ネルーダ 大いなる愛の逃亡者 : 特集
映画通のあなたに──本作で「映画偏差値」を確かめてみませんか?
ロマンティックな文芸作品なのか、スリリングな逃亡劇なのか──
“見る人の感性”によって解釈が変わる《今までにない独創的サスペンス》
1971年にノーベル文学賞を受賞した国民的文学者でありながら、共産主義政治家としての思想から国外逃亡を余儀なくされたチリの偉人パブロ・ネルーダを題材にした「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」が、11月11日から全国公開。「モーターサイクル・ダイアリーズ」のガエル・ガルシア・ベルナルをメインキャストに、「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」の実力派監督パブロ・ララインが、映画通の「見る目」を問う異色サスペンスを撮り上げた!
英雄の正体は? 語り部の存在意義は? 詩的表現が含まれた台詞が示すのは?
これまでのあなたの映画経験が、いま問われる──
ノーベル文学賞を受賞した詩人にして、共産主義の政治家。チリの国民的ヒーロー、パブロ・ネルーダの「本当の姿」を、映画ファンに挑戦するかのような独創的な作風で描き出す注目作の登場だ。貧しい者に寄り添う博愛主義者であり、その思想のために、生涯の大半をチリ政府から追われて送ることになったネルーダ。彼の逃亡生活のある1年間に焦点を当て、大統領の命を受けて追跡を開始する警官ペルショノーとのスリリングな逃亡劇、ノーベル賞受賞のきっかけとなった詩集「大いなる歌」誕生秘話が描かれる。
チリの国民的コメディアン・俳優のルイス・ニェッコがネルーダ役、スペイン語圏のみならず、ハリウッド、日本でも人気のガエル・ガルシア・ベルナル(「モーターサイクル・ダイアリーズ」「バベル」)がペルショノー役として熱演を披露。アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作「NO」や「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」のパブロ・ラライン監督が、作品の構造に巧みな「仕掛け」を用意して、観客の「映画偏差値」=これまでの映画経験を試しに掛かる! 数々の「疑惑」に満ち、見る者の感性によっていかようにも解釈できる変幻自在なサスペンス作に、あなたもぜひ挑んでみてほしい。
社会的弱者の目線で社会を変えようとし、その思想を美しい言葉でつむいだチリの政治家・詩人が本作の主人公ネルーダ。94年のイタリア映画でアカデミー賞5部門ノミネートの「イル・ポスティーノ」にも登場し、聖人君子ぶりを見せたこの人物だが……本作では酒と女に溺れまくっている!? こんな快楽主義者が、本当にチリの英雄なのか……?
本作では全編に渡って、何者かによるモノローグ(独り語り)が流れているが、通常の「歴史的な人物を追った映画」なら、その主人公の心の声があてられるもの。だがこの映画ではそのルールが破られ、主役のネルーダではなく、彼を追う警官が語り部となって、物語が進んでいくのだ。映画を見慣れた者なら「これは何かおかしい」と感じるはず。この「仕掛け」の理由がずっと心に引っ掛かる……。
なぜ語り部が警官なのか?という疑惑は、彼がネルーダの居どころに近づいていくごとに大きくなっていく。追えば追うほど警官がネルーダに魅了されていくさまがモノローグで語られ、逃亡・潜伏の緊張が高まるほど、ネルーダがノーベル賞を受賞することになる詩集「大いなる歌」の筆が進んでいくのだ。警官とネルーダは、まるで表裏一体のような関係に見えるが……その真相とは!?
「実話を基にした社会派サスペンス」と「ロマンあふれる文学作品」の融合──
“あの傑作たち”をたしなんできた映画ファンなら本作を味わいつくせる
「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったものだが、本作で描かれる偉人ネルーダもまた、こんな人物が実際にいたのかと驚かずにはいられない経歴の持ち主だ。それこそ、もしフィクションの登場人物として設定したなら、「こんなキャラクター、成立しないでしょ?」と突っ込まれそうなほどに。詩人と政治家、相反しそうな性質を持つ主人公だからこそ、本作には、社会派サスペンスの肌触りと、文学作品を思わせるロマンが両立している。どちらに引きつけられるか、見る者の好みによって、どちらのジャンルにも変貌を遂げるのだ。
「政府に追われた実在の政治家の逃亡劇」と聞けば、一気に実録社会派サスペンスのニオイが濃厚になる。南米の革命家の闘争を追った「チェ」2部作や、本作のラライン監督が手掛けた「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」でも描かれた、ジョン・F・ケネディ米大統領暗殺事件にまつわるサスペンス「JFK」に見入った映画ファンなら、共産主義が台頭した当時の空気感はぴったりなはず。「スポットライト 世紀のスクープ」のような硬派なノリが好きだという人も、本作の緊迫感を楽しめるだろう。
「ノーベル賞詩人の豊かな言葉にあふれた愛欲劇」と表現したなら、本作は傑作文学の映画化や、文学者の偉人伝としての香りが湧き立つ。傑作文学映画といえば、キーラ・ナイトレイ主演の「つぐない」「プライドと偏見」や、「ロミオ&ジュリエット」等のシェイクスピア作品、ミュージカルでも人気の「レ・ミゼラブル」が浮かぶ。また、「ココ・シャネル」「クリムト」など芸術家自身を描く作品も、美しい表現が見る者を楽しませてきた。そんな映画が好きなら、本作の詩的表現に心がときめくはずだ。
この映画をどう受け止めるかは“自由”でいい!
映画ライターが解き明かす──なぜ本作が斬新で高く評価されているのか?
カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品されたことを筆頭に、ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネート、米大手批評サイト「Rotten Tomatoes」でスコア「94%」獲得(10月27日現在)という高評価を受けている本作。「見る者の関心や嗜好(しこう)によって見え方が変わる」という自由度の高い作品を、映画ライター・村山章氏が鑑賞。高い評価、そして斬新さの秘密に迫った。