コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第30回
2016年1月26日更新
2015年の仏映画興行はコメディの圧勝 2016年期待作に黒沢清初の海外作品など
2015年の興行成績を振り返ると、フランス映画にとっては必ずしも良い年だったとは言えない。「スター・ウォーズ フォースの覚醒」や「007スペクター」「ジュラシック・ワールド」など、昨年はハリウッドのフランチャイズが続いたせいか、フランス映画のシェアは一昨年の44パーセントから35パーセントに落ち込んだ。興行ベスト10に入ったフランス映画はわずか2本。7位の「Les nouvelles aventures d'Aladin(442万人)と、10位の「Les Profs 2」(349万人)で2作ともコメディである。ちなみにこの2本に続くフランス映画の興行ベスト5は、家族ものコメディの「Papa ou maman」(289万人)、リーアム・ニーソン主演のシリーズ「96時間 レクイエム」(261万人)、コメディ俳優ジャメル・ドゥブーズが監督したアニメ「Pourquoi j'ai pas mangé mon père」(241万人)となっている。相変わらずコメディの圧勝というべきか。
驚くことに、昨年もっとも活躍した俳優はダニー・ブーンでもジェラール・ドパルデューでもない。ケブ・アダムという24歳の新鋭で、先出の7位と10位の作品両方に主演している。つまりアダム人気によるヒットというわけだ。もともとテレビのコメディドラマシリーズで人気を博し、映画界に進出。ここ2年ほどであっという間にスターになった。日本でいう、お笑いタレントに近い存在かもしれない。
一方、批評家に評価の高かった作品としては、アルノー・デプレシャンの「あの頃エッフェル塔の下で」、カンヌ国際映画祭のオープニングを飾ったエマニュエル・ベルコの「La tête haute」、ジャック・オディアールによるカンヌのパルムドール作品「ディーパンの闘い」、批評家と文化人により選ばれるルイ・デリュック賞を受賞したフィリップ・フォコンの「Fatima」、そしてアカデミー賞外国語映画賞のフランス代表に選ばれた仏、独、トルコ合作の「裸足の季節」などがある。もっとも「裸足の季節」の舞台はトルコで、全編トルコ語なだけに、フランス映画というイメージからは遠い。自由を求める5人姉妹の物語は、トルコ版「ヴァージン・スーサイズ」と評され、これが初長編であるドゥニズ・ガムゼ・エルグバン監督の、詩的でリリカルな演出が評価された。
翻って2016年の期待作といえば、日本で一足早く公開になったジャック・ペランとジャック・クルーゾのネイチャー・ドキュメンタリー「シーズンズ 2万年の地球旅行」、オマール・シーが実在の黒人道化師に扮する「Chocolat」、フランソワ・オゾンがピエール・ニネを起用した「Frantz」、ミア・ハンセン=ラブとイザベル・ユペールが初コンビを組み、2月のベルリン映画祭のコンペティションで披露される「L'Avenir」あたり。ユペールはこの他にもミヒャエル・ハネケとポール・バーホーベンの新作(ユペールによればバーホーベンの作品は「ピアニスト」的なキャラクターなのだとか)が控えており、今年も活躍が期待される。
さらに黒沢清初の海外作品となる、タハール・ラヒムとオリビエ・グルメ共演の「ダゲレオタイプの女」にも要注目だ。昨年パリとその近郊で撮影された本作は、黒沢監督が得意とするサスペンス・ホラー。ダゲレオタイプと呼ばれる、世界初の写真撮影法を現在も用いる写真家(グルメ)にまつわる家族の秘密を、彼の娘に恋をした弟子(ラヒム)が解き明かしていくというストーリーである。
黒沢監督は初めてフランス人クルーと組んだ撮影について、「日本と何か大きく違うことがあるんじゃないかと最初は心配しましたが、杞憂でした。映画はやはり世界共通言語のようです」と語り、「1本の見紛うことのないフランス映画ができあがりました」と公言している。昨年、幸運にも撮影を見学させてもらう機会があったのだが、監督はやはりとても冷静でマイペースな印象だった。フランス人スタッフといえば、通常はカットの声が掛かると陽気に冗談を言ったり、案外カジュアルな雰囲気があるものの、黒沢組の現場は静寂に包まれ、監督のムードをリスペクトする空気が伺えた。そのなかで、以前から黒沢監督の大ファンだというラヒムが頻繁に自分の思いついたアイディアを相談していた。黒沢監督はセリフのディテールの変更などにはそれほどこだわりがなさそうで、俳優たちに自由を与えつつ、だが実際はそこから狙い通りのものを引き出していく、そんな演出術が伺えた。
日本公開は今秋予定だが、海外でも注目の高い監督だけに、国際映画祭などに招待される可能性は高いだろう。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato