【中国映画コラム】コロナ禍を経て世界一の映画市場に! 2020年を総括する“10大ニュース”を発表
2021年1月21日 13:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数279万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
2020年、世界は新型コロナウイルスの影響を受け、さまざまな業界が前例のない危機に陥りました。映画業界も同様です。北米映画市場の年間興行収入は、19年の約2割程度。全世界の年間興収は、19年から7割以上も激減しました。新型コロナウイルスを巡る状況が落ち着いた中国では年間興収が北米市場を超え、初の世界1位となりましたが、市場自体は完全復活とはいえない状態です。今回は10個のテーマをチョイスし、2020年の中国映画市場について語ってみたいと思います。
中国年間興行収入(市場の累計)は、204億1700万元(約3243億円)。19年の642億6600万元(約1兆円)対比で68.2%減という数値になりました。一方、北米映画市場は、コロナ禍のダメージが大きく、19年対比の約20%。約23億ドルに留まりました。この結果、2020年の中国年間興収は、北米市場を突破し、初めて世界一の映画市場になったんです。
20年度の中国映画市場は、スタートからわずか23日後、新型コロナ感染拡大の影響を受け、中国全土の映画館が営業休止に。178日もの間、映画館が休館するという事態になりました。映画館が再開したのは、7月20日のこと。幾度ものトラブルに見舞われながらも、市場全体は徐々に回復していきました。
ハリウッドの大作映画は、大半が上映延期。そのため、外国映画を含めた総合興収ランキングのベスト10は、全て中国映画となりました。中国映画の年間市場占有率は、83.7%という極端な数値まで上昇。劇場再開後の夏休みには、戦争映画「八佰(原題)」が映画市場復活の“起爆剤”に。国慶節の大型連休には、多くの大作が同時公開したことで、前年度同時期興収の8割を稼ぎ出しました。
とはいうものの、中国の映画業界人に「中国の国産映画だけで市場を支えられるか」と質問すると、ほとんどの人がはっきりと「厳しい」と答えています。2020年は、世界の映画業界にとって「激動の1年」とも言えるでしょう。単純な興収の激減だけではなく、映画の鑑賞手段、映画館の運営などにも色々な変化が起こりました。中国の映画業界も含め、映画界全体に大きな影響が及んでいます。
新型コロナ感染拡大の影響を受け、妻夫木聡、長澤まさみ、浅野忠信らが参加した国民的シリーズ第3作「唐人街探案3(原題)」をはじめ、旧正月(1月25日~2月8日)に公開を予定していた話題作は、全て延期となりました。映画館が営業中止の決断に踏み切った頃、シュー・ジュン監督(「薬の神じゃない!」出演)の新作「Lost in Russia(英題)」は、配信サイト「西瓜動画」で急遽無料配信。このニュースを除き、ほぼ全ての中国人の関心は、新型コロナウイルスの報道に集中していました。
感染拡大が落ち着き、各業界が徐々に復活を遂げるなか、映画館だけはなかなか営業を再開することができませんでした。一時期「3月末に再開する」という動きもありましたが、結局営業中止のまま。中国最大の映画製作・配給会社「万達電影」は、全社員の20~30%をリストラ対象にし、同じく大手映画会社「博納影業」の副総裁・黄巍(ホアン・ウェイ)氏が自殺。映像関連会社3000社以上が倒産するなど、映画業界は崩壊寸前でしたが、7月20日、ようやく条件付きでの映画館の営業再開が可能になったのです。
興収31億1000万元(約494億5000万円)を記録した「八佰(原題)」は、2020年度の全世界興行収入1位に輝きました。19年の10大ニュースでも言及していた作品です。本作は、中国の大手映画会社「Huayi Brothers」が製作費8000万ドルを投じ、20万平米のオープンセットを建設。リアリティを追求するため、200メートルの川も作り上げてしまいました。しかし、19年時点では“技術的問題”によって、上海国際映画祭のオープニング上映を直前にキャンセル。公開自体も中止になっていました。「Huayi Brothers」は存続の危機に陥ってしまいましたが、20年は検閲が若干緩和したため、ようやく劇場公開が決定したのです。
公開日となったのは、8月21日。その前に、中国全土で先行上映が行われ「夏休みらしい、良質なエンタメ」と評価されたため、観客の期待値は急上昇。日中戦争を題材にしていることから、中国人にとっては感情移入がしやすく、多くの人々が映画館へに足を運びました。
「八佰(原題)」の成功は、数字の勝利に留まらないと思います。映画、そして映画館の魅力に関する「強いメッセージ」を打ち出したことで、中国映画市場復活の象徴になったと言えるでしょう。“技術的問題”で上映できなかったことも含めて、この作品の軌跡は、まるで映画のようでした。
国慶節の大型連休(10月1日~10月7日。その年によって、期間の変更あり)では、各映画会社の話題作が上映されます。8月21日から上映された「八佰(原題)」の大ヒットを受け、各映画会社は国慶節での成績に期待を寄せていました。映画館再開から約2カ月――コロナ感染者がゼロとなったことで、中国政府は映画館の着席率を、75%まで引き上げました(7月20日の再開時点では30%、8月中旬には50%)。
緩和措置を受け、旧正月での上映を断念していたピーター・チャン監督作「奪冠(原題)」、ジャッキー・チェン主演作「急先鋒(原題)」が9月30日、アニメーション映画「姜子牙(原題)」が10月1日に上映されることが決定。さらに、興収31億4000万元(約486億7000万円)を稼いだオムニバス映画「愛しの母国」の姉妹編「愛しの故郷(ふるさと)」を加え“最強のラインナップ”が完成したんです。連休全体の総動員数は約9959万人、興収は39億5000万元(約624億1000万円)を記録。19年の50億5000万元(約787億7000万円)に次ぐ歴代2位の興収となりました。
8月上旬にクランクインし、9月20日に撮影終了。10月23日には劇場公開をスタートさせ、興行収入11億2000万元(約178億800万円)を稼ぎ出し、世界興行収入ランキングの10位に食い込んだ。それが、戦争映画「金剛川(原題)」です。情報解禁当初、この作品には多くの“謎”があったんです。
近年の中国では、愛国心を利用し、歴史モノや戦争映画を製作するという事例が、毎年あるんです。「八佰(原題)」も、ある意味その範疇に含まれた作品でしょう。しかし「金剛川(原題)」に関しては「朝鮮戦争勃発70周年記念映画」とだけ明かされ、クランクイン直前まで、詳細が一切不明でした。あまりにも突然登場した大作だったので、観客も疑問だらけ。しかし、これほどの短期間で大作を製作して上映するという点が、現在の中国映画界のパワーを実感できるようなエピソードでしょう。
中国における外国映画市場占有率は16.3%。わずかな数値ですが、コロナ禍による影響は非常に大きかったと言えます。多くのハリウッド大作は、2021年以降に上映を延期しましたが、クリストファー・ノーラン監督作「TENET テネット」は、映画業界を救うという意味を込め、全世界での上映に踏み切りました。中国での興収は、4億5000万元(約71億5000万円)。2020年の中国における外国映画のトップに君臨しましたが、19年に「アベンジャーズ エンドゲーム」が記録した興収42億3000万元(約655億7000万円)とは比べ物になりません。
19年の総括でも記しましたが、市場のニーズと若干ズレが生じ始めており、外国映画が中国で簡単にヒットできる時代ではなくなりました。そして、コロナの影響によって、その状況がさらに厳しくなりました。2020年の外国映画を含めた総合興収ランキングのベスト10は、全て中国映画です。ベスト20でも、外国映画は「TENET テネット」「ムーラン」「クルードさんちのはじめての冒険」の続編「The Croods: A New Age(原題)」の3本だけ。この状況は、中国映画市場にとって、決して良いことではないんです。
中国映画市場には、自国の作品だけで成り立つマーケットはありません。ハリウッド映画がなければ、市場全体が寂しくなってしまう。国慶節の時は、19年の興収8割ほどまで回復することができましたが、11月に入ると、国産の話題作も乏しく、ハリウッドの大作映画もない状況。市場は低迷し、興収は19年同時期の6割程度に落ち込んでしまいました。改めて、ハリウッド映画のパワーを感じざるを得ませんでしたね。
2020年、中国で公開された日本映画は11本でした。内訳は「アニメ:7本、実写:4本」。外国映画としては、アメリカに次ぎ、2番目の本数となっています。日本映画の興収1位は、1億2500万元(約19億8700万円)の「デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆」。この数字は、日本国内の興収を遙かに超えるものです。「デジモン」シリーズが、中国でいまだに根強い支持を集めているということが証明されました。
一方、実写作品は苦戦した作品ばかり。1位の「マスカレード・ホテル」でさえ、興収は約1704万元(約2億7000万円)だったんです。中国の映画関係者によると「日本の実写映画はどの作品も失敗してしまった。今後、中国での劇場上映はさらに難しくなるはず」とのこと。今後は、配信がメインストリームになるのでないかと予想されています。
映画館の営業再開に合わせ、延期を発表していた上海国際映画祭が、7月25日からのスピード開催を実現させました。営業が再開されたばかりだったため、作品の上映が主となりましたが、それでも無事に“完走”。このことが、中国国内の映画祭開催の道を切り拓きました。
8月の北京国際映画祭を経て、10月中旬にはジャ・ジャンクー監督と、彼のチームが運営する平遥国際映画祭が予定通り開幕。第4回を迎えた同映画祭は、ジャ・ジャンクー監督らの努力が実を結び、中国国内では評価の高い映画祭のひとつに数えられます。同回の運営は、政府の支援がない状態で行われ、中国の映画人や業界人が集まり“映画の時間”を楽しみました。
しかし、映画祭の閉幕前日、ジャ・ジャンクー監督は、来年以降、自らのチームが映画祭の運営から離れることを発表。運営は、平遥政府へ移管することになりました。あまりにも突然のビッグニュース……中国映画業界に激震が走りました。脱退の理由は、いまだに明かされていませんが、“映画の上映許可”を意味するドラゴンマークなしでの上映が問題となったのではないかと噂されています。映画祭閉幕後、ジャ・ジャンクー監督の精神状態は良好ではなくなり、東京国際映画祭では、黒沢清監督との対談も「体調不良」を理由に欠席してしまいました。
海南島国際映画祭をご存知でしょうか? 近年、注目が集まっている中国の国際映画祭です。中国最大のリゾート地として知られる海南島は、もともと人気の観光地で、12月でも平均気温が20度を超えています。当地の政府も、世界トップレベルの映画祭を目指し、大量の資金を投入しているんです。
第1回開催時には、ジョニー・デップ、イザベル・ユペールが出席。19年開催時には、黒沢清監督のマスタークラスを実施するなど、“注目すべき映画祭”として、世界各国の媒体で報道されています。20年の第3回開催時には、世界各国の映画祭受賞作、話題作をラインナップ。日本からは、黒沢監督作「スパイの妻」、河瀬直美監督作「朝が来る」などが出品されていました。
しかし、運営チームが変わったことでトラブルが続出。未完成状態の劇場も存在していたようで「塗料の臭いが酷くて、我慢できない」というコメントも。作品上映時も、直前にスケジュール変わったり、上映中止になったり……。マスコミとのやり取り、イベントの運営も上手くいかなかったため、各方面から不満が噴出していました。幸いなことに、映画祭は無事に終えることができたようです。今後は、運営にさらなる力を入れ、問題を改善していくことが課題となっています。
2020年の映画市場は、興収の激減が大きなトピックスとなりましたが、業界全体がさらに不安視しているのが「映画を見る手段の変化」です。この1年、日本も含め、配信プラットフォームが一気に普及。日本では「愛の不時着」などが社会現象になりましたよね。
では、中国はどうでしょうか? 実は、ちょっと特別&複雑です。外国作品の上映本数が制限されているため、見たい作品が上映されなければ、海賊版を見るしかないという状況。つまり、劇場以外の場で作品を見ることに慣れているんです。逆に「劇場で映画を見ること」を、一部の映画ファンはとても重要視しています。2019年、中国で初めて劇場公開された「千と千尋の神隠し」が良い事例でしょう。海賊版で見ることができたとしても、劇場で作品を体験したいという映画ファンは数多く存在していたため、4億8800万元(約77億8000万円)という好成績を残しました。
2020年、新型コロナウイルスの影響によって、「ムーラン」「ソウルフル・ワールド」は多くの国と地域で劇場公開をせず、オンライン配信となりました。しかし、中国ではDisney+が利用できないため、この2作は劇場公開となりました。どちらとも、上映時には海賊版が流出してしまったことで“簡単に、無料で鑑賞できる”となっていました。しかし「ソウルフル・ワールド」は、高評価の口コミが相次ぎ「劇場で体験したい人」が続出。現時点では、興収2億4000万元(約38億2000万円)を超えています。
皮肉なことに、中国では海賊版が氾濫したことによって、他国よりも配信と劇場のバランスがとれてしまっているんです。ただし、劇場公開における成績が上手くいったとしても、同時配信は、映画鑑賞のシステムに必ず影響を及ぼします。映画館が今後どのような道を歩みべきか――各国の映画市場にとっての大きな課題と言えるでしょう。
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