「ドライブ・マイ・カー」は何部門で受賞できるのか?第94回アカデミー賞はアッと驚くサプライズが起きる可能性も
2022年3月26日 18:00
3月27日(日本時間28日)に行われる第94回アカデミー賞授賞式。日本映画界からは、濱口竜介監督作「ドライブ・マイ・カー」が、作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の4部門にノミネートされています。本記事では、毎年アカデミー賞の予想および受賞結果の速報配信を行う「映画情報 オスカーノユクエ」(@oscarnoyukue)が、受賞の可能性を探っていきます。
前回のコラム(https://eiga.com/extra/oscarnoyukue/10/)で、“「ドライブ・マイ・カー」は作品賞・監督賞・脚色賞・国際長編映画賞の4部門にノミネートされるだろう”と予言しましたが、なんと本当にその通りの結果になりました。半分は期待値込みのひいき目によるものでしたから、この快挙には驚きました。ただ、驚きはしましたが、この結果が俗に言う“サプライズ”だったかと言えば、決してそうではありません。世界中に散らばる賢明なオスカーウォッチャーたちの間では「ドライブ・マイ・カー」の快進撃は予想されたことでしたし、その快挙がフロックであるといった評価は一切聞かれません。
というわけで、今度は来る3月27日(日本では3月28日)に開催される第94回アカデミー賞授賞式において、「ドライブ・マイ・カー」がノミネートされた4部門のうち何部門で受賞できるのかを予想してみたいと思います。
まずは最も受賞の可能性が高いと言われるこの部門。前哨戦では他を寄せ付けない独走ぶりでした。カンヌ国際映画祭での大絶賛で一躍注目された後も、NY&LA両海岸ふくむ全米各地の批評家賞をほぼ総なめし、ゴールデン・グローブ賞や英国アカデミー賞といった重要賞でも受賞を果たす無双ぶり。実績的にはまさに死角なしといったところです。
それらの結果を踏まえ、よほどのことがないかぎり「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞の受賞を逃すことはない、というのが大方の予想ですが、果たしてその通りの結果となるでしょうか?
対抗馬と目されているのはノルウェーの「わたしは最悪。」です。前哨戦でも常に2番手につけ、虎視眈々と逆転を狙っている格好ですが、この作品が侮れない理由が実は2つあります。
1つは、この作品が脚本賞にもノミネートされていること。非英語作品が脚本・脚色部門でノミネートされることは稀で、この作品がいかに評価されているかがわかります。「ドライブ・マイ・カー」も脚色賞にノミネートされているので後れを取っているということはないですが、脚本に関してはライバルも同等に評価されている、と言っていいでしょう。より厳しい目で見れば、オリジナル脚本が好まれる土壌において、脚本賞ノミネート作品のほうを高く評価する会員もいるかもしれません。
もう1つは、北米市場での興収が「ドライブ・マイ・カー」を上回っていることです。2022年3月7日時点での北米興収は、「ドライブ・マイ・カー」の195万ドルに対して、本作は223万ドル。しかも、「ドライブ・マイ・カー」が15週間かけて積み上げた興収を、わずか5週間で抜き去っているのです。これは、配給会社の強み(本作の配給を手掛けたのは、「パラサイト 半地下の家族」もヒットさせたNEON)や、上映回数(長尺の「ドライブ・マイ・カー」は1日の上映回数が少ない)も大いに関係していると思いますが、決して無視はできないデータです。
と、日本の映画ファンが不安になるようなことばかり書き連ねましたが、「ドライブ・マイ・カー」が圧倒的優位であることは間違いありません。ただし、相手も決して弱くないので、もし国際長編映画賞を受賞したら、“ここは受賞して当然”とか“ただの通過点”などと思わず、その快挙を思い切り祝っていただきたいと思います。
▲濱口竜介、大江崇允(ドライブ・マイ・カー)
ジョン・スパイツ、ドゥニ・ヴィルヌーヴ、エリック・ロス(DUNE デューン 砂の惑星)
マギー・ギレンホール(ロスト・ドーター)
◎ジェーン・カンピオン(パワー・オブ・ザ・ドッグ)
