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ジョン・ラセターがひっそりと復活 アニメ界の巨人の成功と負の側面、そして“今”の姿【ハリウッドコラムvol.322】

2022年9月1日 15:00

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「ラック 幸運をさがす旅」
「ラック 幸運をさがす旅」

ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。

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セクハラ騒動をきっかけに表舞台から消えていたアニメ界の巨人ジョン・ラセターが、ひっそりと復活を果たしている。8月からApple TV+で世界配信された長編アニメ「ラック 幸運をさがす旅」は、ラセターが指揮を取る新興スタジオ、スカイダンス・アニメーションの第1弾作品なのだ。

映画ファンなら、ジョン・ラセターの名前を知らない人はいないだろう。長編CGアニメーション映画「トイ・ストーリー」の監督を手がけたことをきっかけに、ピクサーをヒット工房へと変貌させた。その後、ピクサーのみならず、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ、ディズニートゥーン・スタジオ(現在は事実上閉鎖)でチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務め、数多くの傑作とクリエイターを世に送り出している。

ジョン・ラセター
ジョン・ラセター
写真:Shutterstock/アフロ

だが、ラセターの成功には負の側面もあった。たとえば、彼が多忙を極めた時期に製作された「カーズ2」(11)や「メリダとおそろしの森」(12)、「アーロと少年」(15)といった一連のピクサー作品は、いずれも制作途中で監督が交代となっている。企画にゴーサインを出したものの、ストーリー上の問題にぶつかり、最終手段として監督を交代させているのだ(「カーズ2」は自分で監督を担当している)。

もしラセターが監督たちをきちんとサポートできていれば、軌道修正は可能だったかもしれない。だが、彼はアニメ会社3社のチーフ・クリエイティブ・オフィサーだけでなく、ディズニーパークを手がけるディズニー・イマジニアリングのクリエイティブ・アドバイザーも務めていた。しかも、新作映画が公開されるたびに、広告塔を担っていた。単純に手を広げすぎていたと考えるのが筋だろう。

2つ目は、「ボーイズ・クラブ」文化だ。「トイ・ストーリー」の制作にあたり、ラセターは大学の同窓生や後輩たちを率先して起用していった。その結果、創生期のピクサーは若い男性ばかりとなり、そんな彼らがピクサーの成長とともに中核を担うことになった。その結果、男子学生寮のような雰囲気がピクサーに根付いた。数少ない女性スタッフにとって発言しづらい環境であったことは想像に難くない。

ちなみに、ピクサー初の女性監督作品は、ブレンダ・チャップマンマーク・アンドリュースと共同で監督にクレジットされている「メリダとおそろしの森」だ。しかし、前述したようにチャップマンは途中降板させられている。女性監督が最後まで指揮を取った最初のピクサー作品は、2022年に世界配信されたドミー・シー監督の「私ときどきレッサーパンダ」だ。「トイ・ストーリー」から25作目にしてようやく実現したのだ。

3つ目は、ラセターのセクハラである。関係者のあいだではよく知られていたらしいが、#MeToo運動で噴出した。人懐っこいマスコットのような人物像で知られていただけに、その衝撃も大きかった。さすがのディズニーも庇うことができず、ラセターは2017年に休職、2019年に退職した。当時の状況を考えれば、もう2度とこの世界で仕事をできなくなっても不思議はなかった。

だが、ラセターは第2のチャンスを与えられる。スカイダンス・メディアを率いるデビッド・エリソンが救いの手を差し伸べたのだ。スカイダンス・メディアといえば、パラマウント・ピクチャーズと共同で「ミッション:インポッシブル」や「スター・トレック」、「トップガン マーヴェリック」といった大ヒット映画を手がけていることで知られる。

エリソンは2017年にアニメ部門を立ちあげ、「シャーク・テイル」や「カンフー・パンダ」などのドリームワークス作品を手がけていたプロデューサー、ビル・ダマスキをトップに据えた。ダマスキはさっそく「ラック 幸運をさがす旅」と「スペルバウンド(原題)」の2作品にゴーサインを出した。

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だが、いずれの作品もうまくいっていなかったようだ。リーダーシップに問題があると考えたエリソンは、2019年、セクハラ騒動の渦中にいるラセターを口説き、ダマスキの後任にしたのである。

エリソンの決断は、当然のことながら大きな批判を浴びた。「Luck(原題)」の声優に決まっていたエマ・トンプソンは抗議のために降板を表明。スカイダンスのみならず、アニメーション業界でも不満の声が噴出した。#MeTooに完全に逆行する動きであり、ラセターが反省の意を示しながらも自らのセクハラ行為を「missteps (踏み間違え)」と評したことも反感を煽った。

だが、それから3年が経ったいま、ラセターに対する批判はほとんどない。それは、ラセターがスカイダンス・アニメーションで更正していることに加えて、当時のバッシングがいささか行きすぎていたからだろう。ラセターが有害な社内文化の構築に加担し、一部スタッフにハラスメントを行っていたことは厳しく批判されるべきことだが、複数の性的暴行で起訴されたワインスタインやビル・コスビーと同列で語るのはさすがに道理に合わない。

それにしても、集中砲火を浴びることを知りながら、なぜデビッド・エリソンは火中の栗を拾ったのか?

米ハリウッド・レポーターによると、その秘密は幼少期にあるという。デビッドの父がオラクルの共同設立者で大富豪のラリー・エリソンであることは有名だ(妹のメーガン・エリソンも映画プロデューサーで、アンナプルナ・ピクチャーズを立ちあげている)。父がスティーブ・ジョブズと仲良しだったことから、デビッドも創生期のピクサーに通っていたという。子供時代のデビッドはそこで映画の魅力に取り憑かれる。「トイ・ストーリー」のラフカットを70回以上、「ファインディング・ニモ」に関してはそれよりもずっと多くのラフカットを見せてもらい、ピクサーが作品を向上させていくプロセスを目の当たりにした。

「彼らがクリエイティブ面において常に高い目標を持っていることにいつも感心していました」とデビッド・エリソンは振り返る。

「スティーブとジョンがピクサーで作り上げたものは、いまでも続いています」

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スカイダンス・アニメーションでキャリアを再スタートさせるにあたり、ラセターも猛省したようだ。なぜなら、「ラック 幸運をさがす旅」も、その次のミュージカル映画「スペルバウンド(原題)」も女性が監督しており、二人ともラセターのリーダーシップを絶賛しているからだ。

なお、スカイダンス・アニメーションはAppleに向けて映画、テレビを制作する複数年の契約を結んでいる。ラセターは自身の人脈を生かし、ブラッド・バード監督(「Mr.インクレディブル」「レミーのおいしいレストラン」)やリッチ・ムーア監督(「シュガー・ラッシュ」「ズートピア」)らをスカイダンス・アニメーションに引き入れている。

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肝心の「ラック 幸運をさがす旅」は、お世辞にもピクサーやディズニーのレベルに到達しているとは言いがたい。だが、独創的なアイデアやハートがしっかりとあり、潜在的な魅力を備えている。

似ているのは、新星ディズニーの第1弾として公開された2008年の「ボルト」だ。チーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任したジョン・ラセターが、はじめて最初から関わった作品である。本作で初監督を手がけたバイロン・ハワードは、その後「塔の上のラプンツェル」「ズートピア」「ミラベルと魔法だらけの家」を手がけ、同スタジオの看板監督となった。プロデューサーのクラーク・スペンサーに至っては、ウォルト・ディズニー・アニメーションの社長に就任している。

ラック 幸運をさがす旅」に関しても、スカイダンス・アニメーションに幸運をもたらす予感がしてならない。

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