コラム:川村元気 誰も知らない100の企み - 第4回

2022年9月10日更新

川村元気 誰も知らない100の企み

山田洋次監督をはじめとする先輩映画人たちから得た“学び”

電車男」に始まり、「告白」「悪人」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」「君の名は。」「怒り」「天気の子」など、これまで40本の映画を手がけてきた川村元気氏は、映画業界ならずとも、クリエィティブな仕事に従事する人々にとって無視することができない存在といえるでしょう。今年、映画プロデューサーのほかに小説家、脚本家、絵本作家など、実に多くの顔を持つ川村氏に、「映画監督」という肩書きが新たに加わりました。

自らの祖母が認知症になったことをきっかけに、人間の記憶の謎に挑んだ自著「百花」の映画化に際し、なぜ監督を務めようと思ったのか。激務をこなす川村氏にとって、仕事というカテゴリーにおける効率、非効率の線引きはどこにあるのか。

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この連載では、本人のロングインタビューはもちろんの、川村氏の“ブレイン”ともいえる仕事仲間や関係者からの証言集などを通して、全7回で「川村元気」を紐解きます。映画人としてのキャリアをスタートさせてから「百花」に至るまで、100の企みに迫っていきます。

第4回は、川村氏に影響を与え続ける映画人たちについて。川村氏との交流を楽しんでいる節がある国内外の巨匠たちは、どのような影響を彼に与えたのでしょうか。川村氏に話を聞きました。


●目次

■僕にとってアイドルはポン・ジュノ監督

山田洋次監督は偉大なる師匠であり、映画を語り合う友人

■決定稿まで付き合ってくれた巨匠への謝意

■指摘を受けた「決定的な3つのこと」

是枝裕和監督をはじめ尊敬する先輩方に共通することとは?

■東宝の上司から怒られた「社会人としての常識」


■僕にとってアイドルはポン・ジュノ監督

川村氏が配給大手・東宝に新卒で入社したのが2001年。映画業界で20年間を過ごしてきたわけですが、その間、突っ走るなかでもモチベーションになるようなライバルのような存在はいたのでしょうか。

川村:僕はライバルの存在に燃えるタイプではなく、憧れの先輩の背中を追いかけるタイプなんです。僕にとって、アイドルはポン・ジュノ監督。「悪人」で釜山国際映画祭に行った時に初めてお会いしました。ポンさんは当時、「母なる証明」で来ていたと記憶しています。

ポン・ジュノ監督と共に
ポン・ジュノ監督と共に

殺人の追憶」で衝撃を受け、「グエムル 漢江の怪物」で度肝を抜かれた。その後に「母なる証明」って、この人めちゃくちゃだなって思ったんです。ひとりの監督の所業とは思えない。ハリウッドでも「スノーピアサー」や「オクジャ」を撮るわけで、ジャンルを限定せずに身体拡張を続けていく。この人みたいに映画を作っていけたらいいなと思いました。

ご本人はユーモアの塊みたいな人で、話している間、ずっと笑っている感じです。会うたびに“10年後に少しでもこの人みたいにユーモアのある人間になれたら”と思ってきました。でもまさか、出会いから10年後にオスカーを獲るとは思いもしませんでしたが……。

ポンさんがいたからこそ、自分もなるべく「珍しい映画」を作ろうと思ってきました。ポンさんの映画って、発表されるごとにその企画の視座に驚かされるけれど、不思議とメジャー感がある。かなり遠くに行ってしまわれましたが、いつか近くで映画作りをしていられる存在になれたら……と思っています。


山田洋次監督は偉大なる師匠であり、映画を語り合う友人

続いて、名前が挙がったのは、意外にも日本映画界の巨匠・山田洋次監督でした。山田監督は、今作に対しても、次のようなコメントを残されています。

「凝縮された美しさ。奇想天外な物語がある一方、誰もが身に覚えのあるような身近なstoryもある。認知症がじわじわと進行しつつある母親に、出産を控えた息子夫婦が向き合う、という誰にとっても身をつまされるような、悪く云えば日常的なドラマを、思い切って凝縮してみる。何百気圧のプレッシャーをかけてギュウギュウ圧縮すると、透明なキラキラした美しい結晶体に変化する。川村監督の『百花』はそんな映画だ。ワンシーンワンカットで撮影された、いわば“長回し”の大胆な演出スタイルが不思議に飽きさせない。うまい演出とは云いたくない、この作品の力はスタイルではなく、このドラマにかけた監督のエネルギー、情念、憧れ、愛情、といったもの、つまりハートなのだということをしみじみ思わせてくれたし、実は初演出の川村元気君自身が完成した作品を見てそのことに気づき、衝撃的に思いあたっているに違いない。『カットとカットの間に神が宿るんだ、それが映画というもんだよ』と、僕に語ってくれた黒澤明監督の温顔をしみじみ思い出す」

