機動戦士ガンダムI
劇場公開日 1981年3月14日
解説
1979~80年に放映されたTVアニメ「機動戦士ガンダム」を再編集した劇場3部作の第1部。宇宙世紀0079年、人口の大半が宇宙空間に建設されたスペースコロニーに暮らし、人類が生まれ育った地球で暮らせるのは、限られた人々だけだった。そんな安寧とした地球から人類を統治する地球連邦政府に対し、辺境のスペースコロニー群「サイド3」が独立を宣言。ジオン公国を名乗り、人型の機動兵器=モビルスーツ(MS)を用いて連邦政府に対し独立戦争を仕かける。サイド7に暮らす内気な少年アムロ・レイは、連邦軍の技師である父テム・レイが開発にかかわった最新鋭MS「ガンダム」をめぐって巻き起こったジオン軍と連邦軍の戦闘に巻き込まれ、成り行きでガンダムに乗り込む。初陣にもかかわらずジオンのMSを撃破したアムロは、そのままガンダムのパイロットとなり、ジオン軍のエースで「赤い彗星」の異名をとるシャア・アズナブルの追撃をかわし、戦うことに戸惑いや恐れを抱きつつも戦場を駆けぬけていく。やがて地球に降り立ったアムロは、離れて暮らしていた母カマリアと再会するが……。
1981年製作/137分/日本
配給:松竹
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2022年3月27日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD
さすがに絵の古さは否めないが、ストーリーはさすが。
今見ても十分に耐えられるストーリーですね。
2022年1月7日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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1979〜1980年にかけて放送されたリアルロボット・TVアニメ『機動戦士ガンダム』を再編集し、劇場用アニメーション化したもの。
全三部作のうち、本作は第一部にあたる。
宇宙世紀0079、機械いじりの好きな少年アムロ・レイは、地球連邦政府とジオン公国との戦争に否応なく巻き込まれてゆく…。
ロボットアニメの金字塔『機動戦士ガンダム』シリーズ。
40年以上の歴史を誇るこのシリーズも、始まりは全43話のテレビシリーズだった。
本作はそのうちの1〜13話(+14話の冒頭)を再編集し、130分程度にまとめたもの。
1話20分だと考えても、元の物語は260分。
それを半分程の時間に纏めているのだから、さぞしっちゃかめっちゃかな作品になっているんだろうと思いきや、意外にもこれが一つの映画としてちゃんと成立しているんですね〜。
これは偏に、『ガンダム』シリーズの生みの親、富野喜幸(由悠季)総監督の編集能力によるものでしょう(これだけの能力があるのに、なぜ『ターンA』の再編集版はあんな酷い出来だったんだろう…?)。
旧ザクの出番が全カットされている悲しさはあるものの、それ以外の取捨選択は完璧なんじゃあないですかね。
また、映画化にあたり改変している点も多々みられる。
一番「おっ!」と思うのはマチルダさんとブライトさんの会話。その後の展開を踏まえ、「ニュータイプ」という言葉が早々に登場している。
アムロが母・カマリアと再開するエピソードと、みんな大好きランバ・ラル大尉が初登場するエピソードを入れ替えることで、アムロのPTSD発症の原因は母親とのすれ違いにある、という理由付けが為されている点も、「映画」ということを意識した実にクレバーで丁寧な仕事じゃあないですか。上手い!
とはいえ、2時間ちょいの物語の中で、2回もアムロが精神的にダメになっちゃう展開があるというのは、ちょっとモッタリしているよなー、と思ってしまう。
TV版だと気にならないんだけど、映画だと「それさっきも見たよ…。」となってしまう。
あと、こんなことを言うとガンオタから怒られてしまいそうだけど、正味『1st』の前半部分ってあんまり面白くないじゃないですか…😅
たしかに第一話、永井一郎さんの「人類が、増え過ぎた人口を宇宙に移民させるようになってから、既に半世紀が過ぎていた…。」というナレーション→ザクのサイド7への侵入→パンイチの天パ主人公→ジーンの暴走→突如崩れ落ちる日常→ガンダム大地に立つ!!→ 「認めたくないものだな…。自分自身の、若さゆえの過ちというものを。」という流れは完璧だと思うのだが、その後はかなり地味〜な展開が続く。
シャアとの戦いは決着がつかないまま10話くらい続くし、新しいボスキャラのガルマ・ザビはモビルスーツのパイロットですらないし…。
ジャブロー戦あたりからは文句なしの大傑作になってゆくのだけど、それまではあまり物語にドライブ感が無い、というのが『1st』の弱点だと思っていて、それ故にそこを纏めたこの『劇場版1』もあんまり面白いと思えない。
よく考えたらこの映画中、アムロはエース級のパイロットを一人も倒してないからね。
本当に、本作は物語の立ち上がりって感じがする。
映像的な美しさに欠けるのも、本作の弱点か。
TV版を再編集したものといえども、本作は1981年に公開された作品。
本作以前に公開されている『カリオストロの城』や『銀河鉄道999』と比べるまでもなく、クオリティの低さが気になってしまう。
特にアムロが単身ジオンの前線基地を攻撃する後半の見せ場。この場面の背景美術が凄い適当で気が抜けてしまう…😅
作画さえもう少し良ければ、今の若い人にも薦めることが出来る作品だと思うのだけれど…。
まぁ言いたいことが無いでは無いが、総集編としては非常に優れた出来だと思うし、「ガンダムには興味あるけど、TV版を観るのはちょっと…」と言う人の導入編としては最適な作品。
『1st』は尻上がり的に面白くなるので、本作を乗り越えてしまえば、あとはもう面白いところしかない!
