コラム:下から目線のハリウッド - 第24回

2021年12月17日更新

下から目線のハリウッド

なぜ「クリスマス映画」はハリウッドから消えたのか?

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、間近に迫ったクリスマスをテーマにした映画。80~90年代には毎年のように劇場を賑わせていたクリスマス映画は、なぜつくられなくなったのか? その時代的変遷と、おすすめのクリスマス映画について語ります!


三谷:もうクリスマスも近くなってきましたけれど、映画の中でも「クリスマス映画」というのはやっぱり一大ジャンルですよね。

久保田:恋人と一緒に観る、みたいな。

三谷:アメリカだと恋人というよりも家族の団らんが描かれることが多いんですよね。

久保田:そうなんですか?

三谷:「家族っていいよね」「人とのつながりは大事だよね」ということを、クリスマスを舞台に語るのがクリスマス映画の王道という感じですね。

久保田:へー!

三谷:日本と違って、アメリカだとクリスマス自体に恋愛要素はあまりないんです。恋愛要素があるのはむしろ年末年始のほうです。

久保田:じゃあ、クリスマスが年内の家族団らんの締めくくりみたいな感じで。

三谷:そうそう。

久保田:チキンを食べて。

三谷:あ、チキンは食べないですね。

久保田:え?

三谷:食べる家もあるとは思いますけれど、アメリカでは日本のようにみんながみんな揃ってチキンを食べたりはしないんですよ。なので、クリスマスバーレルみたいなものも特にはないです。

久保田:えぇ~? じゃあ、何食べるの?

三谷:それは……みんなで思い思いのものを(笑)。

久保田:ケーキは?

三谷:それも、「クリスマスだから」みたいな感じはないですね。さらに言うと、多様な人種の国なので、クリスマスを祝わない人も大勢いますし。

久保田:あー、そっか。そこはやっぱり文化の違いだなぁ……って、それはそれで面白いけど映画と全然違う話しちゃってるね(笑)。

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三谷:でも、じゃあなんでクリスマスが世界的行事として知られるようになったのかというと、その理由のひとつは映画だという話もあります。

久保田:「クリスマスはこういうものですよ」って知ってもらうため、みたいな?

三谷:そうです。「冬の寒い中、みんなで集まって家族の団らんや絆を感じよう」ということですね。それが映画としての興業にもつながっていたんです。

久保田:家族の団らんと映画がつながってるってどういうことですか?

三谷:まだインターネットが発達していない頃は、「家にいてもやることないし、ちょっと出掛けようか」「あ、そういえば映画館でクリスマス映画をやってるよ」みたいな感じがあったんですよね。それに合わせてクリスマスを舞台にした映画をつくろうという流れができて、クリスマス興行が一大イベントになっていったというわけです。

久保田:なるほどー。大作映画を出す、というより、クリスマスがモチーフの映画であることのほうが大事だったんだ。

三谷:そうです。そこから時代を経て、大作映画がクリスマスに出てくる流れへ変わっていったんです。

久保田:どのあたりから変わっていったんですか?

三谷:ひとつ節目になったと言われている作品が「ロード・オブ・ザ・リング」(米国公開:2001年12月19日)です。

「ロード・オブ・ザ・リング」
「ロード・オブ・ザ・リング」

久保田:大ヒットしたよねー。

三谷:この作品が、「クリスマスに公開する映画は、クリスマス映画じゃなくてもヒットする」ということを証明してしまったんですね。なので、逆に最近は、いわゆる「クリスマス映画」というものは見かけなくなってきていると思うんです。

久保田:あー、でも確かにそういう映画の印象は薄いかも。

三谷:ちなみに、今年(2021年)に日本でクリスマス時期に公開される映画は「キングスマン ファースト・エージェント」や「劇場版 呪術廻戦 0」といったラインナップですし、アメリカでは「マトリックス レザレクションズ」や「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」などがあります。

「キングスマン ファースト・エージェント」
「キングスマン ファースト・エージェント」
「劇場版 呪術廻戦 0」
「劇場版 呪術廻戦 0」

三谷:ここからはクリスマス映画のルーツをもうちょっと深堀りしていきたいかなと思うんですけれど。

久保田:はいはい。

三谷:クリスマスを題材にした作品の走りとしては――これは何度も映画化もされていますけれど――19世紀に出版されたチャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」が挙げられるかなと。

久保田:有名な作品ですよね。

三谷:この作品では拝金主義者のスクルージという老人が、3人の幽霊と出会って、過去・現在・未来を体験することで、人としての善い行いや人とのつながりの大切さを知る、という感じの内容なんですが、この作品からクリスマスの家族団らんや絆を大事にするというイメージが生まれていったんですね。

久保田:それが小説から、映画でも表現していこうってなっていったわけだ。

三谷:そうです。その流れがあって1946年に「素晴らしき哉、人生!」という映画が生まれます。

「素晴らしき哉、人生!」
「素晴らしき哉、人生!」

久保田:名前だけ知ってます。有名だよね?

三谷:ものすごく有名です。これがアメリカ人のクリスマス映画の定番と言われています。

久保田:相当古い作品だけど、今も観られているんですか?

三谷:アメリカでは今も観る人はいますし、TVとかで流れたりもします。ちなみに、映画としてもとても緻密に作られていて――非常に面白いのでおすすめです。

久保田:それは気になるね。

三谷:その翌年にも「三十四丁目の奇蹟」という名作がクリスマス映画として生まれたりしていって、それが80~90年代になると、毎年のようにクリスマス映画が出てくるようになったんです。

久保田:たとえばどんな作品がありますか?

三谷:「ダイ・ハード」(1988)、「ホーム・アローン」(1990)、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(1993)、「ジングル・オール・ザ・ウェイ」(1996)とか、いろいろあります。

久保田:そろそろ「ロード・オブ・ザ・リング」(2001)が近づいてきたね。

三谷:そうです。そのあたりからハリウッドの業界が「これは……クリスマス映画じゃなくて、大作映画を出したほうがいいんじゃない?」と気づき始めて、「大作映画はクリスマスを過ぎても観られるので興行的にもいいよね」ってなっていったんです。

久保田:なるほどねー。

三谷:その頃からクリスマス映画から大作映画へ徐々に移行していくんですが、決定的に大作映画の流れになったのは2006年だと言われています。

久保田:なにがあったんですか?

三谷:その年ににアメリカで公開されたクリスマス映画が軒並みヒットしなかったんです。たとえば、「ライトアップ! イルミネーション大戦争」(2006:日本劇場未公開)や「エアポート・アドベンチャー クリスマス大作戦」(2006)などですね。ハリウッドはヒットを求めますから、そこからどんどんクリスマス映画は下火になっていってしまったんです。

久保田:そこが時代の変わり目だったわけだ。

三谷:時代という意味ではもうひとつ背景もあって、それがアメリカの興行市場と海外の興行市場の比率なんですね。

久保田:ほうほう。

三谷:昔はアメリカ対海外で6:4くらいだったのが、どんどん海外の市場が大きくなって今では、3:7くらいだと言われています。

久保田:もう倍くらい違うんだ。

三谷:そうなるとクリスマスになじみのない文化圏も市場として大きくなってくるので、それもひとつの要因と言えると思います。そんな感じで、劇場公開されるクリスマス映画は昔に比べてかなり減っているのですが、最近はこのトレンドに対して、ネットフリックスなどで少しずつ、新しいクリスマス映画が出るようになってきています。クリスマス映画自体の需要がなくなったわけではないけれど、大々的に劇場公開するほどのジャンルではなくなった、という感じですね。

久保田:なるほどね~。いやぁ勉強になるね。今回、クリスマス映画の名前がたくさん出てきましたけど、1本選んでおすすめするとしたらどの作品ですか?

三谷:やっぱり「素晴らしき哉、人生!」は一度は観てほしいですね。

久保田:「素晴らしき哉、人生!」を観て、素晴らしい年末にしてほしいですね。

三谷:いいですね。ぜひぜひ。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#25 いつの間にか製作されなくなった「Xmas映画」の事情とは?)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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