「百花」撮影現場を訪れた山田洋次監督
「百花」撮影現場を訪れた山田洋次監督

川村:僕は山田洋次監督のことを偉大なる師匠として尊敬しつつ、同時に映画を語り合う友人だと思っているんです。いつも最近観た映画のことをフランクに語り合いますし、脚本のダメ出しもしてくださる。半世紀も年が離れていても、映画という共通言語を介せば話ができるというのは凄いですよね。映画って、やっぱりいいなあって思うんです。

30代の頃、山田監督に連れられて、野上照代さん(黒澤明監督作のスクリプター)と一緒に橋本忍さん(「七人の侍」「羅生門」などの脚本家)のご自宅にうかがったことがあるんです。お三方に囲まれて、「砂の器」の時の話などをしてくださった。こういう日本映画の作り方の文脈を知ったうえで、自分も作っていかなければならないと強く感じました。それが日本映画の強さですから。日本には世界に誇るべき溝口健二黒澤明小津安二郎成瀬巳喜男の文脈がある。それらを引き継ぎながら、新しい挑戦をしていきたいと思っています。


■決定稿まで付き合ってくれた巨匠への謝意

原作小説「百花」が単行本化され書店に並んだ際、山田監督と吉永小百合さんが帯にコメントを寄せているのを目にした方は多いのではないでしょうか。ただ、山田監督の今作への関わり方は、それ以上のものでした。

川村:山田監督とは定期的に交流をさせていただいていて、2カ月に1度くらいの間隔で監督主催の映画サロンみたいな会に呼んでいただいています。「百花」を映画にする際、僕の中で「原作・脚本・監督……、誰も口を出せないじゃないか。これはまずいな」と思い、僕に対して全く遠慮なく意見してくれる相手が必要だ! と。最初に顔が浮かんだのが、山田監督だったんです。

山田監督も脚本から映画の世界に入ってこられているし、橋本忍さんの薫陶を受けた方だから、明確なメソッドがあるんですよね。恐縮しながら脚本の相談をしたら案の定、「このシーンは必要なのか」「このキャラクターが活かせていない」とバンバン言ってくれるわけです。目から鱗で、決定的なことを3つほど指摘してくださいました。

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「大変勉強になりました!」と帰ったのですが、僕は図々しいので「準備稿が出来たのでまた読んでいただけませんか?」と改めて連絡したところ、全力で待ち構えられていて「本打ち、1日かけてやろう!」って……。最終的に決定稿まで付き合ってくださったんです。色々なアドバイスを、最後の最後までしてくださいました。

山田監督は、亡くなるまで橋本さんのもとへ通い続けたそうなんです。僕もこうやって、先輩方に図々しく相談していけばいいんだと感じることができました。でも山田監督の指摘に対して言うことを聞かなかったことがあるんです。「ここは撮ってもうまくいかないから、設定を変えた方がいいよ」と。でも、一緒に脚本を書いた平瀬(謙太朗)くんと「設定を変えたらうまくいかないよね」と意見が一致したので、そのまま本に残したんです。だけど撮り終えて編集してみたら、山田監督の言う通りになったんです。編集の段階で、その設定そのものをなくしました。最初から言う事を聞いていれば良かったなって、つくづく思いました。撮ったときにどう映って、ワークするかしないかというのが見えているんでしょうね。


■指摘を受けた「決定的な3つのこと」

山田監督から最初に指摘を受けた「決定的なことを3つほど」というのは、どのようなことだったのでしょうか。

川村:この映画は何を描くのか? と問われ、母と息子の話だよねと。枝葉のプロットが、センターラインに寄与していないじゃないかとご指摘があって、全てのキャラクターが描くべきところに影響していないといけないと。そして、泉(菅田将暉)の妻・香織(長澤まさみ)のキャラクターが生きていないと。泉に対して、義母の百合子に対して影響させないとダメだ、百合子と香織をもっと会話させた方がいいよとご意見いただけたことで、香織に対して「わたし、後悔していないの」と明かすシーンが出来たんです。

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実の母子だからこそ言えないことがある。義理の娘に対してだけ本音が出るというのは、この母子ならば筋が通っているんじゃないかと。あのシーンによって、香織の意味がすごく出てきますよね。パッと見ただけで、脚本の問題点がすぐに見抜ける。まるで名医のようでしたね。


是枝裕和監督をはじめ尊敬する先輩方に共通することとは?

今作の海外セールスは、ギャガとフランスのワイルドバンチが担当しています。ワイルドバンチは、是枝裕和監督やケン・ローチ監督の作品などに関わっていることで知られ、共同創立者のビンセント・マラバル氏の指摘には一切の遠慮がないといわれています。

川村:ビンセントさんにも、山田監督と同様に「この映画は何が主題なのか」と問われました。監督として思い入れのある部分を相当削ぎ落したはずなのに、まだメインテーマに寄与していないシークエンスが派生しているのをズバズバ指摘されました。本当に遠慮がなくて、是枝監督にも「あんなに言ってくるんですか?」と聞いたら「めちゃめちゃ言ってくる」と。なるほど、是枝監督はそことも闘いながら、いつも映画を完成させているんだなって感じました。

是枝裕和監督も撮影現場を訪問
是枝裕和監督も撮影現場を訪問

是枝監督は、もちろん取捨選択はご自身で判断されるけど、人の意見を本当に真摯に聞かれます。巨匠になると、聞けなくなってくるものだと思うのですが……。僕が尊敬する先輩方に共通しているのは、人の意見に耳を傾けるということです。聞くのはタダですから。やっぱり、誰の意見であっても、そっちの方が良いのであれば貰った方がいい。その柔軟さは失いたくないですね。

話題に上がった是枝監督と川村氏は、Netflixドラマ「舞妓さんちのまかないさん」でタッグを組んでいます。「百花」の撮影現場にも遊びにきてくれたそうですが、是枝監督は現場で一体どのようなことを見ていたのでしょうか。

川村:「百花」の現場では、セットをはじめディテールを見ていましたね。「舞妓さんちのまかないさん」では一緒に脚本を作り、子役のオーディションをご一緒しました。是枝監督は、オーディションでも演出をするんです。そこでの学びは色々ありましたが、簡単に真似できるものではありません。何よりも刺激になったのは、俳優に対して「ずっと見ているよ」というメッセージを送り続けているんですよね。

最近はモニターの前に座る監督が圧倒的に多く、溝口健二みたいにカメラ横に立って芝居を見る監督は減っています。とはいえ、どういう画が撮れているかを確認すべきなので、モニターはきちんと見るべきだと思います。是枝監督は、モニターを見ながらも俳優に対して、「あなたの芝居を近くで見ているよ」という緊張感を与え続けていると感じました。俳優は、そういうことで本気になるのだなと。


■東宝の上司から怒られた「社会人としての常識」

川村氏は今回の取材で山田洋次監督、是枝裕和監督、ポン・ジュノ監督の名を挙げましたが、次回以降も濃密な関係性を構築しながら作品を完成させてきた、他の監督陣とのエピソードは幾つも登場します。今回のエピソードで、川村氏は自らを「図々しい」と評しましたが、自身の言動で先輩陣から怒られたことはないのでしょうか。

川村:東宝で上司だった市川南さん(現・専務)のエピソードになりますが、「ビールの注ぎ方がなっていない」と怒られたことがあります(笑)。僕、逆手でビールを注いだらしいんです。「ダメなんですか?」と言ったら、「社会人としての常識がなっていない」とご指導をいただきました。市川さんは、社会人としての常識がなっていない時は、きちんと叱ってくれる上司でありがたかったですね。ただ、いまだにネタにされていますけどね(笑)。

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プロデューサーとしてのキャリアのスタートとなった「電車男」が偶然ヒットしてしまい、それが偶然ではなく必然になるような再現性を作るため、アマチュアからプロになるために凄い勉強をした時期が僕にもあります。

宮崎駿さんや坂本龍一さんら、巨匠に話を聞く対話集「仕事。」を作ったときは、まさに「仕事の学校」に通っている感覚でした。とにかく自分よりも圧倒的に強い人と一緒に仕事をするようにしてきました。ある程度戦えるようになると、今度はアニメ作品や小説執筆など、全くの新人として異種格闘技戦に挑んで必死に頑張ってきたという自覚はあります。

新人には「珍しいもの」を作る特権とポテンシャルがあるとも思います。「映画ってこうだよね」的なものを作っても、つまらない。

告白」という作品は、とある評論家の方に「ミュージックビデオみたいな映画だ」と酷評されました。でも、僕としては「ミュージックビデオみたいな映画を作りたくて作ったんだけどなあ」という思いがありました。そのあと「悪人」という映画を作ったら、「こんな古臭い映画!」と酷評されたりもして。そういう意味では、絶えず怒られているのかもしれませんね(笑)。


今回は映画人の先輩たちとのエピソードを中心にお届けしましたが、次回は川村氏があるテーマについて原稿を特別寄稿してくれます。どうぞ、ご期待ください。

筆者紹介

大塚史貴のコラム

大塚史貴(おおつか・ふみたか)。映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。

Twitter:@com56362672

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