天安門、恋人たち

劇場公開日:2024年5月31日

解説・あらすじ

「パープル・バタフライ」「ふたりの人魚」のロウ・イエ監督が、1989年の天安門事件を背景に、自由と民主化を求める学生たちの青春と人生、男女の愛を描いたラブストーリー。

学生たちの間で自由と民主化を求める声が高まっていた1987年の中国。故郷の東北地方から北京の大学に入学したユー・ホンは、そこで運命の恋人チョウ・ウェイと出会う。恋に落ちた2人は狂おしく愛し合い、激しくぶつかり合う。しかし、1989年6月4日の天安門事件を境に、2人は離ればなれになってしまう。チョウ・ウェイはベルリンへ逃れ、ユー・ホンは国内で各地を転々とし、仕事や恋人を変えながら生活していく。そして数年後、互いを忘れることができずにいた2人は再会を果たすが……。

中国ではタブーとなる天安門事件を扱っていることや、過激な官能描写もあることなどから上映禁止になり、ロウ・イエ監督にも5年間の表現活動禁止処分が下されたが、2006年・第59回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されるなど国際的には高く評価された。日本では2008年に公開。2024年、オリジナルの35ミリプリントをノンレストアでDCP化してリバイバル公開。

2006年製作/140分/中国・フランス合作
原題または英題:頤和園 Summer Palace
配給:アップリンク
劇場公開日:2024年5月31日

その他の公開日:2008年7月26日(日本初公開)

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第59回 カンヌ国際映画祭(2006年)

出品

コンペティション部門
出品作品 ロウ・イエ
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(C)LAUREL FILMS/DREAM FACTORY/ROSEM FILMS/FANTASY PICTURES 2006

映画レビュー

4.0 Flourish of Society pre Cell Phone

2024年5月23日
PCから投稿

A sultry tale of love, lust, and cheating in the Chinese diaspora, pre- and post-Tiananmen, from the autonomous Korean republic in Manchuria, to Beijing, to Berlin. One can sense the excitement of Chinese youth finding life in this heavy transition while the West was moving into the dot com boom. Appropriately long and moody, it's sure to swallow up your afternoon put you in the mood for sex.

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Dan Knighton

5.0 こじらせ女の青春と影

2026年3月16日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

↑↑当初、邦題としてはこのほうが良かったのではないか?と 途中まではそんなふうに思った。

原題は「『頤和園』イーホーユエンSummer Palace 」。
かつての西太后の夏の離宮らしぃ。この映画との関連はよく分からない。
検閲の目をくらますためだろうか。

・・

都会の大学と ✖ふるさとの小さな町。
そして都会の男と ✖ふるさとの郵便配達人。

学はないけれど、一途で、いつも遠くからユー・ホンの事を見つめている郵便配達のロー・グーが目立たないけれどいい奴だった。
だけどユー・ホンはベルリンに行ったエリート学生のチョウ・ウェイの事が好きなのだ。

物語はかくして故郷の残留組の幼馴染たちと ✖脱出組の大学の裕福な友人たちを繰り返し対照的に見せながら、街へ行ったユー・ホンの手探りの生きざまと、その“男性遍歴”をば、寄せては返す波のようにして映し出す作り。

そして一気大詰めの「壁の崩壊」へとストーリーが昂奮タカ まっていくのだけれど・・

・・

邦題にはちょっと騙された感じですけれどね、
「天安門、恋人たち」。

◆天安門事件は割とほんの少し、ごくごくサラッと「あの時代」に触れるだけ。弾圧シーンも皆無。もちろん有名な戦車のニュース映像なども無い。
◆エンディングの「ベルリンの壁崩壊」も同様だ。「あの時代」に、たまたまあの街で、並行して生きていた若者たちをアルバムの昔の写真のように映す。

邦題から僕が受けていたイメージ=「悲惨な天安門事件の描写映画」の先入観とは様相が少し違った事もあり、あてが外れて思ったのだ。つまり
この映画は意外にもノンポリなのだ。彼らの世代の空気感が、寮生活中心で描かれているから、その微妙にズレた感じが面白いのだが、
この頃の政情に付かず離れずの、しかし翻弄された学生たちの塩梅が、痛悲しくて胸が引き裂かれていくのだ。

それでも
「64」・・といえば、日本の我々にとっては「虫歯予防デー」なのだが
そこは現地中国では違うわけで。「6と4」の2つの数字の列挙はインターネットには検閲により書き込めないようになっているそうだ。
禁止語句として厳しく規制され、ネット環境ではこの二つの数字は自動的にハネられるらしい。
6月4日生まれの人は可哀想に災難だ。誕生日のブログも書けないわけだ。

その1989年の「64」を、月日を隔てて2006年に、フランスの協力の下に映画にしたのがロウ・イエ監督。
つまり17年を経てしても彼は
わずかにサラッとあの日を匂わせただけで、当局からの「上映禁止処分」と「5年間の謹慎命令」を受けている。
たったあれだけの学生運動のシーンでこの映画は封印されたわけだ。

◆天安門に駆けつけようとするトラックに乗り込んだ学生たちのシーンと
◆(その同じ彼らが)民主化運動を弾圧する側の軍事訓練に参加するシーンが並行して撮られている。
得も言われぬ気持ちになる。

自由と知る権利とを
徹底的に管理し支配するあの国の全体主義には、「64」の背景を知った僕としては言葉が無いのだが、
劇中、都会の大学の、雑然として狭くてむさ苦しいあの学生寮で、赤裸々に彼らの春を謳歌する若者たちの姿には、
「政府のプロパガンダ何するものぞ」の原始の性の不屈さを見るしかない。
カウンターカルチャーです。

つまり監督は「64」と「ポルノ」を抱き合わせにする事で当局の上映禁止に大義名分を喰らわせてやったと思う。ロウ・イエ監督は、ある意味エロくて知恵者だと思います。

言葉を継げば、中国の文芸映画であそこまでの性描写には驚いたけれど。監督は、つまりあそこまで人間を素っ裸にして、国家に汚ケガされない男女のありのまま=民主そのもの=を見せてくれたのではないだろうかなぁ。
そう感じたのです。

あの時代の、時代の空気の中で、懸命に何かを求め続けた青年たちの群像劇。
産制も、徴兵も、思想統制もない世界で、
何の不安もなく
幸せだけを抱きしめて、安心して、夢中になれるセックスを、
若者たちには保証してやらにゃあ いかんのだ。

・・

エンディング、
海外脱出組は同じ社会主義のベルリンに行ってみて、そして再び共産主義の故国に戻ってくる。
彼らには行ける場所はそこしか無かったのだから。辛い現実だ。
1人が、ベルリンで死ぬ。死ぬしか壁の外には出られないって事だ。

レンガの壁や国家の壁が壊れないとき、人間の壁(ココロ が壊れる。
先述したが「意外にもノンポリ」でいかないと生きていかれない彼らの
強烈な閉塞感と、終わっていく青春と、同窓生の死と別れと、
「追憶の日々」をスクリーンに見た思いだ。

そうだなぁ・・
ひと昔まえの懐かしい歌だけれど
西岡恭三の「プカプカ」をエンドタイトルに流してみたい。
そんな映画でしたよ。

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きりん

4.0 青春は終わった

2026年2月27日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

悲しい

知的

ドキドキ

1987年から2001年までを舞台としたロウ・イエ監督による暗く鬱屈とした青春恋愛映画。天安門事件を描いたシーンと大胆な性描写があったため本国では公開禁止になったという。主演女優ハオ・レイがヘアも見せるフルヌードで激しいセックス・シーンを演じており、DVDはノーカット無修正版である。

田舎から北京の大学に進学した奔放で孤高な雰囲気のある女子学生が、ある男子学生と運命的に出会い、狂おしく愛し合う。その頃、民主化を求める学生たちの運動が激化し、主人公たちもその運動に身を投じるが、軍によって鎮圧されその動きは挫折。その混乱の中、心のすれ違いから主人公は恋人の元を去る。以後、各地を流浪しては男と刹那的に関係を持つ主人公と自由を求めベルリンに渡った男は共に満たされぬ日々を送り、心の奥にしまいこんだ互いのことを忘れられずにいた。10年ぶりに帰国した男は偶然会った友人から主人公が結婚したと聞かされ、彼女に会いに行く。2人はかつてのように愛し合おうとするのだが……。

ロウ・イエ監督はそれ以前の『ふたりの人魚』『パープル・バタフライ』も暗い恋愛映画だったが、この映画は扱ったテーマのせいもあってか、より一層暗い。ちょうど中盤に天安門事件が来るんだが、それ以前の前半と以後の後半とでは暗さの種類が異なる。前半の学生時代は思春期特有のもやもやした暗さであって、そこには奥底にマグマのように燃えたぎる情熱があった。それがセックス、そして天安門事件で爆発するのだが、それが叩き潰された後半は色彩を欠いた世界の目に見えぬ牢獄の中を青春の残骸を抱えて彷徨するような救いのない暗さだ。そこにあるのは青春という最も輝いた時代は終わったという残酷で無惨な現実でしかない。それが民主化運動の失敗という挫折感と二重写しになっていて、自らも学生として天安門事件に参加したというロウ・イエの深い心の傷がうかがえる。映画は最後まで救いのない暗さで終わるんだが、その暗さが印象に残る映画だった。僕の大学入学年に天安門事件が起こっているから主人公たちとは同世代。最も良かった大学時代は終わり、もう戻れないという感覚など、なんというか共鳴する部分があった。いい映画でした。

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バラージ

3.5 若さゆえ Due to their youth

2024年6月22日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

天安門事件の前後、
自身は、高校から浪人、大学だったので、
主人公たちとほぼ同世代ということになる。

自分と比べると、
他人との関わり方が
とても濃いと感じた。

天安門事件との関わりで、
中国国内に止まらず、
海外までと考えると、
スケールの大きさも違う。

羨ましさと、
そこまでの濃い人間関係がゆえ、
出来たこと出来なかったこと、
その違いについて、
考えてしまった。

彼らは故郷を離れ、
両親とも離れていたので、
自分の意思で動けて、
同時に責任も負った。

そこは少し憧れる。

と、観ながら、
その時間軸が自分の人生とも重なるので、
客観的になるのが難しい映画だった。

During the time of the Tiananmen Incident,
I was in the transition from high school to a year off before university, and then to university.
So, I was almost the same age as the protagonists.

Compared to myself,
I felt that their interactions with others were much deeper.

Thinking about the connection with the Tiananmen Incident,
not only within China but also overseas,
the scale of their actions was different.

There was a sense of envy,
and due to such deep relationships,
I reflected on what they were able to do and what they couldn’t do,
and how that differed from my own experiences.

They left their hometowns,
and were separated from their parents,
so they could act on their own will,
while also bearing the responsibility.

In that aspect, I somewhat admired them.

As I watched,
the timeline overlapped with my own life,
making it difficult to remain objective about the movie.

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新米エヴァンゲリスト