春江水暖 しゅんこうすいだん

劇場公開日:2021年2月11日

解説・あらすじ

大河・富春江が流れる街・富陽の美しい自然を背景に、変わりゆく中国社会の中で懸命に生きる大家族の四季を描いた人間ドラマ。中国のグー・シャオガン監督の長編デビュー作で、2019年・第72回カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれた。再開発のただ中にある杭州市の富陽地区。顧家の家長である年老いた母の誕生日を祝うため、4人の息子や親戚たちが集まる。しかし祝宴の最中に母が脳卒中で倒れ、命は取り留めたものの認知症が進み、介護が必要になってしまう。飲食店を営む長男、漁師の次男、ダウン症の息子を男手ひとつで育てる三男、気ままな独身生活を楽しむ四男ら、息子たちは思いがけず、それぞれの人生に直面することになる。日本でも2019年・第20回東京フィルメックスのコンペティション部門で審査員特別賞を受賞。

2019年製作/150分/G/中国
原題または英題:春江水暖 Dwelling in the Fuchun Mountains
配給:ムヴィオラ
劇場公開日:2021年2月11日

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映画レビュー

4.0 この長回しの映像美には圧倒される

2021年1月31日
PCから投稿

江南の都市、富陽に富春江という大河が流れている。大規模な再開発によって日々姿かたちを変えるこの地で、四季折々の自然の息吹を胸いっぱいに吸い込みながら生きる一族の物語。2時間半という長尺ながら、本編が始まればその長さにも納得がいく。何しろ本作はワンシーン、ワンシーンが超長回しで撮られ、そのいずれにも驚異的な映像美とカメラワークが内包されているのだ。とりわけ大河や山々が映り込むショットは圧巻のひとこと。古より景勝地として愛されてきた土地だけに、10分を超えても途切れることのない映像に身を委ねながら、いつしか自分が山水画の繊細な筆遣いを地道に目でたどっているかのような思いすら込み上げてくる。この悠久の時間の中で、時に人間はとてもちっぽけな存在にも見える。だがそれでもなお、様々な困難と直面しながら歯を食いしばって生きる姿がとても切なく、愛おしい。まだ30代序盤というシャオガン監督の今後が楽しみだ。

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牛津厚信

4.5 動く山水絵巻ーー若き監督による中国映画の新たな一歩

2026年2月21日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

現代中国のある家族の1年を描いた群像劇のホームドラマだ。中年4人兄弟と母と子の3世代の人物たちの、さまざまな個人的なエピソードが展開されていく。
たった1年の物語に、悠久の時の流れを感じさせるスケール感がある。ジャンルは違うけれど「ゴッドファーザー」を思い出した。映画の最後に「1の巻完」と小さく表示される。「ゴッドファーザー」同様に3部作の構想があるとのことだ。

このスケール感は、本作がモチーフにした山水画絵巻の傑作「富春山居図」の世界観を映像作品に落とし込むことに成功したことによるものだ。
「富春山居図」は中国と台湾に分かれて保存され、日本で観ることはおそらく今後も叶わない。しかし、僕は、日本の山水絵巻の傑作、横山大観の「生々流転」を見た時の感覚を思い出した。
「生々流転」は中国山水画を継承した横40メートルの超大作。国立近代美術館で観る度に、個人的悩みが小さくなって気持ちがリセットされる感じがする。
本作もそんな感覚がある映画版の山水絵巻だ。
山水絵巻は、雄大な自然を横長の長大なスケールで描き、人間はその中に点のように小さく描かれる。本作は、水濠地帯の大自然を見せながら、その中にいる人にググッと迫って見せてくれる。自然の広さ、歴史の長さから観ると、〝点〟にすぎない人の喜怒哀楽の積み重ねが、自然や歴史を作っていくーーミクロとマクロな世界が見事に融合している。
「生々流転」では、水の一滴が雲になり、雨になり、大河になって、海へ帰る。そんなスケールでの人の営みを描いているように感じるし、母から子、子から孫という血縁の時間を、川の流れに重ねている。自然や水の循環、家族の代替わり、それを重ねて描くことに成功している。映画表現を一歩更新したと言いたくなる作品だ。

本作のスケール感の重要な要素が、何回かある数分にわたる長回しだ(確か3回だと思う)。大河のほとりに発展した都会を、山水画的雄大なスケールでカメラは移動し続ける。同時に、点景としての人の営みを見せていく。
技術的には相当難しいはずだけれど、本作の制作状況を調べると、さらに驚く事実がわかってくる。
本作から受ける印象は、コッポラや小津安二郎、侯孝賢のような巨匠監督だ。それなのに、シャオガン監督は1988年生まれで、本作撮影時は30歳前。それまで映画業界にいたわけでもない。
監督のルックスや、インタビューの様子にも巨匠感がない。現代の育ちのいい、ちょっとオタクな若者という感じで、軽やかである。一人っ子政策のポジティブ面だけ受けて、都会の豊かな家庭で大切に育てられ、屈折することなくスクスク育ってきた人という感じがする。

本作はシャオガン監督の長編デビュー作。それ以前は一人でビデオカメラを回して習作的なドキュメントを数本撮っただけ。制作スタッフと一緒に作るのは、本作が初めてとのことだ。
そのスタッフも、映画業界の中心で活躍するようなベテランはおらず、同世代の若い人ばかり。経験の浅い若い人たちで、手探りでアイデアを出し合いながら作っていったようだ。
一気に取り上げる資金などないから、途中まで作って、お金を集めて、また集まって作るというような方法で時間をかけて完成させている。
そもそも映画を本格的に見始めたのが大学に入ってから。友人のプレステで見始めたそうだ。大学でアニメ・漫画を学ぼうとしたけれど、成績が足りず、ファッションコースへ。
映画の勉強は、社会人が参加できるワークショップと北京電影学院の社会人コースの1年だけ。この映画での試行錯誤が一番映画の勉強になったということで〝独学の人〟なのである。
若く、経験も浅いのに、本作の視点の高さ、技術的にも、脚本も、美術的にも文句のつけようのない完成度の高さは脅威的だ。

もう一点の驚きは俳優陣。ほとんど素人というか家族と親戚と知り合いとのことだ。中心となる4兄弟のうち3人は監督のおじさん。次男の漁師は監督の両親の料理店に魚を卸していた本物の漁師さん。その妻や子は彼らの現実の妻子。かわいらしくハラハラさせられるダウン症の少年も本当の息子さんだそうだ。
プロの俳優経験があるのは、一家の母親とその美しい孫娘と恋人の3人。ただ彼らも有名俳優ではなく、地方で個人的に活動している人物だ。
それなのに彼らは「ゴッドファーザー」を思い出させる堂々とした佇まいだった。

確かに今の若い世代には、この監督のような人が出てきている。
素直で、人当たりよく、屈託がない。そして、ネット社会で出回る情報から、ノウハウを素早く吸収し、自分のものとしてしまう。そして、ベテランを超える大きな仕事を作り出してしまう。
多くの若者は、将来不安が強く、大企業や公務員志向が強い人が多いけれど、その一方で、個人で自分の興味を追求したり、給料関係なくスタートアップに関わるような軽やかなチャレンジャータイプがいる。スタートアップでは、「知らない」「できない」「経験がない」とかは言わない。全てが調べて学べばできることだ。必要があったら学べばいいーーその軽やかさをシャオガン監督と本作に集ったスタッフから強く感じた。この軽やかさが多分監督の武器でもある。中国のかつての世代が背負ってきた「社会体制の厳しさ」「歴史の重み」から自由だからこそ、伝統的な山水の美学を、現代の映像技術、ドローンやデジタル技術でサクッと実現してみせたのではないだろうか。彼にとっては、歴史や伝統、文化も、オープンソースライブラリのように自分流に換骨奪胎し、編集して使える豊かなリソースなのだ。

半年ほど前にジャ・ジャンクー「長江哀歌」を見て以来、中国の現代の監督のアート系映画の凄さを知って、機会があるたびに映画館で見てきた。彼らの作品の多くは、改革開放政策以降、地域や家族が解体されたタフな現実がベースにあって、ヒリヒリした切迫感と切実さが伝わってくるものだった。
しかし、本作は、これらの注目される現代の中国の映画監督作品とは、かなり異質である。ヒリヒリではなくホッコリしている感じがする。
同じく生きていくことを厳しさを描いているにも関わらず、温かさがあるのはなぜだろう。
ジャンクー監督らの作品は、共同体が解体され、一人一人が孤独で、経済社会の歯車になっている。いや、その歯車にもなかなかなれない現実を描いている。しかし、本作は、家族・親族の絆がまだ機能していることは大きいと思う。それ以上に、「人間は大自然の中で一つの役割を担った砂粒なのだ」というような宇宙的視点での大きなつながりを描いていることが、本作の温かさを担保している気がする。

本作は、中国での検閲も受け、検閲でカットされた場面も多かったそうだ。その多くは、日常に根付いたちょっとした民間信仰の場面。宗教を否定した共産主義体制化の中国は、無神論というか神はいないことになっているから、科学的でない民間信仰は禁じられている。それは他の中国映画でも時々触れられて、こっそりやることになっている。
現代の中国世界は無神論的な世界観が基本なのだけれど、伝統的には、そうではなかった。中国では「神」ではなく「天」の意思ということを言う。多分それは宇宙の意思みたいなことだと思うけれど、その宇宙的な視点が本作には強く感じられる。

続編の第2作は「西湖畔に生きる」ですでに公開済みだったが未見である。今回の特集上映でもかかっていたのだが、時間が合わずあっという間に終わってしまった。
シャオガン監督のスケール感は劇場で見ないと勿体無い感じがする。配信を見ずに、次の上映の機会を待ちたいと思う。

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nonta

3.0 富春江

2026年1月25日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

現代中国
日本韓国映画だったら
イカサマバレて殺されてる

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katana

3.0 山水動画

2025年9月26日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

 中国の杭州市を流れる富春江。流域に暮らすグー家の高齢の母が脳卒中で倒れ、要介護になってしまう。娘の結婚問題を抱える長男夫婦、開発で家を失う漁業の次男夫婦、ダウン症の息子を育てる三男、独身の四男。それぞれが、思い悩む。
 気がつくと、随分長回しだったと思うシーンがありました。何気ないのに見入ってしまう風景だけではなく、しっかり情景も描かれています。山水画は、「中国の精髄」とのこと。音があり、色彩があり、時の流れがあり、物語がある。この作品は、山水動画と言えます。

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sironabe