劇場公開日 2010年2月5日

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インビクタス 負けざる者たち : 特集

2010年2月10日更新

ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」「チェンジリング」そして「グラン・トリノ」。70歳を超える高齢でありながら、上記の傑作を連発し、現役最高の映画作家と讃えられるクリント・イーストウッドの最新作「インビクタス/負けざる者たち」が公開中だ。eiga.comでは、映画というメディアを代表するアイコンとなったイーストウッドの監督第30作を記念して、特別対談を企画。イーストウッド作品のみならず、アメリカ映画全般に造詣が深い評論家・翻訳家の芝山幹郎氏と、イーストウッドを追い続けて40年の映画評論家サトウムツオ氏のお二人に、新作「インビクタス」を中心としたイーストウッド映画の魅力を思う存分語り合っていただいた。(司会・構成:編集部)

【特別対談】芝山幹郎×サトウムツオ

eiga.com 新作映画評論でもおなじみの芝山幹郎氏(左)とサトウムツオ氏
eiga.com 新作映画評論でもおなじみの芝山幹郎氏(左)とサトウムツオ氏

■イーストウッド印の映画

──まず見終わっての印象はどうでしょうか?

芝山:パッと見ると、イーストウッドの最近の映画からも昔の映画からも外れているようなんですが、よく見るとやはりイーストウッド印の映画なんですね。ひとつは主人公が獄中生活27年のネルソン・マンデラだということ。マンデラというのはいわゆる偉人で、アパルトヘイトに抗って、27年間牢屋にいたわけです。で、出獄して74歳で大統領になって、75歳でラグビー・ワールドカップに関わった。

そういう人が出てくるのはイーストウッド映画には不似合いな感じがするんだけど、実は獄中27年というのがカギでね。従来のイーストウッド映画ならば、出所後に復讐鬼になるとか、幽霊になって復讐に赴くとか、そうなることが多いんだけど、あえて復讐という手段を選ばなかった。しかし、イーストウッド印の映画であることに変わりはないというのが、私のおおまかな第一印象なんです。

マンデラと同様に長い道のりを 歩いてきたイーストウッド
マンデラと同様に長い道のりを 歩いてきたイーストウッド

ムツオ:そうですね。イーストウッド作品のなかで偉人が出てきた映画というと、これまでではジャズの巨人チャーリー・パーカーを描いた「バード」しかないじゃないですか。大半は無名の人間、あるいはフィクションの存在ばかりだった。だから、僕も最初はどんな仕上がりになるかと思っていたんですが、やはりたったいま芝山さんがご指摘したとおり、刑務所の中に居たというところが、実にイーストウッドらしくてね。「グラン・トリノ」でも、復讐しなくなったじゃないですか。それで、マンデラ大統領の話とラグビー・ワールドカップの話を見事にオーバーラップさせている。マンデラの晩年、といってもまだ生きていらっしゃるんですが、95年当時70代だったマンデラを、現在70代後半でお爺さんになったイーストウッドがオーバーラップさせた感じもあるんですよね。

芝山:そうですね。(イーストウッドのマンデラに対する)親近感はあったと思います。私が2番目に言おうと思っていたことなんですけど、マンデラはいま91歳ですよね。出獄してきたときが74歳で、75歳で大統領になって、ワールドカップの3年後の98年に引退、というか政治の第一線から身を退くわけですね。つまり、今のイーストウッドくらいの年齢で大統領職をようやく引退したわけで、一種の不倒翁というか長い道のりを歩き抜いた人物だった。イーストウッドは、そこにも親近感を持っていたのではないでしょうか。

ムツオ:先日のサッカー・ワールドカップのドロー(抽選会)でも冒頭でビデオで出演していましたから、マンデラは。

芝山:だから、全然呆けていないんですよね。きっと生命力の凄い人なんでしょうね。

ムツオ:この映画は、モーガン・フリーマンが最初に着手した企画なんですよね。

芝山:「インビクタス」以外に別の企画もあったんですってね。マンデラの自伝的な作品で。私もくわしくは知らないんだけど、「マンデラの名もなき看守」ではなくて、もう一本映画があったはずなんです。で、モーガン・フリーマンが旧知のマンデラに連絡を取って、「閣下、あの映画の前に、もう一本閣下を演じる映画が出来そうですよ」と言ったらしいですね。

■盟友モーガン・フリーマン

ムツオ:そのモーガン・フリーマンは「許されざる者」「ミリオンダラー・ベイビー」に続いて今回3回目のイーストウッド映画ですが、相性はどうなんでしょうか?

芝山:彼はイーストウッドの映画に出ると、上品に映りますね。他の人の映画、例えばジャック・ニコルソンと共演した「最高の人生の見つけ方」なんてのは最低の映画でしたけど、違う監督の映画だと、フリーマンはときどき物欲しげな目になるんですよ。でもイーストウッドの映画ではその顔つきがない。

ムツオ:それは、やはりイーストウッドに対しての畏敬の念みたいなものがあるからなんでしょうね。

イーストウッド映画では上品(!?)な モーガン・フリーマン
イーストウッド映画では上品(!?)な モーガン・フリーマン

芝山:もちろんそうでしょうね。イーストウッドの前では変な顔はできないというのもあるでしょうし、イーストウッドも彼の変なショットを、たとえば編集段階で落とすということがあるんでしょう。イーストウッドはフリーマンのことを大事にしてますよね。

ムツオ:僕は、やっぱりロベン島での囚人服姿にはやられましたね。映画ファンなら、すべての人が「ショーシャンクの空に」という映画を見ていると思うんですけど、似たような設定で思い出しますよね。だから、どこで囚人服を見せるんだろうって言うのは、僕の中でちょっとポイントだったんですけど、見せないで終わるのかなあなんて思ってたら、しっかり出てましたよね。

芝山:見せなくても良かったね(笑)。まさか、ゴースト処理とはね。しかし、ああいうことを平然とやる人なんですよね、イーストウッドという人は。

アメリカの映画批評家のロジャー・エバートは、実際にロベン島に行ったことがあるそうです。しかも独房を見たことがあるらしくて、この映画でも、あの場面で背筋が寒くなったって書いてましたよ。見たことがある人は、とくにそう思うでしょうね。だって実際に2畳くらいの広さで、マットレスもなくて、毛布だけを敷いて、27年間そこで寝起きしたわけでしょ。ものすごい生命力ですよね。私たちだったらとっくに死んでるでしょう。

ムツオ:その悲観しない人生というのが、「インビクタス」という詩にも表れてますからね。

>>【特別対談】芝山幹郎×サトウムツオ その2

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