【中国映画コラム】ジャ・ジャンクー、ロウ・イエ、ワン・シャオシュアイ――“中国第六世代”って何者?
2020年5月7日 10:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数277万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
新型コロナウイルスの感染拡大が、さまざまな業界に大打撃を与え、100年に1度の大恐慌になる可能性が出てきました。もちろん映画業界も、これまでにない危機に直面しています。コロナ禍の直撃を受けた中国映画市場は、1月23日から“停止状態”。最大のシネコン数を有する「万達電影」は、2020年1~3月期の赤字額が5.5億~6億元(約86~92億円)となり、大規模なリストラを示唆しています。
そんな過酷な状況の中、名匠ジャ・ジャンクーが、コロナ禍の世界を背景にした短編作品「来訪」をWEBで公開し、時代と映画文化の関係性を示しました。中国国内でコロナ禍の最も厳しい時期、彼は新作のドキュメンタリー映画「一直游到海水変藍(原題)」(英題:Swimming out till the Sea Turns Blue)のワールドプレミアに出席するため、単独で第70回ベルリン国際映画祭に参加しました。今回のテーマに関わってくるのは、上映時のトークイベントでの発言「“中国第七世代の監督”という呼び方は、もういらない」というもの。ジャ・ジャンクーが属している“第六世代”は、国際的に評価の高い映画監督ばかり。特徴をとらえつつ、解説いたしましょう!
“第六世代”という呼び名があるということは、もちろん第一~五世代もあります。ですが、この“第X世代”という呼び方は、あくまでも映画業界内部のもので、一般的に知られるようになったのは“第五世代”からとなります。78年、北京電影学院の監督コースに入った学生たちが、文化大革命の洗礼を受け、欧米の価値観から感じた衝撃によって、新しい思想、美学を生み出しました。ここから巣立ち、のちに世界的な巨匠となるチェン・カイコーは“第五世代”の代表的な人物です。
「全ては我々が今まで経験したことと繋がっている。この10年間に積み重ねた鬱憤を、映画で全部出させていただきました」という言葉を残しているチェン・カイコー。チャン・イーモウも含まれる“第五世代”は、激変の中国で生きながら、歴史的思考と哲学的角度によって、社会の変化や伝統文化などを分析し、今までにない“強烈な情熱”を映画で表現していたんです。
そして、80年代。新たな才能“第六世代”が現れます。彼らは、文化大革命を経験していない世代。改革開放の中国で成長し、常に新しい思潮を受けながら、中国社会の変革を観察していました。“第五世代”と同じく北京電影学院を卒業した彼らは、前世代とは全く異なる映画美学を示し、“個”に焦点を当てました。多様な作家性の誕生――中国映画界のヌーヴェルヴァーグとも言われています。
“第六世代”と言えば、ジャ・ジャンクーのほか、ロウ・イエ、ワン・シャオシュアイの名前があがりますが、実は起点となるのは、チャン・ユアンのデビュー作「媽媽(原題)」(英題:Mama)なんです。大学在学中、フランス、ドイツなどのテレビドキュメンタリー番組の手伝いをしたことで「自分も作品を作りたい」と感じたチャン・ユアン。シングルマザーの厳しい生活をテーマし、モノクロ映像などの手法を使って製作した「媽媽」は、中国国内初の自主映画だったんですが、当時は全然話題になりませんでした。
しかし、香港の映画評論家シュウ・ケイが同作を鑑賞し、絶賛したことで流れが変わります。彼がナント三大陸映画祭のプログラマーに「媽媽」を勧め、同映画祭に参加する予定だったウォン・カーウァイに頼んだことがきっかけとなり、中国映画局の許可を得ずに上映が実現したんです。激賞された「媽媽」は、審査員特別賞と観客賞を獲得。その後、100以上の映画祭で上映され、“新しい中国映画”として海外に衝撃を与えました。
この出来事を機に、同世代のワン・シャオシュアイも自主映画製作に乗り出し、親友で画家のリウ・シャオドンを主演にした「冬春的日子(原題)」(英題:The Days )を発表。当時、ワン・シャオシュアイと同じ寮に住んでいたロウ・イエもこの映画に出演しています。この「冬春的日子」も中国映画局の許可を得ず、多くの海外映画祭に参加。テッサロニキ国際映画祭ではゴールデン・アレクサンダー賞を受賞し、00年にはBBCが発表した「21世紀に残したい映画100本」に、唯一の中国映画として選出されています。
