劇場が「ねこすて橋」に!? 沢尻エリカ×吉沢亮「猫は抱くもの」遊び心満載の世界
2018年4月5日 08:00
[映画.com ニュース] 女優の沢尻エリカが約6年ぶりの映画主演を果たし、吉沢亮と共演する「猫は抱くもの」の撮影現場が昨年11月中旬、報道陣に公開された。ロケ地となったのは、1930年に建設された群馬県前橋市の公会堂建築・群馬会館。忙しなく行き交うスタッフたちの合間を縫い、多目的ホールへと歩みを進めると、そこには想像だにしていなかった遊び心満載の世界が広がっていた。
本作は、大山淳子氏の同名小説(キノブックス刊)を基に、「オーバー・フェンス」などの高田亮の脚本、「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」などの犬童一心監督のメガホンで実写化。アラサーの沙織(沢尻)は、かつてアイドルグループ「サニーズ」のメンバーとして芸能界で活動していたが、歌手としては芽が出ず、全てに嫌気が差して都会から逃げてきた。彼女にとって、唯一心を許せる存在は、ペットショップで売れ残っていたロシアンブルーのオス猫・良男(吉沢)だけ。沙織から正直な気持ちを語りかけられていた良男は、いつしか自分を人間だと信じ込み、恋人しての役目を果たそうとするが、次第に“2人だけ”の日常に変化が訪れる。
この日撮影されていたのは、行き場をなくした猫たちが集う「ねこすて橋」のシーン。ステージと向かい合った客席の上に猫たちが集う地面、2階席全体を「橋」と設定した不思議なセットに思わず目を丸くした。劇中では同シーンに加えて、沙織が働くスーパーの内部や、良男と語り合う倉庫の場面などが、演劇調のセットで表現されている。“猫映画の名手”とうたわれる犬童監督は「人を撮っても飽きがこないように、猫を撮ったとしても毎回毎回違う作品になる」と菅野和佳奈プロデューサーに断言していたが、企画開発時点では舞台装置を利用した撮影案はなかったようだ。「人の世界」と「猫の世界」、そして「1人の女性の妄想の世界」を縦横に交錯させるという大胆な演出手法はなぜ生まれたのか。
犬童監督「例えば『8 1/2』(フェデリコ・フェリーニ)は映画監督の“中”に入っていくような映画です。それと同じく、本作でも元アイドルの“中”に入っていくような作品にしたかった。心の中に入っていくビジュアルと言えばいいでしょうか、それを面白いものにするにはどうすればいいのかと考えたんです。市川準監督の『トニー滝谷』は横浜の広大な空き地にセットを立てて、成功しましたよね。それとは趣を変えて、もう少し舞台よりにしてあげれば、今まで見たことはない新鮮なものになるのではないかと思ったんです」
「ねこすて橋」にいたのは、擬人化した猫たちだ。吉沢演じる良男をはじめ、銀幕デビューを果たしたキイロ役のコムアイ(「水曜日のカンパネラ」ボーカル)、サビ猫役の藤村忠寿、老猫役の岩松了、サバトラ猫役の内田健司、黒猫役の久場雄太、茶ブチ猫役の今井久美子、キジトラ猫役の小林涼子、黒白ブチ猫役の林田岬優、ヒョウ柄猫役の木下愛華、縞三毛猫役の蒔田彩珠といった個性豊かなキャスト陣が勢ぞろいし、時に“猫らしい”モーションを交えながら、芝居を繰り広げていた。特に目を引いたのは、彼らの彩色豊かなファッションだ。この衣装は、漫画家・加藤伸吉氏がキャラクターのベースとなる猫からイメージを膨らませてデザインを完成させたもの。スーツや和装、ヤンキースタイルからインテリ風なルックスまで、猫それぞれの気質が見た目からも伝わってくるようだった。
キャスティングに関しては「全員ぴったりと合っている」と自信をにじませる犬童監督。特に吉沢にぞっこんの様子で「沢尻さんとのシーンは、彼がすごく可愛いんですよ。沢尻さんも“可愛い”というリアクションにちゃんとなっています。吉沢君が芝居をしているのを見ると、皆が笑顔になるというか。猫という役柄も影響していますが、男性でも“可愛い”という気分になっちゃうんじゃないかな」とほほ笑んだ。菅野プロデューサーも気持ちは同じようで「我々からは、本当に猫にしか見えないくらい上手く演じています。本人は『僕は犬っぽいです』と言っていますが、絶対に猫。性格も猫だと思うんです」と語っていた。
「ねこすて橋」に現れた沙織のもとへ良男が駆け寄るという感動的な光景の撮影では、実際のロシアンブルーの猫も登場するなど、その仕上がりは全く予想がつかない。犬童監督が凝視するモニターを見てみると、客席や劇場の壁面もとらえているにも関わらず、なぜか屋外のような印象を抱く。まさにマジックとも言える画作りに見とれつつ、すぐそばにいた吉沢の存在にも気づいていた。芝居が終わるたびにモニターまで駆け寄り、自身の芝居をじっくりとチェックする勤勉な姿勢に、筆者も思わず“笑顔”になってしまった。
映像表現に工夫を凝らすからこそ「ひとりの女性の話、そして猫の話。ストーリーはシンプルにしました」と菅野プロデューサー。「『エターナル・サンシャイン』(ミシェル・ゴンドリー)を例に挙げれば、ビジュアル的にはビビット、記憶と現実が入り混じった構成です。でも、ストーリーとしては『記憶から消えた女性を再び好きになる』。本作も同様に、妄想と現実が入り混じる視覚的な面白さを追求しつつも『メッセージとして伝わるものはシンプルにしましょう』と開発を進めたんです」と明かしていた。
良男が沙織に注ぐのは、無償の愛だ。犬童監督は「これを人間の男女でやると難しいんですよ。何かを失ってでも尽くし続けるということは、一見すると狂気の愛のようになってしまう。でも、これを猫に置き換えると、絶対にそうはならないんです」と説明した。「良男は大好きな沙織のために、全部を捨ててでも守ってあげなきゃと行動を起こすんですが、猫だからほとんど何もできない。そういう一途な行為が猫であれば、変に見えないんです。自分のそばに、そういう存在がいるということを素直に嬉しいと感じることができる。『ただ一緒にいる』ということ。その点が本作では可愛らしくていいと思います」という言葉を聞き、新たな“猫映画”の誕生を予感した。
「猫は抱くもの」は、6月23日から東京・新宿ピカデリーほか全国公開される。