象は静かに座っている
劇場公開日:2019年11月2日
解説
中国北部の地方都市に暮らす別の境遇にいる男女4人の1日を4時間近い長尺で描き、第68回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞、最優秀新人監督賞スペシャルメンションを獲得した一作。監督のフー・ボーはこれがデビュー作だったが、作品完成直後に自ら命を絶ち、遺作にもなった。かつては炭鉱業で隆盛しながらも、今では廃れてしまった中国の小さな田舎町。友達をかばった少年ブーは、町で幅を利かせているチェンの弟で不良の同級生シュアイをあやまって階段から突き落としてしまう。チェンたちに追われて町を出ようとするブーは、友人のリンや近所の老人ジンも巻き込んでいく。それぞれが事情を抱える4人は、2300キロ離れた先にある満州里にいるという、1日中ただ座り続けている奇妙な象の存在にわずかな希望を求めて歩き出す。
2018年製作/234分/中国
原題:大象席地而坐 An Elephant Sitting Still
配給:ビターズ・エンド
スタッフ・キャスト
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2021年11月12日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD
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終始一貫して、灰色でぼろぼろ、風で常になにかひらひらとゴミが舞い、カンカンと耳が痛くなるような音を発し、それに負けじと、クズゴミと喚き歪み他人と自分を引き比べて嘆き叫ぶ人の声に満ち溢れた街、家、家族。わずかに垣間見るとても短いが温かさ感じる交わり。老人ホームに行ってほしいと娘夫婦に迫られている男の孫がおじいちゃんと呼ぶときの優しい違和感。誰もが恐れるヤクザ者の男が好きな女に言い負かされどうにもならないもどかしい違和感。少年がおばあちゃんに小遣いをもらったというときの自己肯定感の刹那、最後のシーンの初めて世界という物と邂逅したような違和感。
ブーの背中がスクリーンいっぱいに広がる。10代の少年とは思えないような、まだこれから、まだこれなら人生のあれこれを経験しようという10代の少年の背中とは思えないすべてを知らないままにら知り悟り諦めた虚しく大きな背中がスクリーンいっぱいに広がり悲しみとかそういうものも、カンという無機的冷たい音がしてはね返されそうだ。老人と上着を交換する、その背中も老人のようだ。
クーリンチェを思い出す作品。クーリンチェは出口がどんどんなくなっていくがこちらは最初から出口がない。夢か幻にもならない、、、、それでも。それでも。
2021年7月14日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
ー 満州里の動物園に行かないか?。何に対しても、何が起こっても、悠然と座っている象を見るために・・。ー
◆感想
1.4時間越えのストーリーを、飽くことなく一気に魅せる、瑕疵なき脚本の素晴らしさ。
2.それは、何の関係性もないと思われる、”居場所のない””虚無感漂う””生きる術を見失った”老若男女たちを、見事に一つのストーリーに収束させる、ストーリーテリングに尽きる。
3.各パートごとに、主要人物にフォーカスし、背景は暈した撮影技法。そしてそれが、観客に及ぼす”様々な想像を掻き立てる”手法の見事さ。
4.色彩トーンも、限りなくモノクロに近く、登場人物たちが抱える、世に対する怒り、絶望、諦観を表現した世界観を醸成している。
5.メイン役者さんたちの、抑制した演技も鑑賞後に、深い余韻を残す。
<今作に関しては、敢えてストーリーには触れない。
エンドロールでも流れるが、これほどのハイレベルの長編を監督第一作として、世に出しながら早逝してしまったフー・ボー監督に敬意と共に弔意を捧げます。>
2021年2月21日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
1中国の地方都市で暮らす、トラブルを抱えた4人の男女が、ある共通の場所に向かう姿を描く。
2ストーリーは、4人の男女にそれぞれトラブルが発生し、いずれもが苦悩・絶望し街を彷徨い、その最中に偶然ある場所のことを知り、救いを求めるかのように其処に向かう 。
4人のエピソードが時間の経過とともにほぼ順番に描かれるが主人公ともいうべき男子高校生を核に、4人が劇中で関わっていく。
3 演出面での特徴的なこととしては、➀各シーンが長回しでカットや登場人物のセリフが少なく、動きやセリフの間がゆったりしていて、そのテンポの緩さから最初は投げ出したくなること。②フィルターを掛けて撮っているのか?色合いが終始暗色がかっていて話の内容に合わせたかのように陰鬱である。③パンフォーカスしていないため、中心の被写体以外がピンぼけしており、視野の狭さを暗示しているのだろうか?
4とても暗い映画であり、4人の置かれた状況は救いがたく、また街を漂流する姿は絶望感に満ちている。それは、現在の中国の市井の人々が耐え難い諸問題(喧騒でごみごみした都市生活、埋めがたいほどの貧富の格差の拡大、高齢者の孤独、中央政府に統制され自由のない社会体制・・・)を抱えながら生活せざるを得ない現況を表しているかのように覚える。
5この映画は、最初の苦痛の時間を我慢して見続ければ、次第にテンポに慣れてきて話の構成もスリリングなものになり、4時間超えの長尺だけど旅の最後まで見届けようとさせる、そういう魔力がある。
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ほぼ4時間の映画、長すぎて集中力続かない😔とにかく「間」が長い。長い「間」をカットしない事に監督の意図があるんだろうけど、、、確かに後半の高校生ブーがニセ切符を売りつけられ、絡まれている時の明るい風景から徐々に日が暮れていく様など臨場感はある。
ただ座っているだけの象がいると聞いて、見に行こうとする4人はそれぞれ問題を抱えていて現実から逃れたいと思っている。そして周りの人々が嫌な人ばかり。親も学校の先生も近所の人達も。ガミガミと捲し立てる様に大声でとにかく怒る😤観ていて気が滅入る。
友達に怪我をさせてしまった高校生ブー、母親との不仲。学校の先生との不倫をネットで流されたクラスメートのリン、街の悪党のボス、娘夫婦に老人ホーム行きを進められている老人、4人とも現実から逃れたい為に像を見に行こうとするのだが、ボスは殺されてしまい、3人もバスが運休だったりとなかなか上手くバスに乗れない。
その時の老人の言葉「人はどこにでも行けるがどこに行っても同じことの繰り返し。行かないから、この場所で生きることを学ぶ」人生を諦めたとも思えるような言葉だけれど、重い言葉だ。これまで苦難を乗り越えてきたであろう老人だから言える言葉、ズシッと響いた。
結局ブーに諭され一緒に像を見に行く事に。ラスト、夜中に到着してバスを降り、暫くすると象の🐘雄叫びが聞こえて終わる。象は静かに座っているだけではなかった、、、という事なのか?
ブーもリンも待っているのは警察だし、老人も誘拐犯人になりかねないし老人ホーム行きは免れない。暗い未来しか待っていない。
監督もデビュー作であり、遺作でもある。なんとも言えない、辛い映画である😔
ー追記ー
何日か経って振り返ってみると、長いと感じた「間」は必要なものと思うようになった。実は所々⏩で観たので、普通に観ればよかったと後悔💦