当時の中国の社会状況からすると、海外映画祭の賞金、上映権のセールスから得た版権料は、多大な金額と言えます。自由に映画を作り、金銭面でも問題のなかった“第六世代”の先駆者たちは、さらに前へと進んでいきました。チャン・ユアンは、アジアを代表するロックミュージシャンとなったツイ・チェン(崔健)の協力を得て、当時の北京における若者の群像劇「北京バスターズ」を作りました。この作品には映像顧問として、杜可風(=クリストファー・ドイル)が参加しているんですよ。
北京の郊外でゲリラ的に行われた野外コンサートシーン、全編を通して使用される“汚い言葉”。「北京バスターズ」は、中国国内での上映はかなり難しい作風でした。ですが、もともと国内市場に期待していなかったチャン・ユアンは、最初から海外映画祭に照準を合わせていました。そして、93年の第6回東京国際映画祭の場で、ある事件が起こります。
中国映画局の許可を得ずに出品した「北京バスターズ」と、ティエン・チュアンチュアン監督作「青い凧」が入選を果たしたのですが、この2作品の上映に対して、中国代表団が抗議。その後、東京国際映画祭がチャン・ユアン側を支持したため、代表団は中国に引き揚げてしまったんです。さらに、94年のロッテルダム国際映画祭では、熱烈な中国映画研究者たちが“中国インディーズ映画特集”を行い、“第六世代”を応援する記者会見を開催。“第五世代”のチャン・イーモウが同年に発表した「活きる」が、検閲問題によって中国では上映NGだったのにも関わらず、第47回カンヌ国際映画祭で審査員グランプリと男優賞を受賞しました。
怒りを抑えきれない中国電影局は、ある声明を発表します。チャン・ユアン、ワン・シャオシュアイ、ティエン・チュアンチュアンなどを含む“7人の監督”に対して、事実上の国外追放処分を下したんです。中国の媒体では、この声明のことを“七君子事件”と呼んでいます。その頃、現在も検閲制度と闘い続けているロウ・イエは、デビュー作「デッド・エンド 最後の恋人」が準備中だったため、処分を免れ、ジャ・ジャンクーはまだ学生でした。
ある程度の覚悟を持って製作に臨んでいたチャン・ユアン、ワン・シャオシュアイは、この声明に対して、それほど驚きはしませんでした。チャン・ユアンは、その後「Sons(英題)」を発表し、橋口亮輔監督作「渚のシンドバッド」とともに、第25回ロッテルダム国際映画祭のタイガー・アワードを受賞。そのほか、中国では上映禁止だったドキュメンタリー映画「広場(1994)」、ゲイの作家と警察官の秘められた愛を描いた「東宮西宮」も各国で話題を呼びました。
しかし、さすがに限界を感じたのでしょうか――チャン・ユアンは、中国映画局と相談し、97年に国内での撮影を許可されました。このことは、海外でも重大ニュースとして報道されていましたね。99年、リウ・リン、リー・ビンビンが出演した「ただいま」で第56回ベネチア国際映画祭監督賞を受賞しましたが、メジャー映画とアート映画のバランスを模索して迷走し、08年と14年には、薬物使用の容疑で逮捕されています。
ワン・シャオシュアイは、94年に「極度寒冷(原題)」(英題:Frozen)という作品を発表しましたが、“七君子事件”の関係で、当時は上映ができませんでした。98年、中国映画局との話し合いを経て、国内での撮影が解禁されると「ルアンの歌」で復帰しましたが、仕上がりに満足できず、再び自主映画の道へ。00年、ビットリオ・デ・シーカ監督作「自転車泥棒」の影響を受けた代表作「北京の自転車」を発表しました。不運なことに、発表当時はちょうど08年のオリンピック開催地の選考期間中。同作には“北京の古い町並み”のシーンが多く、現代化しつつある北京へのダメージとなると判断され、またもや上映禁止処分を受けてしまったんです。
ところが「北京の自転車」は、第51回ベルリン国際映画祭で審査員グランプリを受賞し、海外での反響が非常に良かった。04年には、中国映画局の改革により、一般公開されることになりました。上映禁止処分が覆ったのは、この作品が初めてのこと。“第六世代”にとって、重要な転換点でもありました。
ワン・シャオシュアイは、自分の実体験も入れた「青紅(原題)」(英題:Shanghai Dreams)では第58回カンヌ国際映画祭で審査員賞、2つの家族の絆を描いた「我らが愛にゆれる時」では第58回ベルリン国際映画祭脚本賞、新作「在りし日の歌」では第69回ベルリン国際映画祭最優秀男優賞&最優秀女優賞をダブル受賞。自分の作家性を保ちつつ、世界三大映画祭コンペティション部門の常連になっています。
中国映画局の改革は、03年に行われた“ある座談会”が深く関わっています。多くの中国媒体は、この座談会を「中国映画史のなかでも歴史的意義がある」と評価しています。座談会のキーパーソンとなったのは、ワン・シャオシュアイです。中国の新聞紙「南方都市報」によれば、中国映画局がワン・シャオシュアイを通じて、ジャ・ジャンクー、ロウ・イエといった映画関係者と話がしたいと頼んだことから、座談会が実現。“第六世代”監督たちと中国映画局の関係者は、中国映画界の方向性や未来の可能性についてディスカッションしつつ、検閲内容の公開、アート映画への支援について、意見を一致させました。
この座談会は、ジャ・ジャンクーにとって重要なことだったと言えるでしょう。“第六世代”最年少のジャ・ジャンクーも先人たちと同じく、“許可なし”でデビュー作「一瞬の夢」を引っ提げ、海外映画祭に参加しました。ナント三大陸映画祭では、いきなり最高賞の金の気球賞を受賞。その後、各国の映画祭で絶賛され、フランスの映画誌「カイエ・デュ・シネマ」に“これからのアジア映画の希望”と太鼓判を押されました。
そんな華々しいデビューでしたが、中国映画局は「また、ルールを破った者が出た」と考えていたようです。しかし、第2作「プラットホーム」、第3作「青の稲妻」も世界中で高い評価を獲得。その状況を見続けていた中国映画局は「上映禁止処分は有効ではない」と考え、座談会での“第六世代との和解”へと至ったようです。
ジャ・ジャンクーは、第63回ベネチア国際映画祭金獅子賞を「長江哀歌(エレジー)」で受賞したことで、“第六世代”の中で最も有名な監督のひとりとなりました。中国映画局もできる限り「世界のジャ・ジャンクー」というイメージを壊したくないようで、04年から現在まで、第66回カンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞した「罪の手ざわり」以外の作品が、中国国内では一般公開されている状況です。
座談会のおかげで、全てが丸く収まった――そんなことはありません。その根拠となるのが、“七君子事件”の影響を受けなかったロウ・イエです。00年に発表した「ふたりの人魚」は強烈な個性を示し、手持ちカメラの映像が“我々の居場所”、そして“時間”を体感させるものでした。同作では、ロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード、東京フィルメックス2000最優秀作品賞を獲得しています。中国映画局の許可? お察しの通り、もちろんとってません。
中国映画局による「ふたりの人魚」の上映禁止の理由は“現代の上海を描いていないため”。ロウ・イエは、この通告を無視して海外上映を行ったことで、2年間の国内撮影禁止と罰を受けることになりました。処分解禁後、チャン・ツィイーと仲村トオルが共演した「パープル・バタフライ」を発表し、第56回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出。中国国内でも披露され、ロウ・イエ作品が初めて一般公開されることになりました。
和解のための座談会を経て、ワン・シャオシュアイ、ジャ・ジャンクーのように一般の観客を視野に入れるのかと思いきや、ロウ・イエは全く別の道を歩み始めました。その表明となったのが、06年の問題作「天安門、恋人たち」の製作です。天安門事件に関する内容、過激な性描写、“許可なし”のカンヌ国際映画祭参加――ロウ・イエに下されたのは、5年間の映画製作禁止という重い処分でした。でも、処分期間中にもかかわらず、傑作「スプリング・フィーバー」を作ってしまうんですよね。12年に、中国国内の映画製作が解禁されると「二重生活(2012)」を完成させ、再びカンヌに参加しています。
今でも中国映画局との闘いは、終わっていません。最新作「シャドウプレイ」の公開時、「映画局の検閲を考えたうえで製作した作品は、既に自分の映画ではない」と強く主張したロウ・イエは、“第六世代”の中では異色の存在。ジャ・ジャンクーとは異なる“第六世代”のもうひとつの象徴でもあります。
“第六世代”が活躍し始めてから25年以上が経過し、現在では「ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ」のビー・ガンをはじめ、新たな才能が登場してきています。とはいえ“第六世代”は中国映画史において、極めて重要な存在です。彼らは、中国インディーズ映画の先駆者であり、激変する中国の象徴なのです。
冒頭で紹介したジャ・ジャンクーの発言には、多くの“個”の才能が噴出している今、監督を“世代”で区切るべきではないという意図があったはずです(実は10年前、ワン・シャオシュアイも同じような発言をしていました)。“第六世代”自体も、それぞれの個性やテーマは全く異なるもの。同じ時代、同じ状況下で映画を撮るというだけで“世代化”されてしまったのです。50代を迎える“第六世代”の監督たち。中国映画界の最前線からは退きつつありますが、これからの“進化”が期待されています。
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