コラム:挑み続ける男 大友啓史10年の歩み - 第4回

2021年4月20日更新

挑み続ける男 大友啓史10年の歩み

「秘密」「ミュージアム」で挑んだオリジナリティーの追求

10回連載の特別企画【挑み続ける男 大友啓史10年の歩み】。第4回は、2016年に公開された「秘密 THE TOP SECRET」と「ミュージアム」の製作背景について。現代を舞台にした漫画原作の映画化にはどんな工夫があったのか、オリジナルを撮りたいという葛藤はあったのか。作品ごとに「日本映画でどこまでできるのか」を自身に問いかけてきた大友監督のオリジナリティーの追求と挑戦についてうかがいました。(取材・文/新谷里映)

──2016年に公開された「秘密 THE TOP SECRET」と「ミュージアム」。前者は、死者の記憶を映像化し犯罪捜査を行う科学警察研究所法医第九研究室が舞台。後者は、雨の日だけに起こる猟奇殺人事件を追う刑事が主人公のサイコスリラー。どちらも難しい題材、そしてどちらも漫画原作でした。大友監督が漫画原作を手掛ける特別な理由はあるのでしょうか。

僕自身が求めているというよりも時代の流れだと思います。ビッグバジェットは特に6~7割が漫画、3~4割が小説になっている。そんななかで声のかかった「秘密 THE TOP SECRET」と「ミュージアム」は会社(NHK)を辞めて5~6年目の時期、まだ声をかけていただいた仕事は断らずにやろうという姿勢の頃でしたね。ただ、引き受ける基準は相変わらずで、その企画に、これまで自分が触れたことのないものがあるかどうか、もしくはこの俳優と仕事をしてみたいという興味ですね。「秘密」の場合は脳科学の世界、死者の記憶を映像化するという設定を日本映画でどこまでできるのか、それを僕なりに探った作品でもあります。ちょっと無理目な題材に挑戦することで、その時点でできることとできないことの線引きが明確になり、それをまた次の作品で活かすことができる。

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──なるほど。第3回でうかがった「プラチナデータ」の後に「るろうに剣心 京都大火編」「るろうに剣心 伝説の最期編」を挟みますが、「プラチナデータ」での挑戦や明確になったものを「秘密」は最大限に活かせる作品だったと。原作漫画は大友監督自身も以前から興味を持っていたそうですね。

清水玲子さんの作品が好きで、なかでも「秘密」を読んだときは、そのアイデアと巧みなプロットに惹かれ、いつか映像化に挑戦してみたい企画の一つでした。脳科学やMRI捜査は現実的であっても、死者の記憶を映像化する設定は、漫画ならではの、ある意味耽美的な世界観を前提に成立する題材でもある。映画として、どうやって構築するか、脳のなかの記憶をどういうシステムで映像として再現できるか、ハードルはありました。というのも、原作ではシステム自体には触れていないので、それを映画的なアプローチで可視化する、実はそこがこの映画(製作)における一番の面白さだと思ったんですよね。

──生田斗真さん演じる薪、岡田将生さん演じる青木、彼らが無数の線で繋がったあのMRIスキャナーを被るシーンがまず斬新でした。そこから映し出される死者の脳内記憶の映像についても、記憶とは一体何なのかを考えさせられました。

そうなんです、脳内の記憶を可視化するということを考えると、実はもの凄く興味深いことに辿り着きます。人の記憶は、過去の事実がそのまま映像として残るのではなく、記憶から消し去られたり美化されたりもする。初恋の人との思い出がどんどん甘く切ないものになっていく、そのようなことです。つまり、時間の経過とともに脳内に残る「記憶」は変化していくのではないかと。映画のなかの特殊脳内捜査チーム“第九”は、脳のプライベートな情報をデータ化して、可視化して、それをもとに迷宮入りした事件を解決しようとするけれど、記憶は必ずしも事実ばかりではなく、曖昧な記憶もあれば、自分自身が見た夢や映画やテレビから得た映像も混在する。そんなふうにいろいろな記憶が絡み合って変容した記憶は、果たして犯人を決定づける証拠になり得るのか──そこにこの企画の面白さを感じました。また、この映画の準備をしている当時は、個人情報保護法(2003年5月23日に成立、2005年に施行)の10年ぶりの改正が取り上げられていた時期でもあって。

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──タイムリーでしたね。

脳は究極の個人情報ですからね。当時、個人情報について考えながら思ったのは、人には宗教の自由、信仰の自由、想像の自由、精神の自由があるけれど、この映画では脳内に入り込んで捜査をするわけですから、それは想像や精神の自由というプライベートな領域にまで踏み込むことでもある。相当やばいよね、と。この題材を通して “個人の尊厳”をめぐる問題に間違いなくアプローチできると思いました。ただ、どうやって脳内の記憶をアウトプット(表現)するのか……。「プラチナデータ」の時と同様に、システムを作っていくときのテンプレートがなかなか見つからなくて。ただただ時間が過ぎていくばかりだったのを覚えていますね。

──前回のお話でいう「マイノリティ・リポート」のようなテンプレートを日本映画で、「秘密」で、どう表現するのかという壁ですよね。

そうです。いくつか参考になりそうな作品を観るものの、観ると同じ発想になってしまう。すでに作られたテンプレートをベースに作らざるを得なくなってしまうけれど、それ以外で伝えることもできるはずだと。たとえば、脳内映像の質感、第九(研究所)のセットのディテール、少し未来を感じるスーツ(衣装)へのこだわりは、かなりうまく行ったのではないかと思います。

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──なかでも、第九のセットの随所に建築美を感じました。いわゆるハイテクとは逆の要素も取り入れていたというか。

色々リサーチした結果、温故知新、古いもののなかに新しいものがあるという発想を「秘密」ではやってみようとなって。フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル、ジョサイア・コンドルの鹿鳴館や三菱一号館などの建築を参考に、明治~昭和初期の時代を感じる構造的な特徴を選んで、ロケ地やセットに取り入れました。その時代のデザインはモダンで芸術的で、今のわれわれから見ると近未来にも見える。古さのなかに新しさを見出そうという美術プランでした。

──限られた予算と時間のなかでの創意工夫、それも挑戦ですね。ほかにも「秘密」ならではの挑戦はあったのでしょうか。

死者にも感情がある、という僕の身勝手な仮説を具体化することですね。脚本上には「死体から涙が流れる」というト書きを書き込みました。友人である鈴木(松坂桃李)の記憶を薪(生田斗真)が見るシーンで、2人が脳内で繋がり、事件に関する秘匿したかった記憶だけでなく、鈴木と薪、2人の美しい思い出が映し出される。その時、死体(=鈴木)の目から一筋の涙がこぼれ、魂の視点で世界を見ているようなカットになる。死者にも感情が「残っている」ことを表現したかったんです。その撮影で強く印象に残っているのは、死んだ状態で涙を流すって、めちゃくちゃな芝居を桃李くんに要求してしまったことですね。本人は「やってみます」と言ってくれたけれど、目を閉じたまま、筋肉を動かさずに涙を流す──なんて無茶な要求をしてしまったんだろうって(笑)。でも、どうしてもそのカットは必要でした。あの涙によって、薪が鈴木に救われる瞬間だったので。

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──鈴木の横顔と頬を伝わる涙、記憶に残っています。美しく温かいシーンでした。そして「秘密」の後に撮った「ミュージアム」もまた、難しい題材でした。

ミュージアム」も原作がすごく面白い設定ではあるんですが、アーティストだと名乗るカエルのマスクを被った謎の男が雨の日だけに現れて、次々と猟奇的な殺人を繰り返していく、その描写を映像で、映画で、どこまで表現するのか──というのはありましたね。配給側は、G(年齢を問わず誰でも見られる)を望んでいましたから。僕としては、カエル男などの造形描写、死体の描写、残虐なゴア描写、ホラー描写はやったことがなかったので挑戦してみたいという思惑はある、でも年齢制限を考えると表現が難しい……と悩んでいるときに、担当の宣伝マンが「あなたは、最悪のラストを期待する」というキャッチコピーを用意してきて。そのコピーを見て、感覚として何か見えたというか。あまり余計なことを考えずに、自分が面白いと思ったことを素直にやればいいかなと、そう思えた。ただひとつ、条件を出したのは小栗旬でやりたいと。カエル男を追う主人公の沢村刑事は、仕事ひと筋。そんな男と彼の家族が事件に巻き込まれていく人間ドラマでもある。当時、小栗くんは父親になったばかりだったこともあって、それまでとは違う小栗旬を、この役で見ることができるんじゃないかと思った。ずっと以前から、小栗くんとは絶対仕事したいと思っていたんですよね。小栗くんとご飯を食べながら「ホントにやるんですよね」「ホントにやるんだよ」って、お互いに覚悟の探り合いをしたのをよく覚えています(笑)。

──たしかに覚悟は必要ですよね。

それと、これは漫画原作の映画化において時々あることだろうと思うのですが、その漫画自体がいろんな映画に触発されて作られた場合、そのまま原作を映画化すると、既存の映画に寄ってしまうんですよね。この「ミュージアム」を読んだときに真っ先に思ったのは、「セブン」とか「オールド・ボーイ」といった映画に影響を受けていること。映画にインスパイアされた漫画自体は面白いけれど、そのまま映画にしてしまうと、言い方は悪いですが、元ネタの存在をつまびらかにし、二番煎じの作品と受け止められてしまうのは目に見えている。「ミュージアム」をどう映像化するかというよりも、映画としてのオリジナリティーをどこに見いだせばいいのかが難しかった。

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──ですが、類似するところはあっても観終わった後に残る余韻や感想はまったく別物でした。

そう言ってもらえると嬉しいですね。どうやってオリジナリティーを出すか、試行錯誤の末「ミュージアム」は家族の物語とストレスというモチーフにこだわったんですね。それが「セブン」との差別化になるはずだと。「セブン」は聖書の原罪をベースにしていて、それが映画の肝になっています。この映画も、何か通奏低音になるモチーフを見つけなければいけない。日本は無宗教社会ですから、宗教観をベースにすると現実から乖離してしまう。そこで考えたのが、なぜカエル男はマスクを付けているのか、彼のバックボーンです。光線過敏症による身体の状態が精神に与える影響、彼自身のストレスと、ストレス社会と、ストレスの連鎖をキーワードにした。日本は世界にも稀なストレス社会で、当時叫ばれていた“キラーストレス”という言葉に触発され、そのラインで勝負するしかないと思ったんです。この素材をミステリーとかサスペンス、ホラーに落とし込むのではなく、ストレスという切り口を武器に、むしろドラマに落とし込む、家族のドラマという視点ですね。

──その設定に見事ハマりました、刺さりました。映画を観ながら「あなたは、最悪のラストを期待する」というキャッチコピーのとおり「セブン」のような結末かと思いきや、まったく異なる着地。何をテーマにするかでこんなにも変わるのかと驚きました。

カエル男がスイートルームと呼ぶ部屋に沢村刑事が監禁されるシーンは、おそらく(原作では)「ソウ」を意識していると思うんですが、そういうシーンにおいてもなるべくドラマ的な深堀りを意識して。沢村自身の父親との記憶や、妻子との向き合い方、閉じ込められて追い込まれていくことで、彼は自分自身の行いを思い知っていくわけです。そのシーンの小栗旬がいい芝居しているんですよ。

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──小栗さんの追いつめられていく姿はドラマチックでしたし、あのスイートルームも、そこと繋がっているカエル男の部屋(キッチン)も、いい意味で本当に気持ち悪かったです。

気持ち悪いですよね(笑)。大友組でずっと装飾をやっている渡辺大智がセットを作りながら言っていたのは、太陽の見えない場所で作業していると、日差しの下に出られない生活がどんなものであるのかを痛感する、太陽を感じることのできないカエル男の気持ち、ストレスがどれほどのものかが分かる気がすると。理由なくサイコパスとして描くのではなく「なぜ、彼は……」を掘り下げる、セットひとつとっても発明があったと思うんです、もちろん原作にも。

──そもそも、大友監督はスリラー、ホラーといった映画は好きですか。

スリラーはオールタイムでたくさん観ていますが、ホラーは中高生の時がメインでしたね。「13日の金曜日」シリーズなどが公開されるたびに、友達とワイワイいいながら劇場に行っていました。ですが「悪魔のいけにえ」を観たときに、なんでこんな映画を作ったんだ!って、ややトラウマになってしまって(笑)。観客としては、あまり得意なジャンルじゃないかもしれない。ただ作り手としては別です。この映画にはホラー的な要素も必須ですから、撮影前には、主に古典的なホラー映画をいくつか観直しました。最近のものというより「エクソシスト」や、「サスペリア」で知られるダリオ・アルジェント監督のホラー作品、「オーメン」シリーズ等、僕が子供の頃に観ていたものがメインですね。刺激的なゴア描写に流されることのないよう、どこか端正さを残した作品にしたいなと。まあ、今ではもっと過激にやれば良かったかなと思ったりもするのですが(笑)。

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──「ミュージアム」の場合は、ジャンル映画的な怖さ以上にドラマ性としての怖さもある、感動もある。そういう意味では、決して忘れられない映画になっています。「ミュージアム」を経て、新たに挑戦してみたくなったこともあったのでしょうか。

カエル男は雨の日にだけ現れるので、シーンごとの雨をどう降らせるのか、雨という挑戦もあった作品ですね。カーチェイスシーンもありましたが、やはり日本でのカーチェイスは難しいことが多く、限界を感じました。なので「るろうに剣心」でアクションに変化をもたらしたように、カースタントのプロフェッショナルと組んで、街を借りて、もしくは街ひとつ作って、カーチェイスシーンを撮影してみたいという願望が生まれたり。まだまだ挑戦することはたくさんありますね。

【次回予告】
第5回は大友監督の本質でもある、ドラマ回帰となった映画「3月のライオン 前編/後編」について。俳優・神木隆之介との仕事、プロフェッショナルとは何かを語っていただきます。

筆者紹介

新谷里映(しんたに・りえ)。雑誌編集者を経て現在はフリーランスの映画ライター・コラムニスト・ときどきMC。雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、オフィシャルライターとして日本映画の撮影現場にも参加。解説執筆した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」(インプレスブックス)発売中。東京国際映画祭(2015~2020年)やトークイベントの司会も担当する。

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