アレクサンダー・ペイン監督による2011年の映画「ファミリー・ツリー」(原題:The Descendants)は、21世紀のヒューマンドラマ史において、極めて特異かつ重要な転換点を示した作品である。それまでのハリウッドが描いてきたハワイのステレオタイプ、すなわち楽園としての記号的な美しさを剥ぎ取り、そこに生きる人々の泥臭い生活感と、逃れようのない血縁の呪縛をシニカルかつ温かな視線で描き出した。本作は、カウアイ島の広大な土地を所有する旧家の家長が、妻の不倫という私的な衝撃と、一族の土地売却という公的な責任の間で揺れ動く姿を通じ、現代における「継承」の意味を問い直している。
作品の完成度という点において、本作はペイン監督の作家性が頂点に達した一作と言える。喜劇と悲劇が表裏一体となった演出は、観客を安易な感傷に浸らせることを拒む。妻の浮気相手を突き止めるという滑稽なプロセスが、いつしか自分自身の不在と向き合う自己発見の旅へと変貌していく構成は実に見事だ。特に、死にゆく妻をめぐる沈黙の演出と、ハワイの伝統的な音楽を背景に展開される感情の機微は、映画的な強度を一段と高めている。単なる家族の再生劇に留まらず、植民地化の歴史を持つハワイの地主階級という特権的な背景を重層的に重ね合わせることで、個人的な悲劇をより大きな社会的、歴史的コンテクストへと昇華させているのである。
役者の演技について考察すると、まず主演のマット・キングを演じたジョージ・クルーニーの功績は計り知れない。クルーニーは、それまでの知的で洗練されたスターのオーラを封印し、混乱し、走り方もどこか不恰好な、一人の等身大の父親を体現した。特に、昏睡状態の妻に対して愛憎の入り混じった言葉を投げかけるシーンでの、抑えた憤怒と絶望の表現は圧巻である。彼がこれまでのキャリアで築いた「強さ」を脱ぎ捨て、内面の脆弱さを晒け出したことで、本作は普遍的な共感を得ることに成功した。
長女アレクサンドラを演じたシャイリーン・ウッドリーは、本作における最大の発見である。反抗的でありながら、母の秘密を抱え、父と共に真実に立ち向かう多感なティーンエイジャーを鮮烈に演じた。プールに潜り、叫びを飲み込むシーンで見せた彼女の表情は、言葉以上に家族の崩壊を雄弁に物語っていた。続く次女スコッティ役のアマ・ミラーも、幼さゆえの残酷さと寂しさを巧みに演じ、物語に不穏なリアリズムを添えている。
さらに、アレクサンドラの友人シドを演じたニック・クラウスの存在も忘れてはならない。一見、空気を読まない道化のようなキャラクターでありながら、物語の後半では傷ついた一家の外部からの良心として、不思議な安らぎを与える役割を見事に果たした。そして、本作の最後を締めくくる重要な役どころ、妻の不倫相手ブライアン・スピアーを演じたマシュー・リラードは、物語の均衡を保つ絶妙な演技を見せた。彼は決して「絶対的な悪」ではなく、保身に走る凡庸な男として登場することで、主人公マットが抱く怒りの行き場を奪い、より深い赦しのテーマへと物語を導いた。
脚本とストーリーの構築も緻密である。カウ・イ・ハミングスによる原作小説を、ペインと共同脚本家たちが丁寧に脚色し、ハワイの風土に根ざした独自のテンポを生み出した。土地の売却問題というマクロな視点と、夫婦の不貞というミクロな視点が交互に現れることで、物語にリズムが生まれ、観客を飽きさせない。映像面においては、撮影監督フェドン・パパマイケルが捉えたハワイの風景が素晴らしい。観光ガイド的な美しさではなく、湿った空気や生い茂る緑、そして光の陰影を捉えることで、登場人物たちの心の風景とリンクさせている。
音楽については、既存のハワイアン・ミュージックを効果的に使用している。特にギャビー・パヒヌイをはじめとするスラック・キー・ギターの音色は、物語の根底にある哀愁と優しさを補完している。劇中に特定の主題歌は設定されていないが、サウンドトラック全体が映画の呼吸の一部となっており、ハワイという土地の魂を代弁しているかのような響きを持つ。
本作の批評的評価は極めて高く、第84回アカデミー賞においては脚色賞を受賞し、作品賞、監督賞、主演男優賞、編集賞の5部門にノミネートされた。また、第69回ゴールデングローブ賞ではドラマ部門の作品賞と主演男優賞を受賞するなど、その年の映画賞を席巻した。これらの受賞歴は、本作がいかに洗練された脚本と、一線級の演技によって支えられていたかを証明している。
総じて「ファミリー・ツリー」は、失われていくものへの挽歌でありながら、残された者がどのように再生していくかを示す希望の書である。アレクサンダー・ペインは、ハワイという楽園の影で繰り広げられる人間模様を、冷徹な観察眼と慈愛に満ちた演出で描ききった。この作品は、公開から年月を経てもなお、家族という逃れられない絆に直面するすべての人々にとって、鏡のような存在であり続けるだろう。映画史におけるヒューマンドラマの傑作として、その地位は揺るぎない。
作品[The Descendants]
主演
評価対象: ジョージ・クルーニー
適用評価点: A9
助演
評価対象: シャイリーン・ウッドリー、アマ・ミラー、ニック・クラウス、マシュー・リラード
適用評価点: A9
脚本・ストーリー
評価対象: アレクサンダー・ペイン、ナット・ファクソン、ジム・ラッシュ
適用評価点: S10
撮影・映像
評価対象: フェドン・パパマイケル
適用評価点: A9
美術・衣装
評価対象: ジェーン・アン・スチュアート
適用評価点: B8
音楽
評価対象: 該当曲:Hi'ilawe / アーティスト:ギャビー・パヒヌイ
適用評価点: A9
編集(加点減点)
評価対象: ケヴィン・テント
適用評価点: +1
監督(最終評価)
評価対象: アレクサンダー・ペイン
総合スコア:[90.1]