【「ドミノ」評論】P・K・ディック原作物やノーラン監督作に挑む、記憶・世界認識・アイデンティーをからめた予測不能サスペンス
2023年10月28日 18:00
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自分の記憶は正しいか。見ている世界は現実だろうか。本当の私は何者なのか(自覚していない“別の私”がいる?)。そうした謎は、サスペンス映画の長い歴史の中で多用されてきたミステリー要素だ。ロバート・ロドリゲス監督はアルフレッド・ヒッチコックの「めまい」を観て脚本に着手したとインタビューで明かしているが、「ドミノ」で語られるストーリーの印象は、ヒッチコックより後発のフィリップ・K・ディックのSF小説を映画化した「ブレードランナー」「トータル・リコール」や「ペイチェック 消された記憶」(ベン・アフレックが演じる主人公の記憶にからむ話は本作と共通点多し)、あるいはクリストファー・ノーラン監督の「メメント」「インセプション」あたりにかなり近い。
刑事ローク(アフレック)は幼い娘が行方不明になったせいで心を病んでいるらしい。強盗計画の通報を受けて駆けつけた銀行で、周囲の人々をわずかな言葉で操る異能の男(ウィリアム・フィクナー)と遭遇し、男が娘の行方に関係があると確信。通報した占い師ダイアナ(アリシー・ブラガ)への聞き込みから、異能の男とある組織に関する秘密を知る。
ここまでまだ序盤だが、伏線と呼ぶには露骨すぎる奇妙な点が散見される。ロークたち白人夫婦の娘がラテン系の顔立ち。ビル屋上から飛び降りた男が忽然と消える。強盗現場にいなかったダイアナが起きたことの詳細をロークに説明する。実はこのあたりから、映画の仕掛けについて最初の種明かしが始まっている。その後の鉄道操車場でのシーンで、遠方の地平がぐにゃりと曲がって頭上の空を覆うスペクタクル(ここも「インセプション」的)に至り、ロークも観客も「見ている世界は現実ではない」と気づかされるのだ。
早々に種明かしを始めて話がもつのかと心配もしたが、それは杞憂だった。ロドリゲス監督はさらなる仕掛けを重ねて二転三転させ、予測的中とぬか喜びする観客を想像してほくそ笑むかのよう。エンディングで原題「HYPNOTIC」が表示されクレジットが流れ始めても席を立たないように。1分ほど過ぎてからのミッドクレジットシーンで「また騙された!」となるからだ。
ロドリゲスのフィルモグラフィーを振り返ると、「デスペラード」を含むマリアッチ3部作と「マチェーテ」連作のような無頼ヒーロー活劇、「フロム・ダスク・ティル・ドーン」や「プラネット・テラー in グラインドハウス」のバイオレンスホラー、「シン・シティ」連作や「アリータ バトル・エンジェル」のコミック映画化といった具合に、変わらぬジャンル映画愛を感じさせつつ、派手なアクションシーンでストーリーを紡ぐ傾向が認められた。一方で「ドミノ」は、過去のサスペンス傑作群で繰り返されてきた「主人公が敵の追跡や攻撃をかわしつつ謎に迫っていく」という王道のストーリーテリングに挑みつつ、ジャンルの刷新を試みた点で監督にとって画期的だったと言える。
ただし不運だったのは、本作の製作もまたコロナ禍に影響を受けたこと。予定されていた撮影が何度も中止になり、撮影期間は55日から34日へ、実に4割近くも減ったという。これは推測だが、スケジュールが圧縮されたせいでいくつかの重要なシーンを割愛することになり、そのしわ寄せが主にダイアナによる長めの説明台詞に及んでしまったのではないか。フィクショナルな世界観を観客に納得させるような強烈かつ圧倒的ビジュアルがもっとあったら、と惜しまれる。とはいえ、現在55歳のロドリゲス監督がよりストーリーテリングを重視する作風へ向かう、新たな時代を予感させることは間違いない。
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