【ネタバレ解説】「神は見返りを求める」がもっと面白くなる11の裏話
2022年7月1日 21:30
本作の記事を数多く掲載してきた映画.com編集部が、様々な取材情報を基に“「神は見返りを求める」がもっと面白くなる11の裏話・製作秘話・トリビア”をまとめ、解説&考察しました。
キャストやあらすじはもちろん、ムロツヨシと岸井ゆきのが起用された理由、YouTuber(ユーチューバー)という題材に込められた思い、“まさかの結末”の真意などなど……これを読めば、何度でも「神は見返りを求める」が観たくなる!
物語の中心を担うのは、合コンで出会った、イベント会社に勤める田母神尚樹と、YouTuberのゆりちゃん(川合優里)。再生回数に頭を悩ませるゆりちゃんを不憫に思った田母神は、見返りを求めずに彼女のYouTubeチャンネルを手伝うようになる。それほど人気は出ないながらも、力を合わせて前向きにがんばっていく中で、2人は良きパートナーとなっていく。
しかし、あることをきっかけにやさしかった田母神が“見返りを求める男”に豹変。さらにはゆりちゃんまでもが容姿や振る舞いが別人のようになり“恩を仇で返す女”に豹変する。
「ヒメアノ~ル」では、平凡な毎日に焦りを感じる岡田進(濱田岳)の同僚・安藤勇次で強烈な存在感を放ったムロ。今回演じることになったのは、イベント会社に勤務する田母神尚樹……そして、見返りを求める男と化してからの姿となる暴露系YouTuberのGOD.T、通称「ゴッティー」。ゆりちゃんを全力サポートする田母神。手のひらを返すような態度をとるゆりちゃんの過去を晒しだすGOD.T。「田母神→GOD.T」の豹変ぶりが、ひとつの見どころとなっている。
吉田監督によれば「最初のイメージは、ムロさんではなかった」という。初期のイメージは「Shall We ダンス?」の役所広司。いわゆる“ジェントルマン”だった。しかし、そのイメージで進めてしまうと「怖すぎた。泣ける余地がない」と気づいた吉田監督。コミカルな方向に舵を切り、ムロの起用が決定した後、脚本をチューニング。ムロは「できるだけ、とんちんかんな映画にしたい!」という吉田監督の思いを体現してみせた。
ムロは、映画.comのインタビューにおいて、吉田監督との再タッグ、本作での“役割”について語っている。
ムロ「初めて『ヒメアノ~ル』でご一緒させて頂いたのですが、吉田さんの撮影本番以外のときの人柄に触れながら面白い方だなあと感じ、またいつかご一緒させてくださいと挨拶してお別れしたんです。今回は、役者として台本の最初に名前が出て来るというポジション。役柄的には、イメージもあるとは思うのですが良い人ぶるところを含めて求められたのかなと思っています(笑)。僕が演じる田母神は、“神”レベルで良い人というところからスタートしますが、豹変するというところも含めて任せてくださったのかな。そして、良い人だからこそ変わってしまう部分を託されたのかなと感じました」
実際に底辺YouTuberが演じるという案もあったゆりちゃん。抜てきされた岸井は「銀の匙 Silver Spoon」(吉野まゆみ役)以来、吉田監督とは2度目のタッグとなった。同作には、印象的なエピソードが存在している。当時、岸井の存在を知らなかった吉田監督だが、オーディションに現れた瞬間「この子は別格に上手い」と感じとり、すぐさま起用を決めたそうだ。
「銀の匙 Silver Spoon」の主演は、「Sexy Zone」の中島健人。当時の中島は、まだまだ芝居の経験値が乏しく「アイドルとして見せ方に縛られていた」(吉田監督)という。思わず見てしまう存在へとならなければならない――。吉田監督がリハーサルの相手役としてぶつけていたのが、岸井だ。「(芝居が)上手い人が相手になると、引っ張られていく。ゆきのちゃんを褒めれば『これが良いことなのか』というものが嗅覚としてわかってくる」という目論見が成功。中島の肩の力が抜けていき、“王子様”から“普通の高校生”へと変化していった。
「この子は絶対に売れると思っていた」。岸井は、吉田監督にとって“また撮りたい女優”のひとりだった。
ムロとともに、映画.comのインタビュー取材を受けている岸井。本作では、どのような役割を求められて呼ばれたと解釈していたのだろうか。
岸井「『銀の匙』の現場は北海道で1カ月半、結構過酷だったんですね。映画の話とかも色々しましたけど、どんなシーンを撮っていても吉田監督は吉田監督なんです。どんなにシリアスなシーンを撮っていたとしても……、吉田監督を知らない人に説明するのが難しいんですよね。ずっとポケモンをやっていますし、変わった方なんですよ。自分が呼ばれた役割と考えると難しいですが、この作品とは全く関係のないインタビューで、吉田監督が私の名前を出してくれていたんです。私は私で、吉田監督作品が好きでずっと観てきていましたし、また歯車が合ったのかなって感じがします」
企画の始まりは、2018年にまでさかのぼる。吉田監督と「さんかく」「ヒメアノ~ル」で組んだ石田プロデューサーの新作は、オリジナル企画としてスタート。当時の吉田監督が気になっていたテーマは「承認欲求」「自己顕示欲」というもの。そこから「見返りを求める男と恩を仇で返す女による愛憎劇」という骨子が固まった。
では、男女のバックボーンをどうするか――酒を酌み交わしながら「映画監督と女優」「音楽プロデューサーとミュージシャン」という候補となる関係性が生まれていく。しかし、結論は出なかった。例えば「映画監督と女優」であれば「両者の喧嘩のみで終わり、誰も参加することができない」(吉田監督)と世界観の広がりに欠けていた。
ある日、吉田監督は「YouTuber」というアイデアを閃く。YouTuber同士のバトルとなれば、視聴者がその模様を鑑賞し、コメントという形で“参加”することができ、ギャラリーが増える。すると、演者(=YouTuber)の表現の幅が広がっていく。つまり、オーバーに怒りを露にし、わざとすかした態度をとることも可能になっていく。
そんなアイデアを携え、吉田監督は石田プロデューサーと再会。すると、ここで奇跡が生じる。石田プロデューサーからも「YouTuber」という題材が飛び出したのだ。きっかけとなったのは、底辺Youtuberのドキュメンタリーを視聴したこと。「この世界は面白い――」。2人の思いは合致し、恩を仇で返す女(=ゆりちゃん)は「底辺YouTuber」に。相対する見返りを求める男(=田母神)は、「キモカワなぬいぐるみ・ジェイコブの存在」「それを所有している」「動画制作もできるスキル」という要素が絡み合い、イベント会社勤務となった。
「BLUE ブルー」のクランクインを目前に控えた2019年の夏から秋。イベント会社などの取材を経た吉田監督は、脚本に着手する。主宰のワークショップで思いついた「自撮り棒をフェンシングのように相手に向ける」という光景が核となり“親密になった2人の関係性が崩れていく”という展開が広がっていく。ジャンルとしては「ブラックコメディとして作っている」という吉田監督。しかし、吉田監督流の“ブラック”は「皆が想像しているものよりも濃度が高い」(吉田監督)。結果的に“漆黒コメディ”とも言える仕上がりとなった。
当時の吉田監督は、いわゆる「人気YouTuber」と言われる人々のコンテンツには精通していなかった。そこからメジャーどころだけでなく、いわゆる“底辺”と呼ばれる人々のコンテンツも研究。そのリサーチのなかで「自分自身は、YouTubeに対して、どういう思いを抱えているのか」と考えるように。この自問自答を繰り返しながら、ストーリーは完成へと向かっていった。
底辺YouTuber・ゆりちゃんにモデルはいるのだろうか。答えは「NO」だ。その一方で、吉田監督自身が投影されたキャラクターでもある。頭を抱えながら、コンテンツを必死に作り上げていくゆりちゃん。彼女の思いとは裏腹に、世間のリアクションは冷たい。そんな光景に「自主映画を作ったとしても、地元の友達が数人観ただけで終わってしまう……それは“底辺”もいいところ」(吉田監督)と在りし日の思い出が重なっている。
YouTuberとしては生活費を稼ぐことができないゆりちゃん。彼女は、テレフォンオペレーター(電話を通じて顧客対応を行う業務)として、日々働き続けている。この職業にもこだわりがある。「(直接的に)自分が悪いわけではないのに、ずっと謝らなければいけない仕事をしていてほしいなと思った」と吉田監督は語る。
クレームの対応というものは“慣れてしまう”という可能性もあるが、ストレスを100%払拭することは出来ない。さらに「自分のやりたいこと」でもあるYouTubeにもアンチコメントが届く。そこから生まれた負の感情が「マグマのように蓄積し、磨きがかかり、違う形で変化していく」(吉田監督)。また、恩を仇で返す女に変貌する前のゆりちゃんは、脇の甘さも際立つが、基本的に「善人」だ。しかし、吉田監督は「(ゆりちゃんは)実際に会ってみると良い子。でも、良い子で居続けるということは、負荷がかかるもの」と説明している。
「見返りを求める男と恩を仇で返す女」に変貌する前の田母神とゆりちゃんのひとときは「幸福な時間」と言い表してもいいだろう。前半パートは、まさにポップなラブコメディの様相。吉田監督は、このパートについて「出来るだけパワーをつける」と考えていた。比較作品として挙げたのは「君の名は」。「“入れ替わり”が起こった後、楽曲『前前前世』の効果も相まって、上映時間がそれほど経過していないにもかかわらず、2人の距離感がかなり縮まる。そういう気持ちにさせる」というものが意識されていた。
バズらなくても幸せ――田母神の姿からは、そんな思いが感じとれるはず。しかし、人気YouTuberであるカビゴン&チョレイとの出会いによって、田母神とゆりちゃんの関係性は様変わりし、袂を絶ってしまう。ここには「応援する者(田母神)と当事者(ゆりちゃん)には、熱量の違いがある」という吉田監督。
別の仕事を持つサポーターに対して「私と同じように頑張ってほしい」とは伝えることはできない。しかし、当事者は、生きるか、死ぬかの狭間で戦っている。そんな最中、自分の目指すべき者(人気YouTuber)が目の前に現れたとしたら……。吉田監督は「巡り合わせと積み重ね」というワードを掲げる。
吉田監督「(破綻のきっかけは)両者の関係(田母神&ゆりちゃん)で積み重ならなくても、他の出来事で積み重なっていく。燃料は他所から注入され、こじれ、どこかで“プツン”と途切れる。これは誰にでも起こり得る事」
本作には多数のYouTube動画が登場する。底辺YouTuber時代のゆりちゃんの動画では、田母神が勤務先から調達した着ぐるみの「ジェイコブ」が印象的。この着ぐるみ、実は吉田監督のラフ案を基にデザインされている。イメージとしてあったのは「(白雪姫に登場する)七人の小人に入れなかった“八人目”。レギュラー落ち」というもの。
また、ゆりちゃんと田母神の関係が破綻した後、「ジェイコブ」のハイセンス版ともいえる「ジェンキンス」が登場。劇中では、ゆりちゃんの新たな“神(サポーター)”となった村上アレンが制作に深く関わっている。吉田監督はスタッフ陣に「自分が描いたもの(=ジェイコブのデザイン案)を修正する」という意識を持ってもらいつつ、「ジェイコブ」のバージョンアップを注文。そうして出来上がったのが「ジェンキンス」となった。つまり「門外漢(田母神)のアイデアが、その道のプロ(村上)のテクニックによって磨きがかかる」という、劇中同様の作業が行われていた。
撮影が行われたのは、2020年11月10~30日。吉田監督は「本当は、撮影後すぐに公開したかった」という。YouTubeコンテンツを取り巻く状況、撮影するための技術・テクニックは、日々変化を遂げている。撮影当時は「規制が厳しくなり、人の悪口を言う動画はBAN(=アカウント停止)されるのではないか」「公開する頃には、田母神のような人(=暴露系YouTuber)はいなくなっているのではないか」と懸念があったようだ。しかし、完成した作品は、まさに“今”をとらえている。結果的には、時代を先取りする形となったのだ。
吉田監督は本作の製作を通じて「YouTube」という存在と深く向き合うことになった。自問自答を繰り返すうちに「YouTubeというものを見下している自分がいた。この新しいコンテンツを認めたくない―ー特に自分は、映画を作ってきている人間だから」という思いにたどり着き、そこから“表現の歴史”を見つめ直すことになった。
吉田監督「映画が世に出始めた頃は、舞台がメイン。『“映像で見る”とはなにごとだ』『映像に出ているのは、三流の役者だ』。そうやって始まっている。次は、サイレント映画の時代。その頃は『(トーキーに対して)音がついたものは、映画ではない』となった。振り返ってみると、それ以前のものにしがみついていた者たちは負ける、もしくは縮小していく傾向にある。(YouTubeだけではなく)配信も含めて『こんなものなんて……』と考える自分と、新しいものを吸収して、さらなる高みを目指そうとする自分がいた」
今となっては「YouTubeしか見てない」と言ってしまうほど、ドハマりしてしまった吉田監督。自問自答のなかで導き出したのは「『新しいものを全く受け入れない』ということも、『新しいことをなんでも受け入れ、それまで持っていたものを捨ててしまう』というのも違う。さじ加減が必要。“両方の目線”をきちんと描かなければならない」というものだった。
本作は「夢に向かって奮闘し、それでも上手くいかない人々の物語」。このあらましで想起するのが、ボクシングに情熱を燃やす挑戦者たちの熱い生き様を描いたドラマ「BLUE ブルー」。同作に登場するボクサーの瓜田(松山ケンイチ)は、誰よりもボクシングを愛しているが、どれだけ努力を重ねても試合に勝てずにいる男。“夢”に対して、いくら身を捧げようとも、勝利の女神は微笑んでくれない。
「神は見返りを求める」と「BLUE ブルー」。両作には、通じ合う要素はある。しかし、吉田監督は、そこに明確な“違い”を見出していた。「ボクシングの場合、勝てないボクサーだったとしても『頑張れ』と応援したくなってしまう。しかし、売れていないYouTuberは、そう思わってもらえない。YouTuberは、どこかでなめられている」(吉田監督)。そんなYouTuberに対するリスペクトも込めて、人気者となったゆりちゃんのサイン会でファンが発するセリフが紡がれた。
「残るものって、そんなに偉いんですか?」
「BLUE ブルー」「空白」によって、2021年度の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞している吉田監督。“受賞”という形で世に残る――しかし、それは果たして“偉いのか”。ここには、吉田監督なりの自戒も込められているようだ。
吉田監督「残すのではなく、あくまでも人を楽しませるのがエンタテイメントの真意。『神は見返りを求める』を通じて、そういった新しい感性を共有しなきゃいけないし、自分も映像作家として、歴史に名を残す映画にしがみつくのではなく、もうちょっと考えを柔軟にしなきゃいけないことに気づかされました」
クライマックスは、あまりに壮絶だ。田母神とゆりちゃんは、互いを憎み、罵り、そしてそれをネタとしてYouTubeにアップし続ける関係に。人間の欲や憎悪といった醜さを剥き出しにして動画投稿合戦を続けた結果、ゆりちゃんの“炎上”で物語は終焉を迎える。
吉田監督は「ゴールをどうするかというものは、なんとなく決めていた」という。
吉田監督「ゆりちゃんが発する最後の言葉は“感謝の言葉”にしたかった。(田母神に対して)恩を仇で返すことになりますが、最後の最後は、感謝の言葉を伝えることができる。そういう展開がいいなと。それを言わせるためには“炎上”してもらわなければならないのだけど、本当に“炎上”してしまった。(本作では)ネットの怖さも描いているつもり。『楽しかった』で終わらせるのではなく『傷として残るもの』を提示しないとぬるいなと。(観客には)痛みを伴っていただこうと思った」
初監督作の中編「なま夏」がゆうばり国際ファンタスティック映画祭のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門でグランプリに輝き、「机のなかみ」で長編デビューを飾った吉田監督。以降“吉田恵輔らしさ”が明確に打ち出された話題作を連発し続け、2021年の東京国際映画祭では、特集上映(「Nippon Cinema Now人間の心理をえぐる鬼才 吉田恵輔」)が企画されるほどの存在となった。
満を持しての公開となった「神は見返りを求める」。では、今後の展望は? 吉田監督は、人間ドラマが展開できる“企業もの”にも興味を示しつつ「『空白』に近い“重いテーマ性”のもの。それとは別に“教育”の映画をやってみたい」と明かしている。
吉田監督「『教育とはなんだ?』という自分の間違っている教育論が炎上する。なんとなくイメージをしているのは“戸塚ヨットスクール”が今あったとしたらというもの。コンプライアンスの時代に、真逆をいったらどうなるのか……。コンプラを叫べば叫ぶほど『では“モンスターたち”は誰が止める?』という点にいきつく。(コンプラによって)省かれてしまったものには、危険性が生じるのではないか―ーそのあたりのことを考えています」
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