国際長編映画賞の次に可能性が高いのはこの部門かもしれません。非英語作品が脚色賞を受賞した例は実は一度もないのですが、一昨年、「パラサイト 半地下の家族」が脚本賞を受賞したことで大きな風穴があきました。アカデミー会員の非アメリカ人比率が高まっていることもあると思いますが、言葉が評価の主体となる脚本・脚色賞部門においても、言語の壁が少しずつ取り払われてきているのを感じます。
とはいえ、大本命は前哨戦をほぼ完勝したジェーン・カンピオン(パワー・オブ・ザ・ドッグ)です。作品賞部門でも最有力視されていますから、この部門も圧倒的優位であることに間違いありません。過去20年、作品賞を受賞した作品が脚本・脚色賞のいずれかを受賞したケースは15回。75%とかなりの高確率です。
「ドライブ・マイ・カー」にとって追い風になるのは、原作者である村上春樹の人気でしょう。毎年、ノーベル文学賞の候補に名前があがる日本を代表する作家の知名度および人気はかなりのもので、アカデミー会員にも多くのファンがいるに違いありません。また、その大作家が手がけた3本の短編をミックスするという野心的で複雑な脚色も、評価を高める要因となりそうです。
一方、向かい風になりそうなのが女性陣の躍進です。今回、この部門にはなんと3人の女性がノミネートされています。脚本・脚色賞部門も例にもれず過去のノミニーには男性の名前ばかりが並んでおり、1年に3人もの女性が(しかも単独で)同時にノミネートされるのは、大変なことなのです。昨年「ノマドランド」で監督賞を受賞したクロエ・ジャオの存在を持ち出すまでもなく、昨今の映画界での女性の活躍には目覚ましいものがあり、ようやくアカデミー賞ほか映画祭・映画賞もその活躍を平等に評価する下地が整ってきたのだと思います。もっと言えば、むしろ今はこれまでの反動もあり、女性の活躍が大きくクローズアップされる傾向にあるので、アカデミー会員も心情的には女性に投票したくなる…のかもしれません。
授賞式まであと1週間と迫ったところで発表された最重要賞、アメリカ製作者組合賞(=作品賞)とアメリカ脚本家組合賞の両方を「コーダ あいのうた」が制するというビッグサプライズが飛び込んできました。脚本家組合賞の方には「パワー・オブ・ザ・ドッグ」「ドライブ・マイ・カー」がエントリーしていませんので純粋な評価の比較はできませんが、製作者組合賞も受賞となると、「コーダ あいのうた」が予想以上に愛されていると認識した方がよさそうです。
ともあれ、「ドライブ・マイ・カー」は前哨戦では堂々の2番手につけていましたので、本番でも本命「パワー・オブ・ザ・ドッグ」を逆転可能な位置にいると言っていいと思います。ジェーン・カンピオンには監督賞をあげればいいか…とアカデミー会員が票を分けたとしたら、受賞のチャンスがめぐってくるでしょう。
ケネス・ブラナー(ベルファスト)
濱口竜介(ドライブ・マイ・カー)
ポール・トーマス・アンダーソン(リコリス・ピザ)
◎ジェーン・カンピオン(パワー・オブ・ザ・ドッグ)
◯スティーブン・スピルバーグ(ウエスト・サイド・ストーリー)
残念ながら、ここは最も受賞の可能性が低い部門と言えそうです。大本命のジェーン・カンピオン(パワー・オブ・ザ・ドッグ)が受賞を逃すことは考えにくいでしょう。この流れは、昨年受賞したクロエ・ジャオ(ノマドランド)とまったく同じです。前哨戦で他を寄せ付けない強さを見せ、まったく危なげなく受賞に至る。昨年のジャオはあまりに盤石すぎたせいで、授賞式では賞の発表順が前半に繰り上げられたほどでした。今年も同じように、ジェーン・カンピオンが大方の予想どおり受賞することになるでしょう。
実は今年の監督賞部門は、第66回アカデミー賞(1993年)と因縁があります。今も語り継がれる傑作が多数そろったその年、監督賞にはスティーブン・スピルバーグ(シンドラーのリスト)とジェーン・カンピオン(ピアノ・レッスン)の名前が並んでいました。当時、まだアカデミー賞に縁がなかったスピルバーグが渾身の一作で初受賞なるか、はたまたカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞したジェーン・カンピオンが女性として初めて受賞するのか、いずれ劣らぬ強豪同士の一騎打ちムードが盛り上がっていました。結果、スピルバーグが念願の初受賞を果たすことになるのですが、当時はまだ女性監督への評価がお世辞にも平等であったとは言い難く、ジェーン・カンピオンにとっては不利な土壌であったのは間違いありません。
あれから約30年、アカデミー会員の構成が大きく変わり、女性への評価気運が高まっている中、いよいよジェーン・カンピオンが30年越しの雪辱を晴らす舞台が整いました。今回も最大のライバルはスピルバーグになりますが、すでに2度受賞している巨匠よりも、票が集まりやすいのは間違いありません。
そんなドラマチックな側面が取り沙汰されるような状況ですので、いかに濱口監督への注目度が高いと言えども、受賞争いに加われるほどの勢いには乏しいというのが正直なところです。
◯コーダ あいのうた
ドント・ルック・アップ
△ドライブ・マイ・カー
DUNE デューン 砂の惑星
ドリームプラン
リコリス・ピザ
ナイトメア・アリー
◎パワー・オブ・ザ・ドッグ
ウエスト・サイド・ストーリー
さて、作品賞です。ほんの10数年前までのアカデミー賞なら、授賞式の流れの中で作品賞を受賞する作品はあらかた想像がついてしまい、大トリに配された最大の山場であるにもかかわらず、その発表は半ば盛り上がりに欠けるものでした。しかし、2009年以降はサプライズ受賞が相次ぎ、最後の最後までドキドキが継続するようになりました。
なぜ2009年以降なのかと言うと、その年から作品賞ノミネート&投票ルールが大幅に変わったからです。ノミネート数はそれまでの5本から最大10本に増やされ、投票ルールも作品賞独自の“プレファレンシャル・バロット”というものに変わりました。作品賞以外の部門では、最も受賞にふさわしい人物(あるいは作品)を選んで投票するという方式なのに対して、作品賞ではノミネート作品すべてに順位をつけて投票します。その順位をすべてポイント化して合計が最も多かった作品が最優秀賞を受賞するという方式です。この方式により、たとえ1位票が最多でも下位票も多い作品は、2位や3位の得票が多い平均点の高い作品に総合点で下回るケースが出てきました。このルール変更により、例えば「ゼロ・グラビティ」を抑えて「それでも夜は明ける」が受賞したり、「ラ・ラ・ランド」を抑えて「ムーンライト」が受賞したりと、下馬評を逆転するような結果が頻出するようになったのです。
では、このプレファレンシャル・バロットは「ドライブ・マイ・カー」にとって有利に働くのでしょうか?楽観的に考えたいところですが、残念ながら必ずしも有利な条件とは言えないでしょう。非英語映画、3時間の長尺という条件面に加え、中には作品のメッセージを読み解きかねている会員も少なからずいると想像します。万人受けする作品というわけではなく、高い平均点を出すのは難しそうです。ただ、同じことは「パワー・オブ・ザ・ドッグ」にも言えます。前哨戦をほぼ総なめしてきた大本命がもし足元をすくわれるとしたら、この投票方式が裏目に出た場合でしょう。
実は作品賞を受賞する作品にはある条件が必要です。それは、“監督賞と編集賞にノミネートされていること”です。過去40年で、監督賞にノミネートされずに作品賞を受賞したケースは3回だけ。近年、作品賞と監督賞の一致率が下がっているとはいえ、監督賞にノミネートされていない作品は受賞チャンスが著しく下がると言っていいでしょう。
また、編集賞にノミネートされていない作品が作品賞を受賞するケースはさらに少なく、この40年で1度だけです。それだけ編集という仕事は作品の質を決定づけるものとして認識されていることの裏返しであり、決して軽視できない最重要ピースなのです。
余談ですが、今年の授賞式ではその編集賞をふくむ8部門(ほか美術賞、作曲賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、音響賞、短編実写映画賞、短編ドキュメンタリー映画賞、短編アニメーション映画賞)の発表と授与の模様がライブ放送からカットされることになりました。部門に優劣をつけ、これらの部門の重要性を軽視したともとれる今回の決定は心から残念でなりません。
さて、監督賞&編集賞ノミネートの条件を満たす作品ですが、今年は「パワー・オブ・ザ・ドッグ」しかありません。過去の傾向からすれば今年の作品賞は「パワー・オブ・ザ・ドッグ」一択ということになりますが、果たして…。
アカデミー賞を受賞するためには、宣伝活動が不可欠です。今や9500人とも言われるアカデミー会員たちに作品を売り込むことなく、オスカー像を手に入れることはできません。ですから、配給会社による宣伝の後押しがとても重要になってくるのです。
その点、メジャースタジオであるディズニーやワーナーが豊富な資金で宣伝活動をバックアップする「ウエスト・サイド・ストーリー」や「DUNE デューン 砂の惑星」が有利なのは間違いありません。また、資金面ではNetflix(「パワー・オブ・ザ・ドッグ」「ドント・ルック・アップ」)も負けていないでしょう。
では「ドライブ・マイ・カー」陣営はと言うと、アメリカでの配給を担当したのは、“Sideshow(サイドショウ)”という耳慣れない配給会社です。それもそのはず、この新興会社にとって「ドライブ・マイ・カー」は初めての配給作品なのです。この会社を興したジョナサン・セーリングは、もともと独立系の配給会社IFC FilmsでCEOを務めていた人物で、目利き力は保証付き。これまで手がけてきた「6才のボクが、大人になるまで。」や「アデル、ブルーは熱い色」も3時間近い長編でしたから、「ドライブ・マイ・カー」の配給は彼にとってリスクではなかったのかもしれません。また、共同配給として名を連ねるヤヌスフィルムズは、黒澤明やウォン・カーウァイなどの名画をDVDやブルーレイで発売してきた会社です。名作映画のライブラリとして知られる“クライテリオン・コレクション”を率いるピーター・ベッカーがCEOを務めています。
いわば、「ドライブ・マイ・カー」は業界随一の目利きたちによって発掘された作品で、アメリカでの成功は半ば約束されていたのかもしれません。ただ、ヤヌスフィルムズにしても劇場用の新作を配給することは稀で、宣伝力という意味では、豊富なノウハウも資金も大きな期待はできないでしょう。目利きたちの人脈とブランドこそが最大の武器ということになりそうです。
投票の締め切り直前に発表されたアメリカ製作者組合賞で、「コーダ あいのうた」が受賞するという驚きの番狂わせが起きました。この賞とアカデミー賞の一致率は過去10年で70%と高く、これまでずっとトップを独走してきた「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の圧倒的優位を覆すほどの影響力を持っています。少なくとも、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の作品賞受賞はまったく安泰ではなくなったということは言えるでしょう。また、大本命と目されていた「パワー・オブ・ザ・ドッグ」を逆転する可能性があるとすれば、それは「コーダ あいのうた」であると言っていいかもしれません。
ここまで「ドライブ・マイ・カー」陣営にとって不利なデータばかりが並んでしまいましたが、最後にポジティブな要素も挙げておきます。「ドライブ・マイ・カー」が受賞するために一番必要なのは、“アカデミー会員に作品を鑑賞してもらうこと”です。これは当たり前のようで、実はとても難しいことなのです。9500人もの会員がいれば、全員がすべてのノミネート作品を鑑賞できるわけではないでしょう。できるだけ多くの会員に鑑賞してもらうことが、受賞するための最大の条件だと言えます。
その点、今年はコロナの影響で授賞式が例年より1ヶ月程度後ろ倒しされたため、ノミネート発表から受賞投票の締め切りまで1ヶ月半近く時間があります。これは例年より長いインターバルで、多くの会員に作品を鑑賞してもらうチャンスです。もちろん、すべてのノミネート作品に共通する条件ですが、作品の知名度で後れを取る「ドライブ・マイ・カー」にとっては、他との差を埋める絶好の機会になるはずです。
ということで、過去の傾向からすると、「ドライブ・マイ・カー」が作品賞を受賞する可能性は正直かなり低いと言わざるをえません。ただ、一昨年の「パラサイト 半地下の家族」が成し遂げた快挙にも表れているように、ここ数年でアカデミー賞には大きな変革が起きています。過去数十年のデータや傾向をあざ笑うかのような予想外の結果が起きる可能性も十分にあるでしょう。もしも「ドライブ・マイ・カー」が作品賞を受賞するようなことがあれば、アカデミー賞史上最も大きなサプライズとして世界中をそのニュースが駆け巡ることになります。そんな歴史的瞬間を、一縷の希望を胸に秘めつつ待ちたいと思います。
監督賞:5%
脚色賞:30%
国際長編映画賞:80%
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