々、詩をしたためる彼の目には、車窓の景色や乗客の会話など、日常のささいな出来事のすべてが輝きを放って見えるのだ。そんなパターソンのささやかで愛おしい7日間が描かれる。
「こういう作品こそ、選んで、見て、味わってほしい──」
普段行っている“あの映画館”も、“あの人”も「本作の大ファン」を公言
「昨日」と同じ日は、1日としてない。ありふれているように見える日常にも、美しさと優しさとおかしさがあふれ、観客それぞれの人生を彩っていると教えてくれる本作に、「大ファン」を表明する評論家、ライター陣が続出。「パターソン」のような作品に触れてみてほしい、この心地よさを味わってほしいと願う、あたたかくも熱い言葉が寄せられた。
ずっと彼の作品を見てきた人も、これまで知らなかった人も──
再認識してほしい──「ジャームッシュって、やっぱり最高」
86年の衝撃の日本初登場作「ストレンジャー・ザン・パラダイス」以来、ずっと熱烈ファンの人も、「そういえば、しばらくジャームッシュ作品って見てなかったな」と少し疎遠だった人も、そして「ジャームッシュ監督って誰?」という初心者も、「パターソン」を見れば「ジャームッシュって、最高」と思わずにはいられない。米ニューヨークのインディペンデント映画シーンをけん引し、ミニシアター・ブームの中心にいた重要監督。そして、唯一無二の世界観に数々の注目俳優がコラボレーションを望む、カンヌ国際映画祭受賞経験を持つ巨匠──「パターソン」みたいな映画は、やっぱりジャームッシュでなければ描けない。その価値を、ぜひ再認識してほしい。
東京・渋谷を中心に、作家性の強いヨーロッパの秀作やアメリカの独立系作品が人気を博したミニシアター・ブーム。「ニュー・シネマ・パラダイス」「ベルリン・天使の詩」や、「ポンヌフの恋人」「アメリ」「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」などが大ヒットを記録したそのムーブメントの中心にいたひとりが、ジム・ジャームッシュ監督だ。文学やロックから影響を受けた、それまで誰も見たことのない、まるで「音楽のような映画」が、映画ファンのみならず当時の若者を強く引きつけた。
ジャームッシュの受賞歴を見れば、彼の作家性の強さが分かるはず。アメリカの映画監督にも関わらず、カンヌ国際映画祭からの愛されぶりが特徴的なのだ。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のカメラドール受賞を筆頭に、「ミステリー・トレイン」は芸術貢献賞、「コーヒー&シガレッツ」(エピソード:カリフォルニアのどこかで)は短編部門最高賞、「ブロークン・フラワーズ」はグランプリを受賞。新作を発表するたびにコンペティション部門に出品されており、本作「パターソン」も熱い歓迎を受けている。
あふれんばかりの才能は、異才を発揮する俳優たちの心も引きつける。今をときめく人気俳優、個性派俳優たちが、ジャームッシュとのコラボレーションを望んでしまうのだ。ジョニー・デップとは、95年の「デッドマン」で早くもタッグ、トム・ヒドルストンとは前作の「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」でコラボを果たした。味ある鬼才ビル・マーレイとの「ブロークン・フラワーズ」は、前述の通りカンヌで栄光に輝いている。