劇場公開日 2019年11月2日

象は静かに座っている : 映画評論・批評

2019年10月29日更新

2019年11月2日よりシアター・イメージフォーラムほかにてロードショー

希望はあるか? 切実な問いかけが静かな熱狂を生む234分、魂の軌跡

約4時間に及ぶ長尺だが決して臆する必要はない。ひとたびその扉を開けば、ものの5分もしないうちに我々の魂はカメラが映し撮る世界へ吸い込まれ、永遠も一瞬も同じに思えるほどだ。今となっては自分が呼吸や瞬きをしていたことさえ思い出せない。それくらい私はこの世界と一体化していた。白と灰色の大気に包まれた白昼夢のような街の、そこでうごめく4人の男女と人生を共にしていた。

その象は満洲里の動物園に静かに座っている。年老いたせいか、それともあらゆるものを超越しているのか、とにかく何が起きても象は微動だにしないという。そこから1000キロも離れたさびれた街にて、いま4人はそれぞれの状況の中で喘ぎ、絶望の淵を歩いている。やがて交わるはずもなかった人生は重なりあい、彼らはいつしか、人づてに聞いた不動の象に思いを馳せるのだが———。

誰も手を差し伸べないし、人と関わろうとしない。二言目には自分は悪くないと主張し、あらゆる不幸を他人のせいにする。自分さえよければそれでいい。そんなエゴにまみれ荒みきったこの街で4人が経験する胸の苦しみは計りしれない。男は不安を隠すように煙草を吸い続け、少年は鞄の中に棒を忍ばせ、また老人はビリヤードの棒(キュー)をよすがに体を支える。そうしなければ非情な世界から振り落とされてしまうからだ。

通常の映画ならたやすく泣き叫ぶことで感情のバロメーターを指し示すのだろう。だが本作はそれをしない。むしろ彼らがクッと唇を結びこのろくでもない社会で息をひそめる表情を超絶的なカメラワークと長回しで記録しようとする。いわば“眼差し”だけは、4人の存在を否定することなく、ただひたすら魂の彷徨にゆったりと寄り添い続けるのだ。閉塞感の中にあっても観客を絶望させず、奇跡は起こらずとも彼らの旅路を一瞬たりとも見逃すまいと思わせるのは、そうやって違う次元から絶えず注ぐ光があるからなのだろう。

4時間の中に無駄な営みなど微塵もない。全てがふつふつと煮えゆく感情の軌跡。指で弾けば崩れ落ちそうな繊細さではあるが、構造そのものは鉄のような意志によって貫かれ揺るぎがない。これほどの作品を紡ぎ上げたフー・ボー監督は29歳の若さでこの世を去った。我々の人生もまたそれぞれの象を求め彷徨うものだとするなら、今はただ、この監督と二度と旅を続けられないことがあまりに寂しく、哀しい。

牛津厚信

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