コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第34回
2021年8月12日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
第34回:金馬奨との関係、言語を巡る変遷、Netflixへの進出――新たな道を進む台湾映画の“今”を紐解く
現在、台湾映画ブームが巻き起こっているといっても過言ではありません。
今年4月には、ホウ・シャオシェン監督デビュー40周年を記念した特集上映、エドワード・ヤンの傑作「ヤンヤン 夏の想い出」35ミリフィルム特別上映が実施され、6月には第57回金馬奨最優秀作品賞、最優秀監督賞など5部門を受賞した「1秒先の彼女」(チェン・ユーシュン監督)、7月には第57回金馬奨最優秀主演男優賞、最優秀助演女優賞を獲得した「親愛なる君へ」(チェン・ヨウチェ監督)、台湾で社会現象を巻き起こした「返校 言葉が消えた日」(ジョン・スー監督)が“日本上陸”。Netflixでは、金馬奨受賞作「弱くて強い女たち」(シュー・チェンチエ監督)、「同級生マイナス」(ホアン・シンヤオ監督)といった良作が全世界に向けて配信されています。
そこで今回のコラムでは、近年の台湾映画について語ってみたいと思います。なお、第15回、第31回では「大阪アジアン映画祭の総括」を掲載中です。こちらでは、同映画祭のプログラミング・ディレクター暉峻創三さんに「台湾映画の現状」をお聞きしていますので、よろしければチェックしてみてください。
2018年11月17日、第55回金馬奨授賞式が台北で行われました。この日は、台湾映画界の歴史に刻まれる1日になったんです。最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞したのは「私たちの青春、台湾」。監督のフー・ユーは、受賞スピーチの場で「台湾独立」について熱く語っていました。
当時、私も授賞式を生中継で視聴していました。フー・ユーがスピーチを行った後、チェアマンだったアン・リー監督が映し出されたのですが、彼は複雑な表情を浮かべていました。その光景を鮮明に覚えています。私の考えでは「金馬奨の授賞式=映画の大型イベント」。ある意味、オリンピックと同じようなもので、政治的発言は控えるべきだと思っています。
何故なら、多くの映画人の人生が変わってしまう可能性があるからです。
この出来事があったことで、2019年、中国本土から金馬奨への参加は実質不可能になってしまいました。中国国内では、金馬奨についての報道が、現在も規制されている状態です。
金馬奨は、台湾だけでなく、中国本土や香港の映画人が目指した「中華圏映画の頂点」です。中国映画市場が急成長を遂げたゼロ年代後半、中国本土の作品が金馬奨へ積極的に参加するようになりました。この結果、金馬奬の影響力が強くなり「中華圏で最も権威ある映画賞」になったんです。
そのため、2019年以降に生じた「中国本土作品の不参加」は、作品のセレクトに影響を及ぼすだけでなく、ビジネス面でも大きな損失へと繋がりました。多くの映画人が金馬奨の行方を心配しています。しかし、2019~20年の傾向からは“新たな可能性”を見出すことができるんです。
まず、10年前からさかのぼってみましょう。10年代に入ってからというもの、中国本土からの作品が多数参加。その影響で最優秀作品賞のノミネートに、純台湾映画が1本しか入っていないという年が何度かありました。
例えば、2018年・第55回金馬奨では、ノミネートされた5本のうち、4本は中国本土からの出品作。その4本というのが、最終的に作品賞を受賞した「象は静かに座っている」(フー・ボー監督)、「SHADOW 影武者」(チャン・イーモウ監督)、「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」(ビー・ガン監督)、「薬の神じゃない!」(ウェン・ムーイエ監督)。どれも優秀な作品でしたし、納得のセレクトです。だたし、台湾の映画界からは「金馬奨における“台湾の要素”がどんどん少なくなり、台湾映画の発展に影響がでるのではないか?」という疑問が投げかけられました。
中国映画市場は、ここ10年で北米と肩を並べるほどの成長を遂げました。市場規模はもちろん、資金や人材も豊かです。その反面、香港映画界の人材は本土に流出していき、市場規模がどんどん縮小しています。しかし、これは決して悪いことばかりではないと考えています。
今の中国映画市場は、毎年さまざまなジャンルの秀作を世に送り出しています。近年の金馬奬では、毎年完成度の高い中華圏映画が集まっていました。そんな環境で「最高の作品」を決めること自体は、素晴らしいことですよね。これが台湾映画界に影響を及ぼすのかどうか――私は、そこまで深刻にならなくてもいいのではないかと思っています。90年代に人気を失った台湾映画は、長年の試行錯誤を経て、中国本土との関係性を含めた“新しい形”を築き上げているからです。
2008年に公開された「海角七号 君想う、国境の南」(ウェイ・ダーション監督)は、世界における台湾への注目度を飛躍的に向上させた作品です。公開当時は「タイタニック(1997)」に次ぐ、台湾の歴代映画興行成績ランキングの2位という大ヒットを記録。2021年現在でも、台湾映画興収の歴代1位(台湾内)の座についています。私は2019年、同作のロケを行ったリゾート地「墾丁国家公園」を訪れました。その時にも、「海角七号 君想う、国境の南」の痕跡が残っていたんです。
日本統治時代を舞台にした「海角七号 君想う、国境の南」は、台湾の歴史、文化、そして、台湾“そのもの”が見事に描かれています。本作によって、現地の人々は「台湾」「台湾文化」を見つめ直し、台湾映画界は新たな刺激を受けることになったのです。
3年後の2011年、ウェイ・ダーション監督は「セデック・バレ」を発表します。先住民族セデック族による抗日暴動「霧社事件」を描いた同作は、台湾映画史上最高額となった7億台湾ドルをかけ、2部作(「セデック・バレ 第一部 太陽旗」「セデック・バレ 第二部 虹の橋」)として製作されました。台湾では予想以上の人気を呼び、第68回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に入選。台湾映画への関心が、さらに高まることになりました。
「セデック・バレ」のセリフには、セデック語、日本語、そして台湾語が使用されています。ホウ・シャオシェンらがけん引した台湾ニューシネマでは、台湾語を「映画的視点」として取り入れていますが、「セデック・バレ」、そして同作以降の台湾映画では、むしろ“台湾”という存在自体を意識しているように思えます。つまり、もっとローカルとしての“台湾の魅力”を印象付けているのです。
近年の台湾映画を観察してみると、面白い事実に気づきます。
実は、台湾語の使用頻度が増えているんです。
中国では地方都市から大都市への人口流動が進んでいるため、方言を話せない若者が増加しています。私の故郷・上海を例にあげれば、以前は「方言を話すことができない」というのはあり得ないことでしたが、今ではそのような若者たちが普通に存在しています。
そして、同様の問題が、台湾でも起こっているんです。言語というのは、ある意味、地方の根本的な文化のひとつ。今後その文化が途絶えてしまったとしたら、間違いなく大きな損失です。だからこそ、映画の中に台湾語を取り入れる。そうすることで、社会からの支持も得られるんです。ちなみに、ビー・ガン、グー・シャオガン(「春江水暖 しゅんこうすいだん」)といった新鋭監督は、劇中での方言の使用を徹底しているんですよ。
Netflixで配信されている「弱くて強い女たち」は、台南を舞台にした家族の物語です。第57回金馬奨で主演女優賞(チェン・シューファン)を受賞した本作では、多くの登場人物が台湾語を披露。台湾語の歌が登場するシーンもありました。
また、ドキュメンタリー出身のホアン・シンヤオ監督の長編劇映画デビュー作「大仏+」は、台湾語の魅力を上手く作品の中に融和させた最高のブラック・コメディです。金馬奨をはじめ、釜山国際映画祭、東京国際映画祭といった国際映画祭でも人気を博し、中国のソーシャルカルチャーサイト「Douban」では、オールタイムベスト250に選出されています。
ちなみに、監督第2作「同級生マイナス」が、現在Netflix配信中です。ホアン・シンヤオ監督らしい軽妙な作風で、台湾語を使いながら、台湾の地方都市の風土、空気感を存分に感じさせてくれます。
さて、中国本土からの出品がゼロとなった第56回(2019)、第57回(2020)の金馬奨に話題を映しましょう。ノミネート作品のリストを見て「寂しい」と感じたかどうか……そんなことは全くありませんでした。台湾映画が、既に新しいステップへと進んでいたからです。第56回金馬奨最優秀作品賞を受賞したのは「ひとつの太陽」(チョン・モンホン監督)、この作品は、トロント国際映画祭、東京国際映画祭などに出品され、第93回アカデミー賞国際長編映画賞のショートリストに選ばれるという快挙を果たしました。
近年の台湾映画の事情について、さらに注目しておきたいポイントがあります。それが「Netflixへの進出」というもの。元々台湾映画界は、中国本土の市場を重視していましたが、2018年・金馬奨での件によって、その道程はますます険しくなっています。その一方で、海外では台湾映画人気が上昇中。そのため、多くの受賞作品が「世界中の人々に作品を見せる」ということを重視し、海外での劇場公開を行わず、Netflixでの配信を選択しています。従来の海外展開は、Netflixの登場によって、大きな変化を迎えることになりました。
第55回金馬奨の最優秀作品賞にノミネートされた5作のなかで唯一の台湾映画だった「先に愛した人」は、各国の映画祭で好評を博し、2019年2月からNetflixで全世界配信となりました。偶然か、必然かはわかりませんが、そこから「ひとつの太陽」「弱くて強い女たち」「同級生マイナス」、戒厳令が解除された直後の台湾を舞台にしたLGBTQ映画「君の心に刻んだ名前」(リウ・クァンフイ監督)、チャン・チェン主演のSFミステリー「The Soul 繋がれる魂」(チェン・ウェイハオ監督)、台湾&中国本土で大ヒットを記録した「君が最後の初恋」(イン・チェンハオ監督:8月20日配信)などが、続々とNetflix配信を実現させているんです。
ローカルな台湾から、グローバルな世界が見えてくる。人々は、そこにあった普遍的な価値観に共感を抱きました。台湾映画には、これから“更なる可能性”が生じてくることは間違いないでしょう。この成功には、今の日本映画界のヒントとなるものがある。私は、そう確信しています。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc