コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第18回
2021年1月16日更新
Netflixに負けない話題の新作が続々配信中!Amazonオリジナル映画の逆襲が始まった
~見逃せない配信最新作「ゲット・デュークト!」「フランクおじさん」「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」~
映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!
ロン・ハワード監督の「ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌」、デヴィッド・フィンチャー監督の「Mank マンク」、メリル・ストリープとニコール・キッドマン共演のミュージカル「ザ・プロム」、ジョージ・クルーニー監督&主演の「ミッドナイト・スカイ」など、2020年末、Netflixのオリジナル映画は注目の話題作が数多く配信された。しかし、それらの作品は“単館公開”どころか、かなりの数の劇場でも公開されている。有名スターや監督などのネームバリューがあり、作品によっては一般の劇場公開作以上にテレビスポットをはじめ宣伝広告費を大量に使うNetflixの大作は、映画館にとっても貴重な上映作品になりつつある。
その一方、アマゾン・スタジオのオリジナル映画は、「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」や「サスペリア」「ピータールー マンチェスターの悲劇」など、当初劇場上映権やDVD化権などを切り売りして先行公開を優先するなど、独占配信をあまり前面に押し出していなかった。しかし、コロナ禍で劇場公開が困難になったこともあってか、昨年の初夏あたりから配信に力を入れる方針に舵を切ったようで、月2、3本程度コンスタントに新作を発表するようになってきている。そして、そのなかには非常にクオリティの高い作品も多く含まれている。しかし、残念ながらアマゾンはNetflixのように個々の作品の広告宣伝にあまり力を入れていないため、情報量は少なく、まだ一部の作品以外一般的には広く認知されるまでには至っていないのが現状だ。
2020年もっとも話題になったアマゾン・スタジオのオリジナル映画といえば、サーシャ・バロン・コーエン主演の「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」だろう。
有名作品の続編ということもあり、すでに様々な媒体に取り上げられ、語られているが、同作は、昨年の9月にアマゾン・スタジオが買取り、10月23日から急きょ世界独占配信した。大ヒットした前作以上に過激で挑戦的、しかも新型コロナネタまで盛り込んで極めてタイムリーな猛毒の笑いの数々で攻めに攻めており、2020年もっとも重要な映画の1本ともいえる大傑作だった。世界同時公開という配信の持ち味との相性も含め、私は昨年のベストテン・アンケートで、迷うことなくこの作品を1位に選んだ。
アマゾンのオリジナル映画には数年前から注目はしていたのだが、なかなかいい作品が見当たらなかったのでしばらくチェックを怠っていたが、「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」に感激し、20年下半期配信開始の新作を数本見てみたところ、一見地味ながら見応えのある素晴らしい作品ばかりで、ちょっと驚いてしまった。
「ゲット・デュークト!」(2020年8月28日配信開始)は、ケミカル・ブラザーズなどのミュージックビデオを手がけてきたニニアン・ドフの長編初監督作。スコットランドのハイランド地方を舞台に、“デューク・オブ・エディンバラ・アワード(エディンバラ公賞)”と呼ばれる英エリザベス女王の夫エディンバラ公爵フィリップ王配が設立した若者のための実在の課外活動に参加した4人の若者たちが、都会のいかれた若者を駆除しようとするハイランドの老人軍団と対峙する超ブラックでナンセンスなサバイバルコメディだ。とにかく最悪の事態を徹底的なバカと友情で乗り切る若者たち4人の姿が痛快で、演出もテンポ抜群。マジックマッシュルームが好物のウサギのフンでハイになった4人が繰り広げるユニークなビジュアルのドタバタのなかに、世代、地域、貧富などの格差が蔓延する社会への強烈な風刺を込め、笑わせ、楽しませながら、問題意識もしっかりと感じさせる快作。サウス・バイ・サウス・ウエスト2019で、ミッドナイト部門観客賞を受賞した知る人ぞ知るカルト作だ。
「フランクおじさん」(20年11月25日配信開始)は、「アベンジャーズ」シリーズでヴィジョンを演じているポール・ベタニーと「IT イット “それ”が見えたら、終わり。」のソフィア・リリスが主演する一風変わったホームドラマ。
1970年代前半のアメリカ。南部の保守的な街に住む、ブレッドソー家の長男フランクは学生時代に自分が同性愛者であることを偶然知られて以来、父とまともな関係が築けなくなっていた。彼は街を出て、ニューヨーク大学の准教授となり、サウジアラビア人男性のウォーリーと10年以上同棲していた。フランクの姪ベスは、ほかの親族とは違い、賢く進歩的で、思いやりのあるフランクを慕い、彼のアドバイスもありニューヨーク大学に進学するが、ニューヨークへ来て初めてフランクがゲイだと知る。そんなとき、フランクの父の死の知らせが届き、フランクとベスは葬儀に参加するため故郷へ帰ることになる。ウォーリーも同行を希望するが、家族全員にカミングアウトをしていないフランクにはウォーリーを家族に紹介する勇気はなかった。葬儀の後、父の遺言が告げられ、父がフランクを許していなかったことが明かされ、フランクはさらに落ち込んでしまう。そんな彼を癒し、慰めたのは彼を追ってやってきたウォーリーと、すべてを受け入れ温かく見守ってくれる母をはじめ家族たちだった……。
姪のベスの目を通して語られる物語は、辛い過去や人生の困難を包み込む優しさと愛情に満ちている。派手な展開や大きな見せ場があるわけではないが、芸達者な俳優陣の熱演と温かい物語に引き込まれ、爽やかな感動を与えてくれる。「アメリカン・ビューティー」で米アカデミー脚本賞を受賞し、「シックス・フィート・アンダー」や「トゥルー・ブラッド」などの人気シリーズの企画、監督を手がけてきたアラン・ボールの長編初監督作である。
「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」(20年12月4日配信開始)は、聴力を失っていくヘヴィメタル・バンドのドラマーの愛と葛藤を描いたパワフルな感動作。
ヴォーカリストの恋人ルーとメタルバンドを組み、大型のRV車で全国をツアーしている
ドラマーのルーベンは、ある日耳が聞こえにくくなっていることに気づき、やがて演奏にも支障をきたすようになっていく。彼は医者から治療法はなく、聴力を多少回復させる方法として、手術でインプラントを埋め込む手があると言われるが、その手術は高額で今の彼には不可能だった。彼は聴覚障害者の自助コミュニティを紹介され、そこで手話をはじめ聴覚障害者の生き方を学ぶことになる。だが、そのコミュニティに参加するには、しばらくの間ルーと離れなければならなかった。やがて、ルーベンはコミュニティでも重要な存在となっていくが、音楽への夢やルーとの日々を取り戻したいという思いが強く、全財産を投じて手術に踏み切るが……。
へヴィメタルのハードな演奏シーンから入り、激しい音に囲まれた主人公の日常から突然音が消える恐怖と戦慄。生きる術も愛する人もすべて失って途方にくれ、自暴自棄となった主人公が困難の末に立ち直り、やがてたどり着く“静寂”と“沈黙”の素晴らしさ。聴力をはじめ、すべてを失って初めて人間的成長を遂げていく主人公の生き様を繊細に描くと同時に、「耳が聞こえないことは障害ではない」という信念を持った自助コミュニティのポジティブな活動に関してもしっかりと見せていく。何より、ありがちなミュージシャン映画や難病もののお約束を裏切り、主人公の葛藤を見る者に体感させながらも、砂利道を暴走していくような危なっかしい生き様を、甘やかさず、突き放しながら描く演出の距離感が素晴らしい。
監督、脚本は、第2次大戦中に埋蔵された財宝をめぐるドキュメンタリー「LOOT」でロサンゼルス映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞、「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命」の共同脚本を手がけたダリウス・マーダー。彼は、「ブルーバレンタイン」のデレク・シアンフランス監督が着手した、聴覚を失った実在のドラマーとその恋人が自ら演じるドキュメンタリードラマ「METALHEAD」の脚本に参加していたが、映画は09年にポストプロダクションで中断したままになってしまい、その物語をベースに、新たな登場人物によるオリジナル脚本を執筆、執念で映画化にこぎつけた。
主人公のルーベン役を演じるのは「ナイトクローラー」や「ヴェノム」などで注目を集める演技派パキスタン系イギリス人俳優リズ・アーメッド。恋人のルー役には「レディ・プレイヤー1」のオリヴィア・クック。ドラムの演奏技術や手話の体得など、難役を見事にこなしたアーメッドの演技が、20~21年の賞レースで話題となるのは確実。自助ソサエティの世話人を演じたポール・レイシーの演技もとても印象的で、こちらもすでにいくつもの助演男優賞を授賞している。
アメリカでは限定で劇場公開されたが、日本ではその予定はない。だがこの作品、日本のミニシアター系の映画館でも十分に上映できる、というより本来ならNetflixの話題作なんかより上映すべき1本。麻薬がらみのシーンもあるが、申請すれば文科省や厚生労働省の推薦だって十分受けられる質と内容、年間ベストテンにだって食い込む力のある作品だ。私ももっと早く見ていればベストテンに絶対入れたはず。とにかく必見である。
正直、新作は数多いものの玉石混交でハズレも案外多いNetflixオリジナル映画に比べ、アマゾンのオリジナル映画は本数が限られている分、内容も厳選されている。これ以外にも注目作は多く、21年3月5日にはエディ・マーフィが主演する人気作の32年ぶりの続編「星の王子ニューヨークへ行く2」の配信も予定されているなど、本格的攻勢が始まりそうだ。
すでにDisney+はファミリーピクチャー中心にオリジナル作品の配信を推し進めているし、全米ではHBO Maxによるワーナー映画の新作の劇場公開同時配信が始まるなど、21年はいよいよ配信市場が映画の主戦場となる状況が見えてきた。そのことは逆に、映画館で見ることができる映画(映画館でしか見られない映画)の価値を高め、方法次第では映画興行にも新しい可能性が出てくるのではないだろうか。
勝負には個々の作品の質や面白さだけでなく、宣伝や告知の力も問われることになるだろう。現在配信映画の多くは邦題やビジュアルなどに商品化のための労力がさほど割かれていないのが現状だし、日本語字幕や吹替えのクオリティが十分でない作品も少なくない。配信が主戦場となれば、そうした商品力の差も結果に大きな影響を及ぼすことになるのは間違いない。
筆者紹介
江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。
Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/