死刑にいたる病 : インタビュー
阿部サダヲ、銀幕デビュー30周年目前も無我無欲でひた走る現在地
作家・櫛木理宇氏の小説を白石和彌監督のメガホンで映画化する「死刑にいたる病」で、阿部サダヲと岡田健史が初共演を果たしている。白石組は、ブルーリボン賞主演男優賞を受賞した「彼女がその名を知らない鳥たち」以来となった阿部が今回担ったのは、世間を震撼させた稀代の連続殺人鬼・榛村。「俳優をやっていて、『1度は手を出してみたい役』」のオファーを受けた阿部は、どう作品世界を生き切ったのか話を聞いた。(取材・文・写真/大塚史貴)
映画は、理想とは程遠いランクの大学に通いながら鬱屈した日々を送る雅也(岡田)のもとに、1通の手紙が届くところからストーリーが動き始める。送り主は、24件の殺人容疑で逮捕され、うち9件の事件で立件・起訴、死刑判決を受けた連続殺人鬼・榛村。犯行当時、地元でパン屋を営んでおり、中学生だった雅也も通っていた。手紙に書かれていたのは、「罪は認めるが、最後の事件は冤罪だ。犯人は他にいることを証明してほしい」ということ。その願いを聞き入れた雅也が独自に事件を調べ始めると、想像を超える残酷な事件の真相が浮き彫りになる……。
阿部が息吹を注いだ榛村は、地域に溶け込み真っ当な社会生活をおくる典型的な秩序型殺人犯。黒髪で制服を校則通りに着る、真面目そうな10代後半の少年少女たちをターゲットにし、信頼関係を構築しながら距離を縮め、巧みな方法で殺人計画を進めていく。
ターゲットに近づく際に見せる爽やかな笑顔、そしてその後の“真の姿”を際立たせるため、白石監督からの指示で歯のホワイトニングを行ったという。目を怪しげに輝かせ恍惚とした面持ちを浮かべながら見るに堪えない拷問を繰り返すさま、一方で目の輝きを失くし生気が感じられない虚ろな面持ちなど、榛村の変わりようを体現することは芸達者な阿部の真骨頂といえる。
――役に共感できるか否かは別として、役者としては相当楽しめた作品だったのではないでしょうか?
阿部:役者としては、非常に楽しかったですよ。こういう役は、なかなか出来ないですからね。いつも感じていることですが、白石組のアイデアが凄くて、個人的にも楽しむことが出来ました。(拘置所の)面会室のところでプロジェクターを使ってアナログな見せ方をしているんですが、映画作りを楽しんでいることが感じられたんです。舞台に近い演出とでも言いましょうか、監督の私物の16ミリで撮った回想シーンを僕の胸のあたりに投影しながら芝居をしたんです。脚本を読んだ時点で、面会室のシーンが肝になると思っていましたから、芝居以外のところでも助けられましたね。
“芝居以外のところ”というのは、面会室の作りにある。阿部は、「アイデアに際限がない」と唸り、美術を担当した今村力の仕事ぶりに敬意を表す。
阿部:今村さんが用意してくれたセットの面会室が、湾曲していたんですよ。「なんなんだろう?」と思っていたら、色々な撮り方が出来るようにという配慮なんですよね。劇中、榛村が面会室をすり抜けて雅也の横まで行っちゃう描写があるのですが、そういう不思議なことも成立しちゃう。「このまま、いっちゃいましょうか?」みたいな(笑)。普通はあり得ないだろう……みたいなことがない、という発想の力が凄い。
阿部が嬉々とした表情で語る面会室だが、実は2パターンあるという。クライマックスで榛村と雅也が向き合うシーンは、脚本では20ページに及んでいるといい、このシーンでいかに観客を楽しませ続けられるかが成功の鍵といっても過言ではない。そのため、最後の面会室とそれ以外の面会室では、取り囲む壁が異なっている。通常の面会室は、直線的な壁に囲まれたセット。そして最後の面会室のセットだけ湾曲した壁になったことにより、カメラが双方を自由に動くことを可能にし、プロジェクターの映像投影に奥行きが生まれるなど、視覚的な好奇心を満たすことに成功している。
劇中、「こっち側に来たら、もう戻れないよ」というセリフがある。大なり小なり、誰しもが自らの胸の内で問いかけ、我に返って引き返した経験や思い当たる節はあるのではないだろうか。阿部は、役者を始めた時に思いを巡らせる。
阿部:就職して働いていた時期があるのですが、その頃に「このままだと自分というものを発揮せず呑まれてしまうんじゃないか」と考えていた事はあったかもしれない。だからこそ、芝居を始めたんでしょうけれど……。僕の場合、何かしらのきっかけって人からの誘いが多いんですよ。芝居してみれば? バンドやらない? とか、自分から発しているものが意外とない。恵まれているというか、周囲の人たちがいてくれたからこそ、今がある。いまだに、自分から「こういう事をやりたい!」というのがないんですよね。
いつ会っても阿部は泰然自若とし、どこまでも自然体で取材者に接してくれる。4月23日の誕生日で52歳になるが、40代を振り返った時に何かしらの確信を得たのだろうか。そして、50代に突入して見えてくる光景は、どのように広がっているのか聞いてみた。
阿部:40代はあっという間でしたね。そういえば、小日向文世さんに「阿部ちゃん、40代はモテるよ!」と言われたんですが、どこが!? と思いましたね(笑)。冗談はさて置き、仕事のペースがあまり変わっていないからなのか、特に大きな変化を感じることはないんですよね。ただ、やはりNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」をやらせてもらったというのは、大きな事でした。40代最後の時期に大河をやれて、今までお会いしたことがなかった役者さん、若いこれからの役者さんたちに会えたのは大きな財産。それと、高橋是清役で出演された萩原健一さんの最後の姿(今作が遺作になった)に立ち会うことが出来たというのも忘れられません。あとは、40代はマスクをしないで生活出来ていたんですよね。逆に50代に入ってから、ずっとマスクをしているなあ。それくらいで、他はあまり変わらない。僕自身が、自分の置かれている状況をあまり変えたくないというのもあるかもしれません。
そうは言っても、阿部が普段と変わらぬ阿部らしさを発揮すればするほど、興味を持ったクリエイターが集ってくるというのも必然といえる。今回の白石組では、阿部自身が若手キャスト陣との共演を楽しんでいる様子が伝わってくる。なかでも、ダブル主演を務めた岡田との対峙は心から堪能したようだ。
阿部:岡田君の芝居って、やっていて楽しくなるんですよね。「あ、そうやってきたの?」みたいな。彼が演じた雅也の歩む過程を知らないから、外でどんな芝居をしてきたかが見えていないんですが、目の前で発揮してくれるものが非常に面白かった。お芝居を見ても、すごく純粋であることが伝わってくるし、真っ直ぐな印象もあるから(演技のうえで)騙し甲斐があるなあと感じていましたね(笑)。
阿部が初めて映画に出演したのは、高橋伴明監督がメガホンをとったR-18指定の作品「愛の新世界」。そこからコツコツと丁寧にキャリアを積み重ね、再来年(2024年)には銀幕デビュー30周年ということになる。その間に出演した劇映画は、55本を数える。
阿部:そんなに経ったんですね。しかも、そんなに出演していましたか! 凄いなあ。本当にたまたまなんですが昨日、BSで「トキワ荘の青春」が放送されていたんですよ。あの作品が、映画の現場という意味では大きかったかもしれないですね。市川準監督の現場では脚本ってもちろんあるにはあったのですが、箇条書きで「これを言ってください」という撮り方だったんですよ。セリフを覚えて来なくていいというのは初めての体験で、興味深かった。昨日改めて見ていて、やっぱり面白いですよね。
名前の出ていない役者たちもたくさん出演していて、「死刑にいたる病」にも出演している鈴木卓爾さんも出ていて、いっぱい話をして勉強になったのを覚えています。古田新太さんや生瀬勝久さんもいらっしゃいましたしね。そうそう、水野英子という役で松梨智子さんという方も出演しているんです。最近見ていないなあ……と思って調べたら、沖縄のリゾートホテル「星のや沖縄」で料理長をされているんですね。人生いろいろで、本当に面白いですよね。「トキワ荘の青春」は、本当に良かったなあ。
また、主演を務めさせて頂いた水田伸生監督作「舞妓Haaaan!!!」も大事な作品です。それまでは共演者たちとの触れ合いが軸でしたが、主演作ではスタッフさんともすごく話すようになりましたし、徐々に変わっていくんだなと思ったことは記憶に残っています。役者の先輩についてですと、西田敏行さんと役所広司さん。特にああした方がいい、こうした方がいいって言わない方々ですが、芝居を通して「こうやって台本を読むんだな」って勉強させてもらいました。おふたりとも、誰に対しても態度が変わらないですしね。そういう人に憧れます。
かつて現場を共にした監督、役者の話だけで盛り上がったわけではない。コロナ禍に入ってからも映画館で鑑賞は続けているという。
阿部:「ドライブ・マイ・カー」も劇場で観ましたし、「SING シング ネクストステージ」も。シネコンで観ることが多いですが、片桐はいりさんがボランティアスタッフとして働いているキネカ大森にもよく行きますよ。最近は意外と思われるかもしれませんが、青春ものを楽しんでいます。「サマーフィルムにのって」(松本壮史監督)と「くれなずめ」(松居大悟監督)が面白かった。松居監督は「ちょっと思い出しただけ」も素晴らしいですよね。セリフの会話がいいんですよ。フジテレビで日曜朝に放送している「ボクらの時代」で池松壮亮さん、「クリープハイプ」の尾崎世界観さんと話をしている松居監督のサラッとした話し方に興味を持って、観てみたいと思ったんです。
銀幕デビュー30周年までの約2年のあいだも、阿部が無我無欲の姿勢で真摯に芝居と向き合って邁進する姿は想像に難くないが、これまで仕事をしてきていないクリエイターとの初対峙がひとつでも増えることを願わずにはいられない。