第44回トロント国際映画祭を総括 票を集めやすい傾向にある作品とは?
2019年9月17日 14:00
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[映画.com ニュース] 第44回トロント国際映画祭は、オスカー前哨戦の皮切りとされる観客賞ほかを発表した9月15日に閉幕した。結果を語る前に、今年の特徴をお伝えしたい。(取材・文/よしひろまさみち)
今年のトロントは、一言で言うと「いつもと違う」。まず、アカデミー賞が好む傾向にある、オスカーレースに関わるだろうと目されていた注目の作品群が軒並み控えめな評価だったこと。昨年でいうと観客賞を受賞し、そのままアカデミー賞作品賞を獲得した「グリーンブック」やアカデミー賞監督賞を受賞した「ROMA ローマ」をはじめ、「アリー スター誕生」「ファーストマン」「ある少年の告白」など。オスカーレースの有力候補として名を連ねていた作品のほとんどが、トロント国際映画祭で北米プレミアをしている。カンヌ国際映画祭やベネチア国際映画祭など、他の主要映画祭では、会期終盤に番狂わせな傑作が上映され主要賞をかっさらうことがある。だがトロントの場合、投票するのは一般の観客のため、作品が出尽くした終盤よりも、前半から初週末までに上映されたものの中で評価が高い作品が票を集めやすい傾向にある。
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今年の場合も例年通り、会期前半~最初の週末には、お披露目前から「このキャストや監督なら期待大」というような作品が続々上映された。だが、それらの評判は芳しくなかった。たとえば1966年のル・マン24時間レースで優勝したフォードと、優勝常連のフェラーリとの確執を描いた「フォードVSフェラーリ」や、トム・ハンクスがアメリカで広く愛された子ども番組の司会者を演じた「A Beautiful Day in the Neighborhood」、監督復帰4作目となるスティーブン・ソダーバーグの「ザ・ランドロマット パナマ文書流出」、スターキャストで話題の「The Goldfinch」、ジュディ・ガーランドの伝記映画「Judy」など。キャストバリューやテーマ性からいってもオスカーレースに入りそうと上映前の期待が高かった作品群だが、どれも「悪くはないけど、ベストじゃない」という声が多かった。
例年と違うことのもうひとつ。そんな前半戦の中で、飛び抜けて話題になっていたのが「パラサイト半地下の家族」だったことだ。字幕つきの外国語映画にこれほど評価が集まるのは珍しいのでは? といえるほど、行く先々で話題にのぼっていたのが印象深い。ちなみに同作は、映画祭開幕直後に上映されている。その後で話題になっていたのが「マリッジ・ストーリー」と「ジョジョ・ラビット」の2作。前者は別々の人生を歩むことを決めた夫婦が弁護士を代理人に立てたばかりに泥沼化した離婚劇、後者は空想の友だちがヒトラーというドイツの少年を主人公に、台頭するナショナリズムの脅威を笑いと涙で描いた作品だ。結果、これら3作品が観客賞の1~3位を占めた。
「マリッジ・ストーリー」と「ジョジョ・ラビット」は、共にウィットに富んだユーモアに溢れ、会話劇のパートに重きが置かれているのに対し、「パラサイト」は言葉の説明は極力省き画で見せて、ギミックをたっぷり仕掛け、物語がどこに転がるか分からない、という映画でしか表現できない作品。おまけに現代社会の貧富差をテーマに、とんでもない設定を形にしたことからも、「パラサイト」の方が完成度は勝る。なにせ、一般客が購入できる公式上映が後半で異例の追加されたほど。ここでの評価の高さを受けて、オスカー本選、外国語映画賞はもちろん脚本賞での健闘も期待され始めた。
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そして3つ目の違い。観客賞の本命か? と開催前から言われていた作品が後半日程にあったこと。それは、監督やキャストらのトロント入りがスケジュール上どうしても都合つかなかった「ジョーカー」のこと。この作品はベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞したことで大いに話題となり、その余波を受けて北米初お披露目された。上映されてから観客の話題は「ジョーカー」でもちきりになったのだが、やはり前半で上映され高評価だった3作品の話題が途切れることがなかったのも確かだ。
以上を踏まえて考えると、トロントでの観客賞の行方は、上映スケジュールに影響されることが大きいことは否めない。この映画祭は、全上映を見た上で決める審査方式ではなく、観客がいつでも好きなタイミングで投票できるシステム。もっとも集客する第1週末の評価が大きく作用するといえるだろう。
さて、もうひとつの特徴は、小規模なミニシアター系の作品だけに観客賞に至らないのは分かっているものの、作品の個性から「これはすごい」と必ず挙がった作品群。ウィレム・デフォーとロバート・パティンソンの2人芝居「The Lighthouse」、ベネチアでも話題騒然だった「The Painted Bird」、フェルナンド・メイレレス久々の新作「2人のローマ教皇」、ベネチア国際映画祭で男優賞を獲得した「Martin Eden」など。これらはここトロントではなく他の映画祭でワールドプレミアを済ませており、映画人の間での口コミから業界用の試写は毎回満席御礼、公式上映での一般の評価も非常に高かった。こういった小規模な作品にも光が当たることも、この映画祭の特徴でもある。
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長くなってきたが、あと2つお伝えしたい。ひとつは、日本映画および日本人監督が関連した作品の注目度。今回は新海誠監督作「天気の子」(スペシャル・プレゼンテーション)、黒沢清監督作「旅のおわり世界のはじまり」(マスターズ部門)、深田晃司監督作「よこがお」(コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門)、是枝裕和監督作「真実」(スペシャル・プレゼンテーション)、HIKARI監督作「37 Seconds」(コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門)、三池崇史監督作「初恋」(ミッドナイト・マッドネス部門)が出品。なかでも「天気の子」は、公式上映のチケットが瞬殺。「君の名は。」の世界配給~ソフト販売のおかげもあり、北米エリアでの新海監督のファンが顕在化したのは印象深い。新海監督自身も「映画ファンとアニメーションファン、僕の作品を昔から見てくれているファンが集まった」とコメントを出しているが、実際の観客の声を聞いてみるとジブリのファンだったり、ロボットアニメのファンだったり、70年代から続く日本のアニメコンテンツを幅広く観ている層が浮かび上がってきた。総合した意見とはいえないが、彼らのひとりの言葉を借りると「日本のアニメは他国のそれとは全く違う魅力があるが、良作を安定供給していたジブリと肩を並べる才能を、日本アニメのファンは探している」。日本コンテンツが持つポテンシャルはあるものの、スタジオ、才能が時間差なく、世界のファンに作品を届けられるシステムの構築は急務といえるだろう。それには、日本映画界独特の製作フローや出資システムが邪魔をするため、「クールジャパン」的な官製の上っ面の変革ではなく、ユーザー&クリエイターファーストとなる、もっとドラスティックな変革が必要なことも否めないだろう。
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最後のひとつは、配信作品問題だ。昨年、観客賞を逃したもののオスカー本選で大健闘したNetflixオリジナル映画「ROMA」でも問題視されたが、やはり今年もハッピーな映画祭の裏で影を落としている。本映画祭の上映で使われる多くの劇場の中にはシネコンがあるのだが、Netflixやアマゾンの作品はそのシネコンでは上映されなかった。気づかない人も多かったかもしれないが、こういうところで映画興行と配信会社の対立構図は浮き彫りに。映画祭自体が配信作品を排除したカンヌとは違い、作品の上映も賞の候補部門に入れることもOKなトロントだが、微妙なズレを感じる場面はあった。だが、作品のクオリティにおいては、「マリッジ・ストーリー」が観客賞の第2位だったことや、「2人のローマ教皇」の評判を聞くと申し分ない。またドキュメンタリー観客賞の第3位「Dads」は、11月にローンチするアップル社の新サービス「AppleTV+」が上映配信権を取得したというニュースも。配信サービスの普及とサービスの多様化に伴い、ますます配信作品を映画祭で食い止めることは難しくなるのは確実だ。興行と新興勢力の対立は、80年代のレンタルビデオ台頭時代にも一度大バトルがあったが、結局はユーザーファーストの選択が勝利したのは周知の通り。一般市民のための映画祭としては、今後もカンヌのように排除ということはせず、いい作品を楽しむ映画祭本来の意味を追求して欲しい、と切に願う。
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●トロント国際映画祭観客賞(The Grolsch People's Choice Awards)
タイカ・ワイティティ監督「ジョジョ・ラビット」(2020年1月日本公開予定)
次点:ノア・バームバック監督「マリッジ・ストーリー」(Netflixで12月配信予定)
次々点:ポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」(2020年1月日本公開予定)。
Galder Gaztelu-Urrutia監督「The Platform」
次点:アンドリュー・パターソン監督「The Vast of Night」
次々点:ジェフ・バーナビー監督「Blood Quantum」
ディスカバリー部門:ヘザー・ヤング監督「Murmur」
スペシャル・プレゼンテーション部門:コーキー・ギェドロイツ監督「How to Build a Girl」
Oualid Mouaness監督「1982」
TIFF トリビュート・アクター・アワード(俳優功労賞):メリル・ストリープ、ホアキン・フェニックス
TIFF イーバート・ディレクター・アワード(監督功労賞):タイカ・ワイティティ
TIFF ヴァラエティ・アルチザン・アワード:ロジャー・ディーキンス
TIFF メアリー・ピックフォード・アワード:マティ・ディオプ
TIFF インパクト・アワード:パーティシパント・メディア
TIFF スペシャル・トリビュート:デビッド・フォスター
フォトギャラリー
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