コラム:細野真宏の試写室日記 - 第61回

2020年2月13日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)

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第61回 試写室日記 「1917 命をかけた伝令」。2020年(第92回)アカデミー賞の総括と「邦画」の未来。そして「1917 命をかけた伝令」のポテンシャルは?

2019年12月16日@TOHOシネマズ日比谷(完成披露試写会) 配給元:東宝東和

日本時間の2020年2月10日(月)にアカデミー賞の受賞作が発表されましたが、今回、私が特に注目をしていたのは「主演男優賞」「作曲賞」「歌曲賞」「長編アニメーション映画賞」でした。

そして、次の関心事が「脚色賞」と「脚本賞」。最後は「作品賞」と「監督賞」でした。

この私の優先順位は例年とかなり異なりますが、それは以下のような理由がありました。

まず「主演女優賞」はレネー・ゼルウィガー(「ジュディ 虹の彼方に」)、「助演男優賞」はブラッド・ピット(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」)、「助演女優賞」はローラ・ダーン(「マリッジ・ストーリー」)というのは、前哨戦から結果は見えていましたし、これには違和感がなかったからです。

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ただ、私の中での“最大の注目”であった「主演男優賞」のホアキン・フェニックス(「ジョーカー」)の結果については、前哨戦では少し割れていたので「まさか、は起きないよね?」というのがありました。

また「作曲賞」も、これは「ジョーカー」が取るべきだと思っていたのは、決して「派手な音楽」ではないのですが、撮影前に作曲され、それを基に演技やディレクションの方向が決まったりと、「ジョーカー」を最多11部門ノミネートにまで押し上げた影の立役者でもあるためでした。結果は、どちらも順当で安堵しました。

そして「歌曲賞」ですが、やはり「(I’m Gonna)Love Me Again」(「ロケットマン」)と「Into The Unknown」(「アナと雪の女王2」)の戦い、という構図になりましたが、「(I’m Gonna) Love Me Again」(「ロケットマン」)に軍配が上がりました。

これは個人的なデータですが、特に意識はせずに、洋画では「(I’m Gonna) Love Me Again」(「ロケットマン」)を自然と一番多く聴いていた自分がいたので、やはり強かった、という印象です。

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通常は「アナと雪の女王2」の「Into The Unknown」のように作品のメインテーマ曲の方が強いのですが、「ロケットマン」では最初からずっと主演のタロン・エジャトンが普通にエルトン・ジョンに扮して歌っていたのに、まさかのエンディング曲でエルトン・ジョン本人が歌だけ登場し、タロン・エジャトン×エルトン・ジョンのパワフルでテンポの良いコラボ曲だったので、この融合は美しく見事でしたね。なので納得している自分がいます。

そして「長編アニメーション映画賞」は当初は「アナと雪の女王2」と「トイ・ストーリー4」との対決だと思っていましたが、「アナ雪2」がまさかのノミネート外になってしまったので、これは自動的に「トイ・ストーリー4」でした。

ただ、個人的には「アナと雪の女王2」と「トイ・ストーリー4」では、「アナと雪の女王2」の方が出来が良かったと思っているのでちょっと複雑な心境です。

「脚色賞」は、できれば「ジョーカー」に受賞してほしかったですが、「ジョジョ・ラビット」が受賞しました。実は本年度のアカデミー賞は途中までこの「ジョジョ・ラビット」が「作品賞」でも「監督賞」でも最有力といった話にまでなっていたので、これも納得でしょうか。

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そして「脚本賞」ですが、強豪が多く、特に「推し」は無かったのですが、ここで「パラサイト 半地下の家族」が受賞し、ちょっと流れが変わってきた感じがしました。

その流れで「作品賞」と「監督賞」ですが、これも個人的な「推し」は「ジョーカー」でしたが、客観的に多くの前哨戦からのデータを踏まえると、実質的には「パラサイト 半地下の家族」と「1917 命をかけた伝令」の2択だったのでしょう。

ゴールデングローブ賞では、「1917 命をかけた伝令」が「作品賞」と「監督賞」を受賞しましたが、アカデミー賞では「脚本賞」の流れもあり、「作品賞」と「監督賞」も「パラサイト 半地下の家族」が受賞しました。

ここまでの展開は、私の12月中旬時点での想定を超えるものがあって、当初の「パラサイト 半地下の家族」の興行収入は15億円規模と予想していましたが、これは本格的な「アカデミー賞効果」が見込めて30億円規模まで行けそうな雰囲気です。

これまでの韓国映画で日本での歴代最高は2005年の「私の頭の中の消しゴム」で、興行収入は30億円を記録しましたが、これを超えられるかどうかが次の注目点ですね。

さて、ここ最近、よく聞こえてくるのが「韓国映画と邦画はレベルが違いすぎる」といったものですが、私はそうとは思えません。

確かに「パラサイト 半地下の家族」については非常に良く出来ています。でも、その一本だけを挙げて、全体を判断するのはちょっと違和感があります。

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今から15年前に時計の針を戻すと、「私の頭の中の消しゴム」の試写を見た後に、「これは間違いなく日本で韓国映画での過去最高の大ヒットをするだろう」という予測を書いていました。

ただ、同時に心の中で思っていたのは、「これが韓国映画の(当面の)ピークだな」ということでした。

それまでの数年間は、まさに韓流ブームの下、物凄い本数の韓国映画が日本で公開されていたので見る機会も多かったのですが、「さすがにこれは…」というレベルの作品が多すぎたのが現実だったからです。

そんな状況に少しゲンナリとしていた中で「私の頭の中の消しゴム」だけは(多少の不自然さは感じつつも)総合的に光っているものがあったのです。

そして、今から10年くらい前に韓国映画を国単位で支援するKOFIC(韓国映画振興委員会)のトップと新聞で対談をしたのですが、日本の韓流ブームが崩壊してかなり困っている様子でした。

ただ、KOFICを中心にサポート体制は意外としっかりしているんだな、という印象は当時から持っていましたし、未だに毎週、韓国の映画状況を知らせるメールが届いています。

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こういった体制の下、例えば2010年度の韓国の興行収入1位を記録したウォンビン主演の「アジョシ」はアクションシーンもハリウッド映画に匹敵するほど良かったり、2017年の「新感染 ファイナル・エクスプレス」もハリウッドリメイクが決まるなど、出来の良い作品がたまには出ていますが、あくまで一部であるのが現状だと思います。

あとは、強いて言えば「パラサイト 半地下の家族」の場合は、邦画との違いという意味では「製作費」の問題もあると思っています。特にポン・ジュノ監督の場合は(サムスン系の)CJグループが長年の赤字に耐えながらも投資し続けたのが、ようやく「パラサイト 半地下の家族」で実を結んだ面もあります。日本では、20年近くも赤字に耐えながら文化貢献のために巨額な製作費を投資し続けるような強者の存在がなかなか出てこないのが、今後の映画業界の課題なのかもしれません。

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いずれにしても今回の「パラサイト 半地下の家族」のアカデミー賞の「作品賞」受賞は、これまでの「アカデミー賞はアメリカを中心とした英語がスタンダードだから“アメリカで字幕作品はウケない”」といった説に変化が起こったことを意味し、邦画でもアカデミー賞の「作品賞」を狙えることを意味するので、かなりの朗報だと思っています。

ただ同時に、それは“字幕必須”の「外国語映画賞」(今回から「国際長編映画賞」と名前が変わりました)の必要性の是非にまで発展しかねない、という問題が出てくる点にも注意は必要です。仮にそうなれば、前回の「万引き家族」のような邦画のノミネートのチャンスが減ったりと困ることになります。

この点については、アカデミー賞では基本は、賞を増やす方向の話題が出ることが多いため、おそらく減りはしないだろうと私は楽観的な予測をしています。

改めて本年度のアカデミー賞は近年珍しいほど出来の良い作品がラインナップされていて、「作品賞」はどれが受賞してもおかしくないレベルだったと言えると思います。

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そんな中、個人的に唯一残念だったのは、(実は大衆へのポテンシャルが非常に高かった)「フォードvsフェラーリ」の日本における興行収入ですね。

アカデミー賞で「作品賞」こそ逃しましたが、「編集賞」と「音響編集賞」の2冠に輝き、受賞数では「パラサイト 半地下の家族」の4冠、「1917 命をかけた伝令」の3冠に続き、「ジョーカー」などと並び3位になりました。

そして、実際に見た人たちからも圧倒的な支持を受けているにも関わらず、興行収入は10億円程度で終わってしまいそうなのです。

私は「FOXの作品×アカデミー賞級の作品×マット・デイモン主演作」ということで、上手くいけば「オデッセイ」級のヒットが期待できると思っていましたが、舞台が「宇宙」と「車」だと、ここまで関心度は変わるものなのか、と意外性を感じています。

アカデミー賞系ではないですが、例えば同じ「車」系の「ワイルド・スピード」シリーズは、割と無謀だった「ワイルド・スピード スーパーコンボ」という“スピンオフ”でさえ興行収入は30億円を超えたので、日本でも「車」系の映画も需要はあるはずなのですが、おそらく「フォードvsフェラーリ」に関しては(タイトルも含め)宣伝展開などが女性層を中心に響かなかったのでしょう。

とは言え、宣伝用のイベントでは堂本光一をキャスティングしたりと、女性層の取り込みを狙っていて、その点は上手いと思っていました。ただ、少なくとも私が「めざましテレビ」を見た際には、堂本光一が映画の内容には触れてくれず、自身のフェラーリ愛を語っていたのが映画の興行的には痛かったのかもしれません。

ちなみに「ワイルド・スピード」シリーズも当初は日本では苦戦していましたが、今ではここまで認知されているので、これに乗っかる手もあったと思っています。「ワイルド・スピード」シリーズが好きな人は、実は、かなりの確率で「フォードvsフェラーリ」も好きになると思うので。このように、映画の興行という世界は、様々なピースが上手く噛み合わないと機能しにくい奥深さがあるわけです。

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さて、今回のアカデミー賞の結果を一番残念に思っているのは、間違いなく今週末2月14日(金)公開の「1917 命をかけた伝令」の関係者でしょう。

この作品は、1年前に「作品賞」を受賞した「グリーンブック」のように、まさに「アカデミー賞効果」を最大限に狙って、アカデミー賞発表直後の週末公開にしていたからです。

前哨戦のゴールデングローブ賞では「作品賞」に加えてサム・メンデス監督が「監督賞」も受賞していたので、期待していたのは当然のことだと思います。

ただ、本作「1917 命をかけた伝令」の最大のウリは、「驚愕のワンカット映像」ということなので、もし大方の予想通りにアカデミー賞において「作品賞」と「監督賞」を受賞していたとしても、果たしてどこまで興行収入が狙えたのかは見通しにくいものがあるのです。

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「驚愕のワンカット映像」というのをウリにしていた作品には、2015年(第87回)アカデミー賞で「作品賞」と「監督賞」と「脚本賞」と「撮影賞」の4部門を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」があります。

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を見た時に、「これって一体どうやって撮ったのだろうか?」と“映像の凄さ”を感じましたが、「1917 命をかけた伝令」においても、まさにそうでした。

そのため、まずはアカデミー賞において「1917 命をかけた伝令」は「撮影賞」系は確実だと思っていました。

結果は、「撮影賞」と「視覚効果賞」と「録音賞」の3部門での受賞となりました。

つまり、アカデミー賞だけの結果を見ると「映像系の優れた作品」というイメージになります。

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その一方で、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」では、アカデミー賞で、主演男優賞にマイケル・キートン、助演男優賞にエドワード・ノートン、助演女優賞にエマ・ストーンといった3名がノミネートされているなど、豪華俳優陣の共演も大きな話題となっていたのです。

1917 命をかけた伝令」では俳優陣のノミネートはなかったので、単純に考えると「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」の興行収入を下回ると考えることもできます。

ただ、そうなると「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」の興行収入は4億3405万円だったので、4億円程度ということになり得るのかもしれないのです。

とは言え、アメリカでは「1917 命をかけた伝令」は「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」の3倍以上の興行収入をすでに稼ぎ出しているのです!

このことからも分かるように、やはり「作風の違い」を考慮すべきだと思います。

まず「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は、「FOXサーチライト作品」で、私は個人的には好きな作品ですが、割と「こじんまりとしたアート系な作風」だとも言えると思います。

その一方で、本作「1917 命をかけた伝令」は、あの「007」シリーズの最高傑作で最高興行収入をたたき出した「007 スカイフォール」のサム・メンデス監督作で「戦争映画」なので、ブロックバスター系に属する作品なのです!

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大まかな設定は、1917年の第一次世界大戦において、イギリス軍の若い兵士2人が指令を受けます。それは「かなり離れた場所にいる1600人規模の部隊が、ドイツ軍の罠にはまって全滅するかもしれない」ということで、それを明朝までに、その部隊に知らせないといけない、というものです。しかも、その部隊の場所まで行くには、ドイツ軍がどこにどれだけいるのかも分からず、一歩間違えれば撃ち殺されてしまう、という異常な環境下での伝令なのです。

そして、この伝令を受けたイギリス軍の若い兵士の2人のうちの1人は、その部隊に兄がいる、ということを知らされて、自らの命を投げ出す覚悟で2人はそのミッションに果敢に挑みますが、文字通り「トラップ」だらけで、限られた時間がどんどん過ぎていきます。果たして、彼らはそのミッションを見事にクリアできるのか、といった物語です。

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この「1917 命をかけた伝令」における「驚愕のワンカット映像」というのは、その2人の行動を一緒に追体験ができるので、没入感も含めて極めて意味のある撮影手法なのです!

しかも、それを実現するために、脚本もすべて計算し尽さないといけないわけです。

例えば、2人が会話をしていたら、ちょうど会話が終わったところが、トラックの4台目の後ろまで歩いたところになる、など、想像を絶するほどの計算し尽された舞台裏の下、本作の撮影が行なわれているのです!

見終わった後に、本作は「映画史に刻まれる作品」だと感じることができると思います。

そんなハイレベルな年だったので、本年度のアカデミー賞の「作品賞」は、一人一人が違っていても良いとさえ思っています。

もし「1917 命をかけた伝令」がアカデミー賞でも「作品賞」と「監督賞」を受賞していれば、分かりやすいメッセージとして伝わるので、おそらく興行収入は20億円規模は狙えたでしょう。

ただ、現状では本作の良さがどこまで伝わるのかは未知数なため、あとは「口コミ」が最大の武器になるだろうと思います。

まずは、アカデミー賞の本命だったことの証しとして、興行収入10億円は突破してほしいところですが、果たして日本ではどうなるのか注目です!

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!

Twitter:@masahi_hosono

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