アレクサンダー・ペイン監督作品の魅力を言葉で伝えるのは難しい ローコンセプトの新作は“2023年の個人的ベスト”【ハリウッドコラムvol.344】
2023年11月16日 07:00

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
他人に映画を薦めるためには、内容を簡潔に伝える必要がある。だが、短いだけではだめだ。説明のなかに意外性を盛り込んで、「面白そう」「見てみたい」と思わせなくては、映画館まで足を運んでくれない。
その意味において、「失恋で深い傷を負った男が、彼女との思い出だけを消去する手術を受ける」(「エターナル・サンシャイン」)、「潜在意識のなかのアイデアを盗む特殊なスパイたちの話」(「インセプション」)、「音だけに反応するエイリアンが地球に襲来する話」(「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」)などは、なかなか効果的だと思う。
このように「つかみ」がある作品を、ハリウッドでは「ハイコンセプト」映画と呼ぶ。

だが、アレクサンダー・ペイン監督の作品は基本的に違う。「中年2人がワイナリー巡りに出かける話」(「サイドウェイ」)、「定年退職となった男が愛娘の結婚を止めにいく話」(「アバウト・シュミット」)、「妻が昏睡状態になり、娘たちと向き合うことになる父親の話」(「ファミリー・ツリー」)と、どれも設定が現実的で意外性のかけらもない。唯一、前作「ダウンサイズ」は「人類が縮小可能になった世界で手術を受ける男の話」というハイコンセプト映画だったものの、監督の個性と完全なミスマッチだった。
ペイン監督の映画はいわば「ローコンセプト」だ。だが、つかみの強さは宣伝で絶大な効果を発揮するものの、肝心の質とは無関係だ。ペイン監督はストーリーテリングの達人であり、「サイドウェイ」と「ファミリー・ツリー」のアカデミー賞脚色賞受賞がそれを証明している。


最新作「ザ・ホールドオーバーズ(原題)」をひとことで説明すると、「冬休みのあいだ生徒がいなくなった寄宿学校に留まることになった人々の2週間の物語」となる。ペイン監督らしく、つかみが弱い映画である。
舞台は1970年の米東海岸にある寄宿学校。古代史を教えるポール・ハンハム(ポール・ジアマッティ)はその生真面目さゆえに、生徒だけでなく職員からも嫌われている。2週間のクリスマス休暇のあいだ、同校に残る生徒たちのお目付役を押しつけられたポールと、生徒のなかでも頭脳明晰なアンガス(新人のドミニク・セッサ)、息子をベトナム戦争で亡くしたばかりの料理長メアリー(ダバイン・ジョイ・ランドルフ)という、何の接点も共通点もなさそうな3人を軸に、おかしくも切なく感動的なストーリーが展開していく。
ペイン監督の作品は、ロードムービーが多いこともあって、旅行と似ている。彼の映画を視聴するのは、クセが強い友人たちと一緒にドライブ旅行に出るようなものだ。車窓からの風景はありきたりだし、身勝手な同乗者たちはトラブルを起こしてばかり。でも、狭い空間にずっと閉じ込められていると、嫌でも他人の知らなかった一面を覗くことになる。お互いが影響を及ぼしあい、道中での困難や試練を経て、いつのまに地理的にも心理的にも想像もしていなかった場所に到達していることに気づくのだ。


本作は舞台設定に合わせて、オープニングタイトルや映像スタイルがレトロ調で処理されている。ペイン監督が綴るストーリーと見事にマッチしており、「ザ・ホールドオーバーズ(原題)」はまるで未公開の70年代映画の傑作のような趣がある。
考えてみれば、「ペーパー・ムーン」や「卒業」「ハロルドとモード」といった70年代の傑作も、ハイコンセプト映画ではない。そもそも「ハイコンセプト」は、80年代にディズニーの重役だったジェフリー・カッツェンバーグが生みだした言葉と言われ、「ダイ・ハード」や「スピード」「ジュラシック・パーク」などのヒットをきっかけに、いつのまにハリウッド映画の主流となった。


でも、つかみがある作品だけが映画じゃない。実際、「ザ・ホールドオーバーズ(原題)」は個人的には2023年のベスト映画だ。その魅力を言葉で伝えるのは難しいのだけれど。
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