コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第2回
2019年7月5日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数262万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
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第2回:上海国際映画祭の熱狂に見た! 日本映画が内包する「ダンガル」級の“奇跡”の可能性
今回注目してみたいのは、中国最大の国際映画祭「上海国際映画祭」。22回目となる今年は、6月15日~24日の期間に開催されました。日本映画は59本上映されたのですが、チケットはほぼ売り切れ状態。一体なぜ、日本映画がこれほどの人気を誇るのでしょうか。その理由を紐解いていきましょう。
まずは、第22回の概要を説明しましょう。例年通り約50の部門に分かれ、500本ほどの作品が上映されました。4K修復部門では、ホウ・シャオシェン監督の名作「フラワーズ・オブ・シャンハイ」のワールドプレミア上映が行われたんですが、なんとチケット販売開始から数秒で完売。チケット1枚を2000元(約3万円)で売りさばこうとする転売屋も現れていました。
テオ・アンゲロプロス、ロベール・ブレッソンといった巨匠たちの特集も充実していましたし、コンペティション部門では、第67回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作「雪の轍」のヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督を審査員長として迎え、ロシア、イラン、ブラジル、イタリア、日本(今泉力哉監督作「アイネクライネナハトムジーク」)から届いた作品がラインナップされていました。アジア新人賞部門に目を向けてみると、前回の連載で取り上げた「ニセ薬じゃない!」のプロデューサーであるニン・ハオ(寧浩)氏が審査員長、日本からは石井裕也監督が審査員として参加していました。
受賞結果は、イラン映画の「Castle of dreams(原題)」がコンペティション部門(実写)のグランプリ。アニメ部門では、第21回に栄冠に輝いた「さよならの朝に約束の花をかざろう」(岡田麿里監督)に続き、「きみと、波にのれたら」(湯浅政明監督)が最優秀作品賞を獲得しました。アジア新人賞部門の最優秀監督賞は「ブルーアワーにぶっ飛ばす」のメガホンをとった箱田優子監督。2015年の安藤桃子監督(「0.5ミリ」)、17年の齊藤工監督(「blank13」)、18年の清原惟監督(「わたしたちの家」)に続く、日本映画4度目の快挙となりました。
この「上海国際映画祭」、実は中国映画市場の現状と深くかかわってきます。
前回も少し触れましたが、中国はまだ“自由な映画市場”ではなく、国内での外国映画上映には様々な制限があります。18年にはようやく約120本の外国映画が公開されましたが、それ以前は、毎年数十本しか上映されていません。「自国の映画産業の保護」「レイティング・システムが存在しない」「政治に関わる作品の上映禁止」という要因が重なり、鑑賞できる外国映画がかなり限られています。
一方「上海国際映画祭」を含む映画祭では、中国国内の審査がそれほど厳しくありません。“より良い国際映画祭”を目指すべく、話題性がある優秀な外国映画を選定し、積極的に上映するようになりました。結果、上海国際映画祭の上映本数は毎年非常に多く、チケットの販売状況も◎。そのなかでも、毎回最もチケットが売れるのが日本映画なんです。
93年から始まった「上海国際映画祭」は、「東京国際映画祭」に続く、アジア2つ目の国際映画製作者連盟 (FIAPF) 公認映画祭です。日本映画界とは、第1回から非常に密な関係を築き上げています。大島渚監督、松坂慶子さん、降旗康男監督、黒木和雄監督といった方々が、コンペティション部門の審査員となり、日中間の交流は順調に進んでいきました。また、インターネットの普及によって、多くの中国人が“海賊版”で日本の作品を見始め、日本映画のファンとなりました。しかし、中国ではあまり日本映画が劇場で上映されない――つまり「上海国際映画祭」は、多数の日本映画を“スクリーンで楽しめる”という点が注目を浴びているんです。
最も印象に残っているのは、07年に行われた第10回の開催。「アンフェア the movie」の特別上映です。ドラマ版は、中国では放送されていなかったんです。それに映画版は、ドラマの続編という位置づけの作品。「その状況で上映をしても…」と思うかもしれませんが、結果は全ての上映回が満席。ほとんどの人が“海賊版”でドラマを視聴していましたから、映画版でも楽しめたんですよね……(笑)。
チケットの発売日は、中国の日本映画ファンが“最も期待する日”であり、“最も緊張する日”でもあるんです。あまりにも多くの人が購入を希望するため、最早チケットの争奪戦は避けられない状況――だからこそ、日本映画の上映本数は、16年が47本、17年が51本、18年が56本、そして今回の59本と、毎年増え続けています。今年着目したのは「町田くんの世界」。日本国内での興行は苦戦を強いられていましたが、「上海国際映画祭」での上映は全て満席、あまりの人気ぶりに追加上映も決定するほど。現地を訪れた日本人監督の方々に話を聞くと、中国のファンはストレートに感情を出し、Q&Aも盛り上がる。とにかく「雰囲気は最高」とのこと。「上海国際映画祭」は、中国国内での“日本映画の聖地”ともいえるでしょう。
日本の映画会社も、この盛況ぶりに気づき始めているようです。近年では、監督をはじめ、キャストの方々も、頻繁に「上海国際映画祭」へ参加するようになりました。今年は、三吉彩花さん(「ダンスウィズミー」)、井上真央さん(ドラマ「乱反射」)、堀未央奈さん(「ホットギミック ガールミーツボーイ」)、長澤まさみさん(「コンフィデンスマンJP」)が出席し、その話題は「微博(ウェイボー)」でトレンド入りを果たしました。
さて、ここで少し残念な事実をお伝えしておかなければいけません。この盛況ぶりは、中国国内の日本映画の一般公開に対して、さほど影響を与えていないんです。そして、これほど素晴らしいファンが大勢いるのに、日本映画の興行成績は、あまり芳しくありません。勿論、中国映画市場が抱える“特別の状況”もひとつの要因ではあります。しかし、日本映画界が“自分たちの映画”の宣伝プロモーションをしっかりと行えていたら――と、考えてしまうこともあるんです。この課題をクリアできれば、日本映画は“新しい世界”への一歩を踏み出せるはずなんです。
中国映画市場では“奇跡”が起きるんです。アーミル・カーン主演のインド映画「ダンガル きっと、つよくなる」を覚えているでしょうか? 中国では17年5月に公開されると、4300万人を動員、興収12億9900万元(約203億円)を記録しました。実は当時、インド映画の人気はそれほど高くなかったんです。日本では“旋風”を巻き起こした「バーフバリ 伝説誕生」でも、わずか745万元(約1億2000万円)。しかし「ダンガル きっと、つよくなる」は、口コミでの評判も非常に良く、多くの観客に「インド映画=良質な映画」という認識を与えることに成功したんです。主演のカーンは、インドのみならず、中国でも“国民的スター”となりましたし、習近平国家主席も本作を絶賛していました。日本映画にもいつかこのような“奇跡”が訪れる――私はそう信じています。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc