Vision : 特集
世界が認めた「あん」「光」河瀬直美監督10作目は《究極の到達点》
幾多の謎、深遠な主題、映像美──実力派俳優陣と放つ“メッセージ”とは?
“理解”は十人十色、いま映画ファンに委ねられた壮大な結末の“解釈”
「あん」「光」ほか、映像美と心を揺さぶるドラマが両立する作品群で世界的評価を集める河瀬直美監督が、記念すべき長編劇映画第10作「Vision」(6月8日公開)を完成させた。「イングリッシュ・ペイシェント」のオスカー女優、ジュリエット・ビノシュを筆頭に、永瀬正敏、夏木マリ、岩田剛典ら豪華実力派が出演。ミステリアスかつ美しい物語が、見る者に壮大なメッセージを送り届ける。
本作こそが「今こそ描きたかった作品」──河瀬監督史上最高の野心作に“共鳴”
J・ビノシュ、永瀬正敏、夏木マリ、岩田剛典ほか豪華実力派が次々に“集結”
この国際色豊かで、類いまれなる表現力を持った俳優たちの顔ぶれを見るだけで、本作がただの映画ではないことが容易に伝わってくる。長編デビュー作「萌の朱雀」でカメラドール受賞、「殯の森」でグランプリ受賞と、カンヌ国際映画祭に愛されてきた名監督が、節目となる長編劇映画第10作として「今こそ描きたかった作品」に取り組んだ。その野心と意欲あふれる思いに共鳴し、豪華実力派キャストが集結を果たした。
18歳で初めて8ミリカメラを手にしてから30年。鮮烈なデビューを果たしたのち、世界的評価も積み上げた今、キャリア最高潮のときに迎えた10作目の節目。奈良・吉野の山深い森という、こだわり続けてきた舞台に再び回帰し、これまでにないスケールで深遠なるテーマを描いた。数年前では不可能だった。まさに、「現在」の河瀬監督だからこそ実現できた「最高の到達点」と言って過言ではない。
アカデミー賞ほか、世界3大映画祭すべてで女優賞を獲得した大女優が、まるで運命に導かれるように主演を飾った。河瀬監督と出会ってすぐに意気投合し、次回作への出演を熱望。監督はビノシュを奈良を訪れるエッセイスト役として、脚本を書き上げた。
ジム・ジャームッシュ監督作にも出演し、世界からも評価された日本を代表する実力派が、「あん」「光」に続いて河瀬監督作に出演。監督との絶対的信頼関係のもとで演じ切る、孤独を抱えながら深い山で暮らす山守役。静かで熱い、魂の演技に引き込まれる。
撮影された映像を見て、スタッフでさえも彼女本人だと気づかなかったというほどのひょう依的演技を見せたのが、夏木マリ。携帯電話すら持たず、10日間山中で過ごして「役を積んだ」彼女が演じるのは、盲目の謎めいた老婆。圧倒的な実力と存在感に驚く。
「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」「去年の冬、きみと別れ」で注目を浴びる若手俳優、岩田剛典が、名監督のもと難役に挑んで、真の実力派として覚醒している。その姿は、ビノシュが「英語をマスターして世界に出るべき」と助言したほど魅力的だ。
高い身体能力をベースに培われた表現力。「怒り」でも見せつけたその独特の空気感を本作でも存分に発揮。幻想的なシチュエーションでの登場シーンから、彼が物語で重要な役回りを担っていることが分かる。まさに「役を生きている」熱演に注目だ。
その他にも、数々の作品で活躍する実力派たちが河瀬監督の思いに集った。名脇役として強い存在感を誇る田中泯は、森の奥でライフルを構える猟師役。現在はパリに拠点を置き、ワールドワイドに活躍する美波が、エッセイストと行動をともにする通訳役を演じている。
すべての“謎”が明かされたとき、壮大なドラマが立ち上がる――
河瀬監督は、“今”“何を”映画ファンに伝えようとしているのか?
本作はいったい我々に、何を伝えようとしているのか? フランスの女性エッセイスト、山を守るために働く山守、彼の前に現れるミステリアスな謎の青年、盲目の老婆──登場人物それぞれに“秘密”があり、物語には数々の“謎”がちりばめられている。「ビジョン」と呼ばれる幻の薬草を軸に、紡がれていく人々の物語。すべての謎がひとつにつながったとき、そこに壮大なドラマが浮かび上がる。
フランスの女性エッセイスト、ジャンヌ(ビノシュ)は、幻の薬草を求めて奈良の森にやってくるが、一度も来たことがない名もないような場所にも関わらず、確信に満ちている。彼女は何に導かれているのか?
山守の智(永瀬)がなぜ都会暮らしを捨ててこの地へやって来たのかも謎だが、彼の前に現れる青年・鈴(岩田)もまた謎に包まれている。彼はなぜ森の奥でひとり倒れていたのか? 彼はいったい何者なのか?
ジャンヌは、たびたび過去の遠い記憶のようなフラッシュバックに襲われる。美しい日差しが注ぐ湖畔で身を寄せ合う西洋人女性と、長髪の東洋人男性(森山)。慈しむ優しさと強い生命力を感じさせる彼の正体とは?
村の老婆アキ(夏木)も謎めいている。盲目ながらも「心で見る」と言い、すべてを見通すような口ぶり。智とジャンヌの出会いを導き、初対面のジャンヌに「やっと会えた」と告げる。彼女には、何が「見えて」いるのか?
最大の謎とも言えるのが、この「ビジョン」。吉野の森に存在することをジャンヌは確信し、智は知らないのに、アキは知っているという。出現の時が近いというこの薬草の正体、そしてその薬草がもたらすものとは何なのか?
1人目はヒューマン・ドラマ、2人目はサスペンス、そして3人目は……???
見る者によって姿を変える“七色の映画”、あなたは本作をどう解釈する?
映像美と濃密なドラマが共存することはもちろん、見る者の感性によってどのようにも解釈できる「映画的余韻」が多く含まれている作品ほど、映画ファンとして見応えを感じる作品ではないだろうか。「メッセージ」や「哭声 コクソン」、「パンズ・ラビリンス」「淵に立つ」といった作品のように、中心となるストーリーを持ちながらも、過剰かつ決定的な説明描写は用意せずに、最終的な判断は観客に委ねる。本作「Vision」もまた、そんな「映画ファン好み」な作品だ。
映画.comでは、3人が本作を鑑賞したが、ある者は「人々の営みとつながりを描いたヒューマン・ドラマ」と言い、またある者は「数々の謎が仕込まれた壮大なサスペンス」であると評した。それぞれの映画の見方、好みがそのまま反映される懐の深さがこの映画の特徴と言えるが、最も印象に残るのは、3人目が答えた「これは壮大な愛の物語じゃないかと思いました」というもの。もちろん主人公ジャンヌと智がひかれ合う愛の要素はあるが、それ以上に、親と子、社会、時代をもつないでいくスケールの愛と絆の物語であるというのだ。
もちろん、それが「正解」だと決して断定するわけではない。本作がこれほど振り幅のある、見る者によって姿を変える「七色の映画」であると伝えたいだけだ。世界的評価を集める実力派監督と、彼女のもとに結集した世界的な実力派俳優たち。彼女らが作り出した壮大なメッセージの解釈、あなたの「答え」は……?