【インタビュー】綾瀬はるかが放つ、女優の誇り ――かけがえなき映画人たちとの心の交わり――
2023年8月7日 20:06
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日本映画界を長らく牽引してきた女優・綾瀬はるかが約21年ぶりに行定勲監督とタッグを組んだ「リボルバー・リリー」が、間もなく公開を迎えようとしている。激しいアクションがふんだんに盛り込まれた意欲作で、定評のある身体能力を最大限に駆使しており、観客はこれまで見たことがないほどに美しい綾瀬を目撃することになる。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基)
「リボルバー・リリー」は、長浦京氏に第19回大藪春彦賞をもたらした代表作のひとつ。大正末期の1924年、関東大震災後の東京が舞台となる今作で主人公となるのは、16歳からスパイ任務に従事し、東アジアを中心に3年間で57人の殺害に関与した経歴を持つため「最も排除すべき日本人」と呼ばれた美しき元諜報員・小曾根百合だ。
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綾瀬が息吹を注ぐ百合は、花街の銘酒屋で女将をしているが、家族を殺害され父親から託された陸軍資金の鍵を握る少年・慎太に助けを求められたことから、帝国陸軍の精鋭たちから追われる身となる。復興で活気づく東京や関東近郊を逃避しながら、壮絶なバトルが繰り広げられる。
「劇場」「窮鼠はチーズの夢を見る」など近年も精力的な作品づくりを続ける行定監督にとって、今作のような本格アクションを手がけるのは初挑戦。この新境地ともいえる意欲作に主演として迎えた綾瀬とは、短編オムニバス映画「Jam Films」の一編「JUSTICE」以来となる邂逅となった。
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これまでの日本映画を振り返ってみて、耽美なアクション映画はもちろん存在するが、これが女性主人公の作品となると、容易にタイトルが浮上してこない。この世界観を実現させるため、行定監督のもとに撮影監督の今村圭佑(「新聞記者」「百花」)、スタントコーディネーターの田渕景也(「今日から俺は!!劇場版」)、アクションコーディネーターの遊木康剛、VFXの尾上克郎ら、第一線で活躍する製作陣が集った。
「アクションをやれば大体ケガはする」
綾瀬は、百合という役どころを生きるうえで、リボルバーの使い手というキャラクターに対して心を通わせる瞬間があったのか聞くと、「セリフを話しているときよりも、アクションをしているときの方が繋がっている意識は強かったかもしれませんね」と明かす。
劇中、「殺し合いにも身だしなみは大事だ」という象徴的なセリフがあるが、今作での綾瀬はエレガントなシルエットの洋装を何パターンも身にまとっている。衣装デザインおよび監修を務めたのは、黒澤和子率いる衣装デザインチーム。大正時代という土台にとらわれ過ぎず「着物をブルーに染めて、手書きで百合柄を描いたり、ドレスに百合の刺繍をしたり、要所で百合模様を使っている」というほどのこだわりよう。さらに、アクションが多いため1パターンに対して何着も作らなければならない苦労とともに、アクションでの動きを確認しながらプロテクターの有無、拳銃を隠し持つ場所などを話し合うなど、微調整を繰り返したと聞く。
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優雅なワンピース姿で繰り広げるガンアクションは、動きやすさという観点では実際のところどのような印象を持ったか綾瀬に聞いてみた。
「腕とかがむき出しの分、肘あても付けられないので、しゃがんだり受け身を取ったりするとき、ケガをしないようにするという意味では気を使ったかもしれません。基本的にパンツをはいて、腕が隠れている状態でアクションをすることが多いのですが、今回はドレス姿で戦うことが多かったので。
とはいえ、アクションをやれば大体ケガはするんです。打ち身とか、もういっぱいできますし、擦り傷も絶えません。今回は腕が出ている分、擦りむきやすかったかもしれませんね」
持ち前の運動神経の良さもあって、これまでにも心身ともにハードな作品に出演し、自らに課せられた役割を十二分に果たしてきた綾瀬。経験を重ねれば重ねるほど、芸の肥やしとして綾瀬の血となり肉となっていったことは想像に難くないが、そんななかでも「きつかった」と感じる作品があったのか問うと、穏やかな口調で答えてくれた。
「『ICHI』もハードではあったのですが、20代前半で若かったから、どちらかというと楽しさの方が勝っていたと思います。待ち時間に監督のそばで、みんなで居眠りしてしまうくらい無防備でしたね(笑)。汚れた衣装を着ていたこともあって、どこで寝ても大丈夫だなあ~って思ったのを覚えています。
それと『奥様は取り扱い注意』のクライマックスで、船上で長いアクションがあったんです。あれはなかなか大変だった記憶がありますね。大きなロシア人を相手に戦っていましたし、とにかく力が強かったので(笑)」
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経験を積めば積むほどハードルは上がる
朗らかに笑う綾瀬だが、アクションの所作を自分のものにしてしまう実力だけでなく、現場の空気を和やかなものにする天賦の才も含め、番宣などで垣間見せる「天然」な姿とは裏腹に、プロ意識は多くの映画人たちが認めるところ。アクションへの意識は、現在と過去とで大きな変化はあるのだろうか。
「役によるのかもしれませんが、以前の方が伸び伸びとしていたのかもしれませんね。経験を積めば積むほど『これくらいできて当たり前』という監督の投げかけもあり、ハードルが上がってくるんですよね。ときどき驚いちゃうこともありますけど、まあ気にしないで自分らしく頑張ろうと常に思っています。
『レジェンド&バタフライ』のときは、大友啓史監督から『任せたよー! 引っ張っていってね!』って明るくプレッシャーをかけられました(笑)。一方で、『これくらいできなきゃ!』と自分で制限を付けてしまいがちなので、そういうものをどんどん手放していかないと伸びしろがないなって自分に言い聞かせたりもしています」
ただ、ここで言及しておきたいのは、綾瀬はアクション女優ではない。硬軟織り交ぜ、サスペンスからコメディまで、時代劇から現代劇までを演じ分けることができる役者であることは、周知の事実。そしてまた、先輩・後輩を問わず多くの映画人たちから愛されていることを筆者は長年の取材で目撃している。
日本映画界を代表する俳優・高倉健さんの遺作となった「あなたへ」(降旗康男監督)の撮影現場を訪れたのは2011年のこと。東京・成城にある東宝スタジオではこの日、健さん、綾瀬、三浦貴大らがテンポ良く撮影を進めていた。コーヒーブレイクで外へ出てきた健さんが綾瀬に話しかける様子を間近で見ることができた。
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「覚えていないです(笑)。健さん、何ておっしゃったんですか?」
「ははははは。出番が多くてセリフが少ない役って、私と同じことを言ってる(笑)」
「どういう監督やプロデューサーに出会うかが俳優は大事だってお話をされていて、その言葉はよく覚えています。でも、健さんは割とブラックジョークの多い方ですから、それ以外のことは話せないことの方が多いかもしれません(笑)」
健さんとのやり取りが特別なことなのではなく、どの現場であっても綾瀬の周囲には自然と笑顔が広がっていく。14年夏に神奈川・鎌倉の極楽寺で撮影が行われた「海街diary」(是枝裕和監督)でも、まだあどけない広瀬すずの話を綾瀬が聞き入るなど、劇中と同様に“長女”の役割を果たしていることは新鮮な驚きを見る者にもたらした。
是枝監督は、「この作品は綾瀬さんで持っている」と明かし、風吹ジュンが自分の出番がない日でも綾瀬に会いに現場を訪れ、「自慢の姪っ子との再会を喜ぶ」かのように、手を繋いで談笑していたというエピソードを取材当時、披露してくれた。同作で綾瀬演じる幸の恋人役に扮した堤真一もまた、「プリンセス トヨトミ」や「本能寺ホテル」などで共演しているだけに、現場で再び対峙することを楽しんでいるさまがうかがえた。
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「確かに昔は無邪気でしたからね。今は無邪気じゃないのかというと、そんなこともないんですが……。確かに、先輩方にはすごく可愛がっていただきました。
『海街diary』のエンドロールのシーン、4人が歩いていくところはカットがすごく割ってあって、夕方までかかる予定だったんですね。ただ奇跡的に雲の隙間から光の差し込みが急に入ってきて、1カットで撮り切っちゃったんです。監督が『すごく良いのが撮れたから、これでOKにする』って。あれは印象的でしたね。
それと、カンヌ国際映画祭に皆で行ったとき、監督からお手紙をいただいたんです。作品を観た方々から、(幸に扮した綾瀬が)在りし日の原節子さんみたいだって言われることが何度かあったみたいで……。そういう往年の日本映画を彷彿とさせる作品ができたって書かれていて、それも嬉しかったです」
これまでに映画は30本以上、ドラマは40本以上に出演してきたなかで、それぞれの現場で様々なタイプの役者たちと向き合ってきた綾瀬にとって、“誰”の言動が強くインパクトを残しただろうか。
「中谷美紀さんに『泣くシーンって緊張するんですよね』と話したら、『“おはる”さんが緊張するの? ついに大人になったわね』って言われたのを覚えています。20代の頃からずっと緊張しっぱなしなんですけどね(笑)。
子役の共演者に気づかされることも多いですよ。今回の慎太を演じた羽村仁成くんや、『義母のブルース』で共演した横溝菜帆ちゃんですが、とにかく魅力的だという前提で、上手いとか下手じゃなくて魂でぶつかってくる。ああいう子どもの純粋さ、無邪気さというのはずっと大事にしなければならないなと感じています」
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綾瀬を取材するようになって15年以上になるが、いつだって偉ぶることなく真正面からこちらを見据えてくる。それでいて、スクリーンで見せる表情は観る者を飽きさせることがない。何度もインタビューをしてきて、初めて聞いてみた。「綾瀬さんにとって、女優とは?」と。
「役者が本気でその場に立って、魂からの演技をしたとき、その人と役がリンクする瞬間ってあるじゃないですか。そういう“本物”を見たとき、初めて心が揺さぶられたりする。自分が役に乗り移るのか、役に宿ってもらうのか……。自分と役がリンクして、魂から湧き出てきたものが出せたとき、人の心を動かすことができる瞬間がある。そう考えると、すごく遣り甲斐のある職業ですね」
朗らかに、屈託なく笑う瞬間ももちろん魅力的だが、役とリンクしたときの綾瀬こそ目を離すことができなくなる。その光景を見逃すことなく見つめることこそが、綾瀬が胸に秘めた「女優としての誇り」を最も間近に感じることができる瞬間といえるのではないだろうか。
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(C)2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ
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執筆者紹介
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大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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