コラム:「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ - 第3回
2020年12月7日更新
「市民ケーン」誕生秘話を描いた「Mank マンク」はNetflixに初のアカデミー賞作品賞をもたらす!?ただし、名作と同じ結末を迎える可能性も。
今年こそNetflixがアカデミー賞の頂点に立つかもしれない。コロナ禍で劇場ビジネスが危機に瀕するなか、おうちで楽しめる配信サービスは大いにその勢力を拡大した。2020という年は、同じスクリーンを大勢で共有するという鑑賞スタイルが変化した節目の年として記憶されることになるだろう。そんな年にアカデミー賞を受賞するのが配信サービスの最大手であるNetflixの作品というシナリオは、いかにも象徴的だ。
Netflixが過去に最もオスカーの頂点に近づいたのが一昨年の2018年だった。アカデミー賞の常連アルフォンソ・キュアロン監督によるモノクロ映画「ROMA ローマ」が10部門にノミネートされ、監督賞、外国語映画賞(当時。現在は国際長編映画賞)、撮影賞の3部門で受賞した。昨年もマーティン・スコセッシ監督「アイリッシュマン」やノア・バームバック監督「マリッジ・ストーリー」など多数の候補を送り込んだが、作品賞受賞まではあと一歩届かなかった。
そんな配信界の巨人が、今年も大攻勢をかけている。劇場公開がままならず作品を世に送り出せずにいる他スタジオを後目に、有力なコンテンダーを多数そろえて頂点獲りに挑む。パラマウントから配信権を買い取った「シカゴ7裁判」、スパイク・リー監督の問題作「ザ・ファイブ・ブラッズ」、故チャドウィック・ボーズマンの遺作となった「マ・レイニーのブラックボトム」、ジョージ・クルーニーが監督・主演する野心作「ミッドナイト・スカイ」など。下馬評が高かったロン・ハワード監督の新作「ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌」こそ不評で賞レースから後退したが、他にもまだまだ有力作が控えている。
そんな中でNetflixがイチオシするのは、名作「市民ケーン」誕生の裏側を描いた「Mank マンク」だ。サービス躍進のきっかけとなった「ハウス・オブ・カード 野望の階段」以来、蜜月が続いているデヴィッド・フィンチャー監督の最新作は、11月末から一部劇場にて公開、12月4日から配信が開始され、高い前評判をしのぐほどの高評価を集めている。
「Mank マンク」が高く評価されている理由は山ほどあるが、この映画がアカデミー賞向きである最大の理由をひとつだけ挙げておこう。それは、“まさに今語られるべき物語である”ということ。半世紀以上も前の話を題材にしながら、なぜ今の時流にフィットしているのか?映画を見れば一目瞭然だが、口癖のように“フェイクニュース”と繰り返すアメリカ大統領が生まれるきっかけとも言える出来事が、物語の中に意図的に織り込まれている。フィンチャー監督の実父ジャック・フィンチャーが遺した脚本は、今から20年以上も前に書かれたにもかかわらず、現代の問題点を的確に予言しているのが興味深い。脚本賞を受賞する可能性はかなり高いと言っていいだろう。
気になる演技賞部門で、もっとも高い下馬評を集めているのが、女優マリオン・デイヴィス役を演じたアマンダ・セイフライドだ。劇中では1930年代に活躍したハリウッド女優を妖艶に演じてみせた。ミステリアスな雰囲気をまとい観客を魅了する今回の役柄は、1997年(第70回)のオスカー助演女優賞を受賞した「L.A.コンフィデンシャル」のキム・ベイシンガーを想起させる。
ゲイリー・オールドマンの主演男優賞ノミネートも可能性は高そうだ。ただ、3年前に「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」で主演男優賞を受賞したばかり。2度目の受賞は時期尚早かもしれないが、ノミネートまでは十分に手が届きそう。
個人的にプッシュしたいのは、ルイス・B・メイヤー役を演じたアーリス・ハワードの助演男優賞。この食わせ物のスタジオ社長が登場するシーンは、脚本家ジャック・フィンチャーの筆が乗りまくっているのが伝わってくる。中盤までは見せ場もたっぷりで、シーンスティラーとして存分に躍動する。演じるアーリス・ハワードは長いキャリアを誇るも、一般にはさほど認知されていないバイプレイヤー。スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」に出演する彼の姿を見れば、ああこの人!と認識する映画ファンもいるかもしれない。
この映画は技術賞部門でも猛威を振るうだろう。一見、地味なモノクロ映画と見せかけて、1930年代の映像を再現するために裏側ではかなり高度なテクニックが駆使されている。もともと映像や音響には人一倍うるさいフィンチャー監督のこと、今回もそのこだわりは凄まじかったようで、細部に至るまで凝りまくった贅沢品仕様となっている。撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、作曲賞、録音賞、音響編集賞あたりも当然ノミネート圏内だ。
また、フィンチャー監督作といえば、2010年「ソーシャル・ネットワーク」、2011年「ドラゴン・タトゥーの女」で2年続けて編集賞を受賞している。映像と音楽を巧みに組み合わせる編集こそが、フィンチャー監督作の独自性を生み出しているといっても過言ではない。今回の「Mank マンク」は現在と過去を行ったり来たりの複雑な構成で、さらにセリフも情報量もハンパなく多い。絶妙な編集なくしてこの映画は成り立たないと言っていいだろう。フィンチャー監督作として3度目の編集賞があってもおかしくない。
というわけで、デヴィッド・フィンチャー監督の新作は、自身最多のノミネート数13(2008年「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」)を超えるポテンシャルを持っている。冒頭で触れたように、2020年という特殊な状況をも追い風にして、Netflixに初の作品賞をもたらす可能性もある。ただ、多数でノミネートされながら終わってみれば受賞は脚本賞だけ…という、題材にした「市民ケーン」と同じ結末を迎えるシナリオが一番運命的で面白い!と思わないでもない。
▼ノミネートの可能性がある部門
作品賞
監督賞(デヴィッド・フィンチャー)
主演男優賞(ゲイリー・オールドマン)
助演男優賞(アーリス・ハワード)
助演男優賞(チャールズ・ダンス)
助演女優賞(アマンダ・セイフライド)
脚本賞(ジャック・フィンチャー)
撮影賞
編集賞
美術賞
衣装デザイン賞
作曲賞
メイクアップ賞
録音賞
音響編集賞
▼デヴィッド・フィンチャー監督作のアカデミー賞実績
※◯は受賞
2011年「ドラゴン・タトゥーの女」
主演女優賞 ルーニー・マーラ
撮影賞 ジェフ・クローネンウェス
音響賞(編集)
音響賞(調整)
◯編集賞
2010年「ソーシャル・ネットワーク」
作品賞
主演男優賞 ジェシー・アイゼンバーグ
監督賞
◯脚色賞
撮影賞 ジェフ・クローネンウェス
◯作曲賞
音響賞(調整)
◯編集賞
2008年「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
作品賞
主演男優賞 ブラッド・ピット
助演女優賞 タラジ・P・ヘンソン
監督賞
脚色賞
撮影賞
作曲賞
◯美術賞
衣装デザイン賞
◯メイクアップ賞
◯視覚効果賞
音響賞(調整)
編集賞
1999年「ファイト・クラブ」
音響効果編集賞
1995年「セブン」
編集賞
1992年「エイリアン3」
視覚効果賞