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川村元気が映画監督に挑む理由 自著「百花」映画化で決断

2021年12月2日 05:00

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長編監督デビューを果たした川村元気氏
長編監督デビューを果たした川村元気氏

映画プロデューサーの川村元気氏が、2019年に上梓した自著「百花」を実写映画化する同名企画で、監督を務めていることが明らかになった。これまでに40本以上の企画・プロデュースを担ってきた川村氏が、なぜ今作で自らメガホンをとろうと思うに至ったのかに迫る。(取材・文/大塚史貴)

川村氏が発表してきた小説5作(最新作「神曲」を含む)のうち、映画化された「世界から猫が消えたなら」(永井聡監督)、「億男」(大友啓史監督)のいずれも、原作者としてのクレジットに留まっている。「百花」は、川村氏のプライベートな部分が多分に盛り込まれているため、当初は映画化前提では考えていなかったという。

「この小説はプライベートな要素が強くて、僕のおばあちゃんが認知症になり、久しぶりに実家へ行ったら『あなた、誰?』って、僕のことを忘れていたんです。『君の名は。』などで人の事を忘れる内容の作品を作ってきましたが、リアルで人が自分の事を忘れるという体験に凄い衝撃を受けました。ただ一方で、エンタメの人間なのでどこか面白がる自分もいて、おばあちゃんの元へ1年半くらい通っておしゃべりをし続けました。日に日に忘れていくわけなんですが、自分も記憶を改ざんしているということに気づいたんです」

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具体的な描写として、映画本編でも描かれているが「おばあちゃんに『初めて釣りに行ったとき海で大きな魚を釣ったよね』と言ったら、『それは湖だよ』と、僕のことを覚えてもいないおばあちゃんが訂正するんです。『ああ、完全にぼけちゃったんだなあ』と思って、家に帰ってからアルバムを見たら湖だったりするわけです」と語る。そうやって時間をかけて書き進めて行った作品ゆえに、「自分の中で画がはっきりし過ぎていて、これはなかなか人に任せることが難しいタイプの小説。映画化するのであれば、自分で脚本・監督をやってみたらどうだろうか」と思うようになったという。

そして、もうひとつのきっかけとして初めて監督としてクレジット(佐藤雅彦関友太郎豊田真之平瀬謙太朗と共同監督)された短編作品「どちらを」の存在を挙げる。

「低予算の作品だったのですが、カンヌ国際映画祭の短編コンペティション部門に呼んでいただいたんです。プロデューサーとして一度も歩けなかったカンヌのレッドカーペットを、初監督作で歩くという経験をしました。これまでエンタメ作品をヒットさせるということに誇りを持って、今もそこにこだわってやっていますが、こういう映画のコミュニケーションの仕方もあるんだなと感じたんです」

この2つのきっかけが交差したことにより、「今まで作ってきた日本映画のプロデュース作品とは違う文脈のエンタメ映画を作れないだろうかと思い、プロジェクトを動かし始めました」と振り返る。その第一歩として「コロナ禍の自粛期間中に菅田将暉くんに原作を渡したところ、電話がかかってきたんです。『自分の人生と重なる部分のある小説だから、とても面白かった。ぜひ、映画に出たいです』と言ってもらえました。そして、母親の百合子役を探すわけですが、これが難航しました。そんなとき偶然、原田美枝子さんが監督をされた『女優 原田ヒサ子』を観たんです。原田さんのお母様が認知症になっていくさまをとらえた短編ドキュメンタリーなんですが、お母様は自分を女優だと思っている。自分と娘とが混同しているという話が非常に面白かったし、祖母と母の違いはあるけれど、これだけ近いところで目撃した方ならば一緒にやって頂けるのではないかと思ってお願いしました」とキャスティング経緯を語った。

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前述の「どちらを」で共同監督を務めたメンバーのひとりである平瀬が、川村氏と共同で脚本を担当した。「今回は変わった撮り方をしていて、人間の脳の働きをそのまま映像化しています。どういうことかというと、全シーン1カットで撮影しています。それは、僕らの生きている実人生に当然ながらカットはかからないので、1シーン1カット。こうして僕が話をしている瞬間、今朝食べた目玉焼きのことを考えることもあります。上の空なわけではなく、人間の頭って、とっちらかった記憶がインサートしたり、ちょっとしたきっかけで前の事を思い出したりする。そういう記憶にまつわる話なので、頭と記憶の関わりを映像で表現してみようと。トリッキーな脚本の作り方をしているのですが、それが映像体験としてエンタテインメントになるように平瀬くんと一緒に脚本を作りました」

菅田と原田を主演に迎え、6月にクランクイン。関東近郊、兵庫・神戸、長野・諏訪などで約2カ月におよぶロケを経て、8月12日にオールアップした。ここからは、Q&A方式で川村氏の今作への思いを紐解いていく。

――小説執筆中から映画化は頭にあったのですか?

今回は他人事ではなかったので、映像化しようという考えは正直なかったです。きっかけは、小説を山田洋次監督がすごく褒めてくださって、吉永小百合さんとともに帯にコメントをくださったんです。山田監督から、「これは面白いシナリオにできるよ」と言っていただいたことで、職業柄なんでしょうね、「どうしたらなるかなあ」と考え始めていました。

また、平瀬君が入ることによって、自分の小説を目の前でズタズタにされるんですね。これは橋口亮輔監督に教えてもらったやり方なのですが、全ての出来事をカードにして、シーンとセリフを机に並べるんです。そうやって自分の書いたものが解体されていくのを目の当たりにし、「これはもう自分の物語じゃないんだな」と思った瞬間、映画に出来るかもしれないって思いましたね。

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――それ以降も、山田洋次監督からのアドバイスというのはあったのですか?

それが、あったんです。プロットや脚本を読んでいただくたび、呼び出されてダメ出しされました。これが、すごく良い学校だったなと思うんです。以前、山田監督と野上照代さんに、橋本忍さんのお宅に連れて行っていただいたことがあるんです。「砂の器」のときは山田監督が橋本先生の家に通っていたとか思い出話をされていて、すごく良いなと思って聞いていたんです。黒澤明監督の時はこうだった、小津安二郎監督はあんな事を言っていたとか……。それで、やっぱり先輩を頼るべきだなと思って、脚本が出来るたびにズケズケとお渡しして意見をいただいたりして、非常にありがたい時間でした。

――原作を菅田さんに渡した時点で、映画化するなら主演:菅田ということは決めていたのですか?

そうですね、それは決めていました。菅田くんって、「共喰い」の頃からずっと“ほの暗さ”を持っているなと思っていて。今回は、結婚してもうすぐ父親になる泉という主人公を演じてもらっていますが、大きな秘密を抱えた親子の話でもある。僕は「何者」という作品でご一緒して、日常に抱える“ほの暗さ”を出せる人だなあと改めて感じていたので。最近おめでたいニュースもありましたが、彼の人生の岐路みたいなものも含めて全部映るといいなと思います。

――「何者」の頃から比べて、菅田さんのどんな部分に成長ぶりを感じますか?

良い意味で、ちゃんとおじさんになっていっているのが良いなあと感じています。ブラッド・ピットって、年を重ねていくうえで皺も含めてちゃんとおじさんになっていったじゃないですか。菅田くんは年齢を重ねた分だけ、きちんとおじさんになっている。今回は彼の実年齢よりも上の役を演じてもらわなければいけない。そこに違和感がありませんでしたね。

――1シーン1カットというのは、相当なチャレンジですよね?

僕がやりたかったのは、おばあちゃんと5分くらい会話をしたとすると、ちゃんとした状態から何もかも分からなくなって、またピントが合ってくるような瞬間というか、グラデーションがあるんです。その人間の記憶の揺らぎを映したくて、1シーン1カットを選択しました。

また、僕が見てきた先輩が良くなかった。李相日という人なんですが(笑)。「悪人」と「怒り」を一緒に作っているのですが、その影響からかテイクを重ねてしまうところがあって……。1カットなので、当然通しでやるわけじゃないですか。俳優には相当負担をかけてしまいましたね。7分間のシーンを1カットで25テイクとかやってしまい、菅田くんと原田さんはボロボロになっていた。でも、最終的におふたりが前向きに付き合ってくれて感謝しています。

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――これだけの作品を手がけてきたプロデューサーで、ましてや原作者でもある川村さんが監督となると、図らずも「誰よりも作品のことは分かっている」という空気が現場での活発な意見を止めてしまうようにも思うのですが……。川村さんが今回の現場で目の当たりにした、忘れがたい光景ってどのようなものでしたか?

原田さんからお叱りを受けたことでしょうか(苦笑)。お話していると、「今村昌平監督のときはね…」とか「黒澤明監督はね…」という話がポンポン出て来るわけですよ。そういった巨匠たちとの比較になると、泣きそうになりますよね。僕は脚本をきっちり作り込むタイプですし、編集や音もこだわる方ですが、現場で俳優に演出するのは初めてでした。僕が原作、監督、脚本だから、スタッフ全員が僕の言う通りに動くかといったら、そんなに甘くない。

言うなれば、大工の棟梁が良い職人を集めてしまった。職人たちは局面ごとの対応をすごく見ているんですよね。大人になってから怒られることって、そうそうないじゃないですか。僕はもともと新人になれる場所を探して小説を書いたり、アニメーションのプロデュースを始めたりしたので、新人監督として怒られたり、苦しんだりしたのが忘れがたい思い出ですね。

あと、もう1つ。7分の長回しを20テイク以上やったときのこと。ものすごく難しいお芝居だったのですが、最初すごく良かったんです。ただ、何かが物足りなくてテイクを重ねていったら、どんどん崩れていった。気づいたら3~4時間経っていて、菅田くんに「どうしようか?」と聞いたら、「もう1回やらせてください」と言って、付き合ってくれたんです。そこで渾身の一撃が出た。今まで、どうしても理解出来なかったんですよ。1テイク目が一番いいに決まっている! と思ってきましたし、実際にその可能性は高いわけです。それが、あれだけテイクを重ねてある瞬間、一気に140点になることがあるということを。こういうことか! とすごく感動しました。

――海外セールスはギャガとフランスのワイルドバンチが担当されるそうですね。

ワイルドバンチは、是枝裕和監督やケン・ローチ監督の作品などに関わってきた会社で、ビンセント・マラバルという共同創立者がいるのですが、「僕でももう少し気を遣って言うわ」と感じるほどに遠慮がないんですね(笑)。エンディングに関する指摘とか容赦がなくて、でも悔しいかな、言われた部分を再トライしてみると良くなったりするんですよね。ピクチャーロックの当日まで指摘してくる粘り方がすごい。作品を強くしていくために、海外の人たちがどう見るかという観点を、日本映画に持ち込むべきだと感じましたし、そういうものになったんじゃないかなという自負はあります。

――まさに仕上げの最中だとは思いますが、思っていたものを映像化出来ているという手応えはありますか?

先ほどの質問にあったように、自分のコントロール下でやれるからいいなあと思っていたのですが、やっぱり考えていたより思うようにはならないということが面白いと感じました。そこが、自分にはなかった経験値。僕は編集が得意なタイプですが、今回は1シーン1カットを選択して「素材はこれしかない」という状況で俳優と向き合うことを自分に課しました。そして、俳優が突然変異を起こして爆発する瞬間を目にすることが出来ました。

クランクイン前、不安になって李相日に「演出家としてのアドバイスが欲しい」と相談したときに、「とにかく俳優を信じなさい。監督がこれでいいやと諦めると、絶対に俳優に伝わる。とにかく信じてやってください」という言葉をもらった。そこだけは、肝に銘じてやっていました。

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