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認知症のしげきと事故で幼い息子を亡くしグループホームで働く真千子の魂の邂逅を豊かな自然あふれる奈良県の山間部を舞台に河瀬監督は描出している。
しげきは33年前に妻の真子を亡くし今でも心の底でずっと思い続けている。書道をおこなっているとき、真千子が自分の名前を書くとしげきが千の字を墨で消す。残った文字は真子。しげきの真子への強い想いを感じる。
死した人を想う気持ちはしげきも真千子も同じだ。ある日畑で二人が追いかけっこをしているとき、二人の魂は共鳴する。しげきと真千子が車で出かける。しかしアクシデントがおこり、しげきの姿が消える。真千子は必死に探ししげきを森の入口で見つける。しかししげきはどんどん森の中へ入っていく。真千子も必死についていく、道なき道を。雨が降り出し二人はずぶ濡れになる。火をおこし暖をとるがしげきは寒さで震えている、真千子はしげきの肌着を脱がせ、自分も上半身裸になりしげきをしっかり抱きしめ暖める。わずかなあかりのなか、二人が抱き合う姿はまさに二人の魂が邂逅している感動的なシーンだ。
夜が明けてまた森のなかをさまよう。そしてついに真子の弔いの場へたどりつく。殯。妻のすべての記憶がある場所。そこにしげきは穴を掘る。手伝う真千子。生と死が神秘的に一体となる。生と死は別物なのだろうか。死んでも誰かの魂のなかに生き続けているのではないか。
しげき役のうだしげきと真千子役の尾野真千子は台詞でごまかさない、自分の身体、感覚、感情のみで、生と死に向き合う姿には神聖さが宿っていた、河瀬監督は自然豊かな奈良県の森のなかで生と死に向きあう、うだしげきと尾野真千子にじっくりカメラを向け、自らが生と死を問い続けているようだ。すべては、天、神、運命、さだめが決める。人間の力の及ばない神秘な場、それこそが「殯の森」であったのだ。
ありきたりな日常は、生と死に向きあうことはほとんどできない。この映画をとおして人間の無力さを知るとともに、死があるからこそ生があることを意識して生きていくことを考えさせられた。人には「さだめ」がある。あらがうことはできない。生と死は一体なのだ。