コラム:細野真宏の試写室日記 - 第40回
2019年9月11日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第40回 「記憶にございません!」。三谷幸喜監督の「公約」は果たして本当に守られるのか?
2019年8月15日@東宝試写室
本作の試写を見るのは、楽しみである反面、怖さもありました。
それは、「政治」が題材になっている点。さらには、まさかの奇抜過ぎた4年前の前作「ギャラクシー街道」の出来…(笑)。
まず「政治」を題材にする映画というのは、本当にハードルが高く、例えば第13回で書いたように「Mr.インクレディブル」「インクレディブル・ファミリー」「ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル」などで世界的に有名なブラッド・バード監督でさえも、せっかく新作のオリジナルで、かなり笑える政治コメディ映画を考えても、「現実のほうが面白い」と断念してしまうほどのハードルの高さがあります。
さらに、今年6月末に公開され、何かと話題になった「新聞記者」のように、作品の出来とは別の領域で賛否が分かれてしまったりする難しさもあります。
ところが、実は「これらの高いハードルを飛び越える方法は存在し得るのだ」ということを、まさにこの三谷幸喜監督最新作「記憶にございません!」から教えてもらいました!
大事なキーワードは、「タイムレス」という概念でしょう。
この「タイムレス」というのは、「いつの時も変わらない」「時代を超える」といった意味で、ディズニー・ピクサーのプロデューサーと対談するとよく出てくる用語です。
「あるべき映画の姿」の理想形には、いつ、どんな時代に見られても、違和感なく受け入れられる、流行りすたりの無い作品、というのがあるわけです。
これの具体的な作品としては、例えば、三谷幸喜監督の「ステキな金縛り」でも登場する「スミス都へ行く」などでしょう。
つまり、たまたま「消費税」という言葉が出てこようと、それは本当に単なる偶然なのです。
そこで、それを三谷幸喜監督が証明するために、実際に現職の総理大臣に先に見せちゃって、「ねっ! 全然、今の政治とは関係ないでしょ?」とやることが一番手っ取り早いのですが、まさかの「総理大臣試写会@東宝試写室」をお盆期間に敢行してしまったのは流石ですね。
実際に私も見てみましたが、確かに「タイムレス」のお手本的な素晴らしい作品に仕上がっていました。
作品の資料を見ると、キャッチコピーとして「三谷コメディの真骨頂にして最高傑作、誕生!」と書かれていましたが、前作のトラウマもあって、すぐには信じられませんでした。
ちなみに、私の中での三谷幸喜監督作品の最高傑作は、大ブレークした「THE 有頂天ホテル」で、興行収入60.8億円を記録しています。
2番目は「ステキな金縛り」で興行収入42.8億円、3番目は「ザ・マジックアワー」で興行収入39.2億円、4番目は「清須会議」で興行収入29.6億円となっているので、三谷幸喜監督作品では、完成度と興行収入の相関関係がありそうですね。
ただ、三谷監督に変な魔が差してしまったのか、前作の「ギャラクシー街道」は興行収入が13.2億円と10億円は超えましたが、不思議過ぎる世界を描いてしまって、「THE 有頂天ホテル」以降は2、3年おきに新作を発表し続けていたのに今回は4年もの歳月が流れてしまいました…。
とは言え、やはり三谷幸喜監督というのは、流石だな、と言わざるを得ません。
まさに、この4年をかけて、前作の失敗を取り返すどころか、本当にこれまでの「最高傑作」を作ってしまったのですから!
映画でよく使われる宣伝文句に「15分に1回笑える!」といったものや、さらにはハードルを上げて「5分に1回は笑える!」というものがあります。
ところが、この「記憶にございません!」は、そんな次元ではなくて、「ワンシーンごとに笑えます!」と言っても言い過ぎではないほど、とにかくコメディのクオリティーが高すぎます!
恐らく、何回見ても笑いっぱなしだと思いますし、ひょっとしたら、1回目より2回目、2回目より3回目のほうが作品の世界に馴染めて、より笑えるような気がします。
ワンシーン、ワンシーン、本当によくここまで考えたな、と感心もしますし、しかも、それらが、すべて自然につながって1本の作品として成立しているのです!
邦画、洋画、問わず、ここまでクオリティーが高いコメディ映画は、恐らく歴史上存在しないと思います。三谷幸喜、恐るべし、でした。
さらに、驚いたのは、三谷幸喜監督の審美眼ですね。
例えば「おっさんずラブ」でブレークした田中圭は、決して出番は多くはないですが、どの作品よりも田中圭の魅力を引き出していました。
さらには、元NHKの有働由美子アナウンサーは、本作を見るまでは正直、私には魅力が伝わりにくかったのですが、「えっ、こんなメークをすれば、ここまで魅力的になるんだ!」とかなり驚いてしまいました。
さて、宣伝方法も流石で、政治をネタにした映画だから、選挙カーに乗り、新宿駅前の街頭演説の形でプロモーションをし、「2019年邦画実写No.1になったあかつきには、わたくしの次回作を上映する映画館のポップコーンを3%増量します」という公約まで飛び出たようですが、これは、なかなかイイ線をいっていますね。
現時点の「2019年邦画実写No.1」は「キングダム」で興行収入57億円。これまでの三谷幸喜監督作品の最高傑作だった「THE 有頂天ホテル」が興行収入60.8億円なので、順当に評価されたら「記憶にございません!」が「2019年邦画実写No.1」になれる可能性は決して低くなさそうなのです。
ちなみに、私は普段はポップコーンを食べない派ですが、この公約が実現されたら食べに行くと思います。
景気対策って、意外とイベント的なセンスが重要なのかもしれませんね。果たして「記憶にございません!」は興行収入でも最高傑作になってくれるのか注目です!
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono