藁にもすがる獣たち : 映画評論・批評
2021年2月16日更新
2021年2月19日よりシネマート新宿ほかにてロードショー
実力派スター俳優のイメージを覆す展開に舌を巻くクライムサスペンス
原作はなんと日本人作家・曽根圭介氏の同名犯罪小説である。過去にも日本のコミックが韓国で実写映画化されて、「オールド・ボーイ」(パク・チャヌク監督)という傑作を生みだしているが、この「藁にもすがる獣たち」が長編デビュー作とは思えないほど、脚本も手掛けたキム・ヨンフン監督が鋭いキレ味を見せる。欲望を剥き出しにした人々が大金を巡って激しくぶつかり合う姿を予測不能な展開で描き、ハイクオリティなクライムサスペンスに仕上げた。
そしてキャストが凄い。「シークレット・サンシャイン」で第60回カンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞したチョン・ドヨンと、「私の頭の中の消しゴム」「アシュラ」のチョン・ウソンという実力派スター俳優の共演だけでも鳥肌ものなのに、加えて「スウィンダラーズ」のぺ・ソンウ、「生き残るための3つの取引」「哀しき獣」のチョン・マンシク、「MASTER マスター」「ベテラン」のチン・ギョン、「コンフィデンシャル 共助」のシン・ヒョンビン、「毒戦 BELIEVER」のチョン・ガラムと演技派、怪優たちが新しい才能のもとに集結し、確かな演技力でそれぞれ深い味わいをみせる。
さらに、第36回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞をダブル受賞するなど、いま世界の映画賞を席捲している注目作「ミナリ」(日本公開3月)で高い評価を得ているベテラン女優のユン・ヨジョンが怪演を見せているのもタイムリーな見どころ。また特にチョン・ドヨンとチョン・ウソンは、これまでにない違った一面を見せ、それぞれの役で潔いとも言える、見事なまでの末路を迎える展開にも舌を巻く。製作陣もマ・ドンソク主演「犯罪都市」「悪人伝」のスタッフということで、韓国映画最強の布陣といっても過言ではないだろう。本国では興行収入ランキングで初登場1位を記録している。
大金を目の前にした時、人はいかに獣になり、それぞれの立場や境遇で人生を狂わせていくのか。物語は二転三転するが、前半に張られた伏線が次第に回収されていく展開にラストまで目が離せない。窮地に追い込まれ、藁にもすがりたい、欲望に駆られた獣たちの姿は時に醜く滑稽であり、しかしその報いを受ける様はあっけないほど残酷で、韓国映画の神髄が伺える。
ヨンフン監督は、小説ならでは仕掛けを巧みな手法で解決し、人間の業と荒廃しつつある現代社会の断面を描きつつ、ノワールな一級の娯楽作として完成させた。韓国映画のファンだったという原作者の曽根氏も絶賛しており、ポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」とはまた違った韓国映画の新たな底力を堪能できる作品だ。
(和田隆)