この重厚なドラマとリアリティある心理描写…、親父世代が熱中するわけだ。
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機動戦士ガンダムである。
私は40年ぶりにこの作品を見て 作者の伝えたいものが100%伝わってきた感覚を得た。 私がこの作品をリアルタイムで見た時、私の心はまだ少年すぎたようだ 。
この物語は戦ってる最中に相手の心がお互いに見えてしまう・・・という非常に恐ろしい設定でもって戦争の一番恐ろしいシチュエーションを描いた作品である。その時人間は何を感じ、どのように心が動きどう解決するのか・・・?それを描くためのニュータイプという設定だった。かっこいい戦闘シーンを描くためのニュータイプではなかったのだ。
少年の心で見た私はクライマックスで主人公たちがモビルスーツから下りた時にとてもがっかりしたものだ。ガンダムとジオングの戦いはもっと見たかったのだ。今見ると作者の伝えたいものがとてもよく分かるので、一番表現するたいものを一番しっかり表現するためにモビルスーツから降ろす必要があることがよくわかった。それまで主人公たちが経験した悲しみも怒りも恐怖も全て含まれた上での憎しみ合い戦いが生身の体の戦いによって実によく伝わってきた。このシーンにガンダムで描いたものの全てが凝縮されていると言っても過言ではないだろう。そしてこのシーンの終わりでも当時少年の心だった私はガッカリしたものだ。二人の争いが セイラの登場によってあっけなく終わりになってしまうことにしっくりいかないもの感じたものだ。今見るとそれは一番素晴らしい部分であるのに。セーラは非常に特殊な境遇・立場にあるのであるが、彼女の性格は全く一般人のそれであり戦争に巻き込まれた一人の人間の気持ちを増幅して表現できるようなキャラクターとして描かれていた。そして一人の被害者でしかない彼女が主人公たち二人のどうしようもなく増幅暴走した怒りや悲しみや苦痛を和らげたのだ。そのことに私はとても感動した。
これを40年前に見た多くの人々の心の中には、ガンダムはアクション映画としてのみ非常に成功した作品だとして心に残っていることだろう。しかしそれではこの作品の本質を見たことにはならない。もう一度見直すことをお勧めする。
富野由悠季は戦争を描いている作品が多い。1941年の生まれなので戦争の事は記憶には無いはずだ。そういう人がなぜ戦争を描くのか?戦争を知らない世代の人間が戦争をリアルに描こうとすること自体が良いことなのか悪いことなのか?ということはどうしても感じる。1941年生まれというのは非常に微妙なものあれだ。父親はゼロ戦の与圧服(プレッシャー・スーツ)の開発スタッフだったそうだ。 父親から戦争の話を多く聞かされたのか?物心がついた頃に戦争の傷跡が町にいっぱい残っていたのか?・・・周りには戦争で父親を亡くした子供も多かっただろう、そして敵兵を殺してしまったことによって心の傷を負った大人たちをたくさん見たのではないだろうか?相手の顔が見える状態で殺してしまった場合、98%の人がうつ病になると言う統計を見たことがある。大人になった私はそういうことを知っている。そうすると心が少年だった頃見えていなかったものが見えてくる。・・・ たかがアニメの戦争ではあるが、我々は我々の世代では絶対に描けないものがこの作品では描かれていることを感じ取るべきである。そしてこの心に残るずっしりと重いものを、これがガンダムだったのだと再認識してこれから生きていくのだ。
ガンダムのような素晴らしい大河ロマンを書こうとしている作家志望の若い人に私はアドバイスしたい。
ガンダムはアクションを盛り上げるためのストーリー構造を目指して作られたのではない。クライマックスで表現したいことを表現するにはどのような構成が必要かということから考えられた構成をしている。
戦争に巻き込まれる恐怖。戦争の中にも素晴らしい人格者がいること。戦争にまつわる憎しみの数々。悲しみの数々。それによって増幅される感情。シャーのガルマへの仕打ち、やランバラルの登場、母親の目の前で敵兵を殺してしまったこと。マチルダの死、 物語の中に織り込まれた男女の愛。誤解や考え方の違い・・・全てを描いておかないと作者がクライマックスで伝えたいことが伝わらない・・・ だからそういうエピソードの数々があるのだ。
伝えたいものがあるから物語がある。ただ面白いものを描こうとして描き始めても、このような人の心を揺さぶる傑作は絶対に出来ないだろう。
2021年の映画に向けてガンダムを見る!
増えすぎた人類を宇宙スペースのコロニーに移民させていた宇宙世紀0079年の話。
地球の話じゃなかったんだ!宇宙世紀の話だったんだ!
コロニー郡のひとつがジオン公国を名乗って地球連邦政府から独立を宣言。その後連邦郡とジオンの戦争が始まった。
ジオン軍の戦争兵器にモビルスーツがあり、連邦軍も対抗してつくったモビルスーツがガンダム!なるほど。
主人公の少年アムロはジオン軍の攻撃から逃げている最中にたまたまガンダムを見つけ乗り込んでしまう。初めてのったにもかかわらずジオンのザクを倒すと言う快挙。
こんな感じでガンダムのパイロットがアムロになったのか〜。
知ってるようで全く知らなかった初期設定がいろいろわかった。
ホワイトベースのメンバーはほとんど10代の子供たち。普通の民間人も戦争に参加させられてつらい。
男なんだから泣くな!殴られなきゃ強くなれん!なと昭和的な根性論がつよい。
エヴァのしんじもそうだけど一回はやめたくなるんだね、パイロット。そりゃそうだ。
大人になってみるとますますおもしろい。
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