コラム:下から目線のハリウッド - 第36回

2022年7月29日更新

下から目線のハリウッド

ハリウッド映画の「邦題」はどうつけられる? 原題と比較して判明した“創意工夫”

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、「映画の邦題」。誰が日本語のタイトルを決めるのか? あの映画はどんな原題から私たちが知っている邦題になっているのか? さらに、逆の視点で日本映画は海外でどんなタイトルになっているのかを紹介します!


三谷:今回も番組リスナーさんからのご質問です。「ハリウッド作品をはじめとする海外作品の邦題はどのようにして作られているのでしょうか? 邦題と原題が全然違ったり、副題がついていたりしますが、会議みたいなのがあるのでしょうか? また、日本以外の国でもその国独自のタイトルを付けるのでしょうか?」。ということで、邦題の世界は、意外に深いかもしれないですね。まずは誰が決めているのかって話なんですけど。

久保田:そう、それ!誰が決めてるの?

三谷:基本的には、映画の配給会社が決めています。

久保田:たとえば、日本だったらジャパンローカルが決める?

三谷:そうですね。日本に支社がある大手スタジオだったら、日本の支社の中で「こういうのどうでしょう?」と提案して、それを決めていくというのがほとんどですね。

久保田:へえ。

三谷:アメリカ側で日本語を理解して決められる人がいないわけですからね。「これ、“てにをは”をちょっと変えたほうがいいよ」とか言う人はいないので(笑)。

久保田:すげー日本語が堪能な人がいたりして(笑)。

三谷:なので、日本だったら日本の配給会社が決めることが多いですね。あとは、メジャーではない作品でも、海外の作品を日本の配給会社が買付けた場合も、基本的にはその買付けた会社が邦題を決めたりもしますね。一回邦題がつくと題名が変わることはほぼないです。

久保田:ふーん。

三谷:ある意味ではその映画の運命を決めるような仕事でもあるんですよ。それを決めている本人に、実際に会ってみたいですよね。

久保田:「それはこの人です!」っていうのは明確に決まっているわけではないの?

三谷:私もそこまではわからないのですが、専門にそれだけをやっている人というのはいないんじゃないかと思います。配給会社の宣伝部の人の案が出て、それを部長みたいな人が承認する、みたいな流れなんじゃないかなと。

久保田:チーフ・タイトル・オフィサーみたいな人はいないの?

三谷:CTOですか(笑)。

久保田:ひたすらタイトルを付ける、めっちゃエライ人みたいな(笑)。

三谷:それはそれで面白い役職だと思いますけど(笑)。じつは、最近の映画の原題って、タイトル自体がすごくシンプルで、訳しにくいものが増えているのではないかと感じることもあって。たとえば、ディズニー映画だと2010年代とかはそういう傾向があったりするんですよ、「Up」とか「Tangled」とか「Frozen」とか。

久保田:たしかにシンプルだね。

三谷:過去分詞形の動詞で一言みたいなタイトルだったりして、それをどう訳すのかは非常にセンスが問われるところですよね。たとえば、「Up」は、「カールじいさんの空飛ぶ家」なんですけれど。

久保田:もう全然違うタイトルだね。

三谷:ちなみに、「Tangled」(直訳:もつれた、絡まった)は、「塔の上のラプンツェル」。「Frozen」(直訳:凍った、凍結された)は、「アナと雪の女王」です。

久保田:言われてみたら「そうかぁ」ってなるけど、やっぱり邦題のイメージが強いから、パッと聞いただけだとわからないよね。たとえば、「チャーリーとチョコレート工場」とかは、原題はなんなのかな?

三谷:「Charlie and the Chocolate Factory」なので、そのままですね。

久保田:全然普通じゃん。今回の趣旨と全然違う(笑)。

三谷:なので、大体は直訳とか、わりとそのままの邦訳ということが多いですよね。

久保田:「Babel」とかも「バベル」じゃん。「Inception」も「インセプション」でしょ?

三谷:そうですね。「Tenet」も「TENET テネット」ですね。

久保田:「007」とかもでしょ?

三谷:「007」は、ちょっと違いますよね。

久保田:「007」が「193」とかになってるってこと?

三谷:いやいやいや(笑)。

久保田:「国ごとに数字が違うじゃん」みたいな。「あっ、日本だから081かぁ」って(笑)。

三谷:国際電話番号みたいにね(笑)。違うのは数字のところじゃなくて、サブタイトルの部分です。最近の作品は英語をカタカナにしていますが、昔のシリーズでは日本語が充てられたりしていました。

久保田:はいはい。で、今ここにいろんな映画タイトルの邦題と原題のリストを出してもらってるんですけど、これは本当にタイトルを付ける人のセンスだよね。たとえば、「天使にラブ・ソングを…」とか。

三谷:「天使にラブ・ソングを…」は、正直一番上手な邦題の付け方だと思っていて。

「天使にラブ・ソングを…」
「天使にラブ・ソングを…」

久保田:これすごいよね。日本で上映するなら原題の「Sister Act(シスター・アクト)」よりいいと思う。

三谷:そうなんです。ただ、原題の「シスター・アクト」というのも、じつは良くできているタイトルでして。直訳すると「修道女の演目」。つまり、修道女がゴスペルを歌っている、という意味がひとつあるんですが、さらにもうひとつ意味があるんですよ。

久保田:そうなの?

三谷:「act」には「~のふりをしている」という意味もあるんですね。だから、物語の中で主人公が修道女のふりをしているっていう部分にも意味がかかっているんです。

久保田:それはすごいね。

三谷:あと工夫が施されるなって思うのは「レミーのおいしいレストラン」とかですかね。原題は元々「Ratatouille」(ラタトゥイユ)。作中でキーになる料理が「ラタトゥイユ」というのもあるのですが、最初の三文字が「Rat」(ネズミ)になっているっていうところで、さりげなく掛けていたりしていて。あとは、邦題のセンスというところでは、「ショーシャンクの空に」はいいですね。

久保田:原題は、「The Shawshank Redemption(ザ・ショーシャンク・リデンプション)」。

三谷:直訳すると「ショーシャンクの贖罪」とか「ショーシャンクの救い」みたいなことになるんですかね。でも、それをあえて「ショーシャンクの空に」ってちょっとふんわりさせつつ、文学味を持たせているのは素敵だなって。

久保田:たしかにね。ものによっては、なんでその原題からその邦題なんだろうっていうのもあるね。「ランボー」は、原題が「First Blood(ファースト・ブラッド)」ですよ。

三谷:直訳するとちょっとわかりにくいから、主人公の名前をタイトルにしたっていうパターンですかね。あとは、ダスティン・ホフマン主演の「卒業」という、1967年の映画があるのですが、これもいい邦題だなと思います。結婚式場から新婦を連れ出すラストシーンが有名な作品ですね。

「卒業」
「卒業」

久保田:とんねるずさんの「ちょっと待った!」「大どんでん返し!」みたいな?

三谷:日本風に言えばそうですね(笑)。

三谷:「卒業」の原題は「The Graduate」。直訳だと「卒業生」になると思うんですが、そこをあえて「卒業」としているところに、ちょっとした工夫が見られたりするんですよね。私は最初、これは誤訳なのかなって思ったんですけど、じつは、子供のあり方を卒業していくという意味合いで「卒業」という邦題になったんだろうなと思います。

久保田:なるほどねー。

三谷:で、質問の最後のほうあった「日本以外の国でもその国独自のタイトルを付けるのでしょうか?」という話なんですが、答えは「つけます!」ということですね。

久保田:たとえば、イタリアにはイタリア独自のタイトルがつくみたいな。「レミーのおいしいレストラン」が、「ラタトゥイユ」じゃなくて「ペスカトーレ」になっちゃうみたいなね。

三谷:いやいや(笑)。そこは「ラタトゥイユ」じゃないと。「レミーのおいしいレストラン」的な違う形で訳される場合もあるかもしれないですが。

久保田:そっかー(笑)。

三谷:そんなことで、邦題の話ということでご紹介させていただきましたが、ここで、急に「この英語タイトルはどの日本映画?」というクイズを出してみたいと思います。

久保田:本当にいきなりだな(笑)。

三谷:今は外国の映画を日本のタイトルにするってことで話していましたが、当然逆に、邦画も輸出されていくときに向こうの配給会社が英語のタイトルを決めていくわけなんですね。その中で、この英語のタイトルはどの邦画のタイトルにあたるかっていうのを、久保田さんにお答えいただきたいと思います。

久保田:わかりません。

三谷:いきなり放棄ですか(笑)。ファイナルアンサーですか、それ?

久保田:えー、絶対わからないよー。

三谷:わかりやすい作品もあれば、なかなかこれはっていう作品もあるので、まずは簡単なところからいきますから。では第一問。「Seven Samurai」

久保田:「七人の侍」。

三谷:正解!

久保田:もう終わろう(笑)。

三谷:いやいや、いけますよ。じゃあ、第二問。「Demon Slayer」

久保田:えー…。

三谷:ほら、ちょっと前の作品で、デーモンをスレイするような。

久保田:あ、「鬼滅の刃」だ!

三谷:正解!!「デーモン」が悪霊とか悪魔ということで、「鬼」ですね。で、スレイヤーの「Slay」というのは斬ることを指すので、「鬼滅の刃」と。では、第三問。「One cut of the dead」。

久保田:あ、「カメラを止めるな!」。

三谷:正解!これはちょっと難しいかと思ったんですけど。

久保田:「one cut」でわかった。

三谷:なるほどね。では、ちょっと難しめのやついってみましょう。これは僕もなるほどと思った作品です。「It’s Tough Being a Man」 。

久保田:えー…。なんだろ?

三谷:「Being a Manであることはタフだね」っていうことを言ってるわけですが……。

久保田:えぇ~…?

三谷:生まれは葛飾……?

久保田:「男はつらいよ」?

三谷:正解! 海外では「It’s Tough Being a Man」というタイトルなんだそうです。

久保田:そうなんだー。いや、これは難しい。

三谷:では、最後。「Departures」

久保田:その一語?

三谷:です。「Departure(ディパーチャー)」は「出発」とか「行く」ってことですよね。

久保田:いやいや、ヒントがなさすぎるでしょ(笑)。

三谷:この“行く”というのは、この世からあの世に行く人を指していて……。

久保田:あー!わかった。納棺師の、本木さんの、小山薫堂さんが脚本の。

三谷:どんどん周りの情報が固まっていく(笑)。

久保田:なんで脇だけ固まっていくんだよ(笑)。

三谷:なんとかビト、ですね。

久保田:「おくりびと」!

三谷:正解です!

久保田:なるほどね。言われたらたしかにって思うね。

三谷:ですよね。そんなわけで、なかなか普段、映画の原題とかって気にしない部分かもしれないですが、こうやって見てみると「上手いな!」とか「なんでこのタイトルにしたんだろう」とか面白がれるポイントでもあったりするので、ぜひ注目してみてほしいですね。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#81 ハリウッド映画の「邦題」ってどうなってるの